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お遊戯会 黒澤1話

石神さんに呼び出され、一度は去ったはずの本屋へと戻ってきた。

(確かさっきはこの辺にいたような···?)

石神
氷川、こっちだ

サトコ
「石神さん!どうしたんですか?」

石神
黒澤を引き取れ

(なぜ私が!?)

喉まで出かかった言葉を飲み下しながら、石神さんの隣にいた透くんを見る。

黒澤
引き取るなんて、まるでオレが荷物みたいじゃないですか~

石神
後は頼んだ

黒澤
石神さ~ん、オレの声聞こえてます?

透くんの呼びかけも虚しく、もうそこに石神さんの姿はなかった。

(でも少なくとも急な仕事の呼び出し、ってわけじゃなさそう?)

黒澤
そういえば、サトコさんはこの近くにいたんですか?

透くんの質問に自分の先程までの行動がバレたのかと一瞬身構える。

サトコ
「どうしてですか?」

黒澤
電話してから来るのが早かったので、そうなのかなぁ、と

(バレてるわけではないのか···)

サトコ
「ちょうどこの辺りで買い物してたので」

黒澤
買い物は終わったんですか?

サトコ
「それがまだ···」

黒澤
じゃあサトコさんの買い物にお供させてください!

サトコ
「え、ただ漫画買うだけだよ?」

黒澤
もしかして新刊ですか?
それだったらあっちにありますよ

(本当に付き添ってくれる気なの?)

私が戸惑っているうちにも透くんは指差した方へと歩いて行ってしまう。
しょうがなく追いかけようとしたその時。

(ん···?)

何か視線を感じたような気がして振り返る。

(気のせい?)

老若男女さまざまな人々が通り過ぎていく。
特にその風景の中に怪しい影は見つけられなかった。

黒澤
行きますよー

サトコ
「あ、はい!」

透くんに呼ばれ、同じ方向へと歩いて行く。
そのころには完全に視線も感じなくなっていた。

サトコ
「そういえば、どうして石神さんとここに?」

漫画の新刊コーナーは広く、その中を2人で歩いて行く。

黒澤
ちょっとした買い物の付き添いです
久々に絵本を手に取ると、つい読み返したくなりますよね

サトコ
「そうだね。ものによっては記憶が曖昧な話もあったりするし···」
「何か好きな絵本とかあるの?」

黒澤
オレは断然子どもの頃から『アリとキリギリス』ですね
キリギリスみたいにのんびり生きていたいです

(透くんらしいといえば、らしいような気がするけど···)

サトコ
「でも、キリギリスって最後に死んじゃうんじゃなかったっけ?」

黒澤
アリがキリギリスに食べ物を分け与えるエンドもあるじゃないですか

サトコ
「あぁ、キリギリスが改心する方の話だね」

黒澤
そうです!
まぁ、それは置いておいて

(1番置いておいちゃいけないところなのでは···?)

黒澤
サトコさんは何が好きだったんですか?

サトコ
「私は『ヘンゼルとグレーテル』かな」

黒澤
お菓子の家に憧れたクチですか?

サトコ
「もちろん、それもあるけど」

黒澤
魔女を倒す時にスカッとするとか?

サトコ
「そうじゃなくて、兄妹が頑張る姿が好きだったみたい」

黒澤
へぇ、そういう理由もあるんですね

サトコ
「結構普通の理由な気がするけど···」

黒澤
こうやって聞くと、人の思い出の童話って気になってきました

サトコ
「石神さんとはそういう話しなかったの?」

黒澤
あんまり自分のことはしゃべらないですから···

サトコ
「そうだよね···」

黒澤
でも、黒澤調べ2018最新版にもない情報となると
俄然調べたくなります

サトコ
「え?」

黒澤
明日から聞き込み開始ですね!

(これは、余計な興味に火を点けてしまったかもしれない···!)

庁内の廊下を歩いていると、向こうから透くんの声が聞こえてきた。

黒澤
周介さんは何か思い出の童話ないんですか?

颯馬
···保育士に転職でも?

黒澤
あ、もしかして『三銃士』とかですか!
それで剣士に憧れて剣道始めたとか!

颯馬
その豊かな想像力を使って、この資料纏めておいてください

(果たして『三銃士』は童話に入るのか···)

颯馬さんとの会話に聞き耳を立てつつ、そんなことを思ってしまう。

(朝から課内で他の人にも質問してたけど、みんなやっぱりスルーだよね···)
(でもめげないところが、さすが透くん)
(って、あれ?)

その時、また視線を感じてその方向へと視線を走らせた。

(本屋の時と同じような···何だろう?)

黒澤
あ、加賀さーん!思い出の童話とかありますか?

加賀
あぁ?

(透くん、相変わらず鋼のメンタル···!)

地を這うような加賀さんの低い声に危機を察知し、そそくさとその場を後にした。

黒澤
というわけで、みなさんに思い出の童話を聞いて回ってるんです

後藤
思い出の童話か···

透くんは未だにめげずに皆さんに童話を聞いて回っていた。

後藤
···シンデレラだな

(こうやって律儀に答えてくれるの後藤さんだけだろうな···)

少し離れたところから、つい2人の会話に聞き入ってしまう。

黒澤
シンデレラ!後藤さん、シンデレラなんですか!?

後藤
俺はシンデレラじゃない、王子役だった

黒澤
役?あ、もしかして劇でやったってことですか?

後藤
幼稚園の頃にな
まぁ、それだけの理由だ

黒澤
劇で王子役なんてめちゃめちゃモテたんじゃないですか~?

(後藤さんの子どもの頃かぁ。絶対可愛いんだろうな)

後藤さんのまだあどけない頃の様子を想像して1人頷いてしまう。
不意に後藤さんの近くにいる石神さんや加賀さんが視界に入ってきた。

(あの2人の子供時代は···うん、想像しちゃいけない気がする)
(難波室長···も、子供時代が想像できない···)
(自分より年上なのもあるんだろうけど、あのドンと構えた感じからはなぁ)

黒澤
というか、今の方がもっと王子っぽいんじゃ

後藤
王子っぽい?

黒澤
そうですよ。マントとか王冠とか絶対似合いますよね!

何かを閃いたような透くんの元気な声が響き渡る。
彼の瞳はどこかキラキラと輝いて、それが一層周りを不安にさせるのだった。

翌朝。

黒澤
おはようざいまーす!

公安課の扉が開いたかと思うと、大量の荷物を抱えた透くんに目を見張る。

<選択してください>

何が入ってるか尋ねる

サトコ
「えっと···その大きな袋は一体?」

黒澤
見ての通り、ドソキで買ってきたプリンセス衣装の数々です!

サトコ
「プリンセス衣装?」

黒澤
シンデレラに白雪姫···ちょっと変わったものだと人魚姫とか

サトコ
「すごいですね···?」

黒澤
そうなんですよ!結構布が重くて!

(そこじゃないんだけどなぁ)

無言で視線を逸らす

サトコ
「それは···」

(いや、ここで質問するのは何か大変なことに巻き込まれる予感···!)

しかし、視線を逸らした先にドンと透くんは袋の1つを置いた。

黒澤
さすがドソキ!いろんなプリンセス衣装が揃ってましたよ!

(プリンセス衣装?)

隣にいた東雲さんに目で訴える

(一体あの袋の中身は?見る限り、ドソキで買ったっぽいけど···)

見覚えのあるキャラクターがプリントされた袋。
しかし、その量になぞの不安が押し寄せ、そっと隣にいる東雲さんへと視線を移す。

東雲
······

(『お前が聞け』って言われてる気がする···)

じっとこちらを見返す東雲さんの瞳は雄弁に語っていた。

サトコ
「えーっと···黒澤さん、それは?」

黒澤
プリンセス衣装です!

黒澤
ちゃんと皆さんの分、ありますから!

そう言いながら、透くんは机の上に衣装を並べていく。
キラキラと朝から目に優しくない衣装の数々に、瞬きが増える。

(しかもメンズサイズ!)

黒澤
昨日の後藤さんの発言から着想を得て買ってきました!

後藤
おい、あの話のどこからこれが出てくる···

東雲
安っぽいうえに趣味悪···

一瞬、東雲さんがそのドレスを着たところを想像してしまう。

(下手したら私より可愛くなるんじゃ···?)

東雲
今一瞬、ものすごくキモイこと考えなかった?

サトコ
「え、何のことですか!?」

声が上擦りそうになったものの、ここは白を切るしかない。
すると、扉を開け入ってきた津軽さんはオモチャを見つけたような笑顔で輪に入る。

津軽
わー!何これ何これ何これ!?俺抜きで楽しいことしてる!?
あ、これは歩くん用のドレスかな?

東雲
あてがわないでください

反して百瀬さんは嫌そうな顔で衣装を袋へと再び詰め込んでいった。

百瀬
「チッ···」

黒澤
あぁ!そんな風に扱うと皺が!

街中を歩く透くんの手には、登庁してきたときと同じように袋が提げられていた。

黒澤
結局、全部返品なんて···1回くらい着てみてもいいのに

しょぼん、と呟く透くんは名残惜しそうに袋の中を確認する。
私はまた変なものを買ってこないように、と監視も兼ねて付き添いを任された。

サトコ
「逆によく着てくれると思ったね?」

黒澤
誰にだって少しくらい変身願望はあるものです!
こういう、キラキラふわふわしたものを着て新しい自分を発見★とか

(それはとても発見されなくてよかった···)

黒澤
それにこういう服を着ていると、見ている方も楽しくなりますし

サトコ
「楽しく?」
「キリギリスもいい加減にしないと···」

黒澤
···キリギリスって、結局自業自得みたいな風に言われるじゃないですか

サトコ
「え?まぁ···真面目に働いていたアリ視点だとそうかな」

冬が来るとわかっているのに、キリギリスは毎日バイオリンを弾き続けた。
将来よりも、その一瞬一瞬を楽しく生きようとするキリギリス。
それに対し、アリはコツコツと食料を溜め、厳しい冬を越すために努力する。

黒澤
でも、バイオリンを弾くだけの時間も必要だと思うんです
改変された話の中には
食べ物を分けてもらったお礼に演奏をプレゼントするっていうのもあって
それって、みんなが幸せになると思いませんか?

サトコ
「確かに、飢えて死ぬよりは···」

黒澤
オレたちにも必要だと思うんです
命がけの仕事をしているからこそ、こういう息抜きの瞬間が

隣を歩く透くんを見れば、その瞳は誠実だった。

(でまかせを言ってるわけじゃないみたい···)
(透くん、ただふざけてるわけじゃなかったんだ)

一瞬でも安らぎを、と思ってやっていた行動だと思うと少しだけ胸にくる。
それが、どこまで皆さんに伝わっているかは分からないけど。

サトコ
「そうだね、息抜きも確かに必要かも」

黒澤
納得してもらえましたか!

サトコ
「でも、もちろんちゃんと仕事をしたうえで、です」

黒澤
は~い。サトコさんは真面目ですね

サトコ
「ふふっ、透くんに比べればそうかもね」

お店に持っていくと、プリンセス衣装はすべて無事に返品ができた。
仕事に戻ろう、と足を向けると身軽になった透くんの手に掴まれる。

サトコ
「透くん?」

黒澤
せっかくですし、このままランチデートとかどうですか?
あ、スイーツビュッフェとかでもいいですよ!

サトコ
「いや、早く帰らないと」

黒澤
え~、いいじゃないですか

握った手が離されることはない。
むしろそのまま街中を歩き始めようとする。

(こ、こんなに人通りの多いところで手をつないだままって···!)

サトコ
「透くん、誰に見られるか分かんないから!」

黒澤
オレたちのことなんて誰も気にしませんよ

サトコ
「そうかもしれないけど···!」

手を引いていく透くんは足を止める気配はない。
むしろ、るんるんと鼻歌を歌いそうな勢いで歩いて行く。

黒澤
さーて、どこに連れていっちゃ···

サトコ
「帰庁しましょう」

黒澤
え!?

サトコ
「帰りが遅くなると津軽さんたちに何て言われるか分からないし」

黒澤
えぇ~!?
そこは適当にお店が混んでたとか言っちゃいましょうよ

サトコ
「もう、駄々捏ねない」

言いながら、自分はお母さんか、とツッコみそうになってしまった。

黒澤
本当にいいんですか?せっかくオレとの2人だけの時間···

透くんは子犬のように瞳を潤ませながらこちらを見つめてくる。
ギュッと両手で手を握られ、気のせいか垂れた耳まで見えそうだった。

(ちょっとだけ、可愛いと思えなくもないけど···)

サトコ
「帰りましょう」

黒澤
透★必殺のおねだり顔が効果ゼロ!

透くんがショックを受けたのと同時に、するりと手も解放される。

サトコ
「帰らないって言うなら、置いて行くよ」

くるりと背を向けるようにして歩き始める。

黒澤
分かりました!帰りますー!

しかし、結局庁舎近くまでは透くんの強い希望で手を繋いだままだった。

to be continued

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