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エピソード0 難波6話

難波
君の行動は勇気があって立派だった。でもな
自分を過信しすぎるな
君一人でできることなんてたかが知れてる

痴漢を捕まえた勇気ある女子高生にひとしきり説教をして、俺はその場を離れようとした。
その背を、彼女の言葉が追いかけてくる。

女子高生
「見て見ぬふりをすればよかったんですか?」

難波

振り返ると、彼女は両手をグッと握り締めて、必死に感情を抑えているようだった。

難波
そうは言っていない。ただ···

女子高生
「なんの力もない私みたいな一般市民は」
「困っている人を助けることもできないんですか」

難波
そういうことじゃなくてだな···

(まいったな···俺は単に、心配して言っただけなんだが···)

彼女の言ってることは正論だった。
真っ直ぐすぎる気持ちは、時にタチが悪い。

(何て言えば分かってもらえる···?)

女子高生
「私は嫌です。間違ったことを見て見ぬふりしたら、私もその人と同じになっちゃうから」
「正しいことをするのに、理由も資格もいらないと思います」

難波
······

(なんか···山田室長の不正に気付いた時の、俺みたいだ···)

青臭くて、頑なで。

(小澤さんもきっとこんな俺を見て、言葉じゃもう止められないって思ったのかもな···)

女子高生
「でも、助けてくれてありがとうございました」

難波
あ、ああ、うん

結局言い負かされた形で、彼女は走り去ってしまった。

(負うた子に教えられるってヤツか···)

でもお陰で、いろんなことが分かった気がした。
小澤さんの気持ち······真っ直ぐすぎて周りが見えていなかった自分の姿······

それから少しして。
俺は、仕事が落ち着いたタイミングを見計らって元妻に連絡をした。

難波の元妻
「もう、二度と連絡なんか来ないと思ってた」

難波
···悪かった

向かい合って座るなり頭を下げた俺を、妻は驚いたように見つめている。

難波
そんなに驚くことか?
俺から連絡きた時から、たぶん謝られるんだろうなって思ってたろ?

難波の元妻
「それは、まあ···」
「でもそんな風に、真っ直ぐに私を見てくれたの、すごく久しぶりだったから」

難波
え···

(言われてみればそうか···)

いつからか、背中越しにしか会話をしていなかった気がする。

(いや、あれは会話でもなかったか···)
(全然キャッチボールになってなかったもんな)

妻はずっと、物言わぬ壁に向けて一人でボールを投げている気分だったのかもしれない。

(寂しい想い、させちまったな···)

難波
すまなかった。本当に···

難波の元妻
「いいよ、もう。あの時は私も辛かったけど」
「あなたがあなたを取り戻してくれたなら、私はそれで十分」

妻は、笑って出て行った。
後の残されたのは、爽やかな風。
なんとなく、ここから俺の第2の人生が始まるーーそんな気がした。

10年後。
俺は、公安課の室長になっていた。

警察庁幹部
「突然呼び出して悪かった」

難波
いえ、なにか問題でも?

警察庁幹部に前触れもなく呼び出され、俺は指定された会議室を訪れていた。

(まるで、査問でもされるみたいだな···)

何かやらかしたことはあったかと考えを巡らすが、すぐに思い当たることは何もない。

警察庁幹部
「実は、お前に協力してもらいたいことがある」

難波
···何でしょう?

幹部からのお達しに、ちょっと身構えた。
面倒な要件なら、のらりくらりと誤魔化すつもりだ。

警察庁幹部
「今度、公安学校というものを作ろうと思っている」

難波
公安学校?

警察庁幹部
「各所から優秀な警察官を集め、公安刑事になるべく集中的に学ばせる」

難波
それは現場の我々としては大歓迎ですが···それに、私はどう協力を?

警察庁幹部
「お前の部下から、教官としてふさわしい人間をリストアップして欲しい」

難波
それは構いませんが···どうして私の部下から?

(もっと色んな部屋からバランスよく人を出した方がよくないか?)

偏った人事は、いらぬ軋轢を招く。

警察庁幹部
「お前は部下を育てるのがうまい、そう聞いた」

難波
はあ···

いまいち実感がなかった。

(そもそも俺、育ててねぇし···あいつら、みんな自分で勝手に育ったようなもんだろ···)

でも何となく、以前に同じようなことを言われたような気がした。

警察庁幹部
「どうだ?」

難波
まあ、構いませんが

警察庁幹部
「頼むよ。これは、お前の上司だった小澤が言い出した構想なんだ」

難波
小澤さんが···?

(そうだ···小澤さんに言われたんだ)

ずいぶん前。
まだ俺が公安刑事になったばかりの頃。

小澤誠
『お前、意外と向いてるかもしれないぞ。後輩の面倒を見る役目』

そして小澤さんは、こうも言っていた。
室長になるよりも、もっとデカい夢があるーー

(それじゃ、小澤さんの夢って···)

難波
そういうことか···

思わず呟いた俺を、警察幹部は怪訝に見つめている。

難波
あ、いや、今のはこっちの話で···

色々なことがようやくつながった。

(そういうことなら、断れねぇな)

難波
分かりました。責任を持って、選りすぐりの奴らを送り込みますよ

警察庁幹部
「頼んだ。小澤は言ってたよ。青い正義感の強いヤツの面倒を見るのは大変だって」

難波
え?

(それ、もしかして俺の事か···?)

警察庁幹部
「お前が意思を継いでくれれば、あいつもきっと喜ぶ」

難波
さあ、どうですかね

なんとなく誤魔化して部屋を出た。
でも心なしか、胸の奥が温かい。

難波
お前の気持ちはわかる。でも公安の正義っていうのはな···

俺はいつの間にか、教えられる側から教える側になっていた。
小澤さんと並んで座ったあの屋台で、今は一回り以上も年下の “ひよっこ” と席を並べている。

サトコ
「それは分かります。でも、私は···」

青臭い正義感。真っ直ぐすぎる心。
今のサトコはたぶん、公安刑事になりたての頃の俺にそっくりだ。

(こいつは大変だ···)
(でも、仕込めば必ずモノになる。いや、してみせる)
(俺がこの手で···って、もしかして小澤さんも、こんな気持ちで俺を見てたのかもな)

思わず苦笑が漏れた。
隣のサトコが、怪訝な表情になって言葉を止める。

難波
いやいや、こっちの話···

言いかけて、ふと視線が止まる。
ひよっこの隣、いつも小澤さんが座っていた指定席。
そこに、確かに小澤さんの姿があった。

難波
小澤さん···?

サトコ
「え?」

(小澤さん···ずいぶん時間がかかっちまいましたが、ようやくここまで来ましたよ)
(見ててください。小澤さんの意思は、俺がちゃんと引き継ぎますから···)

温かな微笑みを残して、幻が消える。
小澤さんが教えてくれた、人を育てる喜び。
でもその意義を本当の意味で実感するのは、まだちょっと先のことだ。

Happy End

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