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カレKiss 後藤5話

不審船の一件は、出入国管理及び難民認定法違反の罪状で引っ張ることができた。
外国人に資源を流そうとしていた藤村教授については、私には詳しい情報は入っていない。

(してしまったことは大変なことだけど、藤村教授自身に悪意があったわけじゃない)
(あまり大きな罪にならないといいな···)

事件に関し、個人的な感情を抱くのは、この仕事では好ましいことではない。
罪悪感に似たものを抱きながら、私はやっといつもの公安課に戻ってきた。

津軽
おかえり~

サトコ
「ただいま戻りました」
「···って、私を置いて先に帰るとは思いませんでしたよ」

あの洞窟での事件が片付いた後。
いつの間にか津軽さんと百瀬さんは姿を消していて、私は別に帰ることになった。

津軽
こっちはこっちでいろいろ忙しかったんだよ

サトコ
「あの、まだ聞けてなかったんですが···どうしてあの時、洞窟に駆けつけられたんですか?」

津軽
まあ···超能力とか、未来の秘密道具系?

サトコ
「真面目に聞いてるんです」

石神
東雲が作った偽のピンスタグラムのアカウントに、記録の写真を上げていただろう
その写真から、お前たちの居場所が特定できた

サトコ
「ああ···津軽さんへの報告に使ってたの、石神さんも見てたんですね」
「それにしても、到着が早過ぎませんか?」

(東京からだったら、少なくとも半日以上はかかるのに···)

津軽
それはほら、洞窟の中で不審船の形跡は見つけたみたいだったし
せっかくなら、のんび···早く言った方がいいかなって思って

石神
今、仕事中に楽しみたかったような発言が聞こえたが

津軽
秀樹くんの気のせい、気のせい。新鮮な海の幸に浜焼きなんて、ほとんと全然···
ねえ、モモ?

百瀬
「イカ焼き」

津軽
こら

百瀬
「······」

(百瀬さんはイカ焼きが気に入ったんだ···確かに、あそこのイカ焼き美味しいけども)

津軽
結果的に早く着いたからいいじゃん
それより、サトコちゃん···

突然、津軽さんの顔がぐっと近づいてくる。

サトコ
「な、何ですか?」

(顔だけはいいんだから、いきなりのドアップはやめてほしい!)

若干身を反らせながら聞き返すと、津軽さんは軽く首を傾げてきた。

津軽
元気ないけど、大丈夫?

サトコ
「え···」

(元気ないって···確かに、藤村教授のことが引っかかってるのは本当だけど)

そこまで津軽さんに見透かされているのだろうかと思うと、ドキッとする。

津軽
長期の潜入捜査の後だし、今日の午後から休みに入っていいよ

サトコ
「はは、またまた津軽さんったら。津軽さんが、そんな優しいこと言ってくれるわけ···」

津軽
へぇ、じゃあ、休みナシでいいんだ?

サトコ
「え、本気で言ってるんですか!?」

津軽
可愛くないこと言うと、そのお口クロスステッチするよ

サトコ
「!」

思わず両手で口を押えてしまう。

サトコ
「有り難く、お休みいただきます···」

津軽
宿題、忘れないでね

サトコ
「···はい」

津軽さんの言う “宿題” とは、この潜入捜査の報告書のことだ。

(長期の捜査だったから、結構時間かかりそう)

それでも、馴染んだ家でゆっくり休めるのは嬉しかった。

サトコ
「あ、これお土産の燻製とか海苔です。皆さんで召し上がってください」

百瀬
「イカ」

サトコ
「イカの燻製、ありますよ」

津軽
珍味は?

サトコ
「津軽さんが期待するような珍味はちょっと···」

お土産の紙袋を置いた際に、私は公安課を抜け出した。

(報告書に取り掛かるのは明日からにして、今日はとりあえず、ゆっくり休もうかな)

長期の潜入捜査は体力よりも精神力を削られる。
今夜は湯舟にお湯でも張って、お気に入りの入浴剤を入れて···と考えていると。

後藤
氷川!

後ろから私を呼び止めたのは、誠二さんだった。

サトコ
「お疲れさまです。私、午後から休みをもらえることになって···」

後藤
そうみたいだな。俺も明日は休みをもらえる

サトコ
「後藤さんもお疲れさまでした」

後藤
アンタもな

誠二さんの顔を見れば、どうしても考えてしまう。
藤村教授のその後が、どうなったのか。

(自分の夢が誰かを傷つけるなんて···考えもしなかったんだろうな)
(あの時、『何がいけなかったんだ』って言ってたけど···)

あの場では取り繕うような答えを私も返した。
でも、本当のところは分かっていなかった。

サトコ
「······」

後藤
···今夜、行ってもいいか?

小さな声で尋ねられる。
それは恋人としての問いかけ。

サトコ
「はい、もちろんです!」

顔を上げて笑いかけると、誠二さんは微笑を私に返してきたのだった。

一度家に帰り、洗濯物など片付けたあと。
夕飯の材料を買うために、近くのスーパーに出かけた。

(向こうでは魚中心の食事だったから、たまにはお肉をガッツリ食べよう!)
(きっと誠二さんも喜んでくれるはず)

奮発していつもよりいいお肉を買い、家までの道のりを歩いていると。

子ども
「ママー!ボール投げるよー!」

母親
「頑張ってー!ママはこっちよー」

公園で母親と遊ぶ子どもの声が聞こえてきた。

(子どもたちが···ううん、皆が安心して暮らせる社会を作るのが、私の仕事)
(だから、やっぱり藤村教授がしたことには、それなりの罪がある)

それはきちんと認めなければならないーー公安刑事である、氷川サトコとして。

その日の夜。
津軽さんと帰宅時間が被らないようによくよく気を付けて、誠二さんが私の部屋へとやって来た。

後藤
今日は、ごちそうだったな

サトコ
「無事に潜入捜査を終えたお祝いです」
「向こうで誠二さんに会うなんて思いもしませんでした」

後藤
俺もだ。だが、アンタの対応もよかった。成長したな

軽く背中をポンッとされながら褒められると、やっぱり嬉しい。

後藤
これからも···こういうことがあるかもしれない

サトコ
「偶然って、案外重なるものだって言いますもんね」

後藤
···偶然じゃない可能性もある

サトコ
「え···?」

誠二さんの顔を見ると、彼はやや難しい顔をしていた。

後藤
俺たちが藤村について調べを始めたのは、かなり前からだ
当然、不審船に関する調べも進めていた

サトコ
「津軽さんは、そのことを知っていたんですか?」

後藤
それは俺には分からない
だが、俺の潜入捜査が決まったタイミングで、津軽班も動いた
もしかしたら、石神さんと津軽さんの間では “何か” あったのかもな

サトコ
「それは協力というより、どちらが手柄を上げるか的な···」

後藤
まあ、上のパワーゲームは俺たちが関知するところじゃないが

(今いるのは、銀室···他班はライバルだと思え···か)

そのポリシーから考えれば、協力体制であった可能性は低い。

サトコ
「···藤村教授がどうなったか、誠二さんは知っていますか?」

後藤
いや、まだ俺の耳には入っていない

サトコ
「どうなるんでしょうか?」

後藤
俺がダミーに入れ替えたこともあって、実際にレアメタルを流出させてはいない
捜査に協力するようであれば、罪は問われない···この辺りが妥当じゃないかと思ってる

サトコ
「そうですね···」

あの藤村教授の性格を考えれば、おそらく捜査協力は拒まないだろう。
罪には問われないかもしれない···と聞くと、少しホッとした。

後藤
アンタの元気がなかったのは、藤村のことを気にしてたからか?

頬に零れた髪を耳にかけられながら聞かれる。

サトコ
「藤村教授、なかなかのセクハラ野郎でしたけど···夢を語る目は輝いてて···」
「自分の夢が、人々を危険に晒すこともあるんだなって···」

後藤
藤村に自分を重ねたんだな

誠二さんの声は穏やかで優しい。
手の温もりに頬を寄せると距離が縮まる。

サトコ
「間違える可能性は誰にでもある···もし、私が間違えてしまったら···」
「誠二さんが軌道修正してくれますか?」

後藤
アンタが間違えたら、直すのはロケットの軌道修正よりも大変そうだ

サトコ
「ええ!そんなにですか!?」

(思い込んだら、視野が狭くなる自覚はあるけど···)

後藤
けど、心配するな。俺がこの身を以て、軌道修正してやる

受け止めることを教えるように、背中から抱きしめられた。
任務の時とは違う、甘い温もりに身体から力が抜ける。

後藤
アンタの夢は公安刑事になることだっただろう?次の夢は、何だ?

サトコ
「一人前の公安刑事になること···ですかね」
「それから、誠二さんの相棒になることです!」

後藤
···そうか

誠二さんが嬉しそうに笑う。
髪にキスを落とされながら、次第に触れ合う部分が増えていった。

(公安刑事で居続けるということは、“国” という概念から外れることはできないはず···)

サトコ
「誠二さん···」

後藤
ん?

その温もりに身を委ねている今だから、聞けることなのかもしれない。
ひとりで考えたら、きっととても恐ろしいことだから。

サトコ
「もし私たちが守る “国” が間違ってしまったら、その時は···」

後藤
その時は···

誠二さんも慎重に考えているのが伝わってくる。
静かな視線としばらく絡み合い、フッとその瞳が和らいだ。

後藤
その時は、アンタの信じる夢を追いかけろ
アンタが信じるものを、俺も信じたい

サトコ
「誠二さん···」

その言葉に不安が消えて心が温かく満たされる。
甘えるように胸に顔を埋めれば、優しく髪が梳かれた。

後藤
元気、出たか?

サトコ
「もう少し···なので、抱き締めてくれますか?」

後藤
それなら、もっと元気が出る方法にするか

サトコ
「え、ん···っ」

横を向かされ、唇を塞がれる。

(キスするの、久しぶり···)

そう感じてるのは誠二さんも同じなのか、簡単に解かれることはない。

後藤
初めてだった···

サトコ
「え···?」

後藤
潜入捜査の時は、別人になりきれるように訓練を積んだつもりだった
だが···

キスを続けながら、その腕が強く抱いてくる。
熱を逃がすように吐息を零せば、さらに深く唇を食まれた。

後藤
アンタと浜辺を歩いている時··· “俺” に戻りたいと思った

思い出すのは、あの時一瞬だけ握られた手。

サトコ
「私も···だけど、武者小路な誠二さんも素敵でしたよ。学者っぽくて」

後藤
ああいうのが好みなのか?

サトコ
「いや、素敵だなって···」

後藤
···自分に妬くこともあるんだな

誠二さんはふと身体を起こすと、眼鏡を取り出した。

後藤
これで、どうだ?

サトコ
「どうだって、うわぁ···」

(眼鏡の誠二さんに迫られたことなんてあった!?)

後藤
急に顔、赤くなったな。そんなに眼鏡がいいか?

サトコ
「眼鏡がいいってわけじゃなくて···眼鏡の誠二さんが、その···」
「新鮮でドキドキするっていうか···」

後藤
いつもとどれくらい違うか確かめてやる

サトコ
「え···」

誠二さんが私の鼓動を確かめるように胸に顔を寄せる。
いつもはない冷たい眼鏡の感触が触れ、それにもドキッとする。

後藤
確かに心臓の音が速いかもしれない

サトコ
「あ、あんまり確かめられると恥ずかしいです···」

後藤
そういう顔をされると···

顔を伏せようとすると、手が顎にかかって顔を上げさせられた。

後藤
もっと見たくなる

いつもと違い、少し強引な手が私を捕らえたまま見つめてくる。

サトコ
「今日の誠二さん、いつもとちょっと違うような···っ」

後藤
眼鏡をかけてる時は大体、潜入捜査で別人になってるからな
いつもはしないようなことも···これならできるのかもしれない

サトコ
「いつもはしないようなことって···」

早鐘のような鼓動で誠二さんを見上げると。
彼はめずらしく愉しむような表情で小さく唇を舐めた。

サトコ
「!」

(な、なに、この色気はー!)

後藤
アンタの違う顔も見せてもらおうか

サトコ
「!?」

眼鏡の誠二さんに押し倒されるという初体験は、私の想像を超える一夜になったのだった。

Happy End

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