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東雲 出逢い編 1話

【モニタールーム】

公安学校の入学式が終わって突然始まった訓練は、各教官とのペアに分かれての潜入捜査。
誰を選ぶか迷っていると、東雲教官と目が合った。

(最年少で公安のトップチームに配属された天才刑事か···)
(さっきのシャワールームでの誤解も解きたいから、東雲教官にしよう)

サトコ
「東雲教官、お願いします」

東雲
こちらこそ、よろしく

全てのペアに分かれたところで、石神教官から訓練内容が記載された書類が配られた。

東雲
じゃあ、早速だけど
オレの任務はちょっと機材が必要だから、教官室まで取りに行くの手伝ってくれる?

サトコ
「はい!」

(教官だけど話しやすい···それに他の教官と比べて歳も近いし、やりやすそうだな)

笑顔の東雲教官に案内されて、訓練への期待を胸に教官室へと向かった。

【個別教官室】

サトコ
「失礼します」

(ここが東雲教官の教官室···きちんと整頓されてる。綺麗好きなんだ)

東雲
ちょっとそこで待ってて。荷物まとめるから

サトコ
「はい」

(そうだ、さっきのシャワールームでのこと話さないと···)

サトコ
「あの、今朝のことなんですけど、あれは···」

東雲
キミ、刑事になるのが夢なの?

サトコ
「え、あ、はい!警察官を目指したのも、刑事さんになりたかったからなんです」
「卒業すれば刑事になれる警察学校に入れたなんて、本当に夢みたいで···」

東雲
夢みたい、か。あながち間違ってないかもね

サトコ
「え?」

クスッと笑った東雲教官がこちらを振り向く。
そのまま近づいて来て、自然と壁際に追い詰められてしまった。

サトコ
「あ、あの···?」

東雲
キミ、裏口入学だよね

サトコ
「!」

(裏口···でも入学書類を出してくれたのは部長で···)
(けど、私が主席で入学なんてやっぱりおかしいよね)

否定できずに口ごもっていると、東雲教官がこれまでとは違う笑みを刻んだ。

東雲
この学校はキャリア組の警察官でも優秀な人しか入れない所だからね
そうじゃないキミが、不法な手段で入ったと知れたら···
学校はおろか、警察にもいられなくなるかもね

サトコ
「そんな···私はそんなつもりではなくて···!」

東雲
刑事の道を諦めたくなかったら、自分がやるべきことはわかるよね?

吐息が触れそうな距離まで、東雲教官の顔が近づいてくる。

(や、やるべきことって、どんなこと!?)

東雲
···なに目をつぶってるの

(え···)

東雲
現実逃避?
それともキス待ち顔ってやつ?

(な···っ)

サトコ
「ち、違います!教官が顔を近付けてくるから···」

東雲
ふーん、オレのせいねぇ···
ま、いいけど···はい、これ

(私のスマホ!いつの間に···!)

東雲
とりあえず事実確認してみなよ
もしかしたらオレの勘違いかもしれないしね

サトコ
「そ、そうですよね」

私はスマホを受け取ると、早速上司の番号を呼び出した。

(どうか裏口入学じゃありませんように)
(かなりありえないけど、どうか、どうか···)

上司
『はい』

サトコ
「ご無沙汰しています、氷川です」

上司
『ああ、公安学校はどうだね?』

サトコ
「本日、無事に入学しました」
「ところで、その···入学願書のことなんですけど···」

5分後···

サトコ
「そうですか···書類に嘘を···」

上司
『はははっ、まぁ、入ってしまえばこっちのものだから』
『君がいい刑事になれるように祈ってるよ』

サトコ
「ありがとうございます···では失礼します」

(終わった···本当に裏口入学だった)
(ていうか『虚偽の申告』って立派な犯罪なんじゃ···)

呆然としたまま通話を切る。
その途端、背後でピッと短い電子音がした。

東雲
撮影完了

サトコ
「!?」

東雲
キミと上司の電話での会話、全部動画で撮っておいたから
これでもう言い逃れは無理だね

<選択してください>

A: 言い逃れなんてしません

サトコ
「言い逃れなんてしません」
「事実は事実ですから」

東雲
···ふーん

B: 盗撮ですか

サトコ
「盗撮ですか」

東雲
そんな大げさなものでもないでしょ
堂々と撮ってたのに、キミが気付かなかっただけ

サトコ
「······」

C: ······

サトコ
「······」

東雲
···なに?ショックで口もきけない?

サトコ
「別に、そういうわけじゃ···」

東雲
で、これからキミはどうするの?
不正も判明したわけだし、刑事の道を諦める?

サトコ
「それは···」

東雲
······

サトコ
「諦めたくないです」
「私、やっぱり刑事になりたいです」

(図々しいけど、卑怯だって分かってるけど···!)
(私、刑事の夢を諦めたくない!)

東雲
···あっそう。じゃあ、取引ね

サトコ
「取引···?」

東雲
まずは、そうだな···

【コンビニ】

サトコ
「すみません、『幻のピーチネクター』を1本ください!」

店員
「今日はもう売り切れです」

サトコ
「ええっ?」

【スーパー】

サトコ
「すみません、『幻のピーチネクター』って···」

店員
「申し訳ありません。本日分は完売しました」

【デパート】

サトコ
「あ、あの···幻の···」

店員
「ピーチネクターなら売り切れましたよ」

サトコ
「そ、そうですか···」

(うう、こうなったら駅前まで行くしか···)

【個別教官室】

そして···

サトコ
「し、失礼します···」
「東雲教官、頼まれていた『幻のピーチネクター』を···」

東雲
おかえり
ピーチネクター1本に1時間15分もかかるってどういうこと?

サトコ
「すみません。でもどこも売り切れで吉祥寺まで行って···」

東雲
ま、裏口入学だからしょうがないか
じゃあ、次
ここにメモしたものを買ってきて

サトコ
「『Y社製外付けHDD』···」

東雲
それ、たぶん新宿の家電量販店に行かないとないから
じゃあ、よろしく

サトコ
「は、はい···」

(新宿って人が多すぎて学生の頃から苦手だった記憶が···)

【家電量販店】

サトコ
「はぁぁ···」

(やっと着いた···めちゃくちゃ回り道した···)
(なんで新宿駅の中ってあんなに広くてグチャグチャなんだろ)

サトコ
「ま、いっか」

(とりあえず買い物しなくちゃ!)
(頼まれてたのは『Y社製外付けHDD』だったよね)
(HDDはこのフロアにもあるはずだけど···)

サトコ
「うわぁ···」

(さすが東京の量販店···品物多すぎだよ)
(こういうときは店員さんに聞いてみるのが一番だよね)

あたりを見回していると、おばあさんに家電の説明をしている男性が目に入る。

(あの人、親切そうだな)
(あ、ちょうど話が終わったみたい!声をかけてみよう)

サトコ
「すみません」

店員?
「はい」

サトコ
「Y社製の外付けHDDが欲しいんですが···」

店員?
「?」

(あれ、聞こえなかったのかな···?)

サトコ
「あのですね、Y社製の外付けHDDを探してるんですが···」

店員?
「ああ···」
「えっと、そうですね···」
「Y社製のものは入荷数が少ないはずですから···」
「ここではなく6階の専門フロアに行くといいと思いますよ」

サトコ
「そうですか。ありがとうございます、店員さん」

(よし!じゃあ、6階に行こう!)

店員?
「···店員?」

こうして入校初日はあっという間に過ぎ···

【寮 自室】

サトコ
「ううう···疲れた···」

鳴子
「ほんとだよ。まさか初日からこんなにキツいなんて」

サトコ
「そうそう···」

(ピーチネクター買いに行かされたり···)
(他にも家電量販店とか、人気のパン屋さんとか、あとは···)

鳴子
「やっぱり潜入捜査って大変だよね」

(···ん?)

鳴子
「ルート確定するのも大変らしいし」
「もちろん変装なんてこれまでしたことなかったし」

(ルート確定···変装···)
(そんなこと、私···今日1つも習ってないんですけど!)

【カフェテラス】

翌日。
ランチの列に並びながら、私はそれとなく食堂内を見回してみた。

(確かに···みんな、お昼休みなのに担当教官と話し込んでるよね)
(そういえば鳴子も『教官のレクチャーを受ける』って言ってた···)
(でも、私は···)

東雲
邪魔

サトコ
「!」

東雲
列、とっくに進んでるんだけど
並ぶ気ないなら退きなよ、ウラグチさん

(な···っ!)

サトコ
「そ、その呼び方はやめてください!」

東雲
なんで?

サトコ
「それは、その···」
「いろいろバレるかもしれないじゃないですか」

東雲
キミのあだ名なんて誰も気にしてないよ
まぁ、誰かに訊かれたら『私のコードネームです』って言い張れば?

サトコ
「そんな無茶苦茶な···」

抗議しているうちに、私の順番がまわってくる。

東雲
ああ、オレ···エビフライ定食で

(なっ···、私のほうが先に並んでるのに!)

サトコ
「すみません、私もエビフライ定食···」

おばさん
「ああ、ごめんね。エビフライ定食はあと1食なのよ」

(そんな···!)

東雲
···譲るよね?
もちろんオレに譲るよね、ウラグチさん

(そ、それを言われると···)

サトコ
「···はい」

東雲
じゃあ、エビフライ定食はオレで
彼女は素うどんでいいそうです

サトコ
「違います!」
「うどんに温玉とちく天!ちく天もつけてください!」

東雲
なにそれ。大事なことだから2回言ったわけ?

サトコ
「別に、そういうわけじゃ···」

(私もエビフライ···食べたかった···)

東雲
···ああ、そうだ
それ食べ終わったらモニタールームに来て
潜入捜査訓練の説明をするから

サトコ
「!」

東雲
返事は?ウラグチ···

サトコ
「聞こえてます!がんばります!」

東雲
···無駄にうるさいね、キミ

(うっ···)

東雲
まぁ、いいけど。とにかく伝えたからね

サトコ
「はい!」

(いよいよ訓練···)
(これが刑事になるための第一歩なんだ!)

【モニタールーム】

昼休み10分前···
私は逸る気持ちを抑えきれないまま、モニタールームにやってきた。

サトコ
「失礼します!」

東雲
うるさい

サトコ
「す、すみません」

東雲
とにかく、そこに座って。今から訓練の説明をするから

サトコ
「はい」

(やっぱり最初は変装について習うのかな。それともルート確定について?)
(それとも···)

東雲
まずはこのモニターを見て

教官がキーボードを操作すると、2つのモニターが起動する。

東雲
これは、すぐそこの商店街に仕掛けられてる監視カメラの映像
地図はこれね。で、この丸印が監視カメラの場所

サトコ
「はい···」

(監視カメラ···2ヶ所にあるんだ···)

東雲
キミには花屋の入口からスタートして···
30メートル先の空き地に辿り着いてもらう

サトコ
「······」

東雲
···以上

(えっ···)

サトコ
「なにもない、ただの空き地に行くだけですか?」
「ふつう潜入捜査ってヤクザのアジトに忍び込むとか」
「情報屋のいるバーに潜入するとか···」

東雲
なにそれ。どこの刑事ドラマ?

(うっ···)

東雲
ま、いいや
イメージしてみなよ
商店街の道が『潜入捜査の廊下』、空き地が『敵のアジト』ってことで

サトコ
「···わかりました」

(よし···イメージしてみよう)
(ここは商店街じゃない···『敵のアジト』のある建物···)
(私は『潜入先の廊下』を通って『敵のアジト』へ···)

東雲
あ、条件がひとつあった
空き地に行く時、この2つの監視カメラに絶対に映らないこと

サトコ
「えっ」

東雲
見ての通り、監視カメラは5秒ごとに映像が切り替わる
その、どれか1つにでも映りこんだらアウトね

(ええっ!?)

私は慌ててモニター画面に飛びついた。
2つの監視カメラは空き地周辺のあらゆる場所を映し出している。

(これに映らないようにって···)
(必ずどっちかのカメラが空き地周辺を映してるんですけど!)

サトコ
「こんなの無理···」

東雲
だったらやめれば?

サトコ
「!」

東雲
どうせ裏口なんだし、荷物まとめて帰りなよ

サトコ
「···嫌です」

私は、いつの間にか握りしめていた拳に力を込める。

サトコ
「このまま帰るのは絶対に嫌です」

東雲
じゃあ、答えて
キミならどうやって空き地に辿り着く?

(私なら···)

<選択してください>

A: 監視カメラを操作する

サトコ
「監視カメラを操作します」

東雲
へぇ···どんなふうに?

サトコ
「えっと···監視カメラを一時的に止めるとか」
「映った後で細工するとか」

東雲
へぇ···キミにそんな技術があったんだ

サトコ
「え···」

東雲
もちろん、できるから言ったんだよね?

サトコ
「うっ、その···」
「すみません···」

東雲
だろうね

東雲教官は、軽く肩をすくめてみせる。

B: 猛ダッシュで走り抜ける

サトコ
「猛ダッシュで走り抜けます!」

東雲
サイアク

(うっ)

東雲
暑苦しすぎ

(そ、そういう教官こそ冷ややかすぎるんですけど···)

C: ···分かりません

サトコ
「···分かりません」

東雲
『分からない』じゃなくて『考えてない』でしょ?

(うっ···)

東雲
ま、いいけど。所詮キミなんて裏口入学なわけだし

東雲
今回だけヒントをあげるよ
今から10分間、この2つのモニターを観察して

サトコ
「···それだけですか?」

東雲
それだけで十分でしょ
キミがこの学校で学ぶに値する人材ならね
じゃあ、用意···スタート!

教官に席を譲ってもらい、私は2つのモニターを見比べる。

(鳴子や他の人たちなら、こんな訓練、どうってことないのかな)
(皆はちゃんと実力を認められて入学してきたわけだし)
(でも、私だって負けたくない···)
(裏口入学だけど、刑事になる夢を諦めたくない!)
(だったら、この訓練をちゃんとクリアしなくちゃ···)

東雲
······

【商店街】

30分後。
私と教官は訓練場所である商店街に来ていた。

(落ち着け···落ち着け···)

東雲
準備はいい?

サトコ
「はい」

東雲
制限時間は1分。それまでに空き地に辿り着くように

サトコ
「···了解です」

(監視カメラを気にしなければ、たぶん10秒もかからない)
(でも、今回はカメラに映らずに辿り着かないといけない···)

東雲
カウント 10秒前

サトコ
「······」

東雲
4、3、2、1···

軽く背中を押されて、私は足を踏み出した。

(最初の10メートルはそのまま前進できるんだよね)
(問題はそのあと。普通に行けば、絶対監視カメラに映っちゃう···)
(でも、実は監視カメラの死角になる場所が3ヶ所あった···)
(一定条件下で、たったの10秒間だけなんだけど···)
(それをうまく利用できれば目的地に辿り着けるはず!)

(まずは最初の死角になる自販機の横に···)

サトコ
「えいっ!」

(よし、うまく移動できた!)
(あとは、監視カメラのランプを確認しながらカウントを取るしかない)
(いま、赤く点滅した···ここから10秒後···)
(3、2、1···)

???
「きゃあっ」

(えっ···)

驚いて振り返ると、男が1人、猛ダッシュで逃げていく!

女性
「ひったくりよ!」

サトコ
「!?」

おばあさん
「誰か!誰かバッグを···」

サトコ
「待ちなさい!」

東雲
ちょっと!キミ···

サトコ
「はぁ···はぁ···」

犯人
「くそ···っ」

サトコ
「待ちなさい!そのバッグ、返しなさい!」

犯人
「チッ」

さすがに諦めかけたのか、犯人は走るのをやめる。

【路地】

犯人
「はぁ···はぁ···」
「ごめ···オレが悪かった···」

サトコ
「分かればいいんです。では、そのバッグを···」

その途端、犯人は手にしていた何かを投げつけてきた!


サトコ
「···っ!」

(なにこれ···粉···!?)

サトコ
「ゲホゲホゲホッ」

犯人
「バーカ!」

(ひ、卑怯者···っ!)

【モニタールーム】

東雲
···で?
キミが咳き込んでるうちに、ひったくり犯は逃げたわけだ?

サトコ
「はい···」

東雲
まったく···呆れてものも言えないね

露骨にため息をつく教官に、私は「すみませんでした」と頭を下げる。

サトコ
「本当にすみません!」
「でも、次こそは必ず捕まえて···!」

頭を上げると、東雲教官はわざとらしくため息をつく。

東雲
そうじゃないよ
それって、オレたちの仕事じゃないって言ってるの

(え···)

東雲
このモニターを見て
キミ、監視カメラにばっちり映ってるんだけど

サトコ
「はい、でもそれはひったくり犯が現れたから、つい···」

東雲
これが本当の潜入捜査だったらどうするの?
任務失敗ってことだよね?

サトコ
「そうです。でも、ひったくり犯が···」

東雲
だから!!

東雲教官は苛立ったように、モニターを叩いた。

東雲
キミはヒーローにでもなりたいの?
悪いヤツを捕まえて、皆にちやほやされたいわけ?

サトコ
「そういうわけじゃ···」

東雲
言っとくけど、公安はヒーローにはなれないよ
身分も明かせないし、目立つことも出来ない
他の事件に遭遇しても、場合によっては素通りしないといけない

サトコ
「······」

東雲
キミ、確か『刑事』になりたかったんだよね?
でも刑事部の『刑事』と『公安刑事』は別物だよ

(あ···)

東雲
今回の件については反省文5枚提出
以上

サトコ
「···わかりました」
「この度は申し訳ありませんでした」

私は奥歯をグッと噛み締めると、モニタールームをあとにした。

to be continued

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