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その気にさせてよ、早く 3話

【車内】

久しぶりのキッスは、甘くて幸せで、それがちょっとだけ悔しくて···
だから、つい本音が零れてしまったのかもしれない。

サトコ
「ずるい···教官ばかり···」
「私···失敗したのに······」

そう···
今となっては振り返るのも辛い。
「腕組み作戦」は、手汗びっしょりで終了。
「暗闇で不意打ち手つなぎ作戦」も、タイミングが悪くて効果なし。

(「ソフトクリーム作戦」は、むしろ教官の食べ方にドキドキしたし···)
(「テーブルの下作戦」は、教官に反撃をくらって···)

最終章「車でハニトラ作戦」は、私が突き指をして終わった。
これが公安の任務なら、間違いなく始末書モノだ。

(結局、教官は、私じゃドキドキしてくれない···)

なのに、逆はとても簡単なのだ。
たとえば、こうしたキスひとつにしても。

(ずるいよ、やっぱり)

サトコ
「私だけ···ドキドキして···」
「教官···全然···だったのに···」

(どうしたらドキドキしてくれるのかな)
(どうしたら、教官と「2度目の夜」を···)

東雲
どういう意味、今の

(え···?)

東雲
『失敗』とか『全然』とか

(「失敗」···「全然」···?)
(だから、それは今日の教官の···)

サトコ
「!!!」

フワフワしていた気持ちが、すべて吹き飛んだ。
自分が何を口走ったのか、ようやく気が付いたからだ。

サトコ
「い、いえ···その······特に深い意味は···」

東雲
誤魔化すな

サトコ
「で、でも、ほんとに···」

するん、と左のふくらはぎを撫であげられた。
自分でも恥ずかしくなるほど、ヘンな声が出た。

サトコ
「イヤです、そこ···っ」

けれども、教官は手を止めてくれない。
なめらかな手つきで、スルスルと手を移動させてくる。

サトコ
「···っ」

(ダメ···っ)

サトコ
「ダメですってば!」

東雲
じゃあ、話す?

サトコ
「話します!話しますから···っ」
「実は···」

······

サトコ
「それで···」

·········

············

サトコ
「なので···」

············

···············

サトコ
「というわけでして···」

東雲
···それで?

サトコ
「えっ、ですから、その···」
「教官をその気にさせる『セクシー作戦』はすべて失敗でした···と···」

東雲
······

サトコ
「以上です···」

東雲
······
···はぁぁぁっ!?
なんなの!?
バカなの、キミ

サトコ
「すみません!バカですみません!」
「でも教官、今日は『お泊りナシ』って言うし···」

東雲
それは仕事があるから···

サトコ
「今のも『拒否』の定型パターンだって聞いてたし···」

東雲
!?

サトコ
「そもそも今は『4人に1人が2度目を拒否される時代』で···」
「その···『ハジメテ』から『2週間以上空いたら要注意』って···」

東雲
誰が言ったの、それ
また透?

サトコ
「いえ、今回は『UN・UN』の特集で···」

教官が、ハンドルに顔を突っ伏した。
これは、完全に呆れられてしまったパターンだ。

(ダメだ···いたたまれない···)
(今すぐ、車を降りて帰りたい···)

東雲
···それで?
キミなりに考えた結果が、今日のアレ?

サトコ
「···はい、全部、失敗に終わりましたけど」

東雲
確かにね
どれも響かなかったし

(うっ···)

東雲
ていうか、よく実行する気になったよね
赤点ギリギリだったくせに
キミの『セクシャル・エントラップメント講義』の成績

(ううっ···)

サトコ
「でも、どうしても教官をドキドキさせたくて···」
「だったら、セクシー路線で攻めるしかない···って···」
「教官も『エロいことされるとドキドキする』って言ってたし···」

東雲
それ、いつの話?
たしか付き合う前だよね?

サトコ
「そ、そうですけど···」

ふいに、グッと顎をつかまれた。
驚いて息を呑むと、教官は艶っぽく唇をほころばせた。

東雲
バカ···いい加減、気付けよ
今は、毎日ドキドキさせられてるに決まってるだろ
可愛いキミに

(え···ほんとに?)

東雲
······

(うう···教官···)

サトコ
「教官ーっ、大好--」

東雲
···ハイ、終了

(な···っ)

東雲
ほんと、チョロいよね、キミ
この程度で引っかかるなんて

サトコ
「!!」
「まさかウソだったんですか!?」

東雲
当然
今のは見本。いわゆる『ハニトラ』の

(ひどっ···)

東雲
で、どうする?
開催してもいいけど。特別補習

(え···)

東雲
日にちは今日
場所はオレの家
まぁ···泊まりってことで

(ええっ!?)

【東雲マンション】

急いで用意したお泊りバッグを抱えて、よく知る玄関をくぐり抜ける。

サトコ
「おじゃま···します···」

東雲
なに、その顔
緊張しすぎ

サトコ
「だ、だって···」

(これって「そういう」ことだよね)
(これから「2回目の夜」···的な···)

サトコ
「···っ」

(マズい、心の準備が···)
(だって、まさかまさかの大逆転···)

【リビング】

サトコ
「え···」

リビングに、足を踏み入れてギョッとした。
ガラステーブルの上に、資料が山積みになっていたからだ。

サトコ
「教官、これ···」

東雲
ああ、資料
新年度用の

(じゃあ、本当に仕事するつもりだったってこと?)
(「拒否するための言い訳」じゃなくて?)

東雲
とりあえず風呂に入ってきて
その間に、こっちを片付けて···

サトコ
「いえ、帰ります」

東雲
は?

サトコ
「疑ってすみませんでした!おじゃましま···」

東雲
帰るな。落ちこぼれ

グイッと襟首を掴まれた。

東雲
補習は?

サトコ
「う、うう受けます、近いうちに···」

東雲
無理。今日限定

(うっ···)

東雲
それとも何?
断念するの?オレを誘惑できないまま

サトコ
「···っ」

(それは···)

サトコ
「しません···けど···」

東雲
だったら風呂
はい、ゴー!

(あ···っ)

教官は、私の荷物を取り上げて寝室に行ってしまった。

(教官···)

暮らしをおトクにかえていく|ポイントインカム

【バスルーム】

サトコ
「はぁぁ···」

(悪いことしちゃったな)
(雑誌に惑わされて、勘違いして···)

その一方で「嬉しい」と思う気持ちも否めない。
バカな私の不安を、教官はちゃんと汲み取ってくれたのだ。

(その上で「補習」って···)
(もう1回、チャンスをくれて···)

サトコ
「···ん?」

そう言えば、前にも同じようなことがなかっただろうか。

(たしか、まだ教官と付き合う前···)

【モニタールーム】

東雲
明日の0時から24時までの間にオレをその気にさせたら···
キミが知りたいこと、全部教えてあげるよ

(そうだ···あの時もいろいろ頑張って···)
(でも、今日と同じで、何をやってもさっぱりダメで···)
(挙句の果てに···)

東雲
キミのハニートラップには99.9%引っかからない自信があるから

サトコ

「な···っ」

東雲
ロクな下着つけてなさそうな子に誘われてもねー

【バスルーム】

(···ほんと、成長してないな、私)

でも、そんな私のために教官は時間を作ってくれたのだ。
本当なら仕事をするはずだった時間を、「補習」ということにして。

(だったら、ただの「2回目の夜」じゃダメだ)

【リビング】

(ちゃんと頑張って···)
(今日こそ、合格点をもらわないと)

寝室のドアが開き、教官が顔を出した。

東雲
···ああ、もうあがってたんだ
で、なんで撫でてるわけ?そのソファを

サトコ
「思い出してたんです」
「初めて、この部屋に来た時のことを」

東雲
······

サトコ
「あのとき私、『教官をその気にさせる』って目的でここに来て···」
「なのに全然ダメで」
「泣くだけ泣いて、そのまま寝落ちしちゃって···」

東雲
······

サトコ
「でも、今日は···」

私は、教官に近づくと肩に手を掛けた。
そして、ちょっとだけ背伸びをして···

東雲

···なに、今の

サトコ
「キッスです」

東雲
そうじゃなくて···

サトコ
「宣誓です」
「『今日こそ、ちゃんとその気にさせてみせます』っていう」

東雲
······ふーん
できるの?

サトコ
「やってみせます」
「せっかくお時間をいただいたので」

東雲
···そう

教官は、ニヤリと笑うと、耳元に唇を寄せてきた。

東雲
だったら待っていれば。寝室で
シャワーを浴びてくるから

サトコ
「はい」

【寝室】

寝室には、もうお客さん用の布団は敷いていない。
そのかわり···

(枕···新しいのだ···)
(この間まで1つしかなかったのに)

湧き上がる喜びを噛みしめていると、寝室のドアが開いた。

東雲
···なに、その顔

サトコ
「あ、その、枕を···」
「この新しいの、私専用なのかなーなんて···」

東雲
当然
誰が使うの、他に

サトコ
「···っ」

(肯定!?そんなあっさりと?)
(東雲教官なのに?)

動揺する私をよそに、教官は閉めたばかりのドアに寄りかかった。

東雲
···で?
どうすればいいの、オレは

挑発するような目で見つめられて、私はこくんと息を呑んだ。

サトコ
「そこに···座ってください」

東雲
そこってベッド?

サトコ
「はい」

東雲
···こう?

教官の目線が、いつもよりも下になる。
私は、少し屈むと、そっと唇を落とし始めた。
つむじ···おでこ···目尻···頬···
そして、唇···

サトコ
「ん···」

(時間···かけてもいいかな···)
(教官······キッス、好き···だし······)
(あ、でも服···どのタイミングで脱がせれば······)

東雲
膝···

サトコ
「え···」

東雲
乗れば?こういうときは···

サトコ
「あ···そうですよね···」

(そうだ···そのほうが近くなる···)
(それに服だって···)

キスを繰り返しながら、Tシャツの裾に手を伸ばす。
勢いよく、たくし上げようとしたところで···

サトコ
「痛···っ」

東雲
···何?

サトコ
「あ、その···指······」

東雲
ああ、突き指したとこ?
使ったの?

サトコ
「はい、つい忘れてて···」

東雲
バカ

教官は、痛めた方の私の手を、包み込むように握りしめた。

サトコ
「あの、これは···」

東雲
拘束
キミが間違って使わないように

(う···)
(でも、それだと片手しか使えない···)

東雲
何、ギブアップ?

サトコ

「···いえ!」

再び、シャツの裾に指をかけて、今度は少しずつたくし上げていく。
なかなかうまくいかないのは、やはり片手しか使えないせいだ。

(ダメだ、めくっても落ちちゃう)
(裾の掴み方を変えないと···)

東雲
···ねぇ、さっきから寂しいんだけど
唇が

サトコ
「···っ」

(そうだった、キッス···!)

けれども、唇同士が触れ合うと、どうしても手が疎かになってしまう。
フワフワし始める頭を叱咤し続けるのは、なかなか至難の業だ。

(キッス···もっとしたい···)
(でも、服···脱がせない···と···)

だって、もっと先に進みたい。
唇同士で交わす以上の熱が欲しい。

サトコ
「は···ぁ···」

(あと···ちょっと···)
(片方···袖が抜ければ···)

教官が、少し笑って腕を動かしてくれた。

(やった、抜けた···)
(あとはこのまま一気に······)
(えい···っ)

ようやく、教官の素肌が目の前に現れた。

(よかった···できた···)
(でも、疲れたな···ちょっと休憩したい···)

そんな私に気付いたのか、教官が身体を横たわらせてくれた。

(あ、優しい···)
(なんだか嬉しいな、こういうの···)

東雲
···で、続きは?

サトコ
「···っ」

東雲
その気にさせてよ、早く

(前言撤回···やっぱりスパルタだ···)
(しかも、教官···余裕ありすぎるし···)

サトコ
「続き···は···」

(どうしよう···いっぱい触りたい···)
(いっぱいキッスしたい···けど···)

東雲
···すごい顔

サトコ
「え···?」

(あ···)
(やだ···これじゃ···)
(頭···すぐフワフワして···)
(このままじゃ、何もできない···)

東雲
···よわすぎ
ほんと向いてないよね、キミ
自分から誘惑するの

サトコ
「だって、教官だから···」

東雲
······

サトコ
「教官じゃなかったら···こんな···」

たぶん、こんな風にはならない。
ここまで頭がフワフワしない。

(ぜんぶ、教官だから···)
(教官とのキッスだから···)

東雲
······バカ

濡れた唇を、指で拭われた。
教官の頬が、心持ち、赤くなったような気がした。

東雲
いいよ
なってあげる。その気に

腰を引き寄せられ、組み敷かれた。
シャツの裾から手を入れられて、思わず「あ···」と声が漏れた。

(じゃあ、合格?)
(これで今度こそ本当に···?)

訊ねようとした言葉は、形にならない。
すべて、吐息へと変わってしまう。
するん、と脱がされたシャツ。
重なる肌と肌。

(教官だ···)
(教官のにおい···体温···)

サトコ
「あ···」

東雲
······

サトコ
「教官···唇······」
「唇···寂しい······」

東雲
···なにそれ。学習の成果?

教官を目を細めると、人差し指で私の唇をツ···と撫でてきた。

サトコ
「ん···っ」

東雲
······

(え···これだけ···?)

サトコ
「教官···」

東雲
······

サトコ
「教官、もっと···」

東雲
もっと、なに?

(キッス···)

そう答えるかわりに、教官の指を口に含んだ。
そして、わざと音を立てて吸い上げてみせた。

(雑誌で学んだことを活かさなきゃ···)

東雲
···っ
教えてないけど、そんなの

サトコ
「ほーよーへんへす···」

東雲
応用編?
···へぇ、生意気

教官の目に、これまでとは違う色が滲んだ。

東雲
わかった。覚悟しなよ
あおったの、キミなんだから

ようやく、望んでいた形で唇に熱を与えられる。
けれども、それは寂しさを埋めるどころか、押し流すような激しさで、
私はあっという間に翻弄されてしまった。

サトコ
「あ、や···」

東雲
······

サトコ
「もっと···」
「もっとゆっくり···」

東雲
無理

サトコ
「ぁ···っ」

「2度目の夜」の教官は、ちょっと余裕があって、意地悪で···
それでも、最後の最後はやっぱり丁寧で、優しくて···

(もう、ずっとこのままがいい)
(このまま···ずっと···ずっと···)
(教官にくっついていたいなぁ···)

それから、どれくらいの時間が流れたのだろう。

サトコ
「う···ん······」
「ケホッ···」

(ん···なんか喉が······)
(何か飲みたいな···お水とか···)

のろのろと身体を起こしたところで、隣が空いていることに気が付いた。

サトコ
「え···教官···?」

一瞬、朝なのかと思ったけど、カーテンの外はまだ暗い。

(トイレかな)
(それともシャワーとか?)

気怠い身体と何とか動かして、私は寝室のドアを開けた。

サトコ

「あ···」

【リビング】

東雲
すぅ···すぅ···

(そうだ···教官···)
(本当は、今夜仕事するはずで···)

Happy  End

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