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本編② 津軽14話

サトコ
「津軽さん!」

津軽
······

捜査会議の後、会議室を出ようとする津軽さんを呼び止める。
周りには誰もいない。
津軽さんは振り返らずに立ち止まった。

サトコ
「あの証拠で花巻監督を引っ張ることには、やはり疑問を感じます」
「わざとらしく証拠が揃い過ぎてる。私がそれを掴まされた可能性も···」

津軽
花巻芹香にでも同情した?

サトコ
「え···?」

津軽さんがゆっくりと振り返る。
その顔には表情がなく、緊張感が高まる。

津軽
犯罪者の血縁者になると、周りのあの子を見る目も変わるだろ
前に撮影現場に行ったとき、“親の七光り” がどうだの言ってて感情移入した?
その結果が犯罪者なんて、可哀想?

サトコ
「同情してるわけじゃ···」

同情しているわけではないが、あの時の芹香さんの様子を思い出す。
そして同時に頭に蘇ってきたのがーー

サトコ
「血が繋がってるなら、才能も受け継がれなくちゃいけないって」
「そこまで追い詰められてる芹香さんが、血の繋がった父が犯罪者なんてことになったら···」

カッと踵を踏み鳴らす音が聞こえた。
少し遅れてそれが津軽さんが出した音だと気づき、顔を上げると。

津軽
······

サトコ
「津軽···さ、ん···?」

軽くひそめられた眉。
大きな変化ではないが、彼が苛ついていることだけは充分に伝わるほどヒリついた空気だった。

(何が津軽さんのスイッチ?今回は銀さんじゃない)
(津軽さん自身の···)

芹香さんが血の繋がりの話をしている時、津軽さんは無言になった。
そしてーー

後藤
···それはおそらく、“みお” ではなく “ひでひろ” だ

サトコ
「え?未央を “ひでひろ” って読むんですか?」

後藤
普通は読めないよな。俺も初めは読めなかった
読めたのは···その人が津軽さんの叔父、津軽未央だったからだ

(後藤さんは津軽未央さんについて、詳しくは教えてくれなかった)
(ただ、わかっているのは、津軽未央さんが何かの事件に関与してたこと)
(津軽さんの叔父さん、血縁者が何かの事件に関わっていた···)

サトコ
「津軽さんだって、何か違うことを考えてませんか?」
「···津軽未央さんのこととか」

津軽

津軽さんが動いたと思った瞬間、私の横にあるイスが蹴飛ばされ消えた。
ガシャンっという大きな音が会議室に響く。

サトコ
「······」

津軽
······

時間が止まったように見えた。
私の完全に固まっている。

津軽
調子に乗るな

先に動いたのは津軽さんだった。
重たい前髪から覗く目は、今まで見たことがないほど澱み冷たい。

津軽
黙って言うこと聞けっつってんの

<選択してください>

脅しですか?

サトコ
「···脅しですか?」

津軽
ああ

サトコ
「怖くなんかありません」

(そう、怖くなんかない)
(津軽さんがこんなふうに感情を露にするのは、痛いところを突かれたからだ)

カッコ悪いですよ

サトコ
「そういうの···カッコ悪いですよ」

固まりそうな口を何とか動かす。

(怖くない···怖がったら、負けだ)
(津軽さんがこんなふうな態度をとるのは、言われたことが事実だから)

サトコ
「怖がらせようとしても無駄です」

津軽
······

津軽さんじゃないです

サトコ
「こんなの津軽さんじゃないです」

津軽
何言ってんだか

サトコ
「だから、怖くないです」

自分で自分に言い聞かせてる部分も大きい。

(でも、そうでもしないと話せそうにない)
(今、ここで黙ったら負けだと思うから)

津軽さんにどんな事情があるのだとしても。
捜査に私情を挟むのは、見過ごせない···見過ごしたくない。

津軽
じゃあ、怖がらせてやろうか

サトコ
「······」

頭突きでもしそうな距離まで津軽さんの顔が近付いた、その時。

百瀬
「津軽さん」

津軽
······

戸口に現れた百瀬さんの声に、津軽さんの動きが止まった。

百瀬
「行きましょう」

津軽
······

百瀬
「行きましょう」

背を向け津軽さんが出て行く。
ひとり残った会議室。

(私···)

膝が震えていると気づいたのは、今になってだった。

翌日、私はインカムを着け、花巻監督の試写会パーティーに参加していた。
私はADとして潜入していたから参加に問題はなく。
他の班員たちは警備やスタッフとして潜り込んでいた。

(津軽さんはどこにいるのやら···)

会議室の一件から津軽さんとは話していない。
私が顔を見ることができないというのもある。

(怒らせちゃった···余計なことを言わなきゃよかったかな)
(いや、私の性格なら絶対に言っちゃう···)

津軽さんがあんなふうにキレる人だとは思わなかった。
ただ、同時に納得している自分もいる。

(津軽さんの世界は銀室長を中心に回ってて)
(その中で、どこか触れられたくない自分っていうのがあるのかも)

百瀬
「突っ立ってねぇで、仕事しろ」

サトコ
「わっ」

横から百瀬さんにどつかれる。

サトコ
「仕事と言っても、今は様子を見ることくらいしか···」

百瀬
「見て回れ」

サトコ
「分かりましたから、蹴らないでください」

飲み物片手に会場を回っていると、照明が落ちて花巻監督が壇上に上がった。

花巻富士夫
「本日は “冷鬼の華” の試写会にお越しいただき、ありがとうございます」

明かりが灯るのは壇上だけ。
薄暗くなった会場を見回っているとーー

???
「ねぇ、今して」

???
「仕方ないな」

ぼそぼそと聞こえてくる男女の声。
聞き覚えのある声に、会場の隅を振り向けば。

花巻芹香
「ふふ···」

津軽
敵わないな、君には

(津軽さんと芹香さん!)

芹香さんの彩られた指が津軽さんの髪に差し入れられ、津軽さんの手が芹香さんの肩に置かれて。

(······)
(キス···)

胸がギュッと締め付けられたように苦しくなり、2人から背を向ける。

(芹香さんを味方につけるのが津軽さんの仕事)
(だから、あれも仕事···)

速くなる鼓動と耳鳴りを必死に抑える。

(仕事に集中!)
(それに、私が傷つく権利なんてない)
(今はもう津軽さんに嫌われてるんだし)

会場の1番暗いところで気持ちを落ち着けようとした時だった。

ガッーー!!

(なっ···!?)

鈍い音が鼓膜を震わせーー意識を失った。

???
「···設置···芹香の···頭上の···」

(誰の声···?)
(···寒い、寒い···頭···痛い···)

身を縮めるのが精一杯。
暗闇から脱することはできず、またすぐに意識は遠のいた。

次、意識が錯覚した時は全身の感覚が消える直前だった。
よく目を覚ませたものだと思う。

(今起きなかったら、きっと死んでた···)
(ここ、冷蔵庫···?)

両手を縛られ、インカムも外されている。

(犯人側に捕まった···)

見えない状況の中で、それだけがはっきりとしていた。

to be continued

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