【居酒屋】
鳴子
「ええっ、ひったくり犯を探したい!?」
サトコ
「しーっ、しーっ!」
千葉
「それは、その···いろいろまずいんじゃないか?」
「そういうのって公安の仕事じゃないわけだし」
サトコ
「分かってる。頭では分かってるんだけど···」
私は、これまでの事情を説明した。
自分がひったくり犯を取り逃がしたこと。
盗られたバッグが大事なものだったこと。
サトコ
「でも、犯人はまだ見つかってないみたいで···」
千葉
「確かにその状況だといろいろ気になるだろうけどさ」
「そこはやっぱり所轄に任せた方が···」
鳴子
「でも私は、サトコの気持ちもわかるけどな」
(え···)
鳴子
「『公安だ』『所轄だ』って以前にさ」
「ふつーに人として助けたくならない?」
「困ってる人がいて、自分に助ける手段があるならさ」
(鳴子···)
千葉
「でも俺たちにできるか?」
「ひったくり犯を捕まえるのって大変だって言わない?」
鳴子
「私、だいたいのやり方なら頭に入ってるよ」
「研修で所轄に回された時、盗犯係に配属されたから」
サトコ
「ほんと?」
鳴子
「うん、だから協力してもいいよ」
サトコ
「ありがとう。鳴子!」
鳴子
「で、千葉くんはどうするの?」
千葉
「そんな···女性2人がやる気なら···」
「俺だって、力を貸さないわけにはいかないだろ」
鳴子
「よし、じゃあ、決まりね!」
サトコ
「ありがとう、2人とも!」
【商店街】
鳴子
「念のため、確認だけど」
「このことは、他の皆には秘密ね」
「バレるといろいろ言ってくるヤツもいると思うから」
サトコ
「うん」
千葉
「わかった」
鳴子
「あと、教官達にも絶対バレないようにしないとね」
サトコ
「う、うん···そうだよね」
(特に東雲教官にはバレないようにしないと···)
千葉
「あ、東雲教官」
とっさに私は、鳴子の背中に隠れる。
鳴子
「ちょっと、どうしたの」
サトコ
「あ、その···つい条件反射っていうか···」
千葉
「あれ···誰かと一緒だ」
鳴子
「えっ···」
「ほんとだ!教官、女連れじゃん!」
(うそ···あの東雲教官が?)
千葉
「けっこう美人だよな」
鳴子
「うん···しかもすごい親しげ」
「あれは間違いなく、付き合って5年は経ってるね」
(たしかに、そんな感じかも···)
(へぇ···教官にカノジョかぁ···へぇ···)
【寮 談話室】
翌日から私たちのひったくり犯調査が始まった。
鳴子
「まずは情報集めだよね」
「って言っても平日は勉強の合間時間しかないわけだけど」
サトコ
「一番情報を持ってるのは所轄だよね」
鳴子
「まーね。あとは捜査関係のDBにアクセスする方法もあるけど···」
サトコ
「それってアクセス制限あるよね?」
千葉
「そこは、うまくやればできるんじゃないかな」
「たとえば、ほら···」
千葉さんがネットワーク関連の教本を開く。
千葉
「ここに書いてあるやり方を応用してさ」
鳴子
「そんなの、できるの?」
千葉
「やってみないと分からないけど」
「もしバレたら『講義の予習をしてました』ってとぼければいいんじゃない?」
鳴子
「千葉くん···意外と腹黒だね」
千葉
「そんなことないよ。これくらい、ここでは誰でもやってるって」
「ただDB上にない情報は集められないけど」
鳴子
「それは、こっちでなんとかするよ」
サトコ
「なんとかって?」
鳴子
「たとえば、そうだなぁ···」
「所轄の人たちと楽しく合コンとか?」
サトコ
「そっか···なるほど」
鳴子
「なるほどじゃないよ。あんたも参加するんだよ、サトコ」
サトコ
「えっ、私も?」
鳴子
「当たり前じゃない。『ハニートラップ』の実践編だと思えばいいでしょ」
「じゃあ、セッティングしておくから」
サトコ
「う、うん···わかった!」
(合コンはたぶん週末だよね)
(それまでにできることといえば···)
(犯人は男性···身長はあまり高くなかったよね)
(でも意外とがっしりしてて、普段から鍛えてそうな感じで···)
鳴子
「なにしてるの」
サトコ
「犯人のメモ。忘れないうちに絵にしようと思って」
鳴子
「そっか。そういうの大事だもんね」
「あれ、この地図は?」
サトコ
「明日、商店街の人たちに聞き込みするんだ」
「もしかしたら他にも被害にあった人がいるかもしれないし」
【住宅街】
サトコ
「すみません。この辺で最近ひったくりにあったって話、聞いてませんか?」
女性1
「さぁ、私は特に···」
女性2
「ああ、でもうちの子の先生が被害に遭ったらしいわよ」
サトコ
「本当ですか?どんな感じだったんですか?」
女性2
「えっと、聞いた話だと···」
でも、こうした調査以上に、やらなければいけないことはあるわけで···
【寮 自室】
サトコ
「Zzzz···」
鳴子
「サトコ」
サトコ
「Zzzzzz···」
鳴子
「起きなよ、サトコ!」
サトコ
「···ふわっ!」
鳴子
「もう···ノックしても出てこないから何してるのかと思えば···」
「教科書によだれ垂れてるよ」
サトコ
「うわ···ほんとだ。つい···」
鳴子
「そんな疲れてるならさ。無理して勉強してないで寝ちゃいなよ」
サトコ
「ん···でもあとちょっとで予習が終わるから···」
(今週末は調査目的の合コンもあるし、今のうちに終わらせないと···)
【カフェテラス】
そして週明け···
私たちは調査結果を持ち寄って集まった。
鳴子
「まずは私たちからね」
「今回のひったくり事件だけど、同じ手口の事件が管内で続いてるみたい」
「サトコが遭遇した他にも20件以上あるんだって」
千葉
「正確には22件だね」
サトコ
「えっ、どうして知ってるの?」
千葉
「実は捜査用のDBにアクセスできたんだ」
サトコ
「うそっ、すごい!」
鳴子
「やるじゃん!」
千葉
「ははっ、そんなことないって」
サトコ
「犯人については何かわかった?」
千葉
「まあ、ある程度はね」
「犯人は20代から30代の男性、右腕に目立つ傷あり」
サトコ
「傷?」
鳴子
「サトコは見た?」
サトコ
「ううん。私が捕まえようとしたの、左腕だったから」
鳴子
「そっか···それで?」
千葉
「出没場所と時間帯については、この地図を見て」
サトコ
「結構バラバラだね」
千葉
「うん···どれもA署管轄内ではあるんだけどね」
鳴子
「でも、22件もやらかしておいて」
「バッグも財布も1つも出てこないってのは興味深いよね」
サトコ
「どういうこと?」
鳴子
「ふつう、ひったくり犯って金目になりそうなものを手に入れたら」
「バッグや財布は捨てるんだよ」
「大事に持ってたら、捕まった時、言い逃れできないでしょ」
サトコ
「そっか···じゃあ、どうして捨てないんだろ」
千葉
「コレクタータイプとか?」
鳴子
「なにそれ」
千葉
「そういう犯罪者がいるって、犯罪実例集で読んだことがあるんだ」
「自分の盗んだ者を『戦利品』として大事に取っておくみたい」
鳴子
「だとしたら、犯人を捕まえたらバッグも取り戻せるってこと?」
サトコ
「おばあさんのバッグも?」
千葉
「その可能性は高いと思うよ」
(よしっ···ちょっと希望が見えてきた!)
(ただ、問題はどうやって捕まえるかなんだよね)
(こっそり調べている以上、逮捕状は取れないし···)
(そうなると現行犯で捕まえるしかないわけなんだけど)
【シャワー室】
サトコ
「はぁぁ···」
(いったいどうすれば···)
東雲
「······」
サトコ
「······」
「きゃあああっ!」
(で、で、出たーっ!)
東雲
「なに悲鳴あげてるの」
「被害者はこっちなんだけど」
<選択してください>
サトコ
「す、すみません!」
「そんなつもりじゃなかったんですけど」
東雲
「···どうだか」
「案外、欲求不満だったりして」
サトコ
「違います!」
東雲
「じゃあ、欲求は満たされてるってわけ?」
サトコ
「そ、それは、その···っ、それなりに···」
東雲
「ふーん···」
サトコ
「わ、私だって被害者です!」
「見たくて見たわけじゃないのに」
東雲
「なにそれ」
「つまりキミは、オレが露出狂だとでも言いたいの?」
サトコ
「いえ、なにもそこまでは···」
(ていうか、なんで2度もこんな目に···)
サトコ
「だって、教官がいると思わなかったので、つい···」
東雲
「普通は入る前に気配くらい感じるでしょ」
「仮にも公安のタマゴなんだから」
(そういうものなの?でも···)
プルルル···
東雲
「あ、そこの携帯とって」
サトコ
「はい···」
教官は携帯を受け取ると、ディスプレイを確認して通話に出る。
東雲
「東雲です···はい、はい···」
「おとり研修?それ、オレの担当じゃないんですけど···」
(おとり研修···おとり···おとり···)
(それだ!)
【寮 入口】
次の休日···
(スーツよし、バッグよし!髪型よし!)
サトコ
「これで普通のOLに見えるよね?」
鳴子
「うーん···見えなくはないけど···」
「本当にこれでひったくり犯が現れるかな」
サトコ
「大丈夫。高級ブランドのバッグ、レンタルしてきたから!」
「どう見たって、丸の内のOL!」
鳴子
「う、うん···」
千葉
「でも、それ···盗られたら弁償だよな?」
サトコ
「うっ、そうだけど···」
「大丈夫、絶対盗られないようにするから」
「むしろ犯人を捕まえてみせるから!」
鳴子
「わかった、健闘を祈る!」
千葉
「でも、あまり無理はするなよ」
サトコ
「うん。じゃあ、いってきます!」
【商店街】
(とりあえず、今日はこのあたりをウロウロしてみよう)
(で、犯人が現れたら···)
サトコ
「えいっ···やあ···っ!確保···!」
(···よし、イメージトレーニングは完璧!)
(あとは歩き続けるのみ!)
サトコ
「出発!」
ところが2時間後···
(おかしいな···それらしい人が全然現れないんだけど)
(いちおう『隙のあるOL』っぽくしてるつもりなんだけどな)
???
「ちょっと、あんた」
(もっと歩き方とか変えた方がいいのかな)
(でも『隙のあるOL』の歩き方っていったい···)
不機嫌な男
「あんた、聞こえてないのかよ!」
(えっ、私?)
不機嫌な男
「あんた、警察官だろ」
サトコ
「え、はい、まぁ···」
不機嫌な男
「王林大学に行きたいんだけど」
サトコ
「あ、それならここを真っ直ぐ行って右です」
不機嫌な男
「あっ、そう」
(···今『警察官だろ』って言ってたよね)
(おかしいな···ちゃんとOLに変装してるはずなのに)
ショーウィンドに写った姿を、私は改めて確認する。
(ちゃんと変装できてるよね)
(『我ながら完璧』って思ってるんだけど···)
???
「すみませーん、ちょっといいですかぁ?」
(ん?)
可愛い女
「王林大学に行きたいんですけどぉ」
サトコ
「あ、えっと···真っ直ぐ行って右に曲がってください」
可愛い女
「ありがとうございまーす!」
「良かったね、憲ちゃん」
憲ちゃん
「そ、そら···子さん、くっつきすぎです!」
そら子
「そう?これくらい普通じゃない?」
「じゃあ、ありがとー!」
憲ちゃん
「助かりました」
サトコ
「···はい」
「······」
(今のは偶然だよね?)
(警察官だってバレたわけじゃないよね、うん)
(よし、今度こそ···!)
そして6時間後···
(おかしい···どうして現れないんだろう)
(でも、ひったくりといえば『夜』!きっとこれから本番のはず)
(よし、ここからが勝負···)
サトコ
「···!」
(人の気配···誰かが近付いてくる···!)
歩くスピードを少し緩めながら、私はふっと息を吐く。
(落ち着け···落ち着くんだ)
(まずはバッグに手を掛けさせること)
(それで引っ張ろうとしたら、すかさず捕まえて手を捻り上げて···)
心の中で復唱しているうちに、足音がどんどん近づいてくる。
(あと少し···もう少し···)
(来る···っ!)
???
「おい」
(へっ?)
加賀
「やっぱりてめぇか、クズ」
(か、加賀教官!?)
加賀
「···ん?なんだ、その格好は」
「転職活動でもする気か?」
サトコ
「い、いえ、そんな···滅相もない···」
???
「どうした、加賀」
加賀
「室長···」
(えっ···)
(あ、この人、公安課のボスの難波室長···!)
難波
「なに?めずらしいな、お前が女の子をナンパするなんて」
加賀
「違います。こいつは歩の補佐官です」
難波
「ああ、そうなんだ」
サトコ
「はじめまして!公安学···」
難波
「はい、そういうことは外では言わない」
サトコ
「!」
(···そうだった、つい)
サトコ
「失礼しました。氷川サトコです」
難波
「そう、氷川さんね」
「せっかくだから俺たちについてくる?」
サトコ
「えっ?」
加賀
「ほら、さっさと来い。クズ」
(えっ···でも、せっかくのおとり捜査が···!)
【ラーメン屋台】
難波
「じゃあ、いただきますってことで」
加賀
「······」
サトコ
「···いた、だきます···」
(なんで私···教官たちとラーメン食べてるんだろ)
難波
「で、最近はどう?」
加賀
「まぁ、それなりに」
難波
「歩は?」
加賀
「答えろ、クズ」
サトコ
「は、はいっ!」
(って、私が答えるの!?)
サトコ
「えっと···」
(まさか裏口入学がバレてパシリにされますなんて言えないし)
(シャワー室で2度も遭遇···ダメダメ、ダメだってば!)
サトコ
「あ、その···」
「東雲教官は教え方が上手って評判です」
難波
「そうなの?」
加賀
「アレは頭の回転は人一倍速いですから」
難波
「そのくせ天才気質じゃないのが不器用っつーか、可哀想っつーか」
「もっと空気読めない系だったら、ある意味幸せだったろうに」
そういうと、難波室長は私のほうに向き直る。
難波
「アイツ、意外と繊細だろ?」
「いわゆる『ガラスのハート』ってやつ?」
サトコ
「?」
難波
「だから仲良くしてやって」
サトコ
「···はぁ」
(仲良くって言われても、教官と生徒だし···)
(そもそも東雲教官が『ガラスのハート』って···防弾ガラスの間違いなんじゃ)
難波
「よーし、今日もうまかった」
「じゃあ、ごちそうさん」
加賀
「お疲れさまです」
サトコ
「お疲れさまです」
(ん?『ごちそうさん』···?)
サトコ
「ああっ、会計!」
加賀
「騒ぐな、クズ」
加賀教官は財布を取り出すと、千円札を3枚カウンターに置く。
加賀
「3人分。釣りはいらねぇ」
おじさん
「あいよ」
サトコ
「···ごちそうさまです」
慌てて頭を下げると、加賀教官はじろりとこっちを見た。
加賀
「歩の女を見たことあるか?」
サトコ
「えっ?」
(東雲教官の女?)
脳裏を過ったのは、もちろん先日見かけた女性だ。
加賀
「···あるんだな。いつだ?」
サトコ
「えっ···と、その···」
加賀
「さっさと答えろ、クズ」
サトコ
「あ、あの···この前、親睦会があった日の夜に···」
加賀
「そうか」
(えっ···ええっ?)
(なに、今の···意味深すぎて気になるんですけどー!)
【モニタールーム】
サトコ
「はぁぁ···」
(ダメだ、昨日の加賀教官の発言が気になりすぎる···)
(加賀教官って、確か東雲教官の上司だよね)
(どうして上司が、部下の女性関係を···)
東雲
「ちょっと」
サトコ
「ぎゃあっ!」
東雲
「···どういう悲鳴?色気なさすぎ」
サトコ
「す、すみません···でも全然気配がしなかったから···」
東雲
「これくらい普通」
「で、頼んでおいたデータの複製は?」
サトコ
「今、やってるところです」
東雲
「ふーん···って···」
「まだ30%?今まで何やってたの?」
サトコ
「何って、言われた通りに複製を···」
東雲
「要領悪すぎ」
「応用効かせればサクサク進めるでしょ」
「たとえば···」
東雲
「ほら、こんな感じで···」
(ちょ···うわ···っ)
東雲
「あと、この作業はこうやって···」
サトコ
「······」
東雲
「それと、こっちは···」
「って、あまり説明しても分からないか」
「キミ、ウラグチさんだもんね」
<選択してください>
サトコ
「すみません、裏口で···」
東雲
「ああ、開き直るんだ」
「じゃあ、『これ』についても開き直るのかな」
サトコ
「いえ、教えてください」
東雲
「無駄だよ」
サトコ
「教えていただければちゃんと覚えます」
(裏口にだってそれくらいの意地はあるんだから!)
東雲
「···そこまで言うなら教えてもいいけど」
「その前にこっちの説明をしてもらおうか」
サトコ
「どうせ裏口ですから」
東雲
「うわぁ···卑屈ー」
(···そんな楽しそうに言わなくても)
東雲
「じゃあ、そのヒクツさんに質問だけど」
東雲教官はポケットから3枚の写真を取り出した。
東雲
「これ、ちゃんと見て」
サトコ
「はい···」
「!!」
(これ、昨日のおとり調査の···!)
東雲
「1枚目は14時の時の写真」
「2枚目は15時···3枚目が19時」
サトコ
「······」
東雲
「こんな疲れたOLみたいな格好して、1日中なにしてたの?」
「オレに分かるように説明してくれる?」
to be contineud