カテゴリー

月夜に隠した宝物 津軽4話

帰ろうとしたところで津軽さんから連絡が入り、私は急遽警察庁に引き返した。

サトコ
「氷川、戻りました!」

百瀬
「遅ぇ!」

サトコ
「これでも全速力で···っ」

津軽
これで揃ったな。例の爆弾を仕掛けた反社組織が特定された
明日、爆弾精製の場所にもなっている組織のアジトを叩く

班長からの通達に緊張が走る。

津軽
危険物が多くある可能性が高い。注意深く行け

全員
「はい!」

津軽
突入時刻は明日の15時を予定している。それまでに各自準備を調えるように

通達が終わると、それぞれがデスクに戻る。
爆弾処理や爆弾を作るための薬物、前回の調査報告書などに念入りに目を通し始めた。

津軽
ウサちゃんは、どうする?

サトコ
「どうする···というのは?」

津軽
君は今回、池井の聴取で情報引き出すことに成功してる
成果は挙げてるから、突入には参加しなくてもいいけど?

サトコ
「行きます!」

津軽
···そう言うと思った。行くなら、ちゃんと支度しなね

サトコ
「はい」

津軽さんが他にも指示を出しに行って、肩で息を吐く。

(明日···か。明日!?)

デスクのカレンダーのピンクの〇が目に入った。

(明日、木曜日!津軽さんの部屋に行く日!)
(事件が片付かなかったら、この約束もなくなってしまう!)

津軽
モモ、ちょっとこっち来て

百瀬
「はい」

津軽さんは忙しそうに明日に向けて動いている。
余計なことを考えてる場合じゃない···私も仕事に集中しようと、気持ちを切り替えた。

翌日の夕方。
爆発物処理班と共に、私たちは廃れた工業地帯に来ていた。

津軽
ここの倉庫内で爆弾が作られているのは間違いない
そっちは爆発物処理班に任せて、証拠になりそうなものを回収
周囲にはくれぐれも注意を払え

全員
「はい」

一帯地図は配られている。
それを手に津軽さんが割り振りを決めていく。

津軽
百瀬と氷川はBブロック。組織の人間がいる可能性も忘れるな

百瀬・サトコ
「はい」

百瀬さんと一緒に爆発物の点検が終わった倉庫から調べに入った。


サトコ
「この倉庫、デスクがありますね。埃被ってますが···」

百瀬
「引き出しのとこだけ溜まってねぇな」

サトコ
「何かありますね」

百瀬
「俺が見張る。さっさと回収しろ」

サトコ
「はい」

手袋をして引き出しを開けると、新しい封筒や書類が雑然と放り込まれていた。

サトコ
「収穫ありです」

百瀬
「ああ」

周囲に気を張り巡らせる百瀬さんの気迫が伝わってくる。
思えば大きな事件では、私はいつも百瀬さんと組まされていた。

(百瀬さんから学べってことなんだろうな)

少し前の遊園地の一見然り、私はまだまだ百瀬さんにフォローしてもらっている。

百瀬
「この間、津軽さんと出掛けたんだろ」

緊張感はそのままに、不意にそんなことを聞かれた。

サトコ
「この間というのは···」

百瀬
「お前がリンゴ持って来た前の日だ」

(あ···津軽さんの誕生日のこと···)

サトコ
「···はい。出かけました」

(け、蹴飛ばされる!?)
(津軽さんの大切な日を私が一緒に過ごしたりしたから···)

百瀬
「なにしてたんだよ」

サトコ
「その、リンゴ狩りを···皆さんのお土産にもなるので···」

百瀬
「···お前」

サトコ
「は、はい」

百瀬
「殺す」

サトコ
「!?···そ、それだけは···!」

百瀬
「···じゃねぇ。死ぬなよ」

サトコ
「え?それは俺が息の根を止めるっていう···?」

百瀬
「あ゛?死んでも死ぬなっつってんだよ!」
「死んだら殺すぞ!」

サトコ
「は、はい!死にません!」

(よく分からないけど、私も死にたくはないです!)

心の中で叫びながら証拠品の回収を終える。

サトコ
「終わりました」

百瀬
「さっそく···有言実行の時が来たようだな」

サトコ
「!」

百瀬さんの声とともに気配と靴音がした。

サトコ
「···何人ですか?」

百瀬
「目視できる人数で7人。他にもいる可能性もある」

サトコ
「···少し多いですね」

百瀬
「死なねぇんだろ」

サトコ
「はい」

(津軽さんとはインカムで繋がってる。応援も来るはず)

男A
「お前ら、何者だ!?」

男B
「そこから離れろ!」

百瀬
「こっちで5人捌く。お前は2人。周りに気を付けろ」

サトコ
「はい!」

声と同時に地面を蹴る。
幸い敵は武器を持っておらず、私も警棒を抜く。
いざとなれば銃があるというのは余裕を生む。

男D
「女か」

男E
「ラッキーだな」

サトコ
「それはどうでしょうね···」

ニヤリと笑う男たちが左右から同時に来る。
チンピラレベルの動きで、私でも2人を床に叩き伏せ手錠をかけることが出来たーー
次の瞬間

男F
「手を挙げろ」

サトコ
「······」

斜め後ろから聞こえた靴音と銃のロックを外す音。

百瀬
「チッ!」

視界の隅に映る百瀬さんは3人から6人へと増えた男と交戦中だった。

(ひとりでやるしかない···)

男F
「手を挙げたまま、ゆっくりとこっちを向け」
「妙なことを考えたら、その頭をぶち抜くぞ」

サトコ
「わかりました」

両手を挙げてゆっくりと振り向く。

男F
「女の警官か···まだヤッたことねぇーー」

男が下卑他笑みを浮かべた、その時。
後ろにユラッと影が見えたーーと思ったら、男の身体が横に吹っ飛んでいた。

津軽
きったねぇ言葉、かけんじゃねぇよ

サトコ
「!」

津軽さんの蹴りが綺麗に決まったのだとわかる。

サトコ
「津軽···さ···」

津軽
さっさと片付けるよ

男を後ろ手に拘束して、さらに蹴飛ばして転がしていく。

百瀬
「6人、片付けました」

津軽
この倉庫にいる連中は、これで全部か

津軽さんがインカムを押さえる。

津軽
爆弾製造に使う爆薬、薬品は回収、すでにある爆弾も解体した
あとはこの一帯の倉庫を調べて、こいつらの仲間がいなければ終わりだ

百瀬
「了解」

サトコ
「津軽さん、ありがとうございました」

津軽
俺が来なかったら、どうしてた?

サトコ
「相手は銃の持ち方が素人でした」
「隙を見つけて銃を奪うか、こちらから発砲して応戦していたと思います」

津軽
ん。合格

振り向く口元に笑みが浮かぶ。

津軽
···膝、擦りむいてんじゃん

サトコ
「え?ああ···これくらい平気です」

ストッキングが破れ、膝小僧に血が滲んでいた。

津軽
とりあえず、これ貼っときな

片膝をついた津軽さんが、ウサギ模様の絆創膏を貼ってくれる。

サトコ
「そんなもの持ち歩いてるんですか!?」

津軽
ウサはおドジさんだからね。優しい班長でよかったね

サトコ
「ありがとう···ございます」

この状況の中で、やけに可愛いウサギ絆創膏が気恥ずかしくも嬉しい。

津軽
さっさと片付けるよ。今日の約束、忘れてないよな?

サトコ
「はい!」

忘れるわけがない。
好きな人との大切な約束の日なんだから。

現場から帰って来たときには、とっぷりと日が暮れ夜になっていた。

サトコ
「···私、クサくないですか?」

津軽
クサい。最近のウサちゃん、ほんとクサ···

サトコ
「···はっきり言う人ですね」

津軽
バラの香りだって言って欲しかった?
最後の最後で廃棄物の中に突っ込むって、ウサちゃんらしいよ

サトコ
「隠れてた男が逃げようとしてたんだから、仕方ないじゃないですか」

津軽
有害なものじゃなくてよかったけどね

サトコ
「今すぐ洗い流したいです···」

心の声を口に出したのが悪かったのだろうか。
ポツッと大粒の染みがアスファルトに広がった。

サトコ
「雨!?」

津軽
ちょ、これ豪雨じゃん!ウサちゃんが洗い流したいとか言うからだよ!

サトコ
「私にそんな力あるんですか!?」

津軽
前にも急に雨雲呼んだよね。雨ウサギ

サトコ
「う···どうせ雨女ですよ···」

津軽
もう少しだから走るよ!

津軽さんがスーツのジャケットをバサッと頭にかけてくれる。
いつものコンビニの前を駆け抜け、マンションに着くと。
津軽さんは何も聞かず、最上階のボタン “ だけ ” を押した。

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする