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このドキドキはキミにだけ発動します 加賀1話

加賀
肉の焼け具合はどうなってる

普段以上に凄みながらやってきたのは、加賀さんだった。

サトコ
「加賀さん···そんな、『ホシの動きはどうなってる』みたいなテンションで」

加賀
いいからさっさと寄こせ
テメェんとこにあんだろ、肉が

サトコ
「カツアゲ···」

加賀
あ?

サトコ
「い、いえ···今まさに焼いてますから!もうちょっと待っていただけると」

加賀
ケチケチすんじゃねぇ。ここにあるだろうが

サトコ
「あっ、それ生焼けです!もうちょっとで焼けますから」

加賀
このくらいなら十分食える

必死の攻防虚しく、加賀さんは生焼けのお肉を持って行ってしまった。

サトコ
「お、お腹壊したら···」

加賀
そこまでヤワじゃねぇ

サトコ
「確かに牛肉は、多少レアでも大丈夫ですけど···」

(でもやっぱりダメだ···!しっかり焼けるまでは完全に私の管轄下に置こう)

サトコ
「よし···このお肉たちは私が最後まで育ててみせる!」

加賀
足りねぇ

サトコ
「あっ!」

管轄下に置いた直後、目の前からひょいっとお肉を持っていかれる。

サトコ
「加賀さん、ちょっと待ってください!それまだ育成途中で···」
「2,3分待ってもらえたらすぐ焼けますから!」

加賀
俺は肉を食いに来たんだ。妥協はしねぇ

サトコ
「え···川遊びは」

加賀
んなくだらねぇことに興味あると思うか?

サトコ
「ないですよね。絶対···」

加賀
黒澤の野郎···面倒なこと考えやがって

サトコ
「黒澤さんと津軽さんは、女子大生をナンパするって張り切ってましたよ」

加賀
好きにやらせとけ

加賀さんはあまり興味がなさそうなので、内心ホッと胸を撫で下ろす。

(まぁ、加賀さんが水しぶきの中キャッキャしてるところなんて想像できないもんね)

加賀
おい

サトコ
「えっ?」

加賀
手休めてんじゃねぇ

しびれを切らしたように、加賀さんが私の顎を持ち上げる。

サトコ
「······!」

加賀
さっさと焼け。どうせ余ってんだろ、肉

(これは···いわゆる、 “顎クイ” !)
(ドキドキのシチュエーションのはずなのに···なんか···なぜか···)

サトコ
「恐喝···」

加賀
テメェ···

サトコ
「あ、あーっ!加賀さん、野菜なら美味しそうに焼けてますよ!」
「ピーマンに玉ねぎ、長ねぎ!キャベツもあります!」

加賀
······

(···ものっすごい睨まれてる···)
(だって、バーベキューに野菜はつきものだし···野菜がないと美味しくないし···)

加賀
野菜、か

サトコ
「そうです!バーベキューはやっぱり、お肉と野菜を一緒に食べてこそ」

加賀
いっそのこと、テメェを野菜と一緒に埋めてやろうか?
うまくいけば来年、芽が出るかもしれねぇな

サトコ
「シュール!」

加賀
焼けたら呼べよ

チッと舌打ちして、加賀さんは難波室長のほうへ戻っていった。

サトコ
「うう···頑張って焼いてるのにこの仕打ち···」

???
「氷川、大丈夫?交代するから、ちょっと休んできなよ」

サトコ
「えっ、天使···?」

ごしごしと目をこすると、優しい言葉をかけてくれたのは···

サトコ
「あ、違う、天使じゃなくて千葉さんだ···」

千葉
「大丈夫か···?炎天下の中ずっと外にいたから、ついに頭が···」

サトコ
「千葉さん、ついに頭が、なに···?」

千葉
「い、いや···とにかく、向こうの川で涼んできたら?」
「川の水、冷たくて気持ちいいよ」

サトコ
「うん···じゃあ、お言葉に甘えて」

ありがたくトングを千葉さんに託し、少し休憩させてもらうことにした。

ひと気のないところへやってくると、ようやく一息ついた。

(はあ···公安学校時代から変わらず教官たちは厳しい···もう教官じゃないけど···)
(でもホント、こういうところが数年前にもあったような)

手ごろな石を見つけて腰を下ろすと、自分のシャツの裾が視界に入る。
必死にお肉を焼いていたせいか、すすが付いてしまっていた。

(うーん、白いから目立つな···)
(でもこのくらいなら、すぐに洗えば落ちるかも)

シャツを脱いで上半身だけ水着姿になり川でシャツを洗い始めた直後、声が聞こえてきた。

百瀬
「···ばあさんは川で洗濯」

サトコ
「百瀬さん!も、桃太郎じゃないですから!」

津軽
じゃあ、おじいさん役には俺が立候補しようかな
っていうか桃太郎なんだから、モモが主役でいいんじゃない?

サトコ
「津軽さん、 “桃” の字が違いますよ」

百瀬
「オレが津軽さんの息子ってことですか···」

サトコ
「形式上はそうですけど、法律上あれって養子扱いですよね」

津軽
ウサちゃん、さっきから夢がない
ところでウサちゃん、なんで水着姿?俺は大歓迎だけど

サトコ
「実は夢中でお肉焼いてたら、シャツにすすが付いてしまって」

百瀬
「気付かねぇほど肉しか見てなかったのかよ」

サトコ
「ち、違いますよ!私がお肉に夢中だったんじゃなくて!」
「あれ?そういえばおふたりとも、あんまりお肉食べに来ませんでしたね?」

津軽
俺は肉よりほら、他のことに夢中だったから

サトコ
「他のこと···?」

津軽
女の子♡

サトコ
「あ!」

(そういえば、女子大生と遊ぶのが今回の津軽さんの目的だっけ)

サトコ
「じゃあ百瀬さんは···女子大生に津軽さんを取られて面白くないですね」

百瀬
「は?」

サトコ
「図星だからって怒ることないのに···」

話ながら、シャツを洗い続ける。
完全には綺麗にならないかもしれないけど、目立たないくらいには落ちそうだ。

サトコ
「よし、イケる···!あとはこれを日当たりがいいところに干せば」

津軽
じゃあ、向こうに干しとく?

サトコ
「そうですね。できればバーベキューの匂いが付かないように、風上に···」

百瀬
「誰もオマエのシャツの匂いなんて気にしねーよ」

サトコ
「百瀬さん、夢がないこと言ったの根に持ってます···?」

水で洗ったシャツをきつく絞り、加賀さんたちのところへ戻る。
こっそりシャツを干した、その数時間後···

(···さっきまで加賀さんと肉と野菜をめぐる攻防があったとはいえ、それなりに平和だったのに)
(なんで···?なんでこんなことに)

女子大生1
「えーっ、じゃあみなさん、公務員なんですかぁ?」

女子大生2
「かっこいい人ばっかりだし、レベルたかーい」

黒澤
顔だけじゃなくて、みんな仕事も優秀ですよ

津軽
そうそう。だからこれを機に、お近づきになれたらいいよねー

女子大生3
「こんなにかっこいい人ばっかりなら、こっちこそ大歓迎ですよぉ」

女子大生に囲まれる教官や津軽さんたちを、私と鳴子は遠巻きに眺めていた。

(若さって、こんなにまぶしいものだった···?)
(それにしても津軽さん、女子大生の水着姿が見たい···とか言ってたの、まさか本気だったとは···)

鳴子
「ねーサトコ、あの女子大生たちをナンパしてきたの、誰?」

サトコ
「うーん、たぶん黒澤さんと津軽さんかな···」

鳴子
「はあ···男っていつの時代も若い子が好きなんだね」

難波
そんなことないぞ?前から言ってるが、女は30歳からだ

サトコ
「わっ!?室長!?」

鳴子
「そういえば室長、そうでしたよね~」

難波
女は歳を重ねるごとにいい味が出てくるもんだからなぁ
女子大生がいいなんて、まだまだひよっこの証だ

サトコ
「ひよっこ···」

室長の視線の先には、女子大生に囲まれて嬉しそうな黒澤さんたちの姿。
その中には、なんと加賀さんもいる。

(え···!?まさか加賀さんも、女子大生がお好き···!?)

難波
ほー、加賀があの中にいるとは意外だな

サトコ
「······!」

鳴子
「そうですねー。加賀警視ってそういう興味ないと思ってました」

千葉
「興味ないっていうか、来るもの拒まず、去る者追わずに見えない?」

サトコ
「千葉さん、いつの間に···」

千葉
「いや、肉もひと通り焼き終わったから」
「加賀警視くらいになれば、黙ってても女の人が寄ってきそうだなー」

鳴子
「確かにね。あの程度の女子大生じゃ、物足りないのかも」

(ふたりの言葉がぐさぐさ刺さる···女子大生でも満足させられないのに、私に何ができるだろう···)
(で、でも加賀さんが選んでくれたのは私なんだから、自信を持って···)

女子大生1
「ねー加賀さんって、彼女いるんですかぁ?」

加賀
······

黒澤
加賀さんはダメですよー、並大抵の女性じゃついていけませんから

津軽
だよねえ。相当な根性があって、しかもかなりのマゾ気質じゃないと

女子大生1
「えー!私、イジメられるの大歓迎です♡」

サトコ
「······!」

綺麗な女子大生が、加賀さんの腕にギュッと抱きつく。
水着からあふれんばかりの豊満な胸を、その腕に押し付けた。

加賀
······

(な、何でその腕を振りほどかないんですか···!)
(確かに私は、そこまでのものは持ってませんけど!)

サトコ
「ハッ···加賀さんは、柔らかいものが好きだから···!」

鳴子
「え?何?」

サトコ
「あ、いや···こ、こっちのこと」

(私の二の腕とかほっぺは気に入ってくれてるけど)
(さすがに、胸の柔らかさには適わない···!)

千葉
「さて、そろそろ自由時間だし、俺たちもちょっと息抜きしようか」

鳴子
「さんせ~い。この辺で遊ぼうよ、サトコ」

サトコ
「う、うん···」

(くっ···加賀さんがそういうつもりなら、私だって楽しみますから···!)
(そうだよ!せっかく川に遊びに来たんだから!)

(···と、思ったのに)

難波
あー、釣り道具持ってくりゃよかったなぁ

サトコ
「室長、釣りするんですか?」

難波
たまにな。なかなか大物は釣れないが
よく、釣りに向いてない性格だって言われるんだよなぁ

鳴子たちが楽しそうに遊ぶ傍らで、私は室長にお酌をしながら水面を眺めていた。
たまに魚がやってきては、鳴子たちが上げる水しぶきに逃げていく。

(そういえば釣りって、せっかちな人のほうが良く釣れるって聞くけど)
(確かに室長は、魚がかかっても気付かずにのんびりしてそう)

難波
魚見てると、穏やかな気持ちになれるよなぁ

サトコ
「室長が穏やかじゃないところって、あんまり見たことないですけど」

難波
いやいや、俺だってたまには怒ることもあるぞ
最後に怒ったのは、いつだったかな···

サトコ
「考えないと思い出せないっていうのがすごいです···」

室長の隣で、こっちまでのんびりほっこりしてしまう。

(なんだか、おじいちゃんの隣にいる安心感···)
(···いや!室長が老けてるとかじゃなくて!大人の余裕があるというか!)

颯馬
おや、もうありませんね。私が持ってきます

石神
悪いな、颯馬

その声に振り返ると、颯馬さんが荷物のところへ向かうところだった。
室長に断って、そちらへ駆け寄る。




サトコ
「どうしたんですか?」

颯馬
ビールがなくなったので取りに来たんです

サトコ
「あ、じゃあ私が持ってきますね」

颯馬
いいんですよ。あなたはもう訓練生ではないんですから

サトコ
「でも、教官たちが上司なのに変わりありません」
「皆さんは向こうで待っててください」

颯馬
そうですか。では、お言葉に甘えて



颯馬さんが戻り、私もビールをもってすぐに彼らの元へ向かう。
石神さんにビールを差し出して、お酌をした。

サトコ
「石神さん、どうぞ」

石神
悪いな

(···えっ!?)

石神
なんだ?

サトコ
「い、いえ···」

(石神さんが笑ってくれるなんて珍しい···)
(学校を卒業しても、厳しいイメージだったけど)

石神
氷川

サトコ
「は、はい!」

石神
顔にすすがついているぞ

サトコ
「え···」

(もしかして、さっき目をこすった時に···?)

サトコ
「すみません、川で顔洗ってきますね」

石神
そこまでしなくてもいい。じっとしてろ

石神さんの指先が伸びてきて、目の下をそっと拭われた。

サトコ
「あ、あの···!」

石神
なんだ?

(い、いつも通りの態度···!石神さんって、もしかして天然のたらし···?)
(颯馬さんとはまた違う···こんな真面目な顔して女性を誘惑するなんて···!)

サトコ
「あれ···?そういえば、後藤さんをしばらく見てませんけど」

石神
ああ、あいつなら滝を見に行った

サトコ
「滝!?」

石神
滝を見ていると、気持ちが鎮まるそうだ

サトコ
「あ···なんか後藤さんらしいですね」

(しばらく見てないって言えば、東雲さんも···)
(···んっ?)

よく見ると、隅で荷物をまとめている人がいる。

サトコ
「···東雲さん!」

東雲
ちょっと、大きい声出さないでくれる?
透に見つかったらうるさいでしょ

サトコ
「だって···もしかして帰るんですか?」

東雲
一応参加したんだから文句言われる筋合いないよ
それよりキミ、ちゃんと日焼け止め塗ってる?肌、赤くなってるけど

サトコ
「ヒヤケドメ···?」

東雲
大丈夫?ついにそれすら分からなくなった?

サトコ
「いえ···そういえば忘れたなって」
「顔だけはファンデーションでカバーできてると思うんですけど」

東雲
夏の陽射しを甘く見て、将来シミだらけにならないといいね

サトコ
「うっ···そういう東雲さんは、もちろん···」

自信満々の笑みを見る限り、日焼け対策は完璧らしい。

(さすが東雲さん···)
(普段から加湿器を置いて喉にも気を付けてるし、女子力が半端ない···)

東雲
それよりキミ、貧相な身体見せてないで上着来たら?

サトコ
「貧相···」

東雲
何?もしかして自信あるの?それで?

サトコ
「い、いえ···」

東雲
キミ程度なら、さっきの女子大生たちの方がマシかもね

サトコ
「······!」

東雲さんの意地悪な言葉で蘇るのは、さっきの加賀さんと女子大生の姿。

(た、確かにあの人たちの方が男性を満足させられる気がする···!)
(いや、男性だけでなく、柔らかいものが好きな加賀さんのことも···!)

東雲
···キミって意外と、兵吾さんのことわかってないよね

サトコ
「え?」

東雲
なんでもない、こっちのこと
で?その身体、披露し続けるの?

サトコ
「あ、いえ···実は今、シャツを洗濯中なんです」
「すすが付いちゃって、さっき川で洗って···今まさに干しているところで」

東雲
ふーん
どうでもいいけど、そろそろ雨降るよ

サトコ
「えっ?」

ゴロゴロゴロ···と遠くで雷の音が聞こえる。

(まさか女子力だけでなく気象予報士の才能まで···)
(でも雲行きも怪しくなってきたし、言う通り着ておいた方がいいかも)

帰ろうとする東雲さんに頭を下げて、シャツが干してある方へ向かう。
触ってみるとシャツはまだ生乾きだったけど、この際仕方がない。

(そろそろ涼しくなってきたし、着替えたほうがいいかな)
(でも鳴子たち、まだ向こうで遊んでるみたい···雨が降りそうって教えてあげ···)

鳴子たちの方へ向かおうとした、そのときーー

to be continued

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