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本編③(後編) 津軽5話



バタンとドアが閉まる音がした。
彼女は泣いただろうかーーいや、きっと泣かない。
俺なんかのために流す涙はもったいないと、歯を食いしばっただろう。

津軽
嘘でもいいから······言えよ

サトコ
「···言えません」

(嘘でも言えない···ね···)
(···そこまで、嫌か)



週明けは登庁後、課には顔を出さずに朝から会議室にいた。
サトコにどんな顔で会えばいいか分からない。

(嫌われた···これでよかったんだ)

津軽
······
·········
ーーなわけねぇけど!?
あー···

(普通に嫌だろ、好きな子に嫌われるのは···)
(嘘でも言えねぇって···そこまでかよ···)
(まあ···でも、そうか···別に俺、何もしてやれてないしな···)

ウサが付き合ってくれるから、なんとなく距離が縮まったような気がしていたけど。
俺たちの間に特別な何かがあったわけじゃない。

津軽
はあぁ···

(···まだ青いんだな、俺)

けど、仕方がない。
束の間の夢だとわかっていたことだ。
真っ直ぐなあの子がいつか俺を見放すのだって···織り込み済みだったじゃないか。

(あー···)

そろそろ仕事しなきゃいけない。
なのに根っこが生えたように動けない。

(授業サボって空き教室にいた頃みたいだな···)

顔を上げると青空が見える。
雲がゆっくりと流れてい様をぼんやりと眺め続けていると。
ガチャッと会議室のドアが開いた。

津軽
使用中ー

加賀
チッ

津軽
なんだ、兵吾くんか

同じくサボりらしい兵吾くんがズカズカと入ってくる。

津軽
使用中なんだけど

加賀
テメェが出て行け

津軽
先客は俺なんですけどね

(まあ、いいか。兵吾くんはペラペラ喋んないし)

兵吾くんはイスにドカッと座ると、タバコに火を点けた。

津軽
吸っていいか聞いてよ

加賀
女みてぇなこと言うんじゃねぇ

津軽
ひど

加賀
女と言えば、あのクズはどうした

津軽
クズってさ~···

(どう考えても今の俺の方がクズなんだけど)
(でも、いい機会かも)

もう手元に置いておくことはできない。
放り出すより引き取り手を探してやった方がいい。
俺が上司としてできる、唯一のことだ。

津軽
あの子、兵吾くんか秀樹くんとこで引き取ってよ

加賀
断られた

津軽
は?

加賀
俺の班にもクソ眼鏡の班にも来る気ねぇんだとよ

津軽
は!?それって、俺に隠れて引き抜きしたってこと?

加賀
人が育てたもんをかっさらったのはテメェだろ

津軽
兵吾くんって他罰主義だよね
···あの子、引き抜きに応じなかったの?

にわかには信じられなかった。

(目を離せば、親鳥を探すヒナみたいに元教官に懐いているあの子が?)

加賀
あいつは···

加賀
テメェは津軽の目がねぇ方が動けるんじゃねぇか?

サトコ
「え?」

石神
本来の力を発揮できないのであれば、環境を変えるのも手段だ

加賀
覚悟があんなら、俺たちも考えてやる

サトコ
「あはは···ありがとうございます。でもーー」
「···津軽さん、何でもできるのに実はなにもできないじゃないですか」

加賀
あ゛?

石神
お前···

サトコ
「頼れるんですけど、妙に危なっかしい時があるので」
「···何か、私が特別なことができるわけじゃないんですけど」
「近くで様子を見てるくらいなら、できるかなって」
「だから···」
「···傍にいなくちゃって思っています。嫌われてでも」

石神
······

加賀
······

サトコ
「あ!!部下として!部下としてですよ!?」
「その、緊急時のアラーム的な役割として!」

加賀
ーーだとよ

津軽

······

(···傍にいなくちゃ、か。嫌われてでも)

昨夜、飛び込んできてぶつけてきた言葉の数々。
俺には慣れた痛みだけど、きっと彼女にはそうじゃなくて。
辛かったのは、俺じゃなくてあの子の方だ。

(それでも言ったのは、俺を心配して···)

どうしても、サトコとノアがいる家に帰れなかった。
彼女が疑問を持つとわかっていて、それでも我を通さずにはいられなかった。

(あの子は俺を守るために···)

わかってる、ウサはそういう子だ。
他人の痛みを自分の痛みにできる。
公安刑事になる過程で、それもだいぶ一線を引けるようになったんだろうが。

(人の根っこは簡単には変わらない)
(ほんとに、あの子は···)

加賀
一度手懐けたなら、テメェで面倒見ろ

津軽
優しくないよね、兵吾くんって

加賀
優しくされてぇのか

煙草を噛みながら視線を流される。

津軽
遠慮しとく

加賀
そうしとけ

1本吸い終わると、兵吾くんは立ち上がった。

津軽
もう行くの?

加賀
勤務中だろ

津軽
そうだけどさー···

加賀
テメェもさっさとケツあげて仕事しろ
···落ちてくのは簡単だって、テメェが1番分かってんだろ

津軽
······

話したことはないけれど、なんとなく知られてるだろう過去。
確かに底辺まで転がり落ちていくのは、あっという間だ。

津軽
兵吾くん···タバコくれない?

加賀
誰がやるか

津軽
けちんぼ

タバコの匂いだけ残して、兵吾くんは出て行く。

津軽
······

(事件、片づけねぇとな···)

津軽
···私情捨てて、とっととお仕事しますか

立ち上がる。
サトコの言葉に引き上げられてる。

(ウサがいなくなっても、落ちないでいられんのか?)
(あの子と会う前の俺は···どうしてた?)

知らなければ、夢見ることもなかったのに。
夢の名残が俺の胸をかきむしるーー

to be continued



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