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最愛の敵編 カレ目線 加賀3話


【屋上】

火のついていない煙草を口で弄びながら、外の景色を眺める。
ここに来る前のことを思い出して、咥えていた煙草を噛んだ。

(···ままならねぇな)


「津軽班の案件を引き取りたい?」

加賀
奴らが追ってるのは、江戸川謙造と新エネルギー党だそうなので
江戸川とウェン重工は、つながりがあります。こっちでまとめて捜査したほうが早い


「各々、意味があって捜査させている。そんな無茶が通ると思うか?」

加賀
無茶は承知です。だが、こっちのほうが手っ取り早い
事件解決に最短の方法を択ぶのは当然でしょう


「そんな勝手を、私が許すと思ったか」

デスクに置かれた資料を投げてよこすと、銀室長が俺を一瞥する。


「二度とそんな話はするな」

加賀
······

予想はしていたが、思い出すと苛立ちが募る。
どっちが合理的か、考えればわかる話だった。

(これだからキャリアはめんどくせぇ)
(テメェの手駒である津軽の事件を取られるのが、気に食わねぇか)

どうしても、これが難波さんだったら、と考えてしまう。

(難波さんは、俺の目的を知ってるからな···)
(合理性さえ説明すれば、ふたつ返事で任せてくれる)

むしろ、ひとつの事件を追うのならふたつの班は必要ないと言うだろう。
だが銀室長は逆に、自分の統制下で身勝手なことをするのを嫌う。

(別の方法を考えるしかねぇか)
(事件を追うより、あの人を説得するほうが面倒だな)

正直、銀室長とはあまり関わりたくない。
高圧的な雰囲気や物言いが親父を思い出させて、ウマが合わないからだ。

加賀
だが、そうも言ってられねぇか···

後藤
お疲れ様です

振り返ると、後藤が缶コーヒーを持ってくるところだった。

加賀
ああ

後藤
考え事ですか。珍しいですね

加賀
あ?

後藤
煙草に火がついてないので

加賀
······

指摘されて、咥えていた煙草を携帯灰皿に捨てた。

(そこまでわかりやすいか)
(···らしくねぇな)

加賀
お前んとこの班長は、わかりやすいな

後藤
石神さんですか
···加賀さんが石神さんを褒めるのは、珍しいですね

加賀
褒めてねぇ。ただ···
腹で何考えてるかわかんねぇ奴よりはマシだ

腹で何を考えているかわからない。
それは自分たちの職業病のようなものだ。

後藤
何を考えてるかわからないと言えば、最たるは···

加賀
···歩だな

後藤
まだ可愛げがありますけどね

加賀
あるか···?

後藤
まあ、銀室長とか津軽さんよりは

加賀
···そりゃそうだ

笑いながら、後藤と別れて屋上を後にする。

(何考えてるかわかんねぇと言えば、難波さんもだが)
(お互いの利害が一致すれば、あの人以上に強い味方はいねぇ)

今はその仲間をひとり、欠いている状態だ。
そのうえ融通のきかない銀室長が引き継いだとなると、いつ誰に足を引っ張られるかわからない。

(···さっさと次の手を考えるか)
(モタモタしてる場合じゃねぇ)

屋上のドアを閉めて、そう決めた。


【電車】

車を車検に出した翌日、朝もうんざりだったが帰りはもっと辟易していた。

(都内で電車通勤なんざ、するもんじゃねぇな···)

電車がブレーキをかけたとき、隣に立っていた女がわざとらしくすり寄ってきた。
香水の匂いに苛立ち睨みつけてやると、怯えたように目をそらす。

(この程度で逃げるんなら、最初から寄ってくんじゃねぇ)

すると、到着した駅のホームで乗り込めずにいるバカの姿を見つけた。

(何やってんだ···)

仕方なく、人混みをかき分けてドアに近づく。
閉まりそうになるドアに手をかけて、サトコを引っ張り込んだ。

加賀
鈍くせぇな

サトコ
「加賀さん···!?」

加賀
体当たりして乗り込むくらいして来い

サトコ
「す、すみません···ありがとうございます」
「加賀さん、車はどうしたんですか?」

加賀
車検だ

サトコ
「代車は···」

加賀
···しっくり来ねぇ

サトコ
「なるほど···」

思えば、サトコのパソコンから情報を抜き出して以来、ほとんど話していない。
お互いに追ってる事件の状況が目まぐるしく変わるので、休みの日も合わなかった。

サトコ
「あの···加賀さ」
「わっ!?」

加賀
何やってんだ

次の駅でドアが開き、人混みに流されてサトコが立っていられなくなる。
腕を引き寄せ身体を反転させて、流れから守るように立ちはだかった。

サトコ
「ありがとうございます」

加賀
···なんの真似だ

サトコ
「何がですか?」

加賀
間抜けな顔した犬のボールなんざ、人の机に勝手に置くんじゃねぇ

サトコ
「加賀さんのデスクにあの豆柴ストレスボールがあると思うと、和む···」

加賀
テメェが和んでも意味ねぇだろ

再び人の流れが動き出し、さらわれないようにサトコの腰を抱く。
違和感を覚えて、サトコを見下ろした。

加賀
···痩せたか

サトコ
「え?」

加賀
また飯食い忘れてんじゃねぇだろうな

サトコ
「あ···あの、ごめんなさい」

咄嗟に謝ってきたのは、普段から勝手に痩せるな太るなと言ってあるからだろう。
満員電車の中で手を滑らせて、服の上から二の腕の感触を確かめる。

サトコ
「そ、そんなに変化はないですよ」

加賀
······

サトコ
「ただ···ご飯はたまに、食べ忘れてます」

加賀
···バカが

サトコ
「食べ忘れてるっていうか、食べる時間がないというか···」

(だから、普段からしっかり食えって言ってんだろ)

今はお互いに事件を抱えて忙しく、食事へ連れて行き食べさせることもできない。
放っておけば、自分の体調に無頓着なサトコはどんどん痩せていくだろう。

加賀
刑事は体力が資本だ。簡単に痩せんじゃねぇ

サトコ
「あれ···?もしかして、心配してくれてるんですか?」
「てっきり、加賀さんの心配は私の二の腕の柔らかさだけかと」

加賀
んなわけねぇだろ

電車が急ブレーキをかけ、サトコが俺のほうに倒れこんでくる。
どさくさに紛れて、思い切り抱きついてきやがった。

(···今くらいは、許してやる)

自分の腕の中に、サトコがいる。
その感覚は久しぶりで、当たり前だと思っていた温もりに安堵する自分がいたーーーー

to be continued



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