カテゴリー

お遊戯会 加賀2話

サトコ
「えっ、美優紀さん、おゆうぎ会行けないんですか?」

花ちゃんのおゆうぎ会も二日後に迫った夜。
衣装の最終調整をしながら、思わず美優紀さんを振り向いた。

加賀美優紀
「そうなの。急な仕事が入っちゃって」
「もともと自営だし、仕方ない部分はあるんだけど」

(美優紀さん、夫婦でホテルを経営してるんだっけ)
(確かにいつも忙しそうだし、休みも不定休って感じだけど)

サトコ
「残念ですね。花ちゃんも美優紀さんに見てもらいたかっただろうな···」

加賀美優紀
「花にはいつもそうやって我慢させることばっかりで、申し訳ないわ」
「そういえば、兵吾は行けるって連絡が来たけど」

サトコ
「はい。花ちゃんのために完璧に仕事を調整してました」

加賀美優紀
「あの子、花のことになるとなりふり構わないからね···」

サトコ
「私は仕事で行けないんですけど···きっと加賀さんが私たちの分まで見て来てくれます」

加賀美優紀
「そうね。兵吾が来てくれれば、花もきっと喜ぶと思うわ」

そうしてようやく、ふたりがかりで衣装を完成させ···

町内のおゆうぎ会当日、午後から休みを取ったはずの加賀さんが公安課ルームにいた。

東雲
まさか、津軽さんが盲腸で入院するなんてね

サトコ
「はい···正直、そういうのとは無縁な人だと思ってました···」
「盲腸の方から逃げ出す、みたいな」

百瀬
「おい、あの人のことバカにしてんじゃねーぞ」

サトコ
「地獄耳···」

東雲
兵吾さん、今日用事があったんでしょ?

サトコ
「そうなんですけど、でも津軽さんがいないから加賀さんに緊急出動命令が下ったみたいです」

加賀
···チッ

盛大な舌打ちとともに、加賀さんは津軽さんが行くはずだった現場へと出かけていく。

(今の舌打ちは、花ちゃんのおゆうぎ会を見れないことへの···じゃなくて)
(たぶん今日は忙しくなるから、『津軽の野郎、面倒なことしやがって』の舌打ちだろうな)

いくら花ちゃんのこととはいえ、公私混同するような人ではない。

(でも···加賀さんもだけど、花ちゃんもきっとがっかりする)
(絶対加賀さんに見て欲しい、って言ってたし···)

サトコ
「花ちゃんの出番は、確か結構あとのはず···」
「この報告書を終わらせて、そのあとの仕事は休憩時間のあとにすれば···」

(おゆうぎ会の会場までの距離を考えたら、休憩時間に往復できないことはない···)
(劇は確か、12時15分くらいだから···)

考えている間も、大急ぎで報告書をまとめる。

百瀬
「何やる気だしてんだよ」
「···まさか、あの人が休みの間に仕事していいとこ見せようって魂胆か」

サトコ
「残念ながら、そんな百瀬さんみたいなことは考えてませんよ」

舌打ちを吐き捨てていなくなる百瀬さんを見送り、必死に報告書を書き上げる。

サトコ
「よし、できた···!」
「氷川サトコ、休憩に行ってきます!」

東雲
はいはい、行ってらっしゃーい

しっしっ、と追い払うように東雲さんに送り出され、お財布とスマホを掴んで本庁を飛び出した。

大急ぎで会場に駆け込むと、ちょうど赤ずきんの劇が始まるところだった。

(間に合った···!よし、スマホで動画を撮って、あとで加賀さんに見せよう!)

空いている場所を見つけて、スマホをスタンバイさせる。
花ちゃんは私と美優紀さんが作った帽子を被り、立派にオオカミを演じきった。

(花ちゃん、凄く上手だった···!)
(加賀さんと美優紀さんがいなくても、ちゃんと頑張ったね···!)

加賀花
「!」

私に気付いたのか、幕が閉じる直前、花ちゃんがこっそり手を振ってくれる。
そのシーンを何枚も写真に収め、会場を出ると再び走り出した。

休憩時間が終わるギリギリに戻ってくると、必死に呼吸を整えながら自分のデスクに座った。

(ふう、なんとか間に合った···!)
(全然休憩できなかったけど、花ちゃんの雄姿は見た!悔いはない!)

黒澤
あれ?サトコさん、休憩に行くって言ってませんでした?
ずいぶんお疲れですけど?何かありました?

<選択してください>

のんびりしすぎちゃって

サトコ
「い、いえ···ちょっとのんびりしすぎちゃって、走って帰ってきたんです」

黒澤
へぇ、そうですか。オレはまた、緊急の用事でもあったのかと

サトコ
「ハハハ、そんなのあるわけないじゃないですか···!」

黒澤
まあ、休憩時間にサトコさんが何をしてても、口出しはできませんからね

どうかご内密に

サトコ
「く、黒澤さん···!あの、どうかご内密に···」

黒澤
ってことは、やっぱり何かあったんですね?

サトコ
「!」

黒澤
ダメですよ~サトコさん。本当に隠したいことがあるなら、堂々としてないと

サトコ
「わかりましたから···!あの、声のトーン落としてください···!」

野暮用です

サトコ
「ちょっと野暮用で···その、銀行の振込とか!」

黒澤
あ~そういうのって休憩時間にしかできないですよね~
でも、ずいぶんと遠くの銀行に行ってたんですね?

(黒澤さん、絶対何か勘づいてる···!)

加賀
······

私より先に戻って来ていた加賀さんが、訝し気に眉根を寄せる。

(でも、大丈夫···!私は自分の休憩時間を使って自分がやりたいことをしただけ!)
(津軽班への裏切り行為じゃないし、誰にも怒られることはしてない···!)

しかしそのあと、加賀さんは大きな事件を担当することになったため、また忙しくなり···

ロクに話せないまま加賀さんの仕事が落ち着いたのは、一カ月ほど経った頃だった。

加賀美優紀
「今までずっと事件抱えてたの?」

加賀
一カ月で解決するなんざ、短い方だ

加賀美優紀
「はぁ···やっぱり大変ね、刑事って」
「でもよかった。花もずっと待ってたんだから」

加賀花
「ひょーご、おしごとおつかれさま!」
「ひょーごもママもこれなかったけど、はな、がんばったよ!」

加賀
ああ、よくやったな

加賀さんに頭を撫でられて、花ちゃんはご満悦で私のところに歩いてきた。

加賀花
「サトコ、きょうのおようふく、かわいい!」

サトコ
「えっ、そうかな。ありがとう」

加賀花
「このおむねのリボンがとくにいい!はなもこういうふくほしいなー」

サトコ
「じゃあ、今度一緒に買いに行こうか」

加賀美優紀
「花、サトコちゃんに無理言わないの」

サトコ
「いいんです。おゆうぎ会頑張ったし、花ちゃんとお揃いの服も欲しいし」

加賀美優紀
「おゆうぎ会か···正直、花が演じてるところを見れなかったのはちょっと残念ね」

サトコ
「あ、それなら···」

ピンポーン

スマホの動画を見せようとした時、インターホンの音が部屋に響いた。
美優紀さんが対応に出ると、年配の女性が一緒に部屋に戻ってくる。

女性
「あらあら、お客さんだったの?悪かったわねぇ」

加賀美優紀
「いいんです。ビデオ、ありがとうございます」

サトコ
「ビデオ?」

加賀美優紀
「お隣の奥さんなんだけど、花の劇をビデオに録っておいてくれたんだって」

女性
「うちで見たときはちゃんと録れてたから、よかったらみんなで見ないかなって」

加賀花
「はなうつってる!?みんなにみてもらえる!?」

女性
「おばちゃん、頑張って録ったからね~。花ちゃん、とっても上手だったものね」

(ビデオ···!スマホよりもきっと綺麗に見えるよね)
(私も頑張って録ったけど···でもちゃんと見えるなら、そっちのほうがいいだろうな)

早速鑑賞会が始まり、花ちゃんの可愛らしい演技にみんなで歓声を上げる。
加賀さんは何も言わず黙って、テレビの向こうで演じる花ちゃんを見つめていた。

その夜、まっすぐ加賀さんの部屋に戻ってきた。

(明日は仕事だから家に帰ろうと思ったけど、加賀さんが『寄ってけ』って···)
(もしかして、花ちゃんの演技について語り合いたいとか?)

サトコ
「いやいや、加賀さんに限ってそれはないか···」
「さてと···」

加賀さんがシャワーから出てくるのを待つ間に、自分のスマホを取り出す。

(せっかく録った花ちゃんの動画だけど···もういらないよね)
(美優紀さん、お隣さんからダビングさせてもらうみたいだし)

サトコ
「でも上手だったなぁ、花ちゃん。かわいいオオカミだった···」

加賀
おい

サトコ
「!?」

全く気配を感じなかったのに、いつの間にか加賀さんが後ろに立っている。

サトコ
「早かったですね···!?」

加賀
勝手に消そうとしてんじゃねぇ

サトコ
「な、なんのことでしょう···!?」

私からスマホを奪うと、加賀さんが手際よく操作する。

サトコ
「プライバシー···!」

加賀
そんなもん、テメェにはねぇだろ

サトコ
「ないんですか···!?」

加賀
······

不意に、加賀さんが目を細めて手を止める。
そこには、おゆうぎ会の様子が写っていた。

サトコ
「あ···あの、それは···」

加賀
動画はこっちか

サトコ
「なんで私のスマホなのに、そんなに簡単に操作できるんですか!?」

加賀
······

私の抗議など聞く耳も持たず、加賀さんが動画を再生する。
少しブレてはいるものの、花ちゃんのかわいい演技をしばらくふたりで眺めた。

加賀
···くだらねぇな

サトコ
「え···?」

加賀
テメェの休憩時間くらい、テメェのことに使え

サトコ
「···気付いてたんですか」

加賀
しかも、歩から雑用引き受けてただろ
テメェの仕事の他にさらに仕事増やすとは、どこまでもマゾだな

サトコ
「うう···マゾじゃないですけど、いいんです。好きでやったことですから」

加賀
···クズが

いつもの優しい『クズ』が降ってきて、頭を抱き寄せられた。

加賀
···助かった

サトコ
「!」

加賀
それにしても···花ばっかりだな

私のスマホの画像や動画を見て、加賀さんが小さく笑う。

サトコ
「花ちゃんのあまりのかわいさに、シャッターを押す手が止まらなくて···」
「ほら、だって加賀さんの画像ファイルも、花ちゃんばっかりですよね」

加賀
······

サトコ
「あと、加賀さんのスマホで花ちゃんが撮った写真とか」
「ブレてるのとか真っ暗なのとか、全部消さずに残してあって」

加賀
······

(しまった···余計なことまで言っちゃった!)

<選択してください>

たまたま見えただけ

サトコ
「ぬ、盗み見た訳じゃないですよ!前にたまたま、隣にいたときに見えただけで」

加賀
······

サトコ
「それにほら、加賀さんがたまに花ちゃんの写真を撮ってるのを私も見てますし···!」

加賀
······

(本当なのに···!めちゃくちゃ疑われてる!)

図星ですよね?

サトコ
「···図星ですよね?」

加賀
頭蓋骨握りつぶしてやろうか

サトコ
「待ってください、一体どういう脅しですか···」

(加賀さんなら本当にやりそうで怖い···)

いいことだと思います

サトコ
「い、いいことだと思いますよ!加賀さんの子煩悩さが垣間見えるエピソードで···」

加賀
誰が子煩悩だ
···黒澤あたりには黙っとけ

(黒澤さん、加賀さんが花ちゃん命なことはとっくに知ってると思うけど)
(確かに、画像ファイルが花ちゃんだらけって知ったら水を得た魚のようになるだろうな···)

サトコ
「でも、私の動画よりお隣さんが撮ってくれたやつのほうが綺麗でしたね」

加賀
そういう問題じゃねぇだろ
花も喜んでただろうな

サトコ
「はい。家族の誰にも見てもらえないのは寂しいだろうなって。だからよかったです」
「私じゃ、加賀さんや美優紀さんの代わりにはなれませんけど···」

加賀
···いや

もう一度私のスマホを見たあと、加賀さんがそれを返してくれる。

加賀
喜んでんのは、この顔を見りゃわかる

私の手首を掴んで顔を傾け、加賀さんが食むような口づけをくれた。

サトコ
「···私も嬉しかったです。衣装も頑張りましたから」

加賀
ああ···そういや、手伝ったっつってたな
···なら

もう一度唇が戻ってくると、今度はさっきよりも少し激しいキス。

サトコ
「···か、かが、さん···」

加賀
赤ずきんが猟師に礼をしても、罰は当たらねぇだろ

サトコ
「赤ずきん···猟師···」

(それって、前に花ちゃんと一緒に練習した時の配役···)
(じゃあ、加賀さんが私に、お礼···?)

サトコ
「でも···加賀さんはやっぱり、赤ずきんじゃなくてオオカミです···」

加賀
言うじゃねぇか
なら、テメェが俺を殺すんだろ?

私の手を掴んだまま、自分の胸元へと持っていく。
唇を合わせながらも、加賀さんの優しい声が聞こえる···

加賀
ここだ

サトコ
「ん···っ」

加賀
しっかり撃ち抜いとけよ

私の指で、加賀さんが自分の胸をトントンと叩いた。

(私が、加賀さんを撃ち抜く···?そんな···)

サトコ
「む、無理、です···」

(だって、私のほうが加賀さんに撃ち抜かれてるのに···)

加賀さんの大きな手が、私の両手首をまとめるようにしてつかむ。
そうやって触れる手も唇も、いつも以上に優しい。
両手をふさがれてしまえば、銃なんて構えられない。

加賀
なら、大人しくオオカミに食われとけ

サトコ
「猟師のことも食べちゃうんですか···?」

加賀
食われてぇだろ?

耳を舌でいじるようにして低く囁かれれば、ぞくりと快感が背中を走る。
私の口から吐息が零れたのを、加賀さんが見逃すはずもない。

加賀
やっぱり、テメェは猟師ってタマじゃねぇな
オオカミに食われる赤ずきんがお似合いだ

サトコ
「猟師だとしても、加賀さんがオオカミならきっと一生、引き金は引けませんから···」
「それなら、赤ずきんでいいです」

ベッドに押し倒され、胸元で緩く結んであったリボンを解かれた。
加賀さんの目の前にさらけ出された肌は、指先でいじられるたびに熱を帯びていく。

サトコ
「···今日は、なんだか···優しい感じが、します」

加賀
······
···これが優しいって思えんなら、重症だな

クッと笑うその表情は、きっと私にしか見せない。

(どうして優しいの···どうしてこんなに甘く囁くの)

そう聞いても、きっとおとぎ話みたいな明確な答えは返ってこない。
肌に吸い付かれると、腰が震える。
自分も身につけているものを脱ぎ捨てると、加賀さんが静かに覆いかぶさった。

(···肌を合わせると、安心する)
(たとえ、加賀さんがオオカミだとしても···)

サトコ
「私、食べられちゃいますか···?」

加賀さんの首に腕を回して静かに自分のほうへ引き寄せると、顔が近付き唇が深く合わさった。

加賀
ああ
他の奴らに渡さねぇよう、残さずな

ともすれば言葉は乱暴に聞こえるのに、耳をくすぐる声はひどく穏やかだ。

(いつもそう···オオカミみたいに怖いのに、実は誰よりも優しい)
(そんな加賀さんだから、私は···)

加賀さんの言葉を受け入れるように目を閉じて、心も身体もすべて、その人に預けた。

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする