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大人の余裕が尽きるとき 難波3話


【屋上】

(ああ、私、なんて変なこと言っちゃったんだろう‥)

(なんかあの時の私、すごく面倒くさい女って感じだったよね)

室長との電話の会話が、再び頭を駆け巡った。

【寮 自室】

難波

別にそれくらいのことでいちいち気にしたりしないから、そんなに必死にならなくても平気だぞ

サトコ

「そ、そうなんですか‥?」

難波

ああ

サトコ

「じゃあ、いいんですか?行っても‥」

難波

もちろん

そんなの俺に確認する必要ないだろ?

お前が行きたいなら、行けばいいんだよ

サトコ

「‥ですよね」

【屋上】

サトコ

「はぁ‥」

(思い出すと気が滅入るな‥あれ以来、なんとなく室長とも気まずい感じだし‥)

(忙しくてあんまり話す機会がないのが、今となってはせめてもの救いかも‥))

少しでも気分を変えようと、屋上を歩き回る。

するとその一角で、室長が煙草を吸っていた。

サトコ

「あっ」

思わず声が出てしまい慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。

声に気付いて振り返った室長と思いきり目が合ってしまった。

難波

おお

サトコ

「ど、どうも‥」

(なんか固い‥)

(いつもならこういう時、『おお、ひよっこか~』とか軽い感じで言ってくるよね?)

いつもとは少し違う室長の様子に、そのまま先の言葉を見失う。

(どうしよう‥あの電話のことを謝るべき?)

(でもこんな所でいきなり言われても困るだろうし‥いえるような雰囲気でも‥)

難波

どうかしたか?

サトコ

「い、いえ‥あの、まだ用事が残っているので、失礼します!」

室長の顔もろくに見ずに頭を下げると、私は室長に背を向けて走り出した。

(どうしてだろう‥こんなに近くにいるのに、室長を遠く感じる‥)

【教官室】

サトコ

「失礼します」

夕方教官室に行くと、珍しく石神教官がひとりで机に向かっていた。

石神

何か用か?

サトコ

「後藤教官に資料整理を頼まれまして」

石神

そうか

石神教官は軽く頷くと、再び自分の仕事に没頭し始めた。

その邪魔をしないようにそっと後藤教官の机に向かうと、私もそこで黙々と資料整理を始める。

紙をさばく音とパソコンのキーボード音だけが響く中、私の想いは再びあの電話に飛んでいた。

(あの時の私、なんか変にムキになって‥やっぱり子どもっぽかったよね)

室長は私を信じているからこそ、同窓会に行くことなんて気にも留めず、

むしろ気持ちよく送り出そうとしてくれていたに違いない。

(それなのに私が、『ちょっとくらい心配して欲しい』なんて身勝手なことを考えたばっかりに‥)

我ながら不自然なやり取りになってしまったことが悔やまれた。

(室長に呆れられちゃったかな‥)

サトコ

「はぁ‥」

思わずため息をついた瞬間、こちらを見ていた石神教官とバッチリ目が合った。

サトコ

「あ‥し、失礼しました!」

(いけない、ここ教官室だった‥)

(とにかく今は、やるべきことに集中しなきゃ!)

ぼんやりしてしまった時間を埋めるべく、気を引き締めて資料整理を再開した。

石神

今日はもう帰れ

サトコ

「いえ、でも、まだ作業が‥」

石神

邪念がちらついているんだろう

頭が働かないなら無駄に残るな

サトコ

「‥失礼しました」

「でも、もう大丈夫ですので、集中し直して終わらせます」

石神

‥‥‥

石神教官は厳しい表情でじっと私を見てから、机に何かを置いて出て行った。

サトコ

「あの、これは‥」

(プリンドリンクって‥まさか、あの石神教官から差し入れ‥!?)

サトコ

「あ、ありがとうございます‥!」

いつも厳しい石神教官だけに、何気ない優しさが心に沁みた。

(石神教官にみっともない姿を見せちゃったな‥)

(挽回しないと‥!)


【同窓会会場】

数日後、同窓会の日がやってきた。

同級生女子A

「あ、サトコ、久しぶり!」

サトコ

「久しぶり~!元気だった?」

懐かしい顔ぶれが数十人ほど集まり、久々の再会に心が華やぐ。

(やっぱりいいな~、友だちとの再会!)

???

「氷川!」

懐かしい声が聞こえて、振り返る。

そこには、大人になった初恋の望くんの、あの頃と変わらない人懐こい笑顔があった。

サトコ

「望くん‥」

「久しぶりだな。元気だった?」

サトコ

「う、うん‥望くんは?」

「元気、元気。それだけが取り柄だからさ」

望くんは屈託なく笑いながら、そのまま私の隣に座った。

同級生男子

「なんだよ望、ちゃっかり隣キープかよ」

目の前の男子がからかってくるが、望くんは気にも留めない。

「氷川、なんか見違えたよ。すげぇキレイになったよな」

サトコ

「え‥そ、そんな‥」

あまりに率直に言われてしまい、無性に照れくさい。

でもその自然な率直さが、妙に新鮮でもあった。

同級生女子A

「ホント、キレイになったよ」

同級生女子B

「高校のときは確か彼氏いたよね?今はどうなの?」

サトコ

「それは‥」

同級生男子

「そういや刑事なんだろ?周り、男ばっかりじゃねぇの?」

サトコ

「ま、まあ‥あの、ちょっとお酒取ってくるね」

(こんな質問攻めに合うなんて‥)

なんとか席を抜け出し、ホッと安堵のため息をつく。

すると今度は、私の姿を見つけてヒロヨとミチルが近寄ってきた。

ヒロヨ

「どう?楽しんでる?」

サトコ

「うん、まあ‥」

ミチル

「サトコと望くんがいい雰囲気だって、早くも噂になってるよ」

サトコ

「そ、そんなことは‥っ!」

ミチル

「分かってるって。サトコには素敵な大人の彼氏がいるもんね」

ヒロヨ

「あんな彼氏がいたら、いくら初恋の君でも霞んじゃうか‥」

ミチル

「え?ちょっと、待って。サトコの初恋の君って‥?」

ヒロヨ

「望くんだよ!」

ミチル

「ええっ!サトコも望くんが初恋だったんだ!みんな好きだったもんね~」

サトコ

「しーっ!」

ミチルの大声にドキッとなるが、みんなそれぞれの話に夢中のようだ。

ミチル

「なんだ‥タイミングって難しいもんだね」

サトコ

「それはちょっと‥」

ヒロヨ

「そうだよね。でももし望くんとの再会の方が早かったら、どうなってたかな?」

言われた瞬間、室長の優しげな笑みが蘇った。

それから、怒った時の厳しい表情も、私を守ってくれる時の頼りがいのある表情も、

少し困った時の渋い表情も‥‥‥

サトコ

「そんなこと考えられないくらい、私には勿体ない人だよ」

自分でも驚くほどにきっぱりとした声が出て、

自分にとっての室長の存在の大きさを改めて痛感させられる。

ミチル

「でもさ、大人の彼って付き合うの大変でしょ?」

「私も前に一度だけあるけど、喧嘩とかできなかったもん」

サトコ

「それは、まあ‥」

ヒロヨ

「相手はどうなんだろうね?やっぱり年下だと遠慮したりするのかな?」

ミチル

「そりゃ、もう。別れてから知ったけど、すごいしてたみたいだよ」

ヒロヨ

「何事もお互いさまってことか」

サトコ

「そうだよね‥」

今さらながら、ヒロヨたちに言われてハッとなった。

(室長だって私と同じ気持ちのはず‥)

(だったら、私が本音とか弱音とか言えてないのに、室長が言ってくれるわけないよね‥)

室長のお見合い騒動があった頃や、長野に挨拶に行った頃はまだ、

お互いに素直になろうとしていたと思う。

でも気付けばいつの間にか、また素直な気持ちを押し殺すようになってしまった。

相手に負担を掛けないように、と変な気を遣って。

(室長にちゃんと伝えよう、自分の気持ち、思ってること‥)

(そしたらきっと、室長も素直な気持ちを言ってくれるはず)

(それでも分からなかったら、ちゃんと聞けばいいんだ。分かるまで、ちゃんと‥)

そう思ったら無性に室長に会いたくなり、私はレストランの片隅で室長に電話を掛けた。

(出ないな‥)

諦めて電話を切ったその瞬間、室長からのコールバックがくる。

サトコ

「室長‥!」

難波

なんだ?どうした?

サトコ

「今、同窓会中なんでけど、どうしても会いたくて‥話をしたくて‥」

電話の向こうで、室長がちょっと笑ったように思えた。

難波

‥今、ちょうど車で近くにいるから。終わったら連絡しろ

サトコ

「ほ、本当ですか?それなら、もう出ます!お店の外で待ってます」

(よかった‥すぐに室長に会える‥!)

私はみんなに別れを告げると、今にも溢れだしそうな喜びを抱えて外に出た。

【店外】

レストランを出ると、望くんが追いかけてきた。

「氷川、もう帰るの?」

サトコ

「あ、うん‥ごめんね。急に」

「そっか‥残念だけど、今日は会えてよかった」

サトコ

「私も。懐かしかったし、楽しかった」

「本当に?」

サトコ

「うん、もちろん」

「‥それじゃあさ、今度食事でも行かない?2人で」

サトコ

「え‥」

(さっきのあれ、お世辞じゃなかったの‥!?)

戸惑う私の手に、望くんがそっと触れた。

「ダメかな‥?」

サトコ

「あの‥あのね、望くん!」

???

「サトコ」

サトコ

「!」

背中越しに声を掛けられて振り返る。

そこには、室長が立っていた。

to  be  continued


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