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だから僕はうまく恋ができない 津軽

津軽
サトコちゃん

サトコ
「津軽さん!」

(ち、近い!)

デスクに手をついても尚、近付いてくる顔に精一杯背を反らせる。

(このままだと腰が···っ)

津軽
大事なこと忘れてない?

サトコ
「上司を信じる心とか···?」

津軽
朝まで残業したいって?仕方ないなぁ
残業申請出してないでしょ。ちゃんと出しておいてね

それだけ言うと、津軽さんはさらっと公安課から出て行った。

(何しに来たんだろう?まあ、それは置いておいて···)
(うっかり口を突いて出ちゃったけど、私も学習しないとダメだ)
(口は災いの元だって)

サトコ
「···にしても、チョコの仕分けで残業って許されるの?」

いろいろな疑問が湧いてくるけれど、それを突き詰める気力もなく思いつかなkったことにする。

サトコ
「あ、14日の話···!」

追いかけようと廊下に顔を出すと、すでに津軽さんの姿はなかった。

(デートなんて言ってたけど、本当はどんな用なのか···)

サトコ
「···まぁいいか。仕事だよね」

津軽さんと話していると、本当に気力を削がれると疲弊しながら。
チョコ仕分けマシーンと化した。

そして疲れを残したままの翌日。

百瀬
「······」

サトコ
「······」

百瀬
「······」

(朝からずっと百瀬さんの視線が辛い···)

サトコ
「あの、何か?」

百瀬
「いい気になるなよ」

サトコ
「全然なってるつもりないんですが」

百瀬
「14日」

サトコ
「そのことだったら津軽さんに言ってくださいよ」
「それに、百瀬さんはデートなんだからいいじゃないですか」

百瀬
「全然よくねぇ」

サトコ
「彼女より津軽さんを優先させるって、そんなんで大丈夫ですか!?」

津軽
モモの愛は重いからなぁ。まあ、俺レベルの女の子なんて、そうそういないだろうけど

サトコ
「津軽さんの女版とか···想像できます?」

百瀬
「お前、何言ってんだ?」

サトコ
「え、私が変人扱い?」

津軽
14日は、とびっきりオシャレしてきてね

サトコ
「いったい、何があるんですか?」

津軽
だからデートだって言ってるじゃん
相手は可愛い女の子の方がいいに決まってるでしょ?

サトコ
「······」

(絶対ウソだ···何か裏があるに決まってる!)
(それにこの勘が万が一ハズレだったとしても)

バレンタインに津軽さんとデートなんて···考えたくない。

そして迎えた14日。

サトコ
「あ、颯馬さん、黒澤さん。いつもお世話になってます」

会った人に順に日頃の感謝を込めてチョコを渡す。

颯馬
ありがとうございます

黒澤
やった!サトコさんからのチョコ、ゲットです★

笑顔を見せてくれる颯馬さんたちにホッとしながらも、背後から感じる険しい眼差し。

百瀬
「······」

(百瀬さん、また···)

颯馬
熱烈な視線ですね

黒澤
百瀬さんには、チョコあげなかったんですか?

サトコ
「チョコは速攻でゴミ箱に放り込まれそうになって、自力で救いました」
「百瀬さんがああなってるのは、今日私が津軽さんに呼ばれてるからで···」

黒澤
ああ···お二人のバレンタインデートにヤキモチ妬いちゃってるんですね~
わかります。オレだって、後藤さんをとられたりしたら···透、妬いちゃう

サトコ
「もう冗談じゃないんですよ。視線で殺されそうなんですから」

颯馬
ふふ、視線で殺されそう···か。ロマンチックですね

サトコ
「早く15日になって欲しいです···」

颯馬
応援してますよ

黒澤
チョコ、美味しくいただきます!

その後も百瀬さんの視線に時折貫かれながら、時間は過ぎて行ってーー

(今日は特別届くチョコが多くて、仕事が終わらなかった···)

定時になってしまったために、これから一応ドレスアップしなければならない。

(結局、津軽さんの真意は分からないままだけど、潜入捜査とかかもしれないし)
(残った仕事は、後で戻ってきて終わらせよう)

百瀬
「······」

サトコ
「百瀬さん、もう勘弁してください。私だって、代われるものなら代わって欲しいです」

百瀬
「···上手くやれ、ケルベロス」

サトコ
「ケルベロス!?」

(なに、それは···これからいったい、何が待ってるの···?)

サトコ
「18時に警察庁の前って話だけど···」

津軽さんの姿は見当たらず、服装のせいで寒さに肩を震わせると。
一台の高級車が滑り込んできた。

津軽
乗って

サトコ
「津軽さん!?」

開けられた助手席側のドアに目を丸くする。

サトコ
「この車···どうしたんですか?」

津軽
どうもこうも俺の。早く乗らないと長距離マラソンだよ

サトコ
「乗ります!」

津軽さんなら、本当に置いて発車しかねない。
助手席に乗るということへの躊躇いもなく、私は車内に飛び込んだ。

津軽
この時季って、イルミネーションが綺麗でいいよねー

サトコ
「津軽さん、そういうのに興味あるんですか?」

津軽
綺麗なものと可愛いものは好きだよ
だから、可愛い女の子も好き。今日は可愛いね、サトコちゃん

サトコ
「!」

(津軽さんがキラキラして見える!)

津軽
はは、ごめんね。俺、イルミネーション並みに眩しくて

サトコ
「ほんと喋らなかったら、最高レベルのイケメンですね」

津軽
お口にロックミシンかけようか?

笑顔で言いながら、津軽さんが急ハンドルを切る。

ゴンッ!

サトコ
「~っ!」

その反動だけで、私は思い切り窓ガラスにおでこをぶつけた。

津軽
ちゃんとつかまってないと危ないよ

(絶対、わざとだ···)

おでこをさすっているうちに車は某有名ホテルの前に着いていた。

サトコ
「このパーティーって···」

津軽
各庁のお偉方が集まってるから、お行儀良くしてるんだよ

サトコ
「つまり···今日の役目はパーティーの同伴者ってことですか?」

津軽
まあ、簡単に言うとね

サトコ
「それならそうと、初めから言ってくれればいいのに···」

(いろんな可能性を考えて、損した)
(百瀬さんも『ケルベロス』とか、謎なこと言って···)

フタを開ければただのお付き合いパーティーだったのかと、肩の力を抜くと。

女性
「高臣くん、来たのね」

津軽
たまには顔を出さないと、忘れられちゃうかと思いまして

津軽さんに声をかけてきたのは、なかなかに熟れた···貫禄のある女性だった。

(都知事!津軽さん、都知事に下の名前で呼ばれてるの!?)

都知事
「そうね···しっかり覚えておくために、もっと静かな場所に行くのはどう?ふたりで」

津軽
そうしたいのは山々なんですが、今日は子守りがあって

(子守り!?)

都知事の冷たい視線がこちらに向けられ、私は愛想笑いを浮かべる。

都知事
「その子は?」

津軽
新しい部下です。いろいろと覚えなきゃいけないことが多くて
また次の機会を楽しみにしてますよ

津軽さんは微笑を浮かべると、軽く私の肩を抱いてその場を離れる。
それから、次々と同じような女性官僚からのお誘いが続いてーー

津軽
これで一通りの洗礼は受けたかな

サトコ
「このために、私を連れて来たんですね?」

津軽
んー?

(続々と来たマダムからのお誘いを、ことごとく私をダシにして断って···)
(少しは険しい顔で見られる私の身にもなって欲しい···!)

百瀬さんといい、津軽さんといると睨まれ役ばかりだ。

(ちょっと一息つきたい···)

サトコ
「私、飲み物を取って···」

会場の後ろの方を見ようと身体を動かしたとき···ドンッと人にぶつかられた。

サトコ
「わっ!」

津軽
そこは『きゃっ』じゃないの?

前につんのめった私を津軽さんが支えてくれる。
それは不本意ながら胸で受け止められるような体勢だった。

(う···また周りから突き刺さるような視線が!)

サトコ
「失礼しました」

津軽
うん

サトコ
「もう大丈夫なんですが···」

津軽さんの腕はガッツリと回ったままだ。

津軽
こんなラブトラブル滅多にないんだから、味わっときなよ

サトコ
「充分ですから。ほんとに」

ぐっと胸を押し返してみるも、びくともしない。

(優男ふうに見えて、結構鍛えてる!?)

掌で触れた胸板の感触に驚いていると。

津軽
やだ、セクハラ

サトコ
「どっちがですか!?」

思わず大きな声を上げてしまい、慌てて口を押えた。

津軽
はぁ、もう···お行儀良くしてって言ったのに

サトコ
「私だけの責任···?」

津軽
ま、そろそろいい時間だし、美味しいものたくさん食べて帰ろう

サトコ
「食べていいんですか?」

津軽
むしろ食べさせるために連れて来たんだよ。日頃の頑張ってるキミへのご褒美ってことで

(料理は激マズ···なんてことはないよね?)

津軽
モモと違って、ウサちゃんはちゃんと待てができるから、偉いね~
はい、ヨシ

サトコ
「私は津軽さんの犬になる気はないですよ」

津軽
ケルベロスなのに?

サトコ
「それ、津軽さんがつけたんですか!?」

やっぱり全ての根源はこの人かと若干の怒りを覚えたものの。

アナウンス
「これからマグロの解体ショーが始まります!」

サトコ
「マグロ!」

津軽
最前列、とっておいで。ケルベロス!

サトコ
「はい!」

本マグロの力には敵わなかった。

パーティーを満腹で終え、私はひとり公安課に戻る。

(食べ過ぎたせいで、ちょっと眠い···津軽さんは今頃、温かいベッドの中かな···)

送るというか、マンションが同じだから帰りも一緒に···
となりかけたけれど、それを断ってここにいる。

(いけない!こんな時のためのチョコ!これで眠気を飛ばそう)

自分用に買っておいたアソートチョコを食べながら···
ふと、周囲にはチョコのダンボールだらけだと気が付く。

(今日はバレンタインなのに、本命のチョコをあげる相手もなく、ひとりでチョコをポリポリ···)
(···私、寂しくない!?寂しい系女子になってない!?)

せめて豪華だった本マグロを思い出して心を癒そうとしていると···

津軽
俺にも頂戴

サトコ
「あ、どうぞ···え!?」

反射的に答えてから、ガタッと椅子を引いた。

サトコ
「津軽さん!?いつの間に···というか、どうしてここに!?」

津軽
今日は残業申請出してなかったと思ったけど
仕事、終わってなかったの?

サトコ
「チョコの保管奉行の仕事が存外忙しく」

津軽
はは、ウケるー

サトコ
「全っ然、ウケませんけどねー」

同じようなノリで返すと、津軽さんの顎が肩に乗ってきた。

津軽
せっかく可愛くしたのに、このあと予定もないの?

サトコ
「ありますよ。この書類を片付けるって予定が」

津軽
ウサちゃんってワーカーホリック?

サトコ
「誰のせいで···それより肩が重いんですが」

津軽
女の子の肩って、華奢だよね

サトコ
「その華奢な肩に、どうして体重かけてるんでしょうね?」

津軽
あ、ここの後れ毛ちょー巻き毛

サトコ
「······」

津軽さんは何がおかしいのか、私の襟足の髪で遊び始めている。

(この背中の重さは無視して仕事しよう)

津軽さんの与太話に付き合っていたら夜が明けてしまうと、チョコを食べながら集中し始めれば···

津軽
それ、最後の1個でしょ

サトコ
「え?」

言われて手元を見れば、アソートチョコの箱はあと1個でカラになる。

津軽
頂戴

サトコ
「どうぞ」

津軽
あーん

サトコ
「どこまでものぐさなんですか···」
「それに私の最後の1個を狙わなくても、山のようにチョコあるじゃないですか」

ダンボールでてんこもりチョコを視線で指したけれど、津軽さんは笑顔で私のチョコを見ている。

津軽
ほらほら

サトコ
「わかりましたよ。はい」

自分で食べて···というのも面倒で、ひょいと口に放り込むと。

津軽
ぐっ···げほっ!

サトコ
「え、これでむせるって、おじいちゃん!?」

津軽
······

口を押えた津軽さんに無言で顔面チョップをくらう。

サトコ
「チョコをあげて、なぜこの仕打ち···」

津軽
はぁ、もう···こんなことで生死の境、彷徨わせないでよ
本当なら市中引き回しの刑だけど、サトコちゃんからの初チョコだから許してあげる

(市中引き回し···?)

津軽
でも、来年はもっと面白味のあるの用意してね
トウガラシと青汁入りのチョコとか

サトコ
「来年の話をすると鬼が笑いますよ」

津軽
あっはっは

(ある意味、正解だ···)
(でも、そんな珍妙なチョコ···手作りするしかないのでは?)

その前に来年もここに居られるのだろうかと、危険な考えが頭を過り···
やっぱり来年のことは来年考えようと、問題を先送りにする。
そう、明日は明日の···来年は来年の風が吹くーーー

Happy End

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