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総選挙2016公約達成 東雲2話

~カレ目線~

【モニタールーム】

それは、シルバーウィークも終わったある日のこと。

難波

おお、歩。ここにいたか

近々、石神班と加賀班で合同飲み会をするぞー

ってことで会場の手配よろしく頼むな

東雲

手配‥ですか

(なんでオレが‥)

(こういうのは透の方が得意なのに‥)

難波

悪いなぁ。いつもなら黒澤に頼むところなんだが‥

あいつ今、大阪府警に出向いていてなぁ

東雲

‥っ

わかりました。手配しておきます

難波

それじゃ、よろしくな

ああ、店は海鮮がうまいトコにしろよ

最近は肉を食べ過ぎると翌日が辛くてな~

ひらひらと手を振る室長に「了解です」と笑顔で返す。

ドアが閉まったところで、オレは貼り付けた笑顔をすぐさま脱ぎ捨てた。

東雲

怖‥

(面倒くさいって思ったの、顔には出さなかったつもりなんだけど)

(‥ま、いいか)

(とりえず、コレ‥どうにかしないと)

【資料室】

というわけで‥

(ああ、いた‥)

見慣れた後ろ姿を見つけると、オレは背後から近づいていった。

東雲

おつかれ、氷川さん

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥氷川さん?

サトコ

「くぅ‥くぁ‥」

(‥スゴイ顔)

(口を半開きで寝てるとか、ありえないんだけど)

そう言えば、最近遅くまで資料作りをしていると聞いていた。

来週、行われるオリエンテーリングのための資料。

ちなみに受講するのは、彼女ではなく宮山だ。

(‥いいけど)

(それがこの子の務めなわけだし‥)

サトコ

「う‥ん‥」

「ブラック‥イガー‥‥‥むにゃ‥」

東雲

‥‥‥

(‥バカ)

仕方なくオレは、胸ポケットから付箋を取り出した。

そして、必要事項を書き記して、彼女のおでこに貼りつけた。

(早ければ3時間後、遅くても5時間後‥)

それくらいには店のピックアップを済ませて会いに来るだろう。

そう見越して、オレは資料室をあとにした。

【教官室】

ところがだ。

予想より1時間早くやって来た彼女が選んだ店は‥

東雲

‥なにこれ

この3軒目の『オレンジジュース飲み放題』って

サトコ

「ああ、そこ‥四国の名産品に特化したお店らしくて」

「特にオレンジジュースがおいしいって評判なんだそうです」

(‥なるほどね)

(3軒目は宮山チョイス‥ってわけ)

それどころか1軒目も2軒目もその可能性が高い。

(どうりで予想より早くやってきたわけか)

サトコ

「ちなみに、飲み放題メニューにはないんですけど‥」

「この店イチオシが『俺のオレ★ジュ』っていうオレンジジュースが」

「本当にもう絶品らしくて‥」

東雲

却下

(冗談じゃない)

東雲

ありえないから。3軒目は

言語道断とばかりに否定すると、彼女は心底残念そうな顔をした。

どうやら彼女の第一希望は3軒目だったらしい。

(なにそれ‥)

(なんでそんなに宮山の影響を受けてんの?)

そもそも、オレンジジュースを何杯も飲むとかありえない。

(「俺のオレ★ジュ」とかも意味わかんないし)

(そんなのより「幻」シリーズの方が絶対にうまいはず‥)

難波

んー、いいねぇ。『カツオのネギまみれ』‥

東雲

難波

やっぱ、この時期はカツオだよなぁ

(やば‥面倒な人が‥)

舌打ちしかけたオレとは対照的に、彼女の顔はあからさまなほど輝いた。

サトコ

「そうですよね!戻りカツオ、美味しいですし」

東雲

ちょ、キミ‥

難波

はは‥なんだ、氷川もカツオが好きか

サトコ

「はい!」

難波

だったらお前も飲み会に参加だな

(は!?)

難波

歩、参加者1人追加だ

店は、その3軒目のトコでよろしくな

最悪だ。

なんでこうなるんだ。

(オレンジジュース推しの居酒屋‥)

(しかも、うちの彼女が参加‥)

室長主催の飲み会では、よく大惨事が起こる。

ちなみに、オレが記憶しているなかで特にひどかったのは‥

兵吾さんの額に、透が油性ペンで「肉」って落書きしたこと。

それと、経緯は忘れたけど石神さんがずっと猫耳をつけていたことだ。

(今回の参加者は、もともと7人‥)

(ってことは、透もメンバーに入ってるはず)

嫌な予感がした。

というか嫌な予感しかしなかった。

【居酒屋】

そして、なぜか当たるものなのだ。

嫌な予感ほど、不思議なことに。

(ああ‥やば‥)

(天井‥まわってんじゃん‥)

彼女のかわりに度数の高いカクテルを飲んだ。

その結果が、今この状況だ。

(だって、ありえないし)

(うちの彼女の肩代わりを後藤さんが引き受けるとか)

まぁ、いい。

視界がグラついているだけで意識はハッキリしている。

難波

おーい、歩?

黒澤

大丈夫ですかー?

(これは「しつちょー」と「とーる」‥)

(ほら‥ちゃんとわかってる‥)

後藤

目が据わってますね

颯馬

ふふ‥初めて見ますね。こんな歩は‥

(「ごとさん」‥「はらぐろ」‥)

(‥違う、「はらぐろ」じゃなくて、たしか‥)

加賀

おい、水だ。飲め

東雲

ひょごしゃん‥

加賀

!?

(え‥何で驚いて‥)

黒澤

ぷっ‥『ひょごしゃん』‥『ひょごしゃん』って‥

後藤

よせ、黒澤‥

なぜ、笑われているのか分からなくて、少しボンヤリしていると‥

2人を押しのけて「がみー」が顔を出した。

石神

東雲、今、タクシーを呼んだ

氷川を付き添わせるから一緒に帰れ

(‥「氷川」‥?)

サトコ

「歩けますか、教官」

「歩けないなら、肩を貸しますけど」

(‥なに、この子‥)

不思議だ。

彼女の周りだけ、なぜかやけにキラキラして見える。

サトコ

「‥教官?」

(なんで?)

(キミ、何者‥?)

よくわからない。

わからないけど、彼女にはなぜかくっついてもいい気がする。

だから‥

東雲

んー

ぽすん、と彼女に身体を投げ出してみた。

サトコ

「ちょっ」

「きょきょ、教官!?」

難波

おっと‥歩、セクハラか?

(「セクハラ」‥なんで‥?)

(この子‥オレのなのに‥)

ああ、そうだ。

ようやく思い出した。

(この子‥オレのだ‥)

(オレだけの‥大事な‥)

サトコ

「ダメです、教官。まだ眠らないで‥」

石神

黒澤、反対側を支えろ

黒澤

了解でーす

恐ろしいことに、そこから先の記憶がほとんどない。

かろうじて覚えていることと言えば‥

タクシーに乗ったこと、家の中に入ったこと。

それからベッドに横たわったこと。

たった、これだけだ。

【寝室】

だから‥

東雲

う‥ん‥

痛っ‥

(なに、この頭痛‥)

(それに身体‥やけに重い‥)

身じろぎしようとして、誰かに抱きつかれていることに気が付いた。

(え、なに‥)

覚えのあるにおい‥

あたたかな、やわらかい感触。

(ああ、これ‥うちの‥)

東雲

!?!?

飛び起きようとして、全身が固まった。

オレに抱きついている彼女の肩が、まさにむき出し状態だったからだ。

(なにこれ‥まさか全裸ってこと‥)

(違う、キャミは着てる‥)

(下は‥)

(‥ダメだ、怖すぎる‥)

ひとまず、彼女の腕をはずして、自分だけベッドから抜け出した。

急いでTシャツに着替えながら、辺りを見回す。

床に散らばっているのは、自分のジャケットとシャツ。

それから、彼女のジャケットとブラウス‥

(スカートは‥履いたまま?)

だとしても、その下までは分からない。

ついでに言えば、今ここで布団をめくって確かめる勇気もない。

(とりあえず順番に思い出せ)

(昨日は、室長主催の飲み会で‥)

(オレは、彼女の代わりにカクテルを飲んで‥)

東雲

‥‥

‥‥‥ダメだ

やっぱり、そこから先のことは思い出せない。

ただ、はっきりしているのは‥

(うちの彼女が、キャミソール姿で、オレに抱きついて寝ていたこと‥)

(それと‥)

ちらりと覗いた胸元に散らばった鬱血痕。

それも1つや2つではない‥

(結構あった‥気がする‥)

いよいよ、頭を抱えたくなってきた。

オレの、今の身体の「感じ」では、何もなかったはずだ。

(でも、絶対とは言い切れない)

(これだと何もなかった確率はせいぜい50%‥)

悶々としていると、ゴミ箱が目に入った。

迷いに迷った末‥

オレは手を伸ばしてゴミ箱の中身を確認した。

東雲

‥‥‥‥‥セーフ

(いや、むしろ「アウト」か?)

ふっ、と浮かんだもう1つの可能性を、慌てて頭を振って否定する。

(そんなはずない。ちゃんと用意してあるし‥)

(でも、今回は相手が相手なわけで‥)

(いや、むしろ相手が相手だからこそ、そのあたりはちゃんと‥)

サトコ

「う‥ん‥」

ずいぶんとかすれて聞こえたその声に、オレは本気で飛び上がりそうになった。

サトコ

「あ‥れ‥もう朝‥」

(おつちけ‥)

(違う、落ち着け‥)

そうだ、冷静に‥

ここはいつもどおりに‥

東雲

‥なに、起きたの?

サトコ

「あ‥教官‥」

「おは‥」

不意に、鋭く息を呑んで、彼女は掛布団を被り直した。

サトコ

「す、すみません、あの‥」

「ブラウス‥を‥」

掠れた声に、恥ずかしさが滲んでいる。

そのことにドキリとしながらも、オレは努めて冷静なフリをした。

東雲

ブラウスって、これ?

サトコ

「はい‥」

「ありがとうございます‥」

背後で衣擦れの音がする。

でも、それよりさらに大きいのが、今のオレの心臓の音だ。

(‥ダメだ。耐えられない)

東雲

こ‥

コーヒー飲む?

サトコ

「あ、はい‥」

東雲

じゃあ、淹れてくるから

着替えが済んだらリビングに来て

返事を待たずに、寝室を飛び出した。

とりあえず、今は落ち着くのが先決だ。

【キッチン】

コポコポコポとコーヒーメーカーが音を立てている。

香ばしい香りが広がるなか、オレは必死に頭を巡らせた。

(こうなったら彼女自身に確かめるしかない)

問題はその手段だ。

オレは昨日のことをまったく覚えていない。

けれども、それをあの子に悟られたくはない。

となると誘導尋問するのがベストな気がする。

(大丈夫、このテのことは仕事で何度もやって来た)

(颯馬さんほどじゃないにしても、オレだってそれなりに‥)

東雲

彼女が、リビングにやってきた。

(とにかくやるしかない)

意を決したオレは、淹れたてのコーヒーをカップに注いだ。

そして、努めて普段通りを装ってリビングに顔を出した。

【リビング】

オレの気配に気付いたのか、彼女はゆっくりと振り返った。

サトコ

「あ‥」

「おはよ‥ございます‥」

(‥なんで目を逸らしてんの)

(それに、なに‥この変な雰囲気‥)

東雲

砂糖とミルクは?いつもどおり?

サトコ

「はい、まぁ‥」

カップを渡して、オレは隣に腰を下ろした。

(さて、ここからだ)

(何があったのか、うまく聞きださないと‥)

東雲

‥悪かったね。昨日は

サトコ

「えっ」

東雲

その‥大変だったんじゃない?いろいろと

まずは具体的に「なにが」とは言わず、ふわっと質問をぶつけてみる。

すると、彼女は「はい、まぁ」とうっすらと頬を赤くした。

サトコ

「あの‥実は起きてみたら身体があちこち痛くて‥」

(え‥)

サトコ

「教官、昨日は一晩中離してくれなかったし‥」

東雲

‥‥

サトコ

「痕も‥結構目立つし‥」

東雲

‥‥

サトコ

「それに、その‥腰がちょっと‥」

「たぶん、玄関の時‥無理したせいで」

(玄関‥無理!?)

(玄関で何が‥)

(ていうか玄関でアレコレしたからゴミ箱が空なわけ!?)

サトコ

「それで、思ったんですけど‥」

「次から、教官が酔っ払ったときは帰りますね」

「その‥昨日みたいに酔っ払って流されるのって、やっぱりどうかと思いますし」

彼女の言葉が、いちいちすべて突き刺さる。

(「酔っ払って」「流される」‥)

(流され‥)

‥終わった。

あんなに「卒業するまでしない」と豪語して、ここまで守ってきたのに。

(たった一晩‥しかも酒の勢いで‥)

なにより堪えたのは、その記憶がまるでないことだ。

(ありえないじゃん、それ‥)

遊び相手ならともかく、彼女は恋人だ。

自分なりに「大事にしたい」と思ってきた相手だ。

(なのに覚えてないとか‥)

(オレが彼女の立場なら、本気で今後の付き合いを考え直すパターン‥)

サトコ

「なので『初めて』が終わるまで帰りますね」

(‥ん?)

サトコ

「やっぱり、その‥『最初』がそれなのはイヤなので」

東雲

‥‥‥

サトコ

「あ、でも2回目以降なら『アリ』かなぁ、なんて‥」

「酔っ払った教官も、その‥なんていうか‥」

「すごく‥‥‥かったっていうか‥」

彼女が、まだ何か言っている。

けれども、その内容はまったく頭に入ってこない。

(「『初めて』が終わるまで」‥)

(「『最初』がそれなのはイヤ」‥)

それが意味するのは、つまり‥

(「セーフ」だ‥)

(何もなかったんだ‥)

身体中の力がすべて抜けた気がした。

こんなにホッとしたのは仕事以外では久しぶりだ。

サトコ

「‥教官、聞いてますか?」

東雲

‥‥‥

サトコ

「あの‥もしかして教官は、今の提案に『反対』‥」

「‥っ」

恐る恐る顔を覗き込んできた彼女を、オレは自分から抱きしめた。

東雲

反対じゃない

サトコ

「‥‥‥」

東雲

ちゃんとしたいから。オレも

酒のあやまち、なんて実際は珍しくないのかもしれない。

しかも、お互い「いい大人」で‥

そうしたことをしてもおかしくない間柄だ。

(それでも‥)

大事なんだ。

オレの腕のなかに、当たり前のようにおさまってくれるこの子のことが。

(だから‥)

髪の毛を撫でて、そっと身体を引き離す。

すると‥

サトコ

「んー‥」

東雲

??

なぜか、目を閉じて唇を尖らせているうちの彼女。

東雲

‥なに、その顔

サトコ

「キッス待ちです」

「これ、このあとキスする流れですよね?」

東雲

‥‥‥

サトコ

「だから教官‥」

「んーっ」

東雲

‥バカ

容赦なく喰らわせたデコピンに、彼女は「ぎゃっ」と悲鳴を上げた。

サトコ

「ひ、ひどいです!」

「どうしてモーニングキッスしてくれないんですか!?」

東雲

うるさい、紫

サトコ

「‥っ!も、もしかして下着の話ですか?」

「違いますから!これは、いつもの紫とは違って、新色の『ラベンダーピンク』で‥」

説明する彼女を放っておいて、オレはカップに手を伸ばす。

コーヒーがこんなに美味いと感じたのは、たぶんきっと初めてだ。

(でも「本当の朝」を迎えた時は‥)

さらに、違うふうに味わえるかもしれない。

そんなふうに思えるのは、なかなか悪いことじゃない気がしていた。

Happy  End

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