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塩対応 後藤 カレ目線

【バー】

店員1

「あら、もうお酒が無くなっているわよ?」

後藤

いえ、俺は‥

店員2

「ほら、もっと飲んで飲んで!」

空になったグラスに、酒が注ぎ足される。

(上官の手前、断るわけにはいかないか‥)

上官

「おお、いい飲みっぷりだな!」

ぐいっと酒を煽ると、上官が楽しそうに声を上げた。

(はぁ‥)

心の中で、密かにため息をつく。

毎年恒例行事である警察庁上官の接待のため、俺たち公安課の面々はゲイバーにいた。

(これがあと何日も続くなんて、悪夢だろ‥)

この接待は、メンバーを変えて何日も行われる。

その上、幹事を任されてしまい、逃げるに逃げられなかった。

(サトコは今頃、何をしているんだろうか‥)

ふと、愛おしい彼女のことを想う。

彼女のことを考えている時間は、束の間の癒しだった。

百合子

「お兄さん、楽しんでる~?」

『百合子』と書かれているネームプレートを付けた店員が、さり気なく俺の隣に座った。

後藤

ええ、まぁ‥

百合子

「あら、そっけない返事。そんなんじゃダメよ~」

「‥って、あら?アナタ、よく見たらすっごくイケメンじゃない!」

百合子はおもむろに、俺の頬を両手で包み込むと‥

後藤

っ!?

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スッと、顔を近づけてきた‥‥

咄嗟に離れようとしたため、唇の下辺りに百合子の唇が当たってしまった。

後藤

~~っ!

手の甲で口元を押さえて百合子から離れる。

百合子

「イケメンなのにこのウブな反応‥超可愛い~!」

後藤

なっ、何を‥!

黒澤

後藤さん、お熱いですね!

上官

「ははっ、気に入られたみたいだな!」

抱きつこうとしてくる百合子に抵抗していると、周りから楽しげな声が上がった。

後藤

黒澤!バカ言ってないで、何とかしろ

黒澤

すみません‥オレにはおふたりの仲を引き裂くことは出来ません!

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上官

「あっはっはっ」

黒澤の言葉に、上官は声を上げて笑う。

それから俺は接待が終わるまで、からかわれ続けた。

【廊下】

翌日。

(本当に散々だったな‥)

昨日のことを思い出すだけで、言い知れぬものが込み上げてくる。

(あんなことがあったなんて、サトコには絶対に言えないな‥)

いくら生物学上は男とはいえ、

サトコ以外の人にキスをされてしまったことに後ろめたい気持ちが芽生えた。

そのせいか、心に霧がかかったようにモヤモヤする。

後藤

‥ん?

どこからか俺を呼ぶ声が聞こえ、ふと立ち止まる。

辺りを見回すも、誰もいなかった。

後藤

気のせい、か‥?

(一瞬、サトコの声にも聞こえたが‥今は、合わせる顔がない)

後藤

はぁ‥

俺は小さく肩を落としながら、その場を後にした。

【校門】

講義が終わり放課後になると、校舎の前を歩いていた。

何度も何度も、ため息が漏れそうになる。

(いつまでも引きずるなんて、俺らしくもない‥)

そう思うも、昨日のことが頭の中を渦巻いていた。

サトコ

「後藤教官、お疲れさまです!」

後藤

‥氷川?

名前を呼ばれて足を止めると、サトコがこちらに向かって駆け寄ってきた。

後藤

そんなに慌てて、どうした?

サトコ

「教官に話したいことがありまして‥」

サトコが言葉を続けようとした、瞬間。

ぐぅ~‥

どこからか、大きなおなかの音が鳴った。

後藤

‥腹、減ってるのか?

サトコ

「ち、違っ!これは、その‥!」

後藤

プッ‥アンタは相変わらずだな

サトコは手を振りながら、顔を真っ赤にしている。

(腹が鳴るのは生理現象だし、ここまで否定しなくていいものを‥)

一生懸命な彼女に、先ほどまで臥せっていた心が安らぐのを感じる。

俺は時計を見て時間を確認すると、サトコを夕食へ誘った。

サトコ

「はい!是非、ご一緒したいです!」

満面の笑みを浮かべ、返事をするサトコ。

(サトコの笑顔を、曇らせるわけにはいかないな)

幸い、表情を出さないことは得意としている。

昨日のことは、このままサトコには隠し通そうと心の中で決意した。

【公園】

食事を終えると、俺たちは通り道である公園にやってきた。

サトコ

「お料理、すっごく美味しかったです!」

後藤

そうか‥

嬉しそうに話すサトコに、頬が緩む。

(あのレストランのことを聞かれた時は、気恥ずかしくなって誤魔化したが‥)

(サトコが喜びそうなところを探して、正解だったな)

美味しそうにご飯を食べ、今もこうして笑顔でいるサトコに心が和む。

(やはり、俺は‥サトコだけは手放したくない)

サトコ

「また時間が出来た時でいいので、また一緒にご飯を食べませんか?」

後藤

ああ、当たり前だろう?

サトコ

「ふふっ、ありがとうございます」

無邪気に笑うサトコが、街灯に照らされる。

この木陰でサトコとキスしたことが脳裏を過り、

あの時のようにキスをしたいという衝動に駆られる。

(っ、ダメだ‥)

キスという単語が頭の中を流れた瞬間、思い出すのは昨日の出来事。

自ら望んでしたことではなかったとはいえ、百合子にされてしまったキスに罪悪感が押し寄せる。

(今のままじゃ、出来ない‥)

サトコ

「後藤さん‥?」

ふと足を止めた俺に、サトコは不思議そうに見上げてくる。

後藤

‥なんでもない

誤魔化すように笑みを浮かべると、サトコの手を取って岐路に着いた。

【個別教官室】

数日後。

サトコは補佐官の仕事のため、放課後になると教官室へやってきた。

サトコ

「‥‥‥」

サトコは手を動かしながらも、しきりにこちらを気にしている。

後藤

‥サトコ

サトコ

「は、はい!?」

後藤

さっきから何か言いたそうだが‥何かあったか?

サトコ

「そ、それはですね‥」

しどろもどろになりながらも、サトコが口を開こうとした、瞬間‥‥

黒澤

お疲れさまでーす!

黒澤が明るい声を上げて、教官室に入って来た。

(なんでまた、このタイミングで‥)

黒澤は笑みを浮かべながら、俺の方へとやってくる。

黒澤

後藤さんに熱々のお相手がいたなんて、驚いちゃいました

そのうえ、みんなの前であつ~いキ‥

むぐっ!

不穏な空気を瞬時に察知し、黒澤の顔面を鷲掴みにした。

(こいつ‥今、サトコの前でキスと言おうとしただろ!?)

百合子にキスをされた際、黒澤は傍にいた。

幸い場所は唇ではなかったものの、だからといって言うわけにもいかない。

黒澤

むぐ、むぐ~!

苦しそうにもがくも、手を離したら何を言われるか分からない。

後藤

‥黒澤はこの後、大事な予定があるようだ

黒澤

んぐ~!!

そのまま黒澤を引きずるように、教官室から追い出した。

後藤

‥それで、サトコ。話の続きだが‥

サトコ

「後藤さん!資料をまとめ終わりましたので、ここに置いていきますね!」

後藤

あっ、おい!

サトコはデスクに資料を置くと、慌てて教官室を後にする。

ドアが閉められ、教官室には呆然と立ち尽くす俺だけが取り残された。

後藤

まさか‥な?

サトコの行動に、一抹の不安が過った。

【カフェテラス】

数日後。

(あいつら、また一緒にいるのか‥)

視線の先には、昼食を取りながら話をしているサトコと黒澤の姿があった。

(黒澤が余計なことを言ってないといいが‥)

ふたりが一緒にいるようになったのは、黒澤がゲイバーでのことを暴露しそうになった後からだ。

(今も一緒のところを見かけるということは、黒澤は口を割っていないってことだろう)

ホッとため息をつくも、嫉妬心がわずかに顔を覗かせる。

(俺もサトコと一緒に、学食で昼飯を食えたらいいんだが‥)

俺とサトコの関係は、周囲には秘密。

どんなことからバレるか分からないため、軽率な行動は出来なかった。

後藤

‥くそっ

小さく悪態をつくと、サトコたちを横目に食堂を後にした。

【廊下】

翌日。

講義が終わり教官室に戻ると、話し声が聞こえてきた。

黒澤

後藤さんのことですね!毎日、美女とデートしてるらしいですよ

東雲

やっぱりそうなんだ。オレも見かけたことあるんだよね

後藤

‥‥‥

ドアノブに掛けた手が、ピタリと止まる。

(あいつら、何の話をしてるんだ‥)

聞こえてきた内容からして、十中八九、百合子のことだろう。

飽きもせずよく話せるなと、ため息をつく。

(このまま中に入ったら、からかわれるのがオチだろう)

ドアノブから手を離し、どこかで時間を潰そうと踵を返す。

サトコ

「そんなはずないです!」

サトコの声が耳に届き、その場に立ち止まった。

どこか必死なその声音に、胸がキュッと締め付けられる。

(もしかして‥サトコも百合子のことを知っているのか?)

(だから最近、様子がおかしかったのか‥)

思い返すと、一緒に晩御飯を食べに行った時のサトコは、どこか不安げだった。

この前の教官室での出来事や、黒澤から何かを聞き出そうとしていることも、説明がつく。

(何が『サトコを傷つけたくない』だ)

(俺がサトコを、傷つけているんじゃないか‥)

罪悪感が膨れ上がり、教官室に視線を向ける。

サトコ

「あっ‥‥」

すると、サトコが教官室から飛び出してきた。

サトコ

「ご、後藤さん、あの‥」

サトコはどこか悲しげな表情をし、言葉を濁す。

(俺はサトコのことが、全く見えていなかったんだな‥)

それなのにサトコは、俺のためにムキになってくれる。

そんな彼女に、申し訳なさと共に、愛おしさが募っていった。

後藤

ちょっといいか?

サトコ

「‥はい、分かりました」

サトコが頷くのを確認すると、俺たちはこの場を後にした。

【屋上】

屋上にやってくると、俺はサトコに今までのことを打ち明けた。

後藤

ゲイバーと言ってもキャバクラと変わらないし、アンタに余計な心配をかけたくなかった

だけど、そのせいでアンタを不安にさせたな‥悪かった

サトコ

「後藤さん‥」

サトコは驚いたように目を丸くし、ふわりと笑みを浮かべる。

サトコ

「そんなことなら、早く言ってください」

「接待でキャバクラを使うのは、仕方がないですから」

後藤

ゲイバーでもか?

サトコ

「ゲイバーでもです」

後藤

そうか‥

いつもと変わらないサトコに、安堵している自分がいた。

(俺はきっと、こうして許してくれるサトコに甘えているんだな‥)

サトコはそのことに気付いていないだろう。

だけど、それでいいと思った。

後藤

実は‥この後も接待があって、もう出なければいけないんだ

サトコ

「そうなんですか‥頑張ってくださいね」

後藤

ああ、行ってくる

サトコ

「いってらっしゃい」

サトコはいつもの明るさで、俺を見送ってくれた。

【バー】

百合子

「ほらほら、せっかく来たんだからもっと飲みましょうよ~」

百合子は身体をしならせながら、空いたグラスに酒を注ぐ。

俺は二度と同じ過ちを犯さないように、常に気を張っていた。

上官

「こうしてみると、百合子ちゃんと後藤くんはお似合いのカップルだな」

百合子

「うふふ、ありがとう」

百合子は上官の言葉に、満面の笑みを浮かべる。

(冗談じゃない。何がお似合いのカップルだ)

俺の頭の中にあるのは、笑顔で送り出してくれるサトコの姿。

サトコ

『いってらっしゃい』

真実を知ってもなお、健気なサトコに愛しさで胸が詰まる。

(これ以上、サトコを傷つけたくない‥)

後藤

‥申し訳ありません。今日中に片付けなければならない仕事があるんです

上官

「お、おい‥後藤くん」

後藤

後のことは、黒澤に任せておりますので

それでは、お先に失礼します

俺は上官が何か言い出す前に、中座した。

百合子

「ちょっ、ちょっと!待って~!」

店を出てサトコに連絡を取り終えると、百合子に呼び止められる。

百合子

「いきなり席を立つなんて、どうしたのよ」

「大事な上官なんでしょう?それに、私だって‥あなたがいないと寂しいわ」

後藤

‥‥‥

俺は振り返り、百合子を真っ直ぐ見据えた。

後藤

大事な人がいるんだ。俺はアイツを、裏切れない

百合子

「大事な人‥へぇ、青臭い男ね」

百合子は天を仰ぎながら、言葉を続ける。

百合子

「始めから分かっていたわ‥私とあなたは結ばれない運命」

「だけど、ひと時の逢瀬が私の心の隙間を埋めて‥」

後藤

失礼する

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百合子

「なっ‥!最後まで聞きなさいよ~!」

俺は百合子をその場に置いて、駅へと急いだ。

【後藤の部屋】

サトコ

「あの‥後藤さん、大丈夫ですか」

家に着いて早々、サトコは心配そうに俺の顔を覗き込む。

サトコ

「私の勘違いならいいんですが、後藤さんの様子がいつもと違うような気がして‥」

「私で力になれることがあれば、なんでも言ってください」

後藤

サトコ‥

(気付かないわけない、か‥)

これ以上サトコに心配をかけたくない一心で、口を開く。

後藤

俺、は‥

だけど、あのことを言うのは躊躇われた。

それからサトコは少し考えた後、ソファから立ち上がる。

サトコ

「後藤さん、喉が渇きませんか?今、お茶を淹れてきますね」

いつだって俺のことを見て、気にかけてくれるサトコ。

そんなサトコに、愛おしいという想いが募っていった。

後藤

サトコ‥

サトコ

「っ!」

サトコを後ろから抱きしめ、唇を奪う。

舌を絡め合い、息もできないくらい深いキスを繰り返す。

いつもよりも強引なキスだったが、サトコへの想いは満たされない。

(欲張りになっているのかもしれないな)

愛情という独占欲が膨れ上がり、サトコの後頭部に手をあてがった。

サトコ

「っ‥後藤さん?」

時折、サトコの口元から艶めかしい吐息が漏れる。

その僅かな吐息さえも奪うように、何度も何度もキスを繰り返した。

後藤

フッ‥顔が赤くなってる

小さな音を立てて唇を離すと、サトコは顔を赤らめて俺を見上げる。

そんなサトコの一挙一動すら、煽っているようにしか見えなかった。

後藤

‥もうひとつ、言わなければならないことがあるんだ

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俺はサトコへの欲を抑えると、心のつっかえを取り除くように言葉を口にする。

後藤

俺と一緒にいたっていう女‥というか、男にだが‥

‥あいつに、キスをされた

サトコ

「キスって‥唇に、ですか?」

後藤

いや、ココにだ

俺は唇の下を指さしてサトコに教えると、驚いた表情をする。

後藤

どうしても、アンタに言えなかった‥

すると、サトコはすぐに柔らかい笑みを浮かべた。

サトコ

「後藤さん。そのくらいでは私は怯みませんよ?」

「全部受け止めるので、これからはなんでも話してください」

意を決した俺の告白を、サトコはすんなりと受け入れる。

(サトコに合わせる顔がない。サトコが悲しむんじゃないかって、散々迷っていたのに‥)

そればかりかサトコは、『俺が浮気をしたのでは?』と疑ったことを謝罪してきた。

サトコ

「百合子さんだけじゃないんですよ?その、加賀教官ともキスをしたって聞いたし‥」

後藤

は‥?

サトコ

「なのに最近、私にはキスしてくれていない気がして‥」

「もう私はいらないんじゃないかって心配だったんです」

(俺が加賀さんとキスだなんて‥どんな勘違いだ)

おそらく、黒澤が口走ったことを指しているのだろう。

あれは俺たちがキスしたことを指しているのではなく、

ゲイバーの女たちからキスをされそうになったことを指していたのだ。

(でも、サトコは真剣に悩んでいたんだな)

可愛らしい彼女の嫉妬心に、愛おしいという想いが溢れ出す。

俺はサトコの顎に手を掛けると、軽く持ち上げた。

先ほどのキスのせいか、潤んだサトコの瞳が俺の心を揺さぶる。

後藤

俺は‥アンタ以外には、こんなことをしない

サトコ

「ん‥」

そう言って、再び唇を塞ぐ。

サトコ

『あの‥後藤さんって、タバコを吸っていましたっけ?』

『そんなはずないです!』

『疑ってしまって‥すみませんでした』

唇が触れる度、これまでのことが脳裏を過った。

(サトコだって女なんだ。あんなことがあって、不安に思わないはずがない)

サトコ

「っ‥」

俺はサトコの不安を取り除くように、何度もキスを繰り返す。

(もう二度と、お前を悲しませるようなことはしないから‥)

Happy  End

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