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愛しいアイツのチョコをくれ 東雲1話



【カフェテラス】

振り向いた彼女は、明らかにフリーズしていた。

サトコ
「あ、え、ええと···」
「今のは、その···」

東雲
いいんじゃない?そういうのも
バレンタインなんて、製菓会社の陰謀みたいなものだし

サトコ
「!」

東雲
それより勉強や任務に精を出してくれた方が嬉しいしね
担当教官としては

サトコ
「!!」

鳴子
「でも、なんだかもったいないなぁ」
「年に1度のバレンタインデーなのに」

東雲
そう?来年も再来年もあるじゃない

鳴子
「それはそうですけど···」
「『今年ならでは』って言うのもあると思うんですよね」

サトコ
「そうですよ!今年のは今年だけです!」
「毎年バレンタインデーが来ても、今年のはもう二度と···」

東雲
あれ?
氷川さん、今年はやらないんじゃなかったっけ?

サトコ
「!!」
「そ、そそそうですけど!だれにもあげませんけど!!」

東雲
そう···訓練生としてはいい心がけだね
それじゃ、勉強頑張って

サトコ
「~~~!!!」

(···すっごい顔)
(あーー、楽しい!!)


【教官室】

(にしても、今年のバレンタインデーは平日か)
(となると···)

パターン・その1「オレの家でチョコレートパンケーキ作り」
パターン・その2「既製品のチョコレート+オレの家でまったり」

(泊まりはナシ···となると)
(現実的なのは「その2」で···)

スマホを取り出し、よく閲覧する通販サイトを開く。

(ま、これとか用意しそうだよね)
(「恐竜ウォッチチョコ・Ver.2」···)

颯馬
···おや、面白そうなチョコレートですね

東雲
!?!?

颯馬
『チョコを砕いて恐竜の化石を模ったホワイトチョコを発掘』···
『Ver.2では新たな恐竜が登場』···
自分へのご褒美ですか?

東雲
·········そうですね、まぁ

(勝手に覗くなよ!しかも気配消して)

東雲
で、何の用ですか?

颯馬
ああ、そうでした
少しの間、サトコさんを貸していただきたいと思いまして

(貸す?颯馬さんに?)

颯馬
実は、船上パーティーへの潜入捜査を予定してまして

(ああ、たしか政治家絡みの···)

颯馬
ただ、私ひとりでは行ける場所が限られていますから
女性をひとり同行させようかと

東雲
それなら、鳴子ちゃんが適任じゃないですか?」
彼女の方が優秀ですし

颯馬
それが、佐々木さんは既に別の任務が決まっていまして
ここは、ぜひサトコさんにお願いしようかと

東雲
そうですか···

潜入捜査の経験は、多いに越したことはない。
彼女にとっても、いい勉強になるだろう。

東雲
構わないですよ、オレは
いつまでですか?

颯馬
それが、成果次第でして
早ければ、明後日の潜入だけで終わりますが···
場合によっては4~5回···
つまり、下旬までかかる可能性もあるかと

東雲
わかりました
うちの補佐官をよろしくお願いします

颯馬
ええ、もちろん
大事にさせていただきますよ、サトコさんのこと

東雲
······

颯馬
では

(······なに、今の)
(「大事に」って、妙に引っかかる言い方···)

颯馬
ああ、そうだ

東雲

颯馬
さっきの『恐竜チョコレート』、買う時、声を掛けてくださいね
3個同時購入で『2割引き』だそうですので
よろしければ一緒に買いましょう。私も興味ありますので

東雲
···そうですね、検討しておきます

(うわ···面倒くさ···)
(ま、いいけど。買うのはオレじゃないし)
(それより···)



【カフェテラス】

(パーティーの潜入捜査···ね)
(転ばなければいいけど。慣れないヒールで)

黒澤
お疲れさまでーす
···あれ、どうしたんですか?浮かない顔して

東雲
別に
ヒマなだけ。単に

黒澤
あー、サトコさん、鞍替えしちゃいましたもんねー

東雲
······は?

黒澤
聞きましたよー、後藤さんから
サトコさん、周介さんの補佐官になったそうですね

東雲
なってない
一時的なことだから。あくまで

黒澤
そうなんですか?
でも、息がぴったりらしいですよ。周介さんとサトコさん

東雲
······

黒澤
それに紳士ですからねー、周介さんは
これがキッカケで『教官チェンジ』どころか···
うっかり、恋が芽生えちゃったりして!

(そんなの芽生えてるし。オレと)
(それに、あの子の愛情、ウザいくらい重めで···)

男子訓練生1
「えっ、ヤバくね、その女」

いきなり背後から、すっとんきょうな声が聞こえてきた。

男子訓練生2
「やっぱ、そう思うよな···オレも友人に忠告したんだけどさ」」
「当人は『なかなか会えないから不安になってるだけだ』って」

男子訓練生1
「それで許せるのかよ?オレは無理だけどな」
「誕生日に盗聴器を贈ってくるような女」

男子訓練生2
「しかも、見た目は『万年筆』にしか見えないって···」
「公安顔負けだよなぁ、その女」

(へぇ···「万年筆タイプの盗聴器」ね)
(潜入捜査に使えそう···)

黒澤
いいですねー、女性の嫉妬

(······は?)

黒澤
重たすぎる愛情で、がんじがらめに縛られて···
『アタシ···なんでも知ってるよ、アナタのこと』なーんて!
いやあ、男として一度は経験してみたいですよねー!

東雲
無理。お断り

黒澤
でも、想像してみてくださいよ
自分の好きな女性が、ひとりぼっちの部屋で盗聴器の会話を聞いて···
嫉妬の炎に焦がされながら、身もだえするわけですよ
オレのことだけを考えて!

東雲
······

黒澤
はー、考えただけでゾクゾクするなぁ

東雲
······キモ

(まぁ、あり得ないけど。うちの彼女の場合)


【教官室】

(薄暗い嫉妬を募らせるタイプじゃないし)
(妬いたとしても、せいぜい「やきもち」レベルだろうし)
(正直、オレのほうがそういうことを···)

東雲
······

(···取消。今の)
(しないから。そんなこと)

腕時計を見ると22時。

そろそろ颯馬さんと彼女が戻ってくる時間だ。

(まぁ、彼女もここには顔を出すだろうし)
(このまま残業していれば、少しくらい顔を見ることも···)

颯馬
おや、まだいたんですか

(···来た)

東雲
お疲れさまです。どうでしたか、潜入捜査は

(それと、うちの彼女は···)

颯馬
残念ですが空振りです
なので、もうしばらくサトコさんをお借りします

東雲
わかりました

(ていうか、うちの彼女···)

颯馬
どうしましたか?キョロキョロして

東雲
ああ、その···
氷川さんはどうしたのかと思って

颯馬
ああ、彼女なら寮に直行しましたよ
慣れないヒールで疲れたそうですので

(はぁっ!?)

颯馬
おや、なにか不都合でも?

東雲
······いえ

(落ち着け···顔に出すな···)

たぶん、あの子はオレが残業しているなんて考えなかったのだろう。
あるいは、久しぶりの潜入捜査のことで頭がいっぱいなのかもしれない。

(そうだ···そうに決まってる···)
(訓練生だし。仕事が一番だし)

颯馬
それにしても優秀な補佐官ですね、サトコさんは

東雲
えっ

颯馬
勉強家で、仕事に対する熱意もあって、気遣いも出来て···
どうです?このまま私に預けてみませんか?

(はぁぁっ!?)

颯馬
ああ···返事は今すぐじゃなくていいですよ
今回の潜入捜査が終わってからで構いませんので
では、お先に

(預けないし!)
(そもそも望むはずないし!あの子が)

腹立ちまぎれに、開いていた資料を勢いよく閉じた。

東雲
···帰ろう。とりあえず

どうせ、彼女には明日になれば会えるのだ。

(13時間後···)
(早ければ10時間後には···)

けれども、タイミングの悪い日もあるわけで···

【教官室】

(···なにこれ、厄日?)
(もう放課後なのに、まだ一度も会えてないとか)

もちろん、ある程度は仕方がない。
今、あの子は颯馬さんの補佐官なのだ。

(けど、さすがに会わなさ過ぎっていうか···)
(来てるんだよね?学校に)

釈然としないまま、冷蔵庫のドアを開ける。
けれども、いつものピーチネクターが入っていない。

(しまった···忘れてた!)
(早く補充···)

東雲
······

(って呼び出せないか)
(あの子のことは)

彼女は今、オレの補佐官じゃない。

(それに、たぶんあの子···)

後藤
どうした、歩。そんなところに突っ立って···

東雲
ああ、いえ···
ところで、奥のソファ空いてましたよね

後藤
ああ···仮眠か?

東雲
はい。ちょっと寝不足気味で

適当な嘘をついて、仮眠にぴったりのソファに寝転がる。
ふと、視線を横に向けると、大きなカレンダーが目に入った。

(今日は9日···)
(バレンタインデーまで、あと5日···)

なのに、なにも決まっていない。
あの「イベント好き」の彼女が、未だなんの連絡もよこさない。

(それだけ大変ってことか。潜入捜査が)

連絡をよこす余裕がないくらいに。
あるいは、バレンタインそのものを忘れてしまうくらいに。

(···いいけど、べつに)

バレンタインデーは来年もある。
ピーチネクターは、自分で買いに行けばいい。

(それか、透あたりに買ってきてもらえば···)

サトコ
「失礼しまーす!」

(えっ···)

サトコ
「よいしょ···よいしょ···っと」

後藤
どうした、その荷物は

サトコ
「ピーチネクターの補充です!そろそろなくなる頃だと思って」

後藤
ああ、歩のか

(···なにそれ)
(キミ、そんなことしてる場合じゃ···)

サトコ
「あ、やっぱりストック0じゃないですか」
「危ない、危ない···」

(···バカ、独り言多すぎ)
(ていうか今、誰の補佐官だと···)

サトコ
「ところで、東雲教官って今どちらにいらっしゃいますか?」

東雲

後藤
歩なら、そこのソファで仮眠をとっているが···

サトコ
「あ···そうですか···」
「お休み中なんですね···」

(起きてるけど)
(キミの独り言、全部聞いてたけど!)

ここで起きるべきか。
それとも、このまま寝たフリを続けるべきか。

(ていうか、タイミング悪すぎ)
(もう少し早く来てくれれば、オレが寝たフリする必要も···)

そのとき、入り口のドアが開く音がした。

石神
後藤、行けるか?

後藤
はい、今

(え、後藤さんがいなくなる?)
(ってことは···)

室内が、静寂に包まれた。
今、ここにいるのは、オレと彼女ふたりだけだ。

(···どうする?このまま寝たフリ続行?)
(それとも、今起きたフリをして···)

東雲

(やば···足音···?)
(まさか、こっちに近づいて···)

サトコ
「教官···」

(ああああっ)

サトコ
「教官···寝てますよね···?」

(寝てないし!起きてるし!)
(ほんと、タイミング悪すぎ!)

こうなったら意地でも寝たフリを続けるしかない。

(あっち行け···あっち行け···)
(早く、あっちに行って···)

ふいに、柔らかなものが、おでこに押し付けられた。

東雲

彼女独特の甘い香りが、オレの鼻先をかすめていく。

(待っ···なに今の!)
(人が寝てる隙に···)

いや、オレもよくやるけど···
なんなら唇に、もう2~3回はするけど!

(だからって、キミが···)
(ていうか、ここ、学校···)

サトコ
「見てますから···ずっと···」

(·········は?)

サトコ
「いつだって···どこにいたって、教官のこと···」
「ずっと······」

再び、入り口のドアが開く音がした。
彼女の気配が、すぐさまオレのそばから遠のいた。

颯馬
······ああ、ここにいたんですね

サトコ
「お、お疲れさまです!」

颯馬
次の潜入捜査ですが、どうやら14日になりそうです

(···14日?)

颯馬
貴女の予定は···

サトコ
「特に何もありません!」

颯馬
では、打ち合わせをしましょう。着いてきてください

サトコ
「はいっ」

バタバタと走り去る音がして、再び教官室は静寂に包まれた。
オレは、ため息をついて、ようやく目を開けた。

東雲
···即答、ね

これではっきりした。
今年の2月14日は「なにもない」ようだ。

(となると後日?)
(来週か再来週か···たぶん仕事が落ち着いた頃に···)

東雲
······

(···あるよね?後日)

なんとなく、おでこに触れてみた。
柔らかな感触は、もうどこにも残っていなかった。

というわけで···
何の予定もないバレンタインデー当日ーー

黒澤
みなさーん、お待たせしました!
今年も『愛の伝書鳩』黒澤透が、チョコを預かってきましたよー

石神
······

後藤
······

加賀
······

黒澤
ちょっとー!反応薄すぎませんか?
年に1度のバレンタインデーですよ?

難波
ああ、毎年恒例のヤツか
仕方ない、もらってやるか。俺宛てのは···

黒澤
あっ···難波さんのは、その······

慌てふためく透を横目に、オレはコートに手を伸ばした。

東雲
お先に失礼します

黒澤
ちょっ···歩さん、チョコは···

東雲
いらない
食べれば?透が

黒澤
ええっ、だったら難波さんにあげちゃいますよ?

難波
おいおい···それより俺宛てのチョコは···

結局、彼女からは何の連絡もなかった。
どうやら、今日が何の日なのか、本当に忘れてしまったようだ。

(いいけど、別に)
(それだけ仕事が忙しいんだろうし)

暮らしをおトクにかえていく|ポイントインカム

【東雲マンション】

もともと、オレ自身はイベントごとに興味がない。
あの子が、そういうのが好きだから付き合っているだけだ。

(だから、別に···)
(バレンタインなんて、どうでも···)

東雲
······えっ

自宅での郵便受けを開けると、不在通知が入っていた。
どうやら宅配ボックスに、荷物が届いているようだ。

(差出人は···)

東雲
氷川···サトコ?

【リビング】

(ハイハイ、知ってた、知ってた)
(あの子、ほんと好きだよね、このテのイベントが)

そうだ、彼女が「バレンタインデー」を忘れるはずがない。
今日まで連絡くをよこさなかったのも、たぶんサプライズのつもりだったのだ。
しかも···

東雲
ほら、きた!『恐竜ウォッチチョコ・Ver.2』!

(ていうか限定版じゃん!)
(ちょ···うわ!)
(写真···まずは記念に1枚···)

東雲
···うん?

(まだ何か入ってる?)

チョコレートの入っていた袋をひっくり返してみる。
ころん、と出てきたのは、丁寧にラッピングされた···

東雲
······万年筆?

to be continued



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