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恋の秋 東雲2

(うう‥暑い‥今にも溶けそう‥)
(正直、これまでのどの訓練よりもキツイよ)
(それなのに‥)

男の子1
「キノコー、次はドロケイしようぜ」

東雲
お断りするよ、オレは忙しいんだ

男の子2
「ウソつけー、キノコのくせに」

男の子1
「遊ぼうぜ、キノコー」

男の子2
「キノコ、キノコ」

(うう‥いつの間にか東雲教官の方が人気になってる‥)
(それはそれでなんだか悔しいんですけど)

東雲
あのさぁ、キミたち、そんなに遊びたいならポーピくんと遊びなよ
ほら、あっちで暇そうにしてるじゃない

(な‥っ)

男の子1
「でも、ポーピは『高い高い』できねーもんな」

男の子2
「肩車もできないし」

サトコ
「そ、そんなことないよ!」
「ポーピくんだって、頑張ればできるんだぞー!」

男の子1
「じゃあ、『高い高い』してみろよ!」

男の子2
「オレは肩車!」

(うっ、本気で‥?)

東雲
良かったね、キミたち。さあ、ポーピくんのところに行っといで

男の子1
「おうっ」

男の子2
「ポーピ、さっさとしゃがめよ!」

サトコ
「よ、よーし、任せて!」

順番にリクエストに応えてるうちに、子どもたちがどんどん集まってくる。

女の子1
「次、私も~」

女の子2
「私は『グルグルー』ってまわしてー」

サトコ
「う、うん‥わかった‥グルグルね‥」
「そーれ、グルグル~」

(うわ‥目が回る‥)

女の子2
「きゃーっ!ポーピくん、すごーい!」

男の子1
「オレにもグルグルやれよ!」

(うう‥これ、いつになったら終わるの‥?)

女の子1
「次、私も!」

(マズい‥なんだか頭がフラフラして‥)

東雲
サトコちゃん‥?

遊んでいた女の子を地面に下した途端、ぐらりと大きく視界が揺れる。

女の子1
「きゃあっ!」

男の子1
「ポーピが倒れたぞ!」

東雲
どいて!
ちょっと!しっかりして!?

(うう‥)

東雲
キミ、意識は!?

(あります‥ありますけど‥)
(もうダメっぽいです‥東雲教官‥)

蒸し風呂のような着ぐるみの中で、私は意識を失った。

真っ黒な視界の中、涼しげな風が頬を撫でていく。

(涼しい‥気持ちいいな‥)
(このままずっと眠っていたい‥)

サトコ
「ん‥っ」

(なに‥今の‥)
(一瞬、唇がひやっとして‥)

サトコ
「ん‥」
「‥‥‥」

(あれ‥どうして東雲教官の顔がすぐ真上に‥)

東雲
‥ああ、起きたんだ
だったら退いてくれない?

(え‥『退く』‥?)

サトコ
「!?」

(な‥うそっ‥)
(東雲教官に膝枕してもらってる‥っ!?)

<選択してください>

A:きゃあっ!

サトコ
「きゃあっ!」

東雲
うるさいなぁ。こんな至近距離で悲鳴あげないでよ

サトコ
「す、すみません。でも驚いて‥」

東雲
たかだか膝枕程度で?
キミさぁ、これまでの人生において、男に膝枕してもらったことないの?

サトコ
「そ、それは‥」

東雲
ああ、ないんだ?まぁ、逆もなさそうだしね

サトコ
「ぐ‥っ」

(いちいちグサグサくるんですけど‥)

B:すみません!

サトコ
「すみません、すみません、すみません!」
「まさか教官に膝枕してもらってたなんて!」

東雲
まったくだよ
オレが膝を痛めたらキミのせいだからね

サトコ
「うっ‥」

(笑顔が怖いんですけど‥)

C:(‥ううん、これは夢だ)

(‥ううん、これは夢だ。夢に決まってる)
(もう一度眠って、目が覚めたらきっと‥)

東雲
‥まさか二度寝する気?

サトコ
「!」

東雲
教え子の分際で二度寝なんて、いい度胸してるね?

サトコ
「!!」

東雲
ほら、目が覚めたならさっさと退いて
脳みそないくせに重たいんだから

ごろんと転がされて、思いきり芝生に顔を打ち付ける。

(うう、痛い‥)
(‥ってことは、これ‥夢じゃない‥)

???
「ああ、よかった。意識が戻ったんですね」

(え‥?)

サトコ
「あ‥颯馬教官‥」

颯馬
だいぶ顔色もよくなりましたね

サトコ
「‥?」

颯馬
覚えてないんですか?貴女、倒れたんですよ?

東雲
そうそう、ガキどもと遊んでいる途中、いきなりね

(そういえば、子どもたちをグルグル回してるうちに、めまいがして‥)

サトコ
「‥子ども!」

東雲
ん?

サトコ
「子どもたちはどこに行ったんですか!?」

東雲
帰ったに決まってるじゃない

颯馬
ついさっき、感謝祭も無事に閉幕しましたからね

サトコ
「‥そうですか」

(感謝祭、終わっちゃったんだ‥)

サトコ
「すみませんでした。途中で仕事を放棄してしまって」

東雲
別に。ただのボランティアだし
それより、これ

渡されたのはよく冷えたスポーツドリンクだった。

サトコ
「ありがとうございます」

(あ‥冷たくておいしい‥)
(そういえば、目が覚める前に唇がヒヤッとしたよね)
(あれ、このペットボトルだったのかな)

颯馬
それにしても眠っている貴女は可愛らしかったですね

サトコ
「‥?」

颯馬
子どもたちや歩に心配そうに見守られて‥
まるで白雪姫のようでしたよ

サトコ
「そ、そうですか?」

(『白雪姫』だなんて、なんだか照れるな‥)

東雲
颯馬さん、それはいくらなんでも言い過ぎですよ
彼女ならせいぜい『赤ずきん』のおばあさんといったところでしょう

(うっ‥)

颯馬
ふふ、彼女が『おばあさん』だというなら‥
彼女を見守っていたキミは、さしずめおばあさんを狙う『オオカミ』かな?

東雲
あいにくオレはオオカミほど雑食じゃありません
こう見えてグルメなんです

颯馬
おや、それならもう『つまみ食い』をするのはやめたのかな?

東雲
さぁ、どうでしょう?

(なんか、2人の間に妙な緊迫感が‥)

男の子1
「あー、ポーピだ!」

聞き覚えのある声に振り返ると、男の子がこちらに向かて駆けてくる。

男の子1
「ポーピ、今日はよくやったな!」

サトコ
「えっ‥そ、そうかな」

(なんで上から目線‥?)

男の子1
「お前、女のくせに『高い高い』も『グルグル』もできたからな!」
「しょうがねーから、お前の事‥」
「すげー『女芸人』だって認めてやるぜ!」

(えっ、『女芸人』!?)

男の子1
「オレ、知ってるぜ!」
「こういうの‥売れないお笑い芸人がやるんだろ?」

サトコ
「ううん、そんなことは‥」

男の子1
「だからオレが、お前のファン1号になってやるぜ!」
「これからも頑張れよ、ポーピ!」

小さな手で、ポンッと肩を叩かれる。
とたんに東雲教官が声をあげて笑い出した。

東雲
アハハ‥っ、芸人‥そっか、女芸人か‥

サトコ
「教官!」

東雲
じゃあ、オレはキミのファン2号になろうかな

サトコ
「そんな‥ひどいです!」
「私はあくまで公安‥」

ちゅっ!

サトコ
「!?」

(ほ、ほっぺにキスされた!?)

驚いて左頬を押さえた私に、東雲教官は冷ややかな笑顔を向けてくる。

東雲
ねぇ、氷川サトコ?
オレたちって、簡単に一般人に身分を明かしてもよかったんだっけ?

サトコ
「‥‥‥」

東雲
答えなよ。どうだった?

サトコ
「‥すみません。以後気を付けます」

東雲
分かったならいいよ、サトコちゃん

にっこり微笑んだ教官の後ろで、男の子が「あーっ」と声をあげる。

男の子1
「エッチだー!キノコとポーピがエッチなことしてるー」

サトコ
「違‥っ、これはそういうんじゃなくて‥」

男の子1
「キスはエッチなんだぞ!子どもできるんだぞー」

サトコ
「できないから!それに、ほっぺにキスは、その‥」
「あいさつ!あいさつみたいなものだから!」

男の子1
「‥あいさつ?」

サトコ
「ほら、外国の人がよくやるでしょ。『おはよう』‥チュッ!って」

男の子1
「えー、でも、キノコはさっきも‥」

とたんに、東雲教官が男の子の鼻を力いっぱい摘まむ。

男の子1
「ふぐぐ‥っ」

東雲
颯馬さん、この子、そろそろおじいさんのもとに帰りたいそうです

颯馬
そう、たしか彼は警察庁次長のお孫さんだったね
では、この子は私が送り届けるとしよう

東雲
よろしくお願いします
じゃあ、オレたちは戻ろうか。寮まで送るよ

サトコ
「でも、感謝祭の後片付けがまだ‥」

東雲
それは他の連中の仕事
それに、いまキミに動き回られて、また倒れられると面倒だから

サトコ
「うっ‥わかりました」



サトコ
「それにしても無事に終わってよかったですね」

東雲
ふわぁ‥

サトコ
「これで、存続できるでしょうか」

東雲
存続?なにが?

サトコ
「公安学校です」

東雲
‥?

サトコ
「長官とか他の偉い人たちに、ここが必要だってこと、伝わっていればいいんですけど‥」

東雲
‥キミ、さっきから何を言ってるの?

サトコ
「えっ、ですから公安学校存続の事を‥」

東雲
どういうこと?

サトコ
「どうって、ですから‥」

私は、千葉さんたちから聞いたことを東雲教官に説明した。
とたんに、教官は呆れたようにため息をついた。

東雲
ありえない。なにそれ‥そんなの、本気で信じてたの?

サトコ
「でも、そういう噂が‥」

東雲
噂はしょせん噂でしょ。どうしてちゃんと裏を取らないのさ

サトコ
「えっ、じゃあここが潰れるかもっていうのは‥」

東雲
ただのデマ

サトコ
「本当ですか!?」

東雲
本当だよ。こんなことでウソついてどうするの

サトコ
「そ、そうですよね‥」

(よかった‥私、まだここにいられるんだ‥)

東雲
なにをホッとしてるの。少しは反省しなよ
公安刑事の卵がくだらない噂に振り回されるなんて‥

サトコ
「うっ、すみません‥」

(確かに教官の言う通りだ。次からは気をつけなくちゃ)

東雲
‥まぁ、いいけど。おかげで納得できたよ

サトコ
「何がですか?」

東雲
キミがいきなり『ボランティアやります』って言い出した理由
キミなりの『苦肉の策』だったってわけか

<選択してください>

A:はい‥

サトコ
「はい、まぁ‥」

東雲
ほんと、キミって素直っていうか短絡的だよね
そういうタイプは、ここには向かない気がするけど‥

(えっ‥)

B:いえ、そんなことは‥

サトコ
「いえ、そんなことは‥」

東雲
じゃあ、どうして立候補したの?

サトコ
「そ、それは‥」
「えっと、その‥」

東雲
‥はい、時間切れ
キミってほんと、ウソつくのが下手くそだよね
それって、公安刑事としては不利な気がするんだけど

サトコ
「うう、すみません‥」

C:‥‥‥

サトコ
「‥‥‥」

東雲
‥なに目を逸らしてんの

サトコ
「いえ、その‥」

東雲
こっちを見なよ
それとも、やましいことでもあるわけ?

東雲教官は私の顎を掴むと、そのままグイッと顔を近づけてくる。

サトコ
「ち、ち、近いです、教官!」

東雲
動揺しすぎ
この程度でうろたいてるようならハニートラップなんて一生無理だね

サトコ
「ううっ、すみません‥」

東雲
ま、もともと無理そうな体つきだけど

サトコ
「!」

東雲
ところで‥ボランティアとして参加した感想は?

サトコ
「そうですね‥けっこう大変でした」
「暑さで何度もフラフラになったし‥」

東雲
実際に倒れたしね

サトコ
「うっ‥すみません」
「でも、今日一日いい訓練になったと思うので‥」
「東雲教官を指名してよかったです!」

東雲
‥うわぁ

サトコ
「?」

東雲
うっとおしいくらいの笑顔

サトコ
「えっ‥」

東雲
まぁ、これからもせいぜい頑張りなよ
キミみたいな適性のない子は努力するしかないんだから

サトコ
「‥そうですよね」

(教官の言う通りだ。明日からもっともっと頑張らないと!)
(まずは体力づくりだよね。着ぐるみで倒れるなんて体力のない証拠で‥)

東雲
ところでオレ、さっきどっちの頬にキスしたっけ?

(えっ!?)

突然の問いかけに、思わず左頬を押さえてしまう。

東雲
ああ、そっちか‥
じゃあ、今度は右頬だね

東雲教官は意味ありげに笑うと、素早く顔を近づけてくる。
あっと声を上げる間もなく、右頬に唇が落ちてきた。

サトコ
「な‥っ」

東雲
しーっ

男の人にしてはきれいな指先が、私の唇をそっと押さえる。

東雲
このことは、誰にも言わないように
こんなことがバレたら、それこそ公安学校存続の危機だからね

サトコ
「!?」

東雲
じゃあ、今日はお疲れ様

東雲教官の背中が視界から消えた途端、私はぺたりとその場に座り込んだ。

(なに、今の‥なんでまたほっぺにキス‥?)

サトコ
「わかんない‥」

(わからないです、東雲教官‥っ!)



翌日‥‥

サトコ
「失礼します」
「昨日の感謝祭のレポートを提出に来ました」

石神
それなら封筒から出してトレイに入れておいてくれ

サトコ
「分かりました」

レポート用紙を取り出しつつ、ちらりと東雲教官の席を確認する。

(よかった‥いない)
(昨日のアレ‥結局なんだったんだろう)
(セクハラ?嫌がらせ?)
(でも、東雲教官のことだから、実はあれもテストかないかで‥)

黒澤
失礼しまーす
あ、後藤さんはいないんですね

石神
あいつなら道場にいるはずだが‥

黒澤
よかった。じゃあ、今のうちに感謝祭の写真の見本を置いていきますね
欲しい人は、オレに連絡くれれば焼き増ししますんで

黒澤さんはにこりと笑うと、カバンから簡易アルバムを取り出す。

石神
‥お前はまた盗み撮りをしたのか

黒澤
いやだなぁ、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ
皆さんの思い出づくりに手を貸しただけじゃないですか
あ、サトコさんの写真もありますよ

サトコ
「本当ですか?」

黒澤
はい。えっと‥
ああ。これです。特別にタダで譲りますよ

サトコ
「ありがとうございます」

(どんな写真だろう)
(やっぱり着ぐるみを着て、子どもたちと遊んでるところ‥)

サトコ
「!?」

(こ、これは‥)

石神
‥どうした、氷川。体調でも悪いのか?

サトコ
「い、いえ‥なにも‥」

石神
だが、顔が赤‥

サトコ
「本当になんでもありません!失礼しました!」

私は慌てて頭を下げると、教官室を飛び出した。
東雲教官に頬にキスされている写真を、しっかりと握りしめたままで。

Happy End

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