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あの日、僕らは隠れてキスをした 颯馬3話

【カレ目線】

サトコ
「颯馬さん、暫くおばあさんと一緒にいてあげてください」

黒澤
ひっ···

サトコ
「?」

(···相変わらず俺の彼女は人がいい)

全く悪気のないサトコの笑顔に、時々この胸がざわつく。
そんなイラつきに気付くのが彼女ではなく黒澤ということが、さらに俺をイラつかせる。

(それにしても···)

フロントのカウンターに飾られたおばあさんのご主人と思われる写真に目を向けた。

(盆栽好きということまで俺に似ていたようだが···)
(俺は禿げてもいないし、今後も禿げるつもりはない)

腑に落ちなさを残したまま、腕にしがみつくおばあさんを見下ろす。

おばあさん
「女の子の部屋は突き当りを右に行った奥、『なでしこの間』だよ」

サトコ
「はい、ありがとうございます」

おばあさんに言われ、サトコはひとり部屋へ向かった。

(本当に行ってしまうのか、恋人を他の女性に預けて···)
(やっぱり俺の彼女は、少々人が良すぎるな)

黒澤
あれ~?周介さんグラス空っぽですよ~

颯馬
冷酒に切り替えたので

空のグラスに手を乗せ、ビールを注ごうとする黒澤を制した。

黒澤
な~んだ、もうビール飲んでないんですか~

(わざと空にしてサトコが注ぎに来るのを待っているんだが···)
(さすがの黒澤もそこまでは気付かないらしい)

黒澤
オレも冷酒にしようかな~

颯馬
ここの地酒は格別ですよ

酔って絡む黒澤を適当にあしらいながら、さりげなくサトコを目で追う。

津軽
お姉さん、ご当地七味ある?

おばあさん
「えーっと七味ね···」

サトコ
「私が持って行くので大丈夫です!」

(あの様子ではいつまで経っても俺のところには来てくれそうにないな)
(いっそのこと自分から···)

石神
氷川

サトコ
「はい」

腰を浮かせようとした時、石神さんが彼女を呼び止めた。

(今度は石神さんにお酌か···)

と思いきや、石神さんと何やら話したサトコは、気配を消すようにそっと宴会場から出て行く。

颯馬
···?

石神
···

俺の疑問に答えるかのように、石神さんがちらりとこちらを見た。

(···なるほど。物わかりのいい上司で助かる)

勝手な解釈をした俺は、トイレにでも行く素振りでサトコを追いかけた。

サトコ
「ちょっと颯馬さん···ダメですって···」

宴会中におばあさんに予約を取り付けておいた貸切風呂で、念願の2人だけの時間を楽しむ。
漸くこの肌に触れられる喜びを噛み締めながら、耳元で囁く。

颯馬
皆にお酒を注いで回って、さぞかし疲れたでしょう

サトコ
「い、いえ、そんなには···」

颯馬
今どき宴会で女性がお酌をして回るなんて、時代遅れにも感じますが

サトコ
「···おばあさんが1人で大変そうだったので」

颯馬
貴女は本当に人がいいですね

(ずっとほっぽらかしにされていた俺の身にもなってほしい)

お湯の中で後ろから抱きしめ、肩先に甘い制裁を落とす。

サトコ
「ん···」

颯馬
おまけに石神さんと内緒話までして

サトコ
「内緒話なんて···!」

颯馬
コソコソと何を話してたんです?

サトコ
「···適当なタイミングで風呂にでも行って来いって」
「このままだと朝まで付き合わされるぞって···」

(そんなことだろうと思ったが、あそこで俺を見るあたり、石神さんもなかなか腹黒い)
(おそらくその後の俺の行動を予測してのことだろう)
(見返りを期待する···とでも言いたげだったな)

颯馬
気が利く上司ですね

サトコ
「正直助かったって思いました···」

颯馬
私も助かりました。お陰でこうして貴女を愛せる

サトコ
「っ···!」

彼女を抱き上げるようにして温泉の縁に座らせた。
大きく波立つお湯に揺らぐ彼女の内腿に、そっと唇を押し当てる。

サトコ
「そ、颯馬さん···!」

困惑と恥じらいが混じる声を聞きながら、唇に振れる柔らかな肌を吸い上げた。

サトコ
「んっ」

(···これくらいで良しとするか)

2つ目の “制裁の痕” を残し、そのまま彼女を抱き上げ温泉から出た。

颯馬
大丈夫ですか?

サトコ
「···少しのぼせたみたいです」

バスタオル1枚の姿のまま、サトコは脱衣場のベンチでぐったりしている。
ほんのり赤く染まった肌には、さらに濃く染まった花びらのような “痕跡” が浮かんでいる。

(こんなに美しい花を残せるとは)

反省よりも満足感が増し、つい頬が緩んでしまった。
そんな俺を恨めしそうに見上げる拗ねた顔が愛おしい。

(ごめんね、つい愛しすぎてしまったよ)

火照りを冷ましていくという彼女の肩にそっと浴衣を掛け、思わずぎゅっと抱き締めた。

???
「待ちなさい!!」

(サトコ···!?)

聞こえてきたのは声に庭まで駆け付けると、彼女が2人の男を相手に竹ぼうきで戦っていた。

男A
「わ~お!勇敢だね~」

男B
「さっきも言ったけど俺、気の強い女の子、好みなんだよね~」

サトコ
「つべこべ言ってないで早くその盆栽を戻しなさい!」

(まだ無謀なことを!)

サトコ
「これはおばあさんの大切な宝物なんだから!」

ビシッ!バシッ!

男たち
「うわっ!」

援護に入ろうとする間もなく、彼女が振り上げた竹ぼうきが男たちを直撃した。

(おばあさんのために、か···。サトコらしい)

一瞬焦ったものの、誰かのために一生懸命な姿に、ふっと肩の力が抜ける。

(出会った頃から変わらない···ずっと危ういままだ)
(でも、それがサトコの良さであり、愛おしいと思えるところでもある···)

しみじみ実感しながら、黙って彼女の戦いぶりを見守る。

(この程度の相手に、俺が鍛えたサトコが負けるわけがないからね)

パチパチパチ!

読み通りに男たちが呆気なく降参すると、どこからともなく拍手が起こった。
見ると、宴会場にいたはずの酔っ払いたちがいつの間にか集まってきている。

(俺以外にもギャラリーがいたのか···)

サトコ
「み、見てたなら助けてください!」

津軽
だってウサちゃん凄すぎて、俺の出る幕なし

黒澤
いやー、実に素晴らしかったです!ハイ!

千葉大輔
「本当に···」

(千葉、その顔は······)
(マズい!!)

咄嗟に駆け出し、サトコの元へ急いだ。

颯馬
全く、貴女という人は

着ていた羽織を素早く脱ぎ、彼女を包み込むように掛けてやる。
俺だけが知る、彼女の肌に残る花びらをそっと隠すように。

(本当にいつまで経っても危ういままだ)
(けど···そんな彼女が愛おしくてたまらない)
(この気持ちと同じくらい、俺に夢中になってほしい···)

ギャラリーがいる前で、抱きしめたくなる衝動を必死に抑え込む俺だった。

一夜明け、早くも宿を去る時間を迎えてロビーに集まる。

佐々木鳴子
「サトコも朝風呂入ればよかったのに」

サトコ
「そうなんだけど···」

(朝風呂を回避したということは、まだ残っているのか)

彼女たちの会話を耳を澄ましながら、昨夜の温泉でのことを思い浮かべて密かに微笑む。

(いい旅の思い出ができた···)

満足していると、見送りに出ているおばあさんの姿が目に留まった。
小さな背中を何度も折り曲げ、穏やかな笑顔でお礼を繰り返している。

颯馬
おばあさん、お世話になりました

おばあさん
「こちらこそ。夢見心地の素敵な時間を過ごさせてもらったよ」

颯馬
もう寂しくありませんか?

おばあさん
「あぁ、おかげさまでね」

颯馬
それはよかったです

おばあさん
「昨夜のあの子がアンタの恋人かい?」

(···いきなりだな)

不意打ちのストレートな質問に、答えるより先に頬が綻んだ。

おばあさん
「···フフフ、やっぱりね」

深い皺を寄せて微笑むおばあさんに、俺も改めて微笑み返す。

おばあさん
「いい子だね。幸せにしてやるんだよ」

颯馬
はい

(今俺が感じている幸せ以上に彼女を幸せにしたい···)

そう願うほどサトコに夢中になっている自分に、呆れつつも満足感を抱く。

(彼女にも同じくらい夢中になって欲しいけど···)

サトコ
「···」

颯馬
···

視線に気付いたのか、サトコがこちらを見た。
一瞬目が合うも、彼女はさり気なくその目を逸らす。

(ポーカーフェイスのつもりだろうが···)
(ふっ···相変わらず危ういままだ)

彼女の顔が僅かに上気していたのを俺は見逃さなかった。
同時に、いつまでもサトコのままでいてほしいとも願う。

(わがままな願いだとわかっている···)
(けど、許してくれるね?)

溢れる想いを胸に秘めたまま彼女を見つめ、甘えるように許しを請う。
2人が重ねてきた時間に、愛おしさを感じながら。

Happy End

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