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やさしい嘘を零すとき 東雲3話

【個別教官室】

ようやく実地訓練が終わり、久しぶりに教官室に顔を出す。

そこで私を待っていたのは‥

サトコ

「‥えっ、里親が見つかったんですか?」

東雲

キミが来なくなってすぐ、飼いたいって人から連絡があって

会わせてみたら、すぐに気に入ったみたいでさ

遊んだりしてるうちに子猫も懐いたし、これは大丈夫かなってことで

そのまま引き渡した

(そっか、見つかったんだ)

(本当に良かったけど‥)

懐いてくれたあの子の目が、今は遠く思える。

(あの子にもう、会えないんだなあ‥)

そう思うと、ぽろっと言葉が口をついて出た。

サトコ

「それは‥寂しいですね‥」

東雲

別に

サトコ

「え。でも、教官だって」

「寂しいでしょ?」と続ける前に、教官はばっさりと話を打ち切った。

東雲

キミが可愛がってたから、一応教えただけ

あまりに淡白な反応で、かえって引っかかる。

(でも、そうか)

(教官だって懐いていた猫が離れて元気がないのかも‥)

サトコ

「あ!」

東雲

何、急に

サトコ

「教官、里親さんの連絡先とかわかりますよね?」

「そしたら、また会いに行きましょう!心配だからとか何とか言って‥」

東雲

聞いてないし、教えてない

サトコ

「え‥」

(引き渡した後も元気にしてるか‥とか)

(教官は気にならないのかな‥?)

東雲

それよりキミのこないだの試験の結果

サトコ

「う‥」

東雲

83点。どう思う?数字だけ見ればまぁまぁだけど

サトコ

「‥ケアレスミスがありました」

東雲

そう、明らかな取りこぼしが5点はある

サトコ

「すみません‥」

東雲

これが実際のミッションだったら

サトコ

「『ちょっとしたミスが命取りになる』‥ですよね!よく分かってます‥」

東雲

できてないことは分かってるって言わないから

長いお説教にうなだれながら、どこか釈然としない思いだった。

(さっきの教官、無理やり話題を変えなかった?)

何かが隠されている気がする。

けれども、実際に子猫を世話していたのは教官なのだから、これ以上食い下がるのは‥

(立ち入りすぎっていうか、干渉しすぎ‥だよね)

確かめたいたくさんのことを、私は無理やり飲み込んだ。

【資料室】

それから数日が経った。

けれども、教官は相変わらずよそよそしかった。

(会っても目、合わせないし)

(会話は仕事と勉強のことだけだし‥!)

(それに教官、あれからずっと仕事に打ち込んでる)

その邪念を払うような打ち込みようは、何かを忘れようとしているようにも見える。

それが猫を手放したことへの寂しさだとしたら、

あの子猫を可愛がっていたことの裏返しなのだろうけれど。

(教官は優しいだけじゃなくて、すごく強い人だ)

大切にしていたからこそ、子猫をきちんと里親に送り出せる人。

(‥の、はずなんだけど)

(いや、でも教官って結構寂しがり屋だし‥)

【個別教官室】

サトコ

『教官、里親さんの連絡先とか分かりますよね?』

東雲

聞いてないし、教えてない

【資料室】

(念入りに信頼できる里親を調べてたのに)

(あんなさっぱりしてるなんて、なーんか引っかかる‥)

今回はまったく踏み込ませてくれないだけに、教官の本心が分からない。

(気になる‥)

(気になりすぎて、勉強も手につかない‥)

資料室の机に開いた資料は、さっきから同じページのままだ。

(‥あーっ、もう!)

(こうやって1人で悶々としてても分からないままだよね)

(やっぱり本人に直接聞こう!)

多分、最初は容赦なく拒絶されるだろうけれど。

(負けない‥!)

私は勢いよく立ち上がった。

【廊下】

教官室の前に立ち、ノックしようとした時だった。

黒澤

歩さん、最近元気ないですよ

何だかんだ言って、やっぱ可愛がってたんじゃないですか?猫ちゃん

(この声、黒澤さんだ)

(教官たちで東雲教官の噂してるのかな)

それはつまり、教官は部屋にいないということだ。

(じゃあ個別教官室の中なのかな‥)

踵を返そうとした時、気怠い声がドアの向こうから聞こえた。

東雲

別に、可愛がってない

(あれ、東雲教官もいるんだ?)

黒澤

またまたぁ

今頃、里親さんのところで元気に暮らしてますかね~

歩さんもそんなに落ち込むなら、里子になんか出さなきゃよかったのに

(2人であの子のこと話してるんだ)

(どっちにしろ、他の人もいるなら話は切り出せないよね‥)

そう思い、出直そうとした時だった。

東雲

‥里子には出してないよ

(!?)

黒澤

えっ?それってどういう‥

【廊下】

(里子には出してない?)

(じゃあ、子猫は今どこに‥)

そう思った瞬間、ドアの向こうで、教官の声がふっと低くなる。

東雲

‥生まれつき病気で、元々長く生きられなかったんだって

それで‥

サトコ

「‥!」

(それで教官、私には『里子に出した』なんてウソついて‥)

たまらず、私はドアを開けた。

【教官室】

サトコ

「それ、どういうことですか!?」

東雲・黒澤

「!」

サトコ

「あの子が‥って、本当なんですか?」

東雲

何のこと?

サトコ

「だって今‥!」

東雲

そんなこと言ってない。キミの聞き違いじゃない?

言いながら、教官はすっと視線を外す。

サトコ

「確かに聞いてました」

(そりゃ主に世話してたのは教官だけど)

(私だってあの子のことが好きで、可愛くて‥)

(なのに、あの子がいなくなった悲しみを、教官は私に負わせてくれないの?)

折り重なった悲しみが襲い、鼻の奥がツンと痛くなる。

サトコ

「なんで‥なんでそんな大事なこと言ってくれないんですか!」

東雲

それは‥!

詰め寄る私に、教官は弾かれたように顔を上げる。

けれども、何も言わないまま口を閉じてしまった。

黒澤

わわわ、ストップ!ストーップ!!

2人とも落ち着いてください

サトコ

「黒澤さん‥」

東雲

部外者は引っ込んでて

黒澤

確かにオレは部外者ですけどね

おふたりが猫ちゃんを失って悲しんでるのは、よく分かりますよ

サトコ

「‥‥」

黒澤

とりあえず、ふたりでちゃんと話してください

しばらくは誰も近づかないようにしますから

ね?

なだめるように笑ってから、黒澤さんは静かに出て行った。

東雲

‥‥

サトコ

「‥‥」

(‥どうしよう)

(聞きたいことは山ほどあるけど、何から聞けばいいのか‥)

永遠にも思えるほどの長い時間の後。

教官がポツリと呟いた。

東雲

‥キミのあんな話を聞いたら、言える訳ない

サトコ

「‥!」

おそらく、私が子どもの頃にお別れした猫のことだろう。

(あの子がいなくなったことを教えたら、また私が悲しむと思ったんだ‥)

教官の気持ちはストンと腑に落ちた。

けれども、やはり納得はいかない。

サトコ

「‥今の私はそんなにやわじゃないです」

東雲

‥‥

教官はじっと私を見つめている。

私も負けずに見つめ返した。

サトコ

「頼りなく思われるのは私の努力不足です」

「でも‥教官に全部背負わせる方が、ずっと嫌です」

「何があったのか、ちゃんと話してください」

「それで‥教官が思ってること、感じたこと、私にも半分持たせてください」

(‥『生意気』って、また言われちゃうかな)

内心、ちょっと身構えていたけれど。

そっぽを向いた教官がおもむろに口を開く。

東雲

‥‥

ほんと、しつこいよね

さすが、スッポンと綿毛のハイブリッド

呆れているような、諦めたような口ぶり。

けれども、その声には深い悲しみが滲んでいる。

東雲

‥分かった。最初から話すよ

根負けしたようにため息をついてから、教官は静かに話し始めた。

to  be  continued

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