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大人の余裕が尽きるとき 難波4話

カレ目線

【店外】

サトコとの電話を終えたあと、俺は同窓会が行われているレストランへと急いだ。

少し離れたところに車を停めてレストランの方を見ると、

サトコがキョロキョロしながら俺を待っている姿が目に飛び込んでくる。

(俺が見てないところでは、感情丸わかりだな)

(あのくらい分かりやすく俺にも気持ちを伝えてくれるとありがたいんだが‥)

苦笑しながら、大股でサトコの方へと近づいた。

その時だ。

見せの中から若い男が飛び出してきた。

「氷川、もう帰るの?」

サトコ

「あ、うん‥ごめんね、急に」

「そっか‥残念だけど、今日は会えてよかった」

男の真っ直ぐな言葉に、思わず俺は足を止める。

(こんなことをサラッと口にするとは‥今時のイケメン男子ってヤツは‥)

サトコ

「私も。懐かしかったし、楽しかった」

「本当に?」

サトコ

「うん、もちろん」

「‥それじゃあさ、また食事でも行かない?2人で」

難波

サトコ

「え‥」

(何だコイツ‥好意丸出しじゃねぇか)

サトコが固まっているのが分かった。

そんなサトコの手に、男がそっと触れる。

俺の頭に、一瞬で血が上った。

「ダメかな‥?」

サトコ

「あの‥あのね、望くん!」

難波

サトコ

サトコ

「!」

俺の呼びかけに、サトコは驚いたように振り返った。

(心配のしすぎってわけでもなかったようだな‥)

この数日間ずっと抱えてきた、モヤモヤした想いが蘇る。

【車内】

(確か同窓会、今日だったよな‥)

何でもないように『行って来い』とは言ったものの、

あの電話のときの、サトコの様子がずっと気にかかっていた。

(佐々木も『女の子は止めて欲しいもんだ』って言ってたしな)

(やっぱり一度くらい『行くな』って言ってみるべきだったか‥)

千葉と佐々木の会話を耳にして以来、ずっとそのことが気になっていた。

だがタイミングの悪いことに、あれ以来再び忙しく、

サトコとちゃんと話す機会もないうちに、こうして当日を迎えてしまった。

(屋上で会ったとき、言うんだったな‥)

数日前、たまたま屋上でサトコに会ったことがあった。

あの時は突然のことで心の整理ができず、

何と切り出したらいいか分からぬ間にサトコに立ち去られてしまったのだ。

(いざとなるとやっぱりな‥)

(男の嫉妬はみっともないというか、オッサンの嫉妬はどうなんだっていうか‥)

今までも嫉妬心を抱いたことはあったのに、

その度に『危なっかしい』などという別の言葉で誤魔化してきた。

その積み重ね結果がこれだ。

(ああ、もう‥落ち着かねぇな)

(こんなんならいっそのこと、迎えにでも行ってみるか)

思い立って、衝動的にサトコがいるはずのレストランに向けて車を走らせた。

しかし、いざレストランが見えてきたところでふと我に返る。

(何してんだ、俺‥さすがにこれは過保護すぎるだろ‥)

難波

帰るか‥

車をUターンさせたその時、サトコからの着信が入った。

難波

ちょ、ちょっと待て!

慌てて車を路肩に停めるが、そうこうするうちに電話が切れてしまう。

俺は迷うことなく、すぐにサトコにコールバックした。

サトコ

『室長‥!』

電話口から聞こえてきたのは、サトコの感極まった声。

難波

なんだ?どうした?

サトコ

『今、同窓会中なんですけど、どうしても会いたくて‥話をしたくて‥』

『会いたい』という真っ直ぐな言葉の破壊力に、俺の心を覆っていた壁が一瞬で壊れた。

(カッコ悪くたって仕方ねぇよな‥妬いちまってるんだから‥)

【店外】

サトコ

「室長‥」

振り向いたサトコが驚いたように言うと、若い男はサトコから離れ、

俺に軽く会釈をした。

「もしかして、上司の方?」

サトコ

「あ、うん‥上司というか‥」

サトコは戸惑ったように俺を見た。

(別に言っちまっていいのに‥)

サトコはいつもこうだ。

俺に遠慮して、2人の関係をどこまで公にしていいのかと常に迷う。

「初めまして。俺、氷川の小中学校の同級生です」

難波

ああ、それはどうも‥

(完全に上司認定か‥まあ、こんなオッサンじゃ当たり前の反応だろうが‥)

難波

サトコさんとはお付き合いしています

「!」

サトコ

「!」

難波

これから予定があるんだが、もう連れて行ってもいいかな?

「あ、はい‥どうぞ‥」

ポカンとなった男に構わず、俺はサトコの腕を取った。

難波

送るよ

サトコ

「は、はい‥」

【車内】

車に乗り込んでも、サトコはしばらく黙ったままだった。

(あんな風に交際宣言したから、驚いてるのか‥?)

気になって、チラリと横を見る。

目が合うと、サトコは照れたように微笑んだ。

サトコ

「嬉しかったです。迎えに来てくれて‥」

難波

いや‥その‥俺も会いたかったからな

照れ臭く思いながら言うと、サトコの顔に驚きが広がった。

難波

な、なんだよ‥

サトコ

「驚きました。室長がそんな風に言ってくれると思わなかったから‥」

難波

それはな‥

俺は照れを紛らわそうと、意味もなくアゴを撫でる。

難波

お前がそんな風に素直に気持ちを言ってくれてるんだから

まあ、俺もな‥

サトコ

「よかった‥私、ようやく気付いたんです」

「室長に本音をぶつけて欲しいって思いながら、自分でも全然本音が言えてなかったって」

難波

‥俺もだ

サトコ

「ごめんなさい」

難波

謝るなって。お互いさまだろ?

ゆっくりでいいから、お互い、本音を言い合える関係になろう

サトコ

「はい‥」

難波

また行き違っても、こうして立ち止まって解決すればいいしな

サトコ

「そうですね‥」

「じゃあ‥素直になりついでに言っちゃいますけど」

「本当は、同窓会に行くの、止めて欲しかったんです」

難波

サトコ

「こんなの私の我儘だって分かってるんですけど」

「私が同窓会に行くこと、全然気にしてくれないのかなって、ちょっと寂しくて‥」

難波

気にしないわけないだろ

‥ハッキリ言って、気が気じゃなかったよ

赤信号でブレーキを踏みながら、大きなため息をついてサトコを見た。

サトコは驚いたような嬉しそうな何とも言えない表情で俺を見つめている。

難波

でもそれも、俺の我儘だからな

サトコ

「そんなことないです。室長もたまには、私に我儘言ってください」

難波

それは、お前の我儘か?

笑いながら言うと、サトコはハッとしたように頷いた。

そのかわいい我儘に、俺の中に抑え込んでいた想いが湧き上がる。

難波

そう言ってくれるなら‥

信号が青に変わると同時に、俺は車をUターンさせた。

サトコが不思議そうに俺を見る。

サトコ

「?」

難波

俺の我儘だ

‥まだ、帰したくない

(俺がこんな風に、コイツに我儘を言う日が来るとはな‥)

心の中で苦笑しながら、俺はそっと隣の席のサトコに手を重ねた。

【難波マンション】

サトコを家に連れ帰ると、久しぶりにゆっくりとした2人だけの時間を過ごした。

難波

結構いい時間だな

風呂、一緒に入るか?

サトコ

「え、ええっ!?それはちょっと‥恥ずかしいです‥」

難波

我儘、聞いてくれるんじゃなかったのか?

わざとらしく恨めし気にサトコを見る。

サトコ

「そ、それは‥」

難波

オッサンを嫉妬させた責任も取ってもらわないとな

温泉行きを断られたのも寂しかったしな~

チクチクと言い募ると、サトコはギュッと目を瞑り、言った。

サトコ

「じゃあ、入りましょう!お風呂」

【風呂】

ちゃぽん‥

俺が先に湯船に浸かっていると、サトコは恥ずかしそうに背を向けながら湯に入ってきた。

滑らかな背中がすぐ目の前にきて、俺は思わずその身体に腕を回す。

そうして初めて、心からの安堵のため息が漏れた。

(こうやって腕の中に抱いてないと安心できないとは‥)

難波

初恋のヤツでこんなに焦るとはな‥

元カレとか出て来た日には、どうなることやら‥

サトコ

「そんなに焦ってたんですか?」

難波

‥‥

思わず本音を漏らし過ぎたとバツが悪くなり、思わず目を逸らす。

しかし顔だけで振り返ったサトコの視線を感じ、苦笑する。

サトコ

「ふふ、ちょっと嬉しいです」

難波

何がだ?

サトコ

「なんだか、余裕のない室長が見られて‥」

難波

その無防備な、心からの笑顔が俺の心を鷲づかみにした。

難波

たく‥そんな顔、他の男に見せるなよ?

サトコ

「見せません‥んっ」

堪らず、唇を重ねた。

しばらく会えなかった時間を埋めるように、長く、深く‥‥

狭い2人きりの空間に、互いの想いが満ちていく。

(カッコ悪くて見せられねぇけど)

(お前のことになると、余裕なんてすぐなくなっちまうんだよ、サトコ‥)

サトコ

「室長‥」

難波

違うだろ?‥サトコ

2人の時は、名前‥

思わず漏れたサトコの呼びかけに、俺はちょっと意地悪く言ってみる。

サトコ

「じ、仁さん‥」

難波

‥‥‥

(こんなんじゃ、余裕なんかなくなっても当然か‥)

恥らいながら、困ったように言うサトコがかわいくて、

俺はもう一度ゆっくりとキスを落とした。

Happy  End

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