サトコ
「加賀さん!お待たせしましたー!」
加賀
「‥‥‥」
それは、待ちに待ったホワイトデー当日のこと。
(大丈夫かな、服装とか変じゃないよね)
(それにしても、まさか加賀さんと水族館デートできるなんて‥!)
待ち合わせ場所に行くと加賀さんの姿はなく、
少し離れた喫煙所で、タバコを吸っているのを見つけた。
サトコ
「加賀さん‥?」
加賀
「‥チッ」
(えっ!?お、怒ってる!?)
加賀
「俺を待たせるとは、いい度胸だな」
サトコ
「す、すみません!でもまだ約束の時間じゃ‥」
加賀
「あ゛!?」
サトコ
「い、いえ‥」
加賀
「さっさとしろ」
サトコ
「あ‥待ってください!」
タバコを灰皿に押し付けて消すと、加賀さんはさっさと水族館の入口の方へ歩き出した。
(待ち合わせの時間より先に来て待ってるなんて‥)
(もしかして、加賀さんも楽しみにしてくれてたとか?)
加賀
「あぁ?」
サトコ
「な、なにもいってませんよ!」
(私の心の声、聞こえてる‥!?)
ハラハラしながらも、水族館に誘われたあの日のことを思い出す。
ホワイトデーが近づいてきたある日、鳴子と2人、裏庭でお菓子を交換していた。
サトコ
「あっ、これ、新発売したコンビニ限定のチョコレート?」
鳴子
「うん、残り1箱だったんだよね」
サトコ
「鳴子って新発売に目がないよね。私もだけど」
鳴子
「お菓子と言えばさ、もうすぐホワイトデーでしょ?」
「サトコは教官たちにもあげたんだっけ?」
サトコ
「うん、いつもお世話になってるからお礼にね」
千葉
「いたいた!2人とも」
鳴子
「あっ、千葉さん!お菓子食べる?」
千葉
「2人とも、さっき食堂で定食食べてたよね‥?」
鳴子
「甘いものは別腹なの!」
千葉
「ならこれ、ちょうどいいかな」
千葉さんが私と鳴子にひとつずつ、かわいくラッピングされた箱をくれる。
サトコ
「これ‥」
千葉
「少し早いけどバレンタインのお返し。今年のホワイトデーは休日だから」
鳴子
「わ~!ありがとう!」
「‥あれ?」
「でもなんか、サトコの方が大きくない?」
サトコ
「え?そうかな?」
千葉
「きっ、気のせいじゃないかな!?」
鳴子
「え~、だってほら‥」
鳴子が比べると、確かに私の方が大きい。
サトコ
「そう言われてみれば‥?」
千葉
「いや、これは、その‥」
加賀
「おい、クズ」
サトコ
「は、はい!」
思わず立ち上がって返事をすると、向こうから加賀さんが歩いてくるのが見えた。
鳴子
「サトコ‥『クズ』って言われたらすぐ反応するなんて」
千葉
「身体に教官の恐怖を叩き込まれてるね‥」
加賀
「3月14日」
サトコ
「え?」
私と千葉さんの間に割って入るようにやってくると、加賀さんが低く言った。
加賀
「10時に中央水族館の前だ」
サトコ
「へ?」
加賀
「遅れるなよ」
<選択してください>
サトコ
「あの‥それって、デートですか?」
鳴子たちに聞こえないようにそっと聞くと、鬼の形相で睨まれた。
サトコ
「そ、そんなわけないですよね‥」
加賀
「テメェはバカか。聞こえたらどうする」
(えっ?じゃあやっぱりデートなの!?)
サトコ
「ちなみに、遅れた場合は‥」
加賀
「テメェで考えろ」
(死だ‥死が待ってる‥!)
サトコ
「お願いします‥!せめて命だけは!」
鳴子
「命‥!?」
サトコ
「あの‥加賀教官はご存じないかもしれませんが」
「3月14日というのは、世間一般にはホワイトデーと申しまして」
加賀
「問題あるか」
サトコ
「ありません‥」
加賀
「さっさと教場に戻れ、クズ」
サトコ
「は、はい‥」
加賀さんがいなくなると、鳴子と千葉さんが大きく目を見張る。
鳴子
「ど、どういうこと!?」
千葉
「氷川‥もしかして、加賀教官と!?」
サトコ
「ままま、まっさかぁ!」
否定しながらも、だらだらと汗が背中を伝って行く気がする。
鳴子
「だって、水族館って‥」
サトコ
「ほ、補佐官の仕事だよ!今度の被疑者が水族館で働いているみたいで」
千葉
「そうなの?ああいうところで働く人はみんないい人だと思ってた」
鳴子
「千葉さん、それはいくらなんでも純粋すぎない?」
千葉
「そうかな‥」
(うぅ‥水族館の人たち、ごめんなさい‥でもうまく誤魔化せたみたいでよかった)
(それにしても、まさか加賀さんからデートのお誘いがあるなんて‥!これ、夢じゃないよね!?)
その日の夜、寮に帰ると早速ネットで中央水族館のことを調べ始めた。
(なるほど、水族館が暗いのは、神経質な魚から人が見えないようにするためか‥)
(エサは一度冷凍したのもを与えている‥ふむふむ)
サトコ
「ハッ!マメ知識も大事だけど、着て行く服のことも考えないと‥!」
「そうだ、確かこの前、鳴子と一緒に買った雑誌に‥」
(あった!『男が喜ぶ勝負服』‥こんなの絶対活用できないと思ってたけど)
(うーん、こんな派手な服は無理だよね‥でもこのくらいなら私でもっ!)
14日を想像して、一人でテンションが上がる私だった。
そして、当日。
大きな水槽で泳ぐ魚を、加賀さんと一緒に眺めていた。
サトコ
「加賀さん、水族館にはよく来るんですか?」
加賀
「‥来るように見えるか」
サトコ
「見えませんっ‥!」
(じゃあ、私が喜ぶと思って誘ってくれたのかな‥)
サトコ
「そうだ!ほら、水槽の中の上のところって泡立ってるじゃないですか」
「あれって雰囲気を壊さないように、天井を見えなくするためだそうですよ」
加賀
「‥‥‥」
サトコ
「それにですね、なんとイルカは、サプリメントをとってるらしいです!」
「エサは冷凍されてるそうなんですけど、ビタミンが壊れたりするから‥」
加賀
「‥‥‥」
サトコ
「あと、知ってますか?ラッコって、手を繋いで寝るんですよね!」
加賀
「‥‥‥」
調べてきた知識を披露する間、加賀さんはひたすら無言だった。
サトコ
「加賀さん‥?」
加賀
「なんだ」
サトコ
「た、楽しくないですか‥?」
加賀
「くだらねぇ」
サトコ
「す、すみません‥!」
「久しぶりの加賀さんとのデートで、つい舞い上がっちゃって‥」
加賀
「‥調べてきたのか」
サトコ
「はい‥」
加賀
「‥‥‥」
(でもよく考えたら、加賀さんが水族館のマメ知識で喜ぶはずがなかった‥)
加賀
「それで?水槽がどうしたって?」
サトコ
「え?」
加賀
「調べてきたんだろ」
サトコ
「は、はい!あのですね、水族館が暗いのは、水槽の中の魚たちが‥」
嬉しくて再び話し始めると、加賀さんが一瞬だけ、フッと笑った気がした。
(興味ないはずなのに‥やっぱり優しいな)
(でも本当に水族館に興味ないなら、どうして連れて来てくれたんだろう?)
私は疑問に思いながらも、加賀さんに魚のマメ知識を話した。
いくつかの水槽を回ると、少しずつ混雑し始めた。
サトコ
「向こうに、イルカとかペンギンがいるみたいですね」
加賀
「だからガキが多いのか」
サトコ
「大きな声でガキとか言ったらダメですよ‥親御さんに睨まれますよ」
その時、思いがけず人混みの中に足を踏み入れてしまい、一気に流されそうになる。
サトコ
「わっ‥ちょ、ちょっと、あの!」
加賀
「おい」
パッと手を掴まれて、人の波から救出された。
サトコ
「あ、ありがとうございます‥」
加賀
「何やってんだ、クズが」
「また迷子になるつもりか?」
サトコ
「またって‥」
加賀
「放送されるなんざ、もうごめんだ」
サトコ
「あ‥!」
(それって、あのカウントダウンイベントの時のだよね‥)
サトコ
「そ、その節はとんだご迷惑を」
加賀
「氷川サトコ、4歳の女児‥だったか」
<選択してください>
サトコ
「もう忘れてください!過ぎたことですから!」
加賀
「どうだかな」
サトコ
「二度と、迷子放送のお世話にはなりませんから‥!」
泣きそうになる私の手を、加賀さんがきつく握ってくれる。
サトコ
「新しい年も始まったことだし、去年のことは水に流してもらえませんか‥」
加賀
「無理だな」
サトコ
「そんな!」
加賀
「一生語り継いでやるよ」
(い、一生‥!?死ぬまでこれをネタにからかわれるってこと!?)
サトコ
「もう大丈夫です!決して迷子にはなりませんから!」
加賀
「たった今、人に流されそうになったヤツがどのツラ下げて言いやがる」
サトコ
「な、流されても帰ってきますよ‥もう大人ですからね‥」
加賀
「4歳だろ」
(うう‥!きっと一生忘れてもらえないんだろうな‥)
加賀
「次はどこだ」
サトコ
「えっと‥」
怒られたりけなされたり笑われたりしながらも、しっかり繋がれた手に、幸せを感じた。
サトコ
「順路だと、向こうみたいですね」
加賀
「ああ‥ガキが多いところか」
サトコ
「せめて、子どもって言ってください!」
そのまま、人混みの中を歩き続けると‥
やがて、人気のペンギンやイルカのショーが見られる場所へ出た。
サトコ
「わあ‥ほんとに子どもが多いですね!」
加賀
「ギャーギャーうるせぇクソガキばっかりだな」
サトコ
「‥加賀さんの子ども好きって、はなちゃん限定なんですか?」
加賀
「あ?」
サトコ
「な、なんでもないです!」
男の子
「見えないよ~!イルカどこ~?僕もイルカ見たい!」
母親
「しょうがないでしょ!今日はパパがいないんだから、肩車してもらえないんだもの」
男の子
「やだー!見たいよ~!」
加賀さんの隣で、泣き出しそうな男の子をお母さんが必死になだめている。
(確かにこの人混みじゃ、子どもは見えないよね‥前の方にも行けないし)
加賀
「‥チッ」
ひとつ舌打ちすると、加賀さんが男の子を抱き上げて、自分の肩に乗せた。
母親
「まぁ!すみません!」
加賀
「いえ」
男の子
「おじちゃん、ありがとう!ママ、イルカが見えるよ!」
加賀
「‥‥‥」
(おじちゃん、って言葉に傷ついてるな、今‥)
(カウントダウンイベントの時も)
(迷子の女の子に『おじちゃん』って言われてショック受けてたし)
サトコ
「やっぱり加賀さんって、子ども好きなんですね」
加賀
「‥そう見えるか」
サトコ
「いえ‥あの、パッと見は全然見えませんけど」
加賀
「だろうな」
(でも、好きじゃなかったら肩車なんてしてあげないよね)
(なんだかんだ言って、子どもが好きなんだなぁ‥)
思わず頬を緩ませると、ジロリと睨まれた。
加賀
「何ニヤけてやがる」
サトコ
「い、いえ!微笑ましい光景だな、なんて思ったりは‥!」
加賀
「‥‥‥」
(しまった‥!)
なんでいつもこう、一言も二言も多くなっちゃうんだろう!?
加賀
「余裕でいられんのも今のうちだ」
サトコ
「え‥?」
加賀
「あとで覚えてろ」
(覚えてろって、何を‥!?)
でもそれを言葉にされなくても、何を意味しているのか容易に想像できる。
(お仕置きだよね‥?)
(久しぶりのデートでテンションが上がった私に、鬼の制裁が待っている‥)
震えあがる私の隣で、加賀さんは喜ぶ男の子を肩車し続けていた。
to be continued