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月夜に隠した宝物 津軽2話

東京駅近くで爆破予告があり、実際に爆弾が発見された。
その近くで怪しげな男を確保したものの反抗的で、私が話を聞き始めたのだけれど。


「俺が好きなのか!?」

津軽
······

暴れていた男がぐっと身を乗り出してきた。
距離を取るために、少しイスを引く。


「俺を助けたいって言ったよな?ってことは、俺が好きなんだろ!?」

(どうして、そういう思考になるのか···)

理解できないが、このタイプの発想の飛躍はめずらしいことではない。

(思い込みが激しいなら、それを利用すれば話を聞き出せる)

この手の手段は訓練生時代に鍛えられた。
交番勤務の頃の私だったら、他人の気持ちを捜査に利用するなんて考えられなかっただろう。
けれど、今は違う。

津軽
氷川、外せ。代わる


「俺はこの女にしか話さねえぞ!」

津軽
······


「この女と2人にしろ!そしたら話してやる!」

津軽さんの目がこちらに向けられた。
問題ありません、と伝えるように頷く。

津軽
···出ろ

取調室のドアが開けられ、百瀬さんと私は一旦廊下に出ることになった。


百瀬
「こいつにやらせたら、どうですか」

津軽
···ひとりで取り調べしたことあった?

サトコ
「ありませんが、教官方の取り調べを何度も見てきましたし、訓練も受けています」
「やらせてください」

津軽
······

百瀬
「俺もこいつの頃には、ひとりでやってました」
「主犯格の器にも思えません。何か気にかかるんですか?」

津軽
······

津軽さんは壁に背を向けて腕を組んでいる。
めずらしく考え込むような顔で唇が引き結ばれていた。

(私にはまだできないと思われてる?)
(刑事として成長してるところも見せたい!)

サトコ
「津軽さん、お願いします」

津軽
···わかった。ただし、ドアは少し開けとく。俺もここにいるから

百瀬
「出来が悪いと大変ですね。俺も残りますか?」

津軽
モモはいいよ。新しい情報入ってくるだろうから、待機してて

百瀬
「はい」

百瀬さんが課に戻って行って、津軽さんと2人になる。

津軽
···あの男はお前を女として見てる
それを忘れるな

サトコ
「はい」

頷き、私はひとり取調室に戻った。

サトコ
「私が話を伺います」


「やっぱな。あんたも俺と話したいもんな?」

サトコ
「それが私の仕事ですから」
「所持品に身分証が見当たりませんでした。氏名を教えてください」
「話をするなら、名前を知らないと」


「あんたの名前は?」

サトコ
「···西園寺です」

津軽さんの偽名を借りる。


「格好いい名前だねぇ。俺は池井良夫だ」

サトコ
「池井良夫さんですね」

名前を調書に書き込む。
背中には津軽さんの視線を感じていた。

サトコ
「あの場にいた理由を教えてもらえますか?」

池井良夫
「それはこれからのあんた次第だな。西園寺さん」
「あんたがイイコトをしてくれたら、ひとつ情報をやるってのは、どう?」

サトコ
「いいですよ」

ニコッと笑って答えた時、コンコンとドアが叩かれる。

津軽
······

視線で出て来るように指示が出され、私は席を立った。

サトコ
「はい。何でしょうか」

津軽
今の、なに?

サトコ
「今の···というのは···」

津軽
情報の交換条件

サトコ
「あれは···あの条件をエサに情報を聞き出す予定です」

津軽
あの男が、どういう男か知ってるのか?

サトコ
「それをこれから調べるのでは···」

津軽
百瀬が主犯の器じゃないって言ってたのは覚えてるよな?

サトコ
「···はい」

無表情とも思える目に、圧のある重い空気。
津軽班に来たばかりの頃、マスコットでいろと言われた時を思い出す。

(何か失敗した?)

緊張で鼓動が速くなってくる。

津軽
このあと、どうやって情報を引き出していくつもり?
あいつがキスしろって言って来たら、するわけ?

サトコ
「まさか。その辺りの交渉術は学んでいます」
「あの男がどう事件と関わっているのか、そこまでは今日中に聞き出しますので任せてください」

津軽
···随分、自信があるみたいだね

サトコ
「私も役目を果たしたいんです。津軽班の一員として」

津軽
······

サトコ
「戻ってもいいでしょうか?」

津軽
···ああ

重い空気は変わらないままだった。

(怒ってる?それとも何か試されてる···?)

津軽さんの考えは見えないまま。
それでも取り調べに戻るしかなかった。

数時間かかったけれど、池井から基本的な情報を引き出すことが出来た。

(もうこんな時間だけど、報告書にまとめておこう)
(津軽さんはもう帰ってるよね)

予定外の残業で疲れたと思いながら課に戻ると。

津軽
······

津軽さんの姿がデスクにあった。

(まだ残ってたんだ···)

サトコ
「お疲れさまです」

さっきの空気が重苦しかっただけに、少し緊張しながらこえをかける。

津軽
終わったの?

振り返らないまま聞かれる。

サトコ
「はい。今日のところは」

津軽
···そう

やっと津軽さんがこちらを向いた。
彼の座るイスがギッと鳴る。

津軽
······

その肩が小さく上下したように見えた。

(ほっとした···?)
(まだ何も報告していないのに?)
(···気のせい、かな)

サトコ
「基本的な情報は聞き出しました。今から報告しますか?」

津軽
ああ

サトコ
「池井良夫、27歳、ネットワークビジネスから、今回の件に関わったようです」
「ビジネスの母体となっている企業情報はまだ得られていませんが」
「池井は爆弾が正常に作動するかどうかを確かめるために現場にいたそうです」

津軽
下っ端も下っ端ってこと?

サトコ
「今得ている情報では、そういうことになります」

津軽
···足りない

サトコ
「はい。取り調べはまた明日···」

津軽
その程度じゃ、ろくに拘留もできないだろ

サトコ
「実際に使い捨て程度の人員だった可能性が高いです」
「泳がせて、関係者を引っ張るという方法も取れるかと思いますが···」

津軽
駄目だ

即座に否定された。
険しい声と表情で一瞬口元が強張る。

津軽
明日も取り調べ続けるつもり?

サトコ
「一応、その予定で今日の話は終えました。許可が出るなら続けたいと思います」

津軽
···まだ情報を引き出す自信はあるの

サトコ
「はい」

津軽
じゃ、いいけど
······

サトコ
「······」

落ちる沈黙。

(機嫌悪い?原因は私···?)

サトコ
「今日の分は今夜中に報告書に···」

津軽
帰るよ

サトコ
「え···」

津軽
報告は今したでしょ。紙にまとめんのなんて後でいいから
これ以上、俺を待たせる訳?

サトコ
「そ、そんなつもりは!」

(一緒に帰るために待ってくれたの!?)

今まで偶然一緒になって帰ったことは何度もあるけれど。
わざわざ待っててくれたのは初めてかもしれない。

(こ、これも両想い···だから?)

津軽
お腹は?

サトコ
「え?痛くないですけど···」

津軽
何言ってんの。腹減ってるかどうか聞いてんの

サトコ
「あ···!そ、そうですよね!すみません···」

(動揺するあまりに変な答えを!)

津軽
何か食べて帰るか···何がいい?

サトコ
「ギョウザ···」

津軽
マジ?

サトコ
「あ、も、もっと可愛い食べ物でもいいです!」

自覚した空腹から本音が出て慌てる。

津軽
いいよ。ラーメンとギョウザ、食べてこ

やっといつもの顔を見せてくれた津軽さんに、ほっと胸を撫で下ろした。

to be continued

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