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俺の駄犬が他の男とキスした話(後) 加賀1話

奥野譲弥
「氷川、やっと俺の気持ちに応えてくれるんだな」

サトコ
「お、奥野さん···!離してください!」
「私には、加賀さんが···」

奥野譲弥
「あの男はもう、お前に愛想を尽かしたみたいだぞ」

サトコ
「え···」

加賀
······

那古絢未
「兵吾さん、あんな人なんて放って、行きましょう?」
「あなたは私のもの···他の男に傾いた女は似合いません」

加賀
そうだな

(待って···待って!私、奥野さんに傾いたりしてない···!)
(誤魔化したり、秘密も作ったし、嘘もついちゃったけど、でもっ···)

サトコ
「それはーー!」
「それは、加賀さんが好きだから···!」

自分の声で目を覚まし、乱れた呼吸の中で天井を見つめる。
心臓は激しく脈を打ち、目には涙が浮かんでいた。

(最悪な夢···)
(加賀さんが好きだから···秘密を作って、誤魔化して、嘘ついて···)

サトコ
「好きだからって···していいこと···だったの···?」

その日、出勤して仕事の準備をしていると、津軽さんが後ろを通りかかった。

津軽
他の男とうっかり過ちを犯しちゃったのが彼氏にバレて、言い訳もできずに振られた

サトコ
「!!!」

津軽
···みたいな顔してるね

サトコ
「な、な···」

(なんでそんな細かいところまで···!?)
(私、そんな顔に出やすい···!?それとも津軽さん、まさかエスパー···)

百瀬
「捨て犬みてぇなツラ」

サトコ
「!!!」

振り返ったけど、言いたい放題言ったふたりはさっさと公安課を出て行ってしまった。

(なんでバレバレ···)
(···えっ!?っていうか···やっぱり、あれは···)

加賀
信用できねぇ奴と一緒にいる意味、あんのか

(あの言葉···もう一緒にいられない、ってこと···?)
(つまり、私は···津軽さんに言われたように···)

振られた···ということ、だ。

(で、でも···こんな簡単に···)
(今回は全部私が悪い···いや、だいたいいつも私が悪いんだけど)

謝ることもできず別れるなんて、悲し過ぎる。
言い訳だと思われてもいいから、せめてちゃんと話をしたい。

サトコ
「あの···東雲さん。今日は加賀さんは···」

東雲
あれ?知らない?今週は仕事でほとんどこっちに来ないよ
あ、ごめん。知ってるわけないか。キミ、別の班の人だもんね

サトコ
「ぐっ···」

(今週はほとんどこっちに来ない、か···)
(なんの仕事してるんだろう。もしかして那古さんと···)

ついつい今朝の夢を思い出してしまいそうになり、慌てて首を振る。

(違う···!あれは夢!ただの夢!)
(嘘をついたのも誤魔化したのも全部私が悪い···)
(だけど、こんなにあっさり壊れるなんて思いたくない)

加賀さんのデスクに寂しく残されているポチを見た時、公安課に誰かが入ってきた。

鳴子
「いたいた、サトコ!」

アカネ
「氷川さん、ちょっと来て!」

サトコ
「鳴子···アカネさん」

めずらしい人たちの姿に、慌ててドアへ走る。

サトコ
「ふたりとも、どうして···」

鳴子
「まだ始業前だし、いいかなーって思って」

アカネ
「氷川さん、この映画もう観た?」

アカネさんが見せてくれたのは、今噂の恋愛映画のチラシだった。

サトコ
「いえ···そういえば最近、映画観に行ってないな」

鳴子
「ナイスタイミング!今日、仕事が終わったらみんなで行かない?」
「ほら、今日ってレディースデーでしょ?安く観れるから!」

アカネ
「ねっ、仕事が忙しくないなら、行こ行こっ」

津軽
あれ~?シュンスケくんにレディースデーは関係ないでしょ?

いつの間にか戻ってきていた津軽さんが、アカネさんを見てニヤニヤしている。

アカネ
「アカネですぅ~。津軽さんって同じ事何度言われても覚えられないですね?」

鳴子
「実は私、割引券もらったんですよ。だからアカネさんはこれで半額です」

津軽
あーなるほどねー。つまりシュンスケくんは普通に男として行く、と

アカネ
「ア・カ・ネ!です!」

笑いながら私たちの間に割り込むようにして公安課に入って行く津軽さんに、
アカネさんは、背中を向けた隙にあっかんべーしていた。

(相変わらず、仲がいいのか悪いのかわからない···)
(でも、映画か···加賀さんとは今日連絡取れそうにないし···)

ふたりのお誘いに乗り、夜は映画へ行くことに決めた。

映画の上映が終わると、なんとも言えない気持ちになっていた。

サトコ
「ねぇ···あの主人公、アリ···?」

鳴子
「えっ、サトコ的にはナシ?」

サトコ
「だって···だってさぁ···」

アカネ
「付き合ってるカレとは別の男にアプローチされて···つい心が揺れて」
「最終的にはその優しさに負けて新しい男と幸せになる···なんて」
「今まさにどこかで起きてそうなリアリティのある話で、面白くなかった?」

サトコ
「むしろ、リアリティがありすぎっていうか···」

(なんか、自分の今の状況とリンクしすぎて···いや、心は揺れてないけど!)
(っていうか、主人公···!そんな簡単に新しい人のところに行かないで、頑張ろうよ···!)

鳴子
「真面目で不器用な人が、想いを言葉にできずに」
「ずっと自分を想ってくれてた、なんて知ったらそりゃ揺れるよね~」

アカネ
「だよねだよね!でも元カレもかっこよかったし!」

サトコ
「あ、あの···私、お手洗い行ってきます」

盛り上がるふたりを置いて、逃げるようにトイレへと向かった。

トイレに入ると、洗面台の前でしゃがみ込んでいる女性が視界に飛び込んでくる。

サトコ
「だ、大丈夫ですか?」

???
「すみません。久しぶりに人ごみの中に来たので、気分が···」

サトコ
「!」

(この人···那古絢未さん!)
(那古組組長のひとり娘で、加賀さんのエス···!)

でも今はそんなことより、那古さんの顔色が悪いほうが気になる。

サトコ
「とにかく、座って休みましょう。トイレから出たらベンチがありますから」

那古絢未
「ええ、そうですね···そこに何か飲み物はありますか?」

サトコ
「あ、自販機がありましたよ。よかったら買ってきます」
「立てますか?」

那古絢未
「ええ、ありがとうございます」

那古さんに付き添いトイレを出ると、飲み物を買いに走った。

那古絢未
「ありがとうございました。だいぶ楽になりました」

サトコ
「よかった···顔色が悪かったからびっくりしました」
「どなたか付き添いの人は?ひとりで大丈夫ですか?」

那古絢未
「ええ、もうすぐ組の者が···」
「···ではなくて、家の者が迎えに来ますから」
「あの、それより···そのお財布···」

飲み物を買った時から持ったままだった私のがま口を見て、那古さんが目を見張る。

那古絢未
「···はじっこパンダ、お好きなんですか?」

サトコ
「あ、えーと···好きというかなんというか」

那古絢未
「私、大好きなんです。はじっこパンダのグッズがあるとつい買ってしまって」

サトコ
「そうなんですね」

(···あれ?そういえば、このがま口···)

加賀
やる
もらいもんだ。いらねぇからお前が持っとけ

(···もしかしてこれって、那古さんからもらったもの?)
(だとしたら、私が加賀さんからもらったってバレるのはまずい···)

適当に挨拶して立ち去ろうとしたけど、那古さんに呼び止められてしまった。

那古絢未
「改めてお礼もしたいですから、お名前と連絡先を教えてください」

サトコ
「い、いえ···そんな、お礼なんて」

那古絢未
「私の気が収まりませんから。お願いします」

サトコ
「それじゃ···萌木芽衣です。電話は···」

いつもの偽名と、仕事用の携帯番号を那古さんに伝える。
“家の者” が迎えに来て、那古さんはそのまま映画館を去って行った。

その夜。

(まずはちゃんと謝って、それから···)
(···ええい!とにかく、電話!)

何十分も悩んだ末、加賀さんの番号を呼び出して通話ボタンを押す。
でもスマホから聞こえてくるのは、なんと無情な声だった。

電話
『おかけになった電話は、現在···』

(···着信拒否!?)
(い、いや···違う、きっと違う!加賀さんはそんなことしない···!)

そう思いたいのに、どうしても悪い考えを止められないのだった···

to be continued

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