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だから僕はうまく恋ができない プロローグ

街がハートに彩られる時季。
何となく浮足立つ空気は、この公安課にも及んでいた。

(今年のバレンタインは、去年の二の足を踏むまい···)

昨年はうっかりチョコをあげない宣言をして大変だったことを思い出す。

(今年はチョコレートだって手作りする予定だし、何なら1つと言わず2つ3つと···)
(そのための事前リサーチも準備万端!)

今はちょうど昼休み。
作るチョコについて考えを巡らせているとーー

黒澤
ダンボール入りまーす!

ガラガラという台車の音と共に黒澤さんが課内に入ってきた。
続いてどんどんダンボールが運び込まれてくる。

サトコ
「こんなに大量のダンボール···捜査資料ですか?」

黒澤
いえいえ、もっと愛の詰まったものですよ

伝票を見れば、全国各署から公安課に宛てられているのがわかる。

東雲
今年もきたの?

黒澤
今年もきました

サトコ
「今年もって···」

首を傾げる私に、黒澤さんがダンボールを開ける。
目に飛び込んでくるのはキラキラ可愛らしいラッピングの数々。

(眩しい!こ、これはバレンタインのチョコレート!)

公安課のそうそうたるイケメン警察官宛てのチョコが、これでもかと詰まっていた。

後藤
もう、そんな季節か

課の入口に溜まってゆくダンボールを後藤さんが邪魔にならない隅へと運んでくれる。

(今までも教官宛ての大量のチョコは見て来たけど、公安課にもこうして届けられてるんだ)

サトコ
「毎年のことながら、本当にすごい量ですよね」

後藤
まあ、一種の祭りみたいな感覚になってるのかもな

石神
さっさと処理しろ、加賀。余計なものを置くスペースはない

加賀
俺より少ねぇからって、僻んでんじゃねぇよ

津軽
いやいや、一番多いのは俺でしょ。誰が見ても一番イケメンだし

加賀
お前、クソ眼鏡の眼鏡を借りた方がいいんじゃねぇか?

石神
俺の眼鏡は真実しか映さない

津軽
え、なにそれ。眼鏡かければ、もっとカッコイイってこと?
これ以上カッコよくなってもな~

石神
今のお前に眼鏡があったら叩き割れたのにな

加賀
眼鏡ごと目潰しだろ

津軽
男の嫉妬は醜いよ?

百瀬
「これ、全部津軽さん宛てのチョコです」

2つのダンボールを百瀬さんが追加で運び込んできた。

サトコ
「もう置く場所ありませんよ」

百瀬
「他のを捨てればいいだろ」

サトコ
「いや、そういうわけには···」

百瀬
「津軽さん宛ての、まだあるし」

サトコ
「まだ!?」

颯馬
今年は例年以上に大変なことになりそうですね

津軽
ははは、俺ってモテる~

百瀬
「前からわかってることです」

津軽
あ、そっか

(どうして、百瀬さんがそんなに嬉しそうなの···)

東雲
······

石神
······

加賀
うぜぇ

(東雲さんと石神さんが呑み込んでいた言葉を、加賀さんが···)

後藤
···石神さん宛てだって、まだまだある

サトコ
「後藤さん!?」

百瀬
「···やるか?」

後藤
そっちがその気ならな

サトコ
「いや、チョコだって量より質の世の中ですよ!」

忠犬同士の戦いが勃発しそうになり、何とかそれを横へと流す。

(誰が一番多いかはともかく、皆さんがすごい数のチョコを貰っているのは間違いないわけで···)

チラッと彼の方を見ると、彼は大量のチョコを前に嘆息しているようだった。

(うーん···私から渡すのはチョコじゃない方がいいかも?)

津軽
そういえば、ウサちゃんはどうするの?

ダンボールを積んでいる私の横に、いつの間にか津軽さんが来ている。

サトコ
「どうするって、何がですか?」

津軽
バレンタイン。誰にあげるの?

サトコ
「そういうの聞くのはセクハラですよ」

百瀬
「おい、答えろ」

(こわっ!)

サトコ
「だから、まだ考え中というか···」

津軽
これだけのチョコを前にしたら、あげづらくなる気持ちもわかるよ

サトコ
「え···」

(彼にあげようとしてること、バレてる!?)

津軽
でも、部下からのチョコって特別だから。遠慮しなくていいよ
あ、だけどハラペーニョ入りとか、そういうのにしてね

サトコ
「津軽さんにあげるなんて一言も···」

百瀬
「!」

サトコ
「···あげないとも言ってませんよ?」

(まあ、最初から人数分は用意するつもりだったし)
(とりあえず1コ七味唐辛子入りのチョコでも作っておこう)

津軽
というわけで、ウサちゃんはチョコ保管奉行に決定ね

サトコ
「どういう、というわけですか!?」
「それにチョコ保管奉行って···」

津軽
ダンボールの中身、各人用に仕分けしといて
俺のが一番多いと思うから、手間かけてごめんね~

サトコ
「津軽さんが一番多いって···それ、ほんとなんですか?」

津軽
ん?まだまだ余裕があるから、書類仕事も倍にして欲しいって?

サトコ
「そんなこと言ってません!」

津軽
ウサちゃんってば、働き者~。モモ、ファイル追加ね

百瀬
「了解」

サトコ
「居酒屋みたいなノリで仕事を増やさないでください···」

(余計なことを言うのは止めて、大人しくチョコの仕分けをしたほうが良さそう···)

颯馬
大丈夫ですか?

様子を見に来た颯馬さんが気遣う顔を見せてくれる。

サトコ
「難しい書類を見ているよりは、可愛いチョコのラッピングを見ている方が癒されますから」

黒澤
これだけあれば、お裾分けも期待できちゃいますしね★

東雲
チョコ、食べ過ぎるとニキビできるからね

サトコ
「さすが東雲さん、女子力が高いコメント···」

東雲
心の声が漏れてるんだけど

サトコ
「いや、褒め言葉ですよ。これは」

颯馬
ここで一番女子力が高いのは歩ですからね

サトコ
「え」

(本物の女子の立場は···いや、事実だから仕方ないけど)
(まあ、いいや。今度こそ、黙ろう···)

ダンボールの中を見て、誰宛てのものか軽くチェックしていく。

(義理って感じのものもあるけど、圧倒的に本命っぽいものの方が多い···)
(皆さん、本当に人気あるんだなぁ)

彼宛てのものを見つければ、一瞬手を止めそうになるが平静を装って仕分けをする。

(私のバレンタインは、どうしよう?)

次の休日。
とりあえず、チョコを作る材料は買っておこうと買い物に出かけた。

(あのダンボール幾箱分のチョコを考えると、手作りで差が出るってレベルじゃないし)
(いっそのこと冬のボーナスを突っ込む覚悟で超高級チョコを用意するとか?)

サトコ
「うーん···」

???
「スゲー顔で材料見てんな。何を作るつもりなんだ?」

サトコ
「え···」

背後からかけられた声に振り返るとーー

一柳昴
「今年のバレンタインは手作りか?」

サトコ
「一柳さん!」

(こんなところで一柳さんに会うとは···でも、ちょうどよかったかも)

サトコ
「風の噂もとい、黒澤さん情報で得たこと話なんですが···」
「一柳さんは警視庁一のモテ男なんですよね?」

一柳昴
「何だよ、やぶからぼうに」

サトコ
「バレンタインでも、さぞ多くのチョコを貰うかと思います」
「そんな中で特別なチョコって、どんなチョコですか!?」

一柳昴
「そんなもん、好きな女からのチョコに決まってんだろ」

サトコ
「うわ、イケメン100%の答え!」

一柳昴
「あのな···言わせといて何なんだよ、その反応は」

サトコ
「すみません···」
「でも、皆が皆···顔がいいからってイケメン100%の答えをしてくれるとは限らないので」

(彼も一柳さんと同じ答えを言ってくれるなら、いいんだけど)
(例えそれが、遠回しでも無意識でも照れ隠し的な反応でも···)

一柳昴
「···お前、めんどくせぇことになってんじゃねーのか?」

サトコ
「いえいえ、ちょっと課のチョコ保管奉行を任されているだけなんです」

一柳昴
「はぁ···ったく、なに押し付けられてんだか」
「···カゴを持て」

サトコ
「え?カゴ···?どうするんですか?」

一柳昴
「このチョコと···あとは、これとこれと、これ···」

一柳さんはチョコレート入りの材料らしきものを、私が持つカゴにポイポイ入れていく。

一柳昴
「この材料でトリュフを作れば、よっぽどじゃない限り、店レベルのができる」
「渡したい相手がいるなら、余計なこと考えずに作れ」
「そうじゃなきゃ、自分で食べろよ」

手帳を取り出した一柳さんは、ささっと何かを書くと、
それを私の手に握らせて颯爽と去って行った。

(これ···トリュフのレシピ?グラム数や湯煎の時間まで、事細かに···)
(あの一瞬で、すごい···)

サトコ
「とりあえず試作も兼ねて、これで一度作ってみようかな」

せっかくなので、一柳さんのレシピを活用させてもらうことにした。

(一番の問題は、彼の分をどう工夫するか···)
(このままだと、たくさんもらったチョコの1つにしかならない可能性が高い···)
(彼が喜ぶバレンタインって、どんなのだろうな)

先程買ったチョコの材料を片手に信号待ちをしていると。

???
「冷てぇ頬してんな」

サトコ
「ひゃっ!?」

後ろから伸びてきたてに頬を触られた。

サトコ
「ち、痴漢!?」

難波
おいおい、勘弁しろよ

サトコ
「室長!?」

振り返ると、難波さんが両手を挙げている。

難波
だから、室長じゃねぇって

サトコ
「あ、つい···それより、びっくりさせないでくださいよ」

難波
悪い悪い。リンゴみたいに赤いほっぺしてたから、こっちもつい···な
ほら、これであったまっとけ

難波さんが私の手に温かい缶を握らせる。

サトコ
「え、お味噌汁の缶···?」

難波
シジミ100コ分の効果だ。寒さに負けんなよ。ひよっこ

右手に味噌汁の缶、左手にはチョコの材料。

サトコ
「···あったかい」

頬に味噌汁の缶をあてると、その温かさが身に染みた。

そして、休み明けの朝。

(チョコレートのダンボールが、また増えてる気がする···)
(もしかして、バレンタイン当日まで増え続けるの?)

まだまだ仕分けの終わっていないチョコの山に遠い目になっていると。

津軽
サトコちゃんって、14日空いてる?

サトコ
「14日···それまでに、これ終わるのかな···」
「ていうか、自分宛てのを各自持ち帰る方式じゃダメなの?」

津軽
空いてるんだ~。良かった

サトコ
「え、津軽さん?」

いつ隣に来たのか、津軽さんが横でニコニコしている。

サトコ
「良かったって、何がですか?」

津軽
バレンタインデー、何もないんでしょ?

サトコ
「いや、その日は···」

(彼と過ごしたいと思ってはいるけど···)

実のところ14日については、何の約束も取り付けていない。

津軽
じゃ、俺とデートで決定ね♪

サトコ
「は···?」

津軽
嬉しくて言葉も出ない気持ち、わかるよ。バレンタインの奇跡だよね

(デート?津軽さんと···?)

サトコ
「いやいやいやいや!ご冗談を!」
「そもそも、これだけのチョコの仕分け押し付けておいて14日の予定押さえるって鬼ですか!?」

津軽
チョコの仕分けなんて、ちゃちゃっとやっちゃいなよ

サトコ
「それができるなら、津軽さんやってくださいよ···」
「とにかく、14日は···」

津軽
待ち合わせの時間とかは、追々連絡するね

サトコ
「人の話聞いてます!?」

(待って、今、彼もここに···)

恐る恐る彼を探すと···

(うわ、思いっきりこっち見られてる!)

目が合って慌てて逸らせる。

(津軽さん相手だから、ある程度は分かってもらえてると願いたい···)
(念のため、あとでちゃんと説明しておこう)

彼とは反対方向に顔を向けてみれば···

百瀬
「······」

サトコ
「!?」

(百瀬さんに、ものっすごい睨まれてる!)

サトコ
「なぜ!?」

百瀬
「ちっ」

津軽
はいはい、妬かないの、モモ。自分だってデートの予定あるんでしょ

サトコ
「百瀬さん、バレンタインデーとなんですか!?」

百瀬
「ぼっちが」

サトコ
「くっ···」

(勝ち誇ったような顔を···百瀬さんとデートできる人って、どんな人?)
(女神、調教師、焼き肉屋の店員···?)

津軽
じゃ、デートまでに、こっち片付けといてね

サトコ
「······」

(今年のバレンタインは去年以上に波乱の予感···)
(というか、すでに四面楚歌···)

周囲から突き刺さる刺々しい視線とチョコの山に、私は呆然と立ち尽くした。

通常の業務は予定通り終わったものの。

サトコ
「はあ···もうチョコ見たくないかも···」

各人用のダンボールをデスクに置き、宛名を確認しては分けていく。
そのスピードは確実に速くなってるけれど。

(これ、いつか何かの役に立つのかな···)

ほぼ自動で名前を確認して、チョコをダンボールに入れていると···

???
「······」

サトコ
「!?」

背後に気配を感じる。

(誰!?)

振り返ろうとした瞬間、私の身体を挟むようにドンッとデスクに手が置かれた。

サトコ
「!」

尋常ではないプレッシャーを感じながら、振り向いた先にいたのはーー

颯馬周介

石神秀樹

加賀兵吾

黒澤透

後藤誠二

難波仁

東雲歩

津軽高臣

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