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カレが妬くと大変なことになりまs(略:黒澤2話



【駅前】

花火大会当日。
浴衣を着て道行く人々を1人眺めていた。

サトコ
「結局、浴衣のことも透くんには伝えられなかったな···」

ぼそっと呟きながら、自分の姿を見下ろす。
室長の知り合いからもらった浴衣はそれだけで場を華やかせていた。

(それなのに···ついには、鳴子すら誘えなかったなんて)
(なんで私、ここまで来ちゃったんだろう···)

花火大会の会場となる場所はすぐそこ。
少しずつ人ごみも増してきて、余計に自分が1人なのだと思い知らされる。

(でも、せっかく浴衣まで着て来たのに、帰るって言うのも余計に切ない···)

悶々と考えていると、目の前を浴衣姿に身を包んだカップルが歩いて行く。

(本当は、あんなふうに歩いていけたら···)

何となくその姿を視線で追えば、ポツリと言葉が口から洩れる。

サトコ
「やっぱり、会いたいな···」

きっと、そんな気持ちが燻っていたから鳴子を誘うこともしなかった。
わざわざ浴衣なんて着たのも、きっと。

サトコ
「透くん、今どこにいるんだろう」

スマホを取り出し、一か八か連絡してみようとメッセージを打ち始める。

(仕事ではなさそうだったし、もしかしたら少しくらい会えるかもしれない···)

自分のこの気持ちが随分自分勝手だとは分かっているつもりだった。
それでも、もしかしたら、と期待してしまいそうになる。

(会って、花火1つでも一緒に見られたりしたら)
(それだけでここまで来た意味もある···!)

出来上がった文面を何度も読み返しながら、短く息をついた。
送信ボタンに指を添える。

サトコ
「よし、これで···」

???
「サトコさん?」

サトコ
「!」

突然名前を呼ばれ、びくっと肩を跳ねさせる。

(今の声、幻?)
(いや、そんなまさか···)

気のせいかもしれないと思いつつ、ゆっくりと振り返っていく。
その視線の先に、人混みの中で驚いた顔でこちらを見つめる透くんがいた。

サトコ
「透くん···!」

(なんで、ここに?)

そんなことを聞き返す間もなく、手首を掴まれた。
そのまま引きずられるように、透くんは歩き出す。

サトコ
「あ、あの、透くん?」

黒澤
どうぞ

サトコ
「え?どうぞって···」

扉の空いたタクシーに乗るように示される。

黒澤
ほらほら、いいからいいから!

サトコ
「いいから、ってあの!?」

意味が分からずにいると、ぐいぐいと背を押されてタクシーへと乗せられた。

(いきなり、どこに行くつもりなの···!?)

そんな疑問に誰も答えないまま、タクシーは走り出した。

【黒澤マンション】

タクシーで連れてこられた先は黒澤さんの自宅だった。

(途中で行き先は分かったけど、どうして急に···?)

そもそも、なぜあそこにいたのかとか、何を質問しても答えてはくれなかった。
微妙に気まずい車内の空気を思い出しながら、そっと透くんを窺う。

サトコ
「透くん、ずっと黙ったままじゃ何も···」

黒澤
分かってます

突然放たれた言葉に私の声は遮られた。
ずいっと距離を縮めてくる透くんの瞳が鈍く光って、思わず後ずさりしてしまう。

サトコ
「分かってるって···?」

恐る恐る出した声はどこかか細かった。
透くんはその表情に影を落としながら、口を開く。

黒澤
分かっています···
サトコさんが室長に惹かれていることなんて!

サトコ
「え?」

黒澤
え?

一瞬、時間が止まったような気がした。
私があげたあまりにも素っ頓狂な声に透くんも固まる。

(私が、室長に···?)

サトコ
「えっと、何のこと···?」

黒澤
え、だって···

透くんが首を傾げる。

黒澤
オレに飽きて、室長に鞍替えしようみたいな···?

サトコ
「そんなこと思ってないですから!」

黒澤
そう、なんですか?

サトコ
「そうです!」

黒澤
オレはてっきり、室長の大人の魅力★四十路ビームにやられたのかと···

(そんな意味不明なものが出てるの?室長···)

サトコ
「とにかく、誤解だから」

黒澤
······

透くんはホッとしているのか、恥ずかしいのか何とも言えない表情を浮かべていた。

黒澤
でも、食堂で室長と楽しそうに話したり秘密を共有したり
あの日だって、室長の車で送られて戻ってきたりしてたじゃないですか

(あの日···って、もしかして子の浴衣を貰いに行った日のこと···?)

宿舎に戻ろうとした先で、透くんと鉢合わせたことを思い出す。

(あの時、車から降りるところ、見てたんだ···!)

サトコ
「違うよ!あれは全部、この浴衣のためで!」

黒澤
浴衣?

結局、コンビニスイーツを貰っただけであの時は何も伝えられなかった。

(伝えるなら、今伝えないと)

サトコ
「本当は、今日の花火大会に透くんと行きたいなって思ってたよ」
「どうせならこんな浴衣着て、楽しめたらなって」

黒澤
······

サトコ
「それで、浴衣ならって室長が知り合いに話をしてくれることになって」
「でも、その後に透くんから予定が入ってるって聞いちゃったから···」
「頑張って準備してる、なんて気付かれると透くん気にしそうだし···」

(でも結局こうして話すことになっちゃって)
(隠し事をした分、透くんを余計嫌な気持ちにさせただけだったかも···)

黒澤
そりゃ気にしますよ···

低く呟かれた言葉に、そっと透くんへと視線を上げる。

サトコ
「ごめんなさい、私がもっと早く伝え···」

黒澤
サトコさんの浴衣姿を最初に見たのは室長ってことですよね!

サトコ
「!?」

急に両肩を透くんに掴まれる。
予想外の透くんの言葉に、途中でかき消された私の言葉も喉の奥へ引っ込んだ。

サトコ
「え、えっと···?」

黒澤
室長に浴衣を用意してもらったってことですよね

サトコ
「え、、まぁ、そういうことになるかもしれない、ね···?」

黒澤
ってことは試着したりしてたところに室長もいたってことじゃないですか

サトコ
「た、確かにいたけどそれは···」

黒澤
『これが似合ってる』とか『その柄素敵だよ』とか
四十路ビームと一緒に言われたら···
そりゃ、オレだってその浴衣買っちゃうかもしれませんけど

(だから、その四十路ビームとは···?というか、言い方少し似てるかも)

そう心の中でツッコミながらも、言葉には出せずに透くんを見つめる。

黒澤
でもそれでも、似合ってるって、それを最初に言うのはオレが···

サトコ
「え?」

黒澤
え?

再び2人の間の時間が止まった。

(今、似合ってるって···)

会えるだけでもいい、と思っていた。
まさかそんな言葉までもらえると思わず、心臓は小さな音を立てる。

(嬉しいけど、その前に誤解を解かないと···)

サトコ
「あ、あの、また少し誤解が···」

黒澤
え···?まさか、またオレが早とちりを···?

するすると離れていく手に、小さく頷き返す。
そんな私を見て、透くんは赤くなっていく自分の顔を手で覆った。

サトコ
「確かに室長にこの浴衣を持っている人を紹介はしてもらいましたけど」
「選ぶのはほとんど私と、その紹介してくれた女性の人でしたし」

黒澤
それってつまり···?

サトコ
「室長に浴衣姿なんて一度も見せてないってことです」

黒澤
······

崩れ落ちそうな勢いで透くんは絶句したまま私を見つめた。

サトコ
「だからその···似合ってるって、言ってくれたのは透くんが初めてなので」

黒澤
もっとちゃんと、ビシッと決めて言いたかったです···

サトコ
「それから、コンビニスイーツもありがとうございました」

黒澤
美味しかったですか?

サトコ
「はい、とっても。全部私の好きなものだったので」

黒澤
なら良かったです···

(勘違いとはいえ···ヤキモチ妬いてくれてた、ってことだよね?)

そう思うと、風船がしぼんでいくように呟く透くんが何だか微笑ましかった。

サトコ
「ふふっ···」

黒澤
笑わないでくださいよー!

サトコ
「だって、そんなに照れてる透くん珍しくて」

ムスッとしたまま言い返す透くんは、落ち着きなく視線を彷徨わせる。

黒澤
今は、サトコさんは、オレの···恋人ですし
そんな人が他の男と仲良くしてたら、こうなりますよ

そして、そっと浴衣の袖へと手を伸ばす。
指先で摘まむようにして袖に触れると、そこへと視線を落とした。

黒澤
しかも、他の男が選んだ服を着て可愛い、と思わされるなんて···
めちゃくちゃ悔しいじゃないですか

サトコ
「···!」

黒澤
まぁ、それも勘違いでしたけど···

パッと袖を離しながら、照れ隠しなのか目線を合わせようとしてくれない。
そんな彼に、こっそりとまた笑みをこぼす。

サトコ
「今の私は透くんの恋人ですから」
「少し頼りない部分もあると思いますが、信じてください」

黒澤
そうですね···
職業上、人を疑うことが常になっているせいかもしれませんね

自嘲気味に透くんは笑ってみせた。

サトコ
「···私は、透くんのことは裏切らない」

黒澤
···

サトコ
「···って。こういう言葉こそいろんな人に言われているかしれないけど」

冗談っぽく笑いながら呟くと、透くんはふっと息をつく。

黒澤
あー、もう···
そうやって、オレをサトコさんから離れられなくするんだ

サトコ
「え、そこまでのことを言ったつもりじゃ···」

黒澤
ずるいずるいずるい!

サトコ
「ちょ、ずるいって子どもみたいに言わないでくださいよ」

ぷいっと顔を背ける透くんの顔を覗き込もうと移動する。
その瞬間、不意を突くように唇を重ねられた。

サトコ
「!」

柔らかく触れた感触に目を丸くする。
離れていく透くんの顔には綺麗な笑みが浮かべられていた。

黒澤
上司に嫉妬するくらい、好きです

(さっきまであんなに駄々こねてるみたいだったのに···!)

突然の表情の変化に、顔が熱くなっていく。
それが彼にバレることを知りながらも、その笑顔に見惚れていた。

ドーンッ!

聞こえてきた弾けるような音に、透くんが窓の外を見つめる。

黒澤
あ、始まったみたいですね

それにつられるように視線を向ければ、向こうの空が少し明るかった。

サトコ
「ビルの隙間からだけど、ちょっとだけ見えます」

黒澤
これはこれで風流ってやつですか?

サトコ
「ふふ、それはどうでしょう?」

赤や緑の光が夜空に散るように光を降らす様をわずかに覗かせる。

(隙間からでも、透くんと一緒に見られてよかったな)
(駅に着いたときは、まさかこんなことになるとは思ってなかったけど···)

黒澤
次こそは、浴衣デートしたいです。ちゃんと花火も見える場所で

ふいに告げられた言葉に、大きく頷き返す。

サトコ
「はい、もちろん!」

黒澤
その時は、オレに選ばせてくださいね
その浴衣より、もーっと似合うものを選びますから!

サトコ
「よろしくお願いします」

黒澤
というわけで、もうこの浴衣は脱いじゃいませんか?

サトコ
「!?じゅ、順序とかあるじゃないですか!」

いや、そこじゃない、と思った時にはもう遅かった。
透くんはふっと楽しそうに唇で弧を描く。

黒澤
じゃあ、順序を守ればいいってことですね

サトコ
「···!」

(や、やってしまった···!)

黒澤
サトコさん···

不意に名前を呼ばれ、訪れる沈黙。
遠くから連続して響いてくる花火の音が、鼓動を早めていくように鳴り響く。

黒澤
······

ゆっくりと近付いてくる透くんの瞳。
頬に優しく手が添えられ、静かに私も瞼を下ろしていく。

黒澤
!あー!

サトコ
「!?」

突然声を上げた透くんに、慌てて目を開く。
顔面蒼白の彼は、ぶるぶると手を震わせていた。

サトコ
「ど、どうしました?」

黒澤
か、加賀さんに殺される!

サトコ
「加賀さんにって、何したの!?」

黒澤
今日の花火大会用の場所取りを任せられてたんです···

サトコ
「え···」

(あ、だからあの駅の近くにいたとか···?)

ただ、出てきた名前が不穏すぎるためにそんな考えもすぐに消えていく。

サトコ
「ど、どうするんですか?」

黒澤
どうしましょう★

サトコ
「ふざけてる場合じゃないです!何かしらの連絡はしないと加賀教官が···」

黒澤
えーでも、もうスマホを見るのも怖いし、いっそ無かったことに···

サトコ
「なんてできないですよ!」

(あぁ、南無阿弥陀仏···)

つい念仏を唱えてみた。
来年の浴衣デートが本当に実現できるように、と願いながら。

Happy End

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