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ホワイトデー 東雲1話

モオォ~

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すぐそばで牛の泣き声が聞こえてくる。

(うぅ‥)
(音だけ聞いていれば『のどかな休日』って感じなのに‥)

サトコ
「あの‥本当にここですよね?」
「ここで監視対象者同士の取引が行われるんですよね?」

東雲
兵吾さんの話だとね

サトコ
「でも、ここ‥どう見てもただの牛舎で‥」

東雲
へぇ‥
キミ、兵吾さんのことを疑ってるんだ?

サトコ
「ち、違います!そんな滅相もない‥」

東雲
だったらさっさとそこの奥に隠れて
オレはインカムで指示を出すから

サトコ
「えっ、教官も一緒じゃないんですか!?」

東雲
何言ってんの。キミだけだよ
キミもそろそろ独り立ちしないとね

(独り立ち‥私が‥)

サトコ
「そうですよね」
「いつまでも教官に頼ってばかりじゃダメですよね」
「分かりました!氷川サトコ、今日は1人で頑張‥」
「って、教官!?」

東雲
じゃあ、あとは任せたから

サトコ
「へっ!?」

東雲
あー臭‥っ

サトコ
「‥‥‥」

(‥なんか、うまく乗せられた気が‥)

サトコ
「ま、いっか」

(とにかく早くスタンバイしないと)

ところが‥

(もう予定より1時間も過ぎてるんですけど‥)
(本当にここで取引するのかな)
(やっぱりここだと悪目立ちしそうな気が‥)

ガサッ!

(‥来た!)
(レコーダーのスタンバイOK)
(万が一のときの逃げ道も確保済み!)
(あとは監視対象者が現れるのを‥)

東雲
おつかれ

サトコ
「!?」

(えっ、教官!?)

東雲
兵吾さんからの伝言
取引情報、やっぱりガセだって
というわけで撤収するよ

サトコ
「ええっ!?」
「ていうか今、教官『やっぱりガセ』って‥」
「ちょ‥ヒドイですっ」
「やっぱり教官も疑ってたんじゃないですかーっ!」

サトコ
「はぁぁ‥」

(そうだよね。冷静に考えたらおかしいよね)
(牛舎で取引するのもそうだけど‥)
(教官が私を1人でスタンバイさせるのも、ありえないっていうか‥)

サトコ
「あの、今日はこれからどうするんですか?」

東雲
撤収しておしまい

サトコ
「じゃあ、報告書の提出は‥」

東雲
週明け
本当なら今日は休みだったわけだしね

(そっか‥今日って土曜日だもんね)
(じゃあ、あとは帰ってゆっくり休むだけ‥)
(ん?ちょっと待って)

サトコ
「あの、教官も今日はこれで仕事終わりってことですか?」

東雲
そうだけど

(‥よしっ!)

サトコ
「だったら牧場見学をしませんか?」
「せっかく『シスター牧場』に来てるわけですし」

意気込んで提案する私とは対照的に。教官は「は?」と顔をしかめた。

東雲
なんで牧場見学?
さっさと帰りたいんだけど

サトコ
「そ、そう言わないで‥」

<選択してください>

A: ストレス解消できますよ

サトコ
「ストレス解消できますよ」
「ここ、牛以外にも動物がたくさんいるみたいですし」

東雲
‥‥‥

サトコ
「ほら、動物セラピーとかあるじゃないですか」
「動物に触れてストレスを解消するっていう‥」

東雲
ああ、あれね
動物からすると迷惑な話だよね

サトコ
「うっ‥そ、そんなことは‥」

B: 自然を楽しみましょう

サトコ
「もっと自然を楽しみましょうよ、教官」

東雲
‥自然?

サトコ
「そうです、自然です!」
「普段、私たちはずーっと都会にいるじゃないですか」
「だから、こういうときこそ、自然を楽しんで‥」

東雲
自然って言っても『作られた自然』だけどね
ここ、半分観光地なわけだし

サトコ
「た、確かにそうかもしれないですけど‥」

C: デートですよ!

サトコ
「デートですよ、デート!」
「数週間ぶりのデートを、ぜひここで‥」

東雲
え、時間の無駄

サトコ
「ひどっ!」

東雲
‥プレゼン終了?
じゃあ、帰るけど‥

サトコ
「なっ‥待ってください!」

(ダメだ、このままじゃ)
(なんとかして、教官をその気にさせないと)
(でも、教官が興味を持ってくれそうな話題って‥)

東雲
それじゃ、おつかれ‥

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サトコ
「ああっ!」

とっさに私は、教官のジャケットを掴んだ。

東雲
なに?服が伸びて‥

サトコ
「恐竜!恐竜展!」

東雲
は?

サトコ
「いま、この牧場で恐竜展をやってるんです!」
「だから、その‥いっしょに見に行きたいなぁ‥なんて‥」

(って、さすがに苦しすぎるよね、こんなの)
(どうせなら、もっとマシなウソをつくべき‥)

東雲
へぇ‥
‥いいね、それ

(‥あれ?)

東雲
時代は?
三畳紀?ジュラ紀?それとも白亜紀?

サトコ
「え、えっと‥ジュラ紀‥だったような?」

東雲
そう。じゃあ、アロサウルスとか展示してるのかな
それともオメイサウルス?あとは‥

サトコ
「と、とりあえず行ってみれば分かるかと!」

東雲
そうだね
じゃあ、行こうか

サトコ
「ちょ‥ちょっと待ってください!」

(このままじゃマズイっ!)

私は、慌てて教官の腕を捕まえた。

サトコ
「すみません!実は今のは‥」

東雲
まだ何かあるの?

サトコ
「え、えっと‥」

東雲
なに?

サトコ
「‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
「‥まずは牧場めぐりをしてから‥かなぁと‥」

東雲
あっそう
じゃあ、案内して

サトコ
「はいっ!」

(あああ、ごめんなさい!ごめんなさい、教官!)

(こうなったら、なんとかして牧場めぐりだけで満足してもらわないと!)

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サトコ
「教官、見てくださーい!」
「ヤギですよ、ヤギ!」

東雲
それくらい見ればわかるから

(うっ‥)
(で、でも、これくらいでめげるわけには‥)

サトコ
「えっと、その‥ヤギってかわいいですよね」
「よーく見ると瞳がつぶらで‥」

東雲
それより誰かに似てない?

サトコ
「このヤギがですか?」

東雲
そう、この顔どこかで‥
‥‥‥
‥わかった、キミだ!

サトコ
「えっ」

東雲
ハハッ、そうそう!
似てる似てる!

(そんな、ヤギに似てるって言われても‥)

サトコ
「あの‥参考までにどのあたりが‥」

東雲
全体的に
特に、このボーっとして何も考えてなさそうなあたりが

(うっ‥ヒドイ‥)

軽くヘコんでいる私の隣で、教官はヤギの頭を撫ではじめる。

東雲
この子、名前あるのかな

サトコ
「さぁ、そこまでは‥」

東雲
透!透!

ヤギ
「‥‥‥」

東雲
‥違うか。じゃあ‥
兵吾!兵吾!

ヤギ
「‥‥‥」

サトコ
「‥もっと簡単な名前だと思いますよ」
「ヤギだから『メイ』とか『シロ』とか」
「あと有名なアニメにちなんで『ユキ』とか」

東雲
サトコ、サトコ

(えっ‥)

ヤギ
「メェェェェ~」

(ええっ!?)

東雲
ちょっ‥聞いた?
反応してるんだけど、この子!

サトコ
「そ、そんなの偶然です!」

東雲
でも、ほら‥
サトコ、サトコ‥

ヤギ
「メェェェェ~」

東雲
やば‥サイコー‥
顔だけじゃなく名前まで‥

(ああ、もう‥っ!)

サトコ
「次!アルパカを見に行きましょう!」

東雲
え、別に興味ないんだけど‥

サトコ
「そう言わずに!『牧場めぐり』ですから!」

そんなわけで私たちはアルパカ小屋にやってきた。

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サトコ
「うわぁ~!」
「見てください、教官!このモフモフ具合‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「すごいですよ、癒されますよ」
「まさにストレス解消にぴったり!」

東雲
‥ストレスね
最近までそんなのなかったんだけど

サトコ
「そうなんですか?」

東雲
でも、最近周りにバカが増えたから
せめて誰かさんがもう少し賢ければ‥

サトコ
「す、すみません‥」
「今後頑張るんで、今日はアルパカでストレス解消を‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「さあ、どうぞ!」

教官はイヤそうな顔をしつつも、アルパカの頭に手を伸ばす。

(あ、撫ではじめた‥)
(今度は顎をくすぐって‥)
(あれ?もしかして‥)

東雲
‥‥‥

(これは‥何気に気に入ったとか?)
(さっきのヤギといい、教官って実はけっこう動物好きなんじゃ‥)

東雲
‥キミ、大丈夫?

サトコ
「えっ」

東雲
さっきから、袖かじられてるけど

サトコ
「え‥あああっ!」

いつの間にか他のアルパカが、私の服の袖をかじっている。

サトコ
「ダメだってば、こら!離して‥っ」

東雲
あははっ

サトコ
「笑ってないで助けてください」

東雲
え、なんで?

サトコ
「なんでじゃなくて‥っ!」

(ああ、もう‥っ!)

東雲
あー、癒された

サトコ
「‥‥‥」

東雲
ほんと、ストレス解消に最適だよねー
大笑いするのって

(‥べつに笑わせるつもりはなかったんですけど)
(ていうか、本当に助けてくれないなんて‥)

サトコ
「‥ん?」

ふと、教官の右手の絆創膏に目が行く。

サトコ
「その手、どうしたんですか?」

東雲

サトコ
「昨日まではなんともなかったですよね?」
「もしかして怪我とか‥」

東雲
ちょっと指を切っただけ
それより恐竜展は?まだ?

(ぐ‥っ)

東雲
そろそろ本命に行きたいんだけど

(ま、マズイ‥)
(ここはなんとかして誤魔化さないと‥)

<選択してください>

A: ウサギ発見!

サトコ
「あっ、ウサギ発見!」

東雲
は?

サトコ
「私、ウサギに餌をあげたかったんです!」
「ぜひ行きましょう!」

東雲
ちょ‥
なに勝手に手繋いで‥

B: 痛たた、お腹が‥

サトコ
「痛たた‥お腹‥お腹が‥」

東雲
あっそう
じゃあ、もう帰‥

サトコ
「だ、大丈夫です!」
「多分、あと1分もすれば元通りに‥」

東雲
‥‥‥

サトコ
「なので、次はウサギ小屋へ行こうかと‥」

東雲
‥ふーん

C: 恐竜は最後です

サトコ
「恐竜展は最後です。いわゆる大トリです!」

東雲
ふーん、『大トリ』‥
じゃあさ
よほど期待できるんだよね?

サトコ
「うっ‥た、たぶん‥」

東雲
本当に?

サトコ
「ほ、本当かと‥」
「なので、次はウサギ小屋へ‥」

東雲
あっそう
じゃあ、そうしようか

サトコ
「‥‥‥」

そんなわけで私たちは、ウサギ小屋へとやってきた。

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とはいえ‥

サトコ
「はぁぁ‥」

(『恐竜展』のこと、どうしよう)
(さすがにそろそろ誤魔化しきれないよね)

チラリと教官の方を見る。
教官は今、ウサギを追いかけ回し‥
いや、ウサギと戯れて遊んでいるようだ。

(こうなったら『今日は休館日でした』って言う?)
(それか『営業時間が終わってました』とか‥)
(いや、もういっそ『違う牧場で開催してました』とか‥)

東雲
辛気臭い

サトコ
「えっ‥」

東雲
今のキミの顔
キミの希望でここに来てるんだけど

サトコ
「そ、そうですよね」
「すみません、ちょっと考え事をしていて」

東雲
‥あっそう

教官は気がなさそうな声を漏らすと、私の隣に腰を下ろす。

サトコ
「もう遊ばないんですか?」

東雲
ちょっと休憩
そろそろ飽きてきたし

そのわりに、教官は傍に寄ってきたウサギの顎をくすぐっている。

サトコ
「‥なんだか慣れていますね」

東雲
観光地のウサギだし

サトコ
「そうじゃなくて、教官の手つきが慣れてるって言うか‥」

東雲
ああ‥
昔、飼ってたから

サトコ
「ウサギをですか?」

東雲
そう
触るのは、それ以来だけど

教官の口元がふっとほころぶ。

東雲
意外と楽しいもんだね

サトコ
「え?」

東雲
動物に触るのって
すっかり忘れてたけど

サトコ
「‥‥‥」

東雲
ま、悪くないかな
たまにはこういうのも

(教官‥)

教官の言葉に嬉しい反面、罪悪感がジワジワ沸いてくる。
だって、今の状況は私がウソをついたから成立しているわけで‥

(‥ダメだ、やっぱり誤魔化すなんて無理!)

サトコ
「すみません!」

私は、深々と頭を下げた。

サトコ
「すみません。本当にすみません」

東雲
なに、いきなり‥

サトコ
「ウソです!」
「恐竜展なんてウソなんです!」

東雲
‥‥‥

サトコ
「本当にすみません!」

to be continued

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