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東雲 カレ目線 2話



【モニタールーム】

訓練生が入校してから数週間が過ぎた。

サトコ
「教官、今日のネクター買ってきました!」

東雲
そこに置いといて

サトコ
「はい!」

今日も「ウラグチ」は無駄に元気だ。
というか、元気しか取り柄がない気もするけど。

(ま、バカはバカなりに一生懸命やってるみたいだし)

サトコ
「あ···」

ふいに、ウラグチが何かに気付いたように声を上げた。

東雲
なに?

サトコ
「あっと···大したことじゃないんですけど···」
「教官、一昨日も同じ映像を見ていたなぁと思って」

(え···)

確かに彼女の指摘どおりではあった。
もっとも、気付かれたところで差し支えのない映像ではあるけれど。

東雲
まさかキミ、いちいちチェックしてるの?
オレがなんの映像を見てるのかって···

サトコ
「ち、違います!」
「今回はたまたま頭に浮かんできたんです」
「一昨日声をかけた時も、教官、今みたいに机に肘をついて···」
「ちょうどそのとき、モニターに同じ映像が映ってたなぁって」

東雲
······

サトコ
「あ、でも服は違いますよね」
「一昨日はスーツを着てました。それでTシャツは水色で···」

彼女は、ずいぶん詳しく「一昨日のこと」を語り出す。
まるでその場面を「写真」か「映像」で確認しているかのように。

(もしかして、この子···イメージ記憶がうまいってこと?)



【喫茶店】

(だとしたら、使い方次第では面白い刑事になるかも)
(勉強の仕方だって、もっと変えればもっと成績も上がって···)

そんなことを手帳に書き込んでいると、ふわっと甘い香りが鼻をくすぐった。

(この香りは···)

さち
「ごめんね、待たせちゃって」

東雲
いいよ、オレが少し早く来すぎただけだし

1ヶ月ぶりに会う彼女を、それとなく観察する。

(メイクも香水も変わってない···マニキュアも···)
(ああ、でもネックレスが違ってる···)
(さちの趣味じゃないから、関塚さんからのプレゼント···ってとこ?)

そんな彼女はロイヤルミルクティーを頼むと、改めてオレのほうに向き直った。

さち
「なにを書いていたの?」

東雲
ちょっとね、仕事上のメモ
今、手のかかる部下が1人いてさ

さち
「へぇ、どんな人?」

東雲
バカな子

さち
「···バカ?」

東雲
そう、バカ
ついでに嘘つくのがヘタ。要領も悪すぎ

さち
「······」

東雲
そのくせ、正義感とやる気だけは人一倍
だから、すぐによけいなことに首を突っ込むし
実力が伴わないからミスも多いし

さち
「······」

東雲
でも、まぁ少しは見どころがあるんだけどね
オレの勘違いかもしれないけど、そこを伸ばせば···

さち
「ふふっ」

突然、さちが笑い出した。

東雲
え、なに?

さち
「歩くん···本当はその人のこと、すごく気に入ってるんでしょ」

東雲
は?全然違うけど

さち
「だけど、楽しそうにしてるよ?」

東雲
まさか、迷惑してるのに

さち
「あ、嘘ついた。私には、ぜーんぶ分かるんだから」

東雲
···そう

(全部分かる···ね)

コーヒーと一緒に、自嘲気味な言葉を飲み込む。
だって、さちは「肝心なこと」は何ひとつ分かっていない。

東雲
ところで今日の用件は?

さち
「そうそう!あのね、もうすぐ彼の誕生日でね」
「プレゼントの候補が2つあるんだけど···」

さちの頬が、うっすらと赤く染まり出す。
嬉しい時や楽しい時に見せる、彼女の一番きれいな顔。

(ほんと···なにも分かってない)
(そんな顔、無防備に見せておいて···)

さち
「それでね」

話に夢中になってるさちが、身体を前に乗り出してくる。
肩にかかっていた髪の毛が、ゆらりと揺れて前に落ちた。

(髪、カップに···)

伸ばしかけた手を、オレは慌てて引っ込めた。

東雲
さち、髪の毛

さち
「え?」

東雲
カップに入りそう

さち
「あ、ほんとだ」
「ありがとう、歩くん」

東雲
···うん

迂闊に手を伸ばせない。
触れることなんてできやしない。
一度もオレを「恋愛対象」として見てくれなかった、大事な大事な幼なじみ。



【旅館】

だからこそ、腹が立ったのだ。
研修先で、さちからの電話を受けたあと、
うちの補佐官が口にした、何気ない一言に。

サトコ
「あ、その···アレですね···」
「さちさんと仲良いんですね」
「なんか会話だけ聞いてると恋人同士みた···」

最後まで言わせず、彼女を壁際に追い込んだ。
最近は、「壁ドン」なんて言われてるけど、本来はただの恐喝手段の1つだ。

東雲
興味あるの?オレのこと
だったら、一晩かけて教えてあげようか

オレのひと言に、彼女はぴくりと身体を揺らす。
けれどもこの程度で許してやるつもりなんかない。

(なにも分かってないくせに)
(なにも知らないくせに)

どんな思いで、オレがさちと会っているのか。
どんな思いで、さちと接してきたのか。

(恋人だなんて、そんなの一度も···)

サトコ
「す···すみません!」

突然の大声が、オレの鼓膜を揺らした。

サトコ
「興味なんて全然···」
「なので教官のことより、あ···」
「明日のバスの場所を教えていただければと···」

東雲
······

(···え?)
(なにそれ、このタイミングで交渉···?)

確かに彼女がこの部屋にいるのは、オレから情報を聞き出すためだ。
でも、だからって···

(なんで今···)
(しかも、そんな震えてるくせに···)

東雲
······アハハハハッ

たまらず、オレは吹き出した。

東雲
悪くないね···ぷ···くくっ
今の聞き出し方は悪くないよ、ハハッ!

だって、さすがに驚くじゃないか。
彼女の度胸とか図太さとか、図々しさとか···

(ダメだ、この子···面白すぎ···)

笑いに笑ったせいなのか。
鬱々としていた気持ちは、いつの間にか吹き飛んでいた。
もっとも当の彼女は、ずっと釈然としない顔をしていたけれど。

【教官室】

さて、その数日後···

東雲
ふわぁぁ···おつかれさまでーす

颯馬
石神さん、歩が···

石神
東雲、来てくれ、話がある

(めずらしいな。石神さんがオレに声をかけるなんて)

東雲
なんですか、いきなり

石神
氷川の不正入学が、訓練生たちに露呈した

東雲

石神
恐らく本人も、すでに耳にしているだろうが···

東雲
どうするんですか?対応策は?

石神
すでに上に提案してある。あとは許可が下りるのを待つだけだが···

颯馬
おそらく時間がかかるでしょうね

東雲
···じゃあ、その間は放置ですか

10分ほど前、モニタールームに挨拶をしに来た彼女を思い出す。
昨日までは体調不良で休んでいたこともあって、今日は随分と張り切っていた。

(それなのに、この状況って···)

石神
どこへ行く、東雲

東雲
ちょっとトイレに

颯馬
教場近くのトイレですか?

朗らかに響いた問いかけに、オレは少しだけ足を止めた。

東雲
さあ?
そのあたりは気分次第ですかね

【廊下】

そんなわけで、オレは教場近くのトイレに向かうことにした。
理由?
もちろん「気が向いたから」だ。
案の定、教場のそばを通りかかると訓練生たちの声が聞こえてきた、

男子訓練生A
「例の話、本当かよ?」

男子訓練生B
「絶対本当だって!長野県警のおエライさんから聞いたんだぜ」
「『氷川の経歴は嘘だ』って」

男子訓練生C
「でも、それ···飲み会の席での話なんだろ」

男子訓練生B
「バカ、だからこそ信憑性があるんだろ」
「酔っ払ってたから、上司がうっかり口を滑らせたんだろうが」

(ふーん、そういうこと)

それに対して、勇ましくも鳴子ちゃんが反論する。
けれども、圧倒的多数の前では少数意見など聞き入れてもらえるはずがない。

(そもそも『不正入学』は事実なわけだし)

こういうときは、なにをしても無駄だ。
助けを出すなら、嵐が弱まるのを待った方がいい。
それにあと数時間後には、上層部から何らかの指示が下りるのだ。

(ま、適当な理由をつけて不正入学を正当化するんだろうけど)
(それで、めでたしめでたしってことで···)

そのとき、なぜか彼女の声がオレの耳に届いた。
不思議なくらい、クリアにはっきりと。

サトコ
「鳴子、いいよ」

鳴子
「でもサトコ···っ」
「いいから、だって私、本当に···」

次の瞬間、オレはドアノブに手を掛けていた。


【教場】

東雲
ねぇ、『ウラグチさん』いるー?

全員
「!?」

東雲
今日から出席してるはずなんだけど···

衝動、としか言いようがない。
そして「衝動」ほど、たちの悪いものはない。

【個別教官室】

こうして衝動的な行動をとってしまったオレは、さらに成り行きで···

サトコ
「うーん···うーん···」

東雲
唸っても、答えは出ないし
ほら、さっさと参考資料を開いて
あと1時間20分しかいないんだから

サトコ
「はいっ!」

(ほんと、なにやってるんだろう)
(1日3時間、勉強をみるとか)

それでも、提案せずにはいられなかったのだ。
彼女が、本気で悔しそうな顔をしていたから。

(『バカだけど頑張ったって言えるようになりたい』って···)
(ほんと、なんていうか···)

サトコ
「あっ、わかりました!」
「このやり方は、資料5-2の応用ですよね?」

東雲
だったらやってみて

サトコ
「はい!」
「······」
「·········」
「教官、できました!」

(そりゃ、できるでしょ)
(それが『正解』なんだから)

サトコ
「すごい···なんか···」
「わかるって楽しいですね」

ぱぁぁっと嬉しそうにほころんだその笑顔に、一瞬釘付けになる。

東雲
···楽しまれても困るんだけど
それを成果に結び付けてもらわないと

サトコ
「そ、そうですよね」
「すみません。『楽しい』なんて言っちゃって···」
「じゃあ、次は···問5···と」

ページをめくる彼女から、オレはさり気なく目を逸らす。

(これくらい当然だし)
(教えてるの、オレなんだから)

プルル、とスマホが震える。
ディスプレイを見ると、兵吾さんの名前が出ていた。

(なんだろう、こんな時間に)

ひとまず、彼女に気付かれないようにメーラーを開く。
送られてきた文面は、簡潔すぎるほど簡潔だ。

······『例、1ヶ月、3内』

(『3内』···『今から3時間以内に』って···)
(人使い荒すぎだなぁ、兵吾さんは)


【モニタールーム】

23時。
オレはモニタールームに入ると、改めてスマホに届いたメールを確認した。

(『例、1ヶ月、3内』···つまり···)
(『例の女の監視カメラの映像、1ヶ月分洗い出し、3時間以内に』···)

「例の女」とは、今、うちの班で泳がせている監視対象者のことだ。

(『ララ・リー』···某国の女スパイ···)
(現在は国会議員・笹野川六郎の愛人···)

とはいえ、1ヶ月分のデータを1から漁るとなると、相当な時間がかかる。
それでは該当映像を時間内に探し出すことなんてできやしない。

東雲
······

(使うしかない···か)

ためらいを覚えなかったと言えば嘘になる。
それでもオレは、手帳のとあるページを開いた。

(今月···3日20時~20時25分)
(同6日···21時~22時18分)

これらはすべて、さちからかかってきた電話の記録。
「日にち」と「電話が掛かってきた時間」と「終わった時間」···
他人から見れば、きっとどうでもいい内容。
でも、オレならここから「必要な情報」を引っ張り出せる。

(まずは『関塚さんの帰宅時間』···)
(そこから逆算すれば、笹野川の行動が読み取れる···)

実は、関塚さんは笹野川の秘書だ。
しかも笹野川からの信頼はかなり厚く、行動を共にすることが多い。

(つまり笹野川が愛人と会ってるときも関塚さんは待機してるはず···)

通話メモを確認しながら、一定条件を満たした日の映像をDLしていく。
その結果、そのうちの8割に、笹野川と愛人の姿が映っていた。

(ほら、やっぱり役に立った···)

それなのに、この虚しさはなんだろう。
どうしようもない、やるせなさは。

東雲
ごめん、さち···

以前は、さちからの電話が楽しみなはずだった。
たとえ、延々とのろけ話を聞かされるだけだったとしても···
さちの声を聞きたいから、必ず電話に出るようにしていた。

(それなのに、こんな形で利用して···)

新人警察官の多くは「刑事部」の刑事に憧れる。
いつかヒーローになることを、心のどこかで夢見ている。
かつてのオレもそうだった。

さち
「うっ···うっ、ひっく···」

東雲
どうしたの、さち姉

さち
「今日ね、学校でね、大きくなったら刑事になりたいって言ったの」
「刑事になって、正義の味方になりたいって」
「そしたら『さちはバカだから無理だ』って言われたの」

東雲
だったらボクがなる!
さち姉のかわりに、ボクが正義の味方になるよ!

(ほんと、なにしてるんだろう)
(なんで、こんなこと···)

再び、スマホがプルルと震える。

(誰···また兵吾さんから?)

けれども、表示されていたのは『ウラグチ』の4文字で···

······『教官、課題の問5、溶けました!!!!!』

東雲
······

(···変換ミスだし)
(ビックリマークつけすぎだし)

なのに、笑ってしまった。
たぶん、泣き笑いみたいな顔で。

東雲
ほんと、バカ···

ひとしきり笑ったら···
締め付けられていた胸の奥が、少しだけ和らいだ気がした。

to be continued



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