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月夜に隠した宝物 津軽5話

突然の雨に降られ、有無を言わさず連れて行かれた津軽さんの部屋。

津軽
あー、びしょびしょ。ウサちゃんのせいだからね

サトコ
「天気までは知りませんってば。というか、私、自分の部屋に帰りたいんですが」

津軽
なんでよ。俺の部屋に来る約束でしょ
···今さら、その気がなくなったとかいうわけ?

サトコ
「ま、まさか!どうして、そういう話になるんですか」

津軽
ここ、どこだかわかってる?風呂なら、そこにあるんだけど

津軽さんが視線でバスルームのドアを指す。

サトコ
「お風呂は借りれますけど···」

津軽
なに?

(い、言わなきゃわからないの?)
(いや、津軽さんならこんな状況いくらでも経験あるだろうし)
(わざと言わせようとしてる···?)
(はっ!ま、まさか···!)

サトコ
「女性ものの下着まで完備してるんですか!?」

津軽
はあっ!?
君、俺を何だと思ってんの!

サトコ
「だ、だって、お風呂入ったら着替えいるんですよ!」
「Tシャツとかは借りられても!パ···パンツとか、どうするんですか!」

津軽
パンツって、君ね···恥じらいとか、そーゆーのさ···

サトコ
「津軽さんが言わせたんじゃないですか···」
「とにかく、お風呂は自分の部屋で入ってきますんで」

津軽
···着替え、持ってきとけば?

サトコ
「え···っ」

津軽さんはタオルでガシガシと自分の頭を拭いてるために、その顔は見えない。

(着替えを部屋に置いて送って···そ、そんな恋人同士みたいな!)

津軽
ウサちゃん雨雲呼ぶから、またいつこうなるかわからないでしょ

サトコ
「で、ですね···考えておきます···」

(深い意味はないんだよね!意識しすぎ!)

サトコ
「じゃ、部屋帰ります···」

津軽
20分ね

サトコ
「30分ください!」

津軽
あんまり待たせないでよ

服を脱ぎ始めた津軽さんに慌てて背を向け、部屋へと戻った。

ほぼ30分後ーー

サトコ
「夜食に食べられそうなもの持ってきました」

冷蔵庫にあった飲み物や食べ物を手に津軽さんの部屋に戻ってくる。

(同じマンションだと、こういう時便利だよね)
(渡したかった “ 焼きウサギ ” のマスコットも持って来たし···)

サトコ
「津軽さん?」

津軽
こっちこっち

リビングに姿が見えずキョロキョロしていると、ベランダから声がした。

サトコ
「雨、止んだんですか?」

津軽
もうすっかりね。キレイな空だよ

呼ばれてベランダへと向かえばーー


サトコ
「わ!最上階のベランダって、こんなに広いんですか!?というかテラス!?」
「バーベキューとかできるレベルじゃないですか!」

津軽
注目するの、そこ?空が綺麗だって言ったよね?

サトコ
「あ、つい···すみません」

うながされて見上げれば、重い雲はすっかり姿を消して大きな満月が輝いていた。

サトコ
「明るい···」

津軽
スーパームーンだって

サトコ
「そうだったんですか···今日誘たのって、この月を見るため···ですか?」

津軽
そうだって言ったら?

身体ひとつ分くらいの距離にいる津軽さんが身体ごとこちらを向いてくる。
腕を組んで私を見る顔は、月明かりに照らされて見惚れるほど整って見えた。

(月と···津軽さんって似合う···)
サトコ
「意外とロマンチストなんですね?」

津軽
それはそっちでしょ
『好きな人と見られたら素敵』なんじゃないの?

サトコ
「!」

(黒澤さんとの話を···)

サトコ
「最近はスーパームーンとかストロベリームーンとか、よく聞きますし」

黒澤
カップルで楽しむのに、ぴったりですね★

サトコ
「はは···好きな人と見られたら素敵ですね」

(聞いてたの!?それで、わざわざ···今日···?)

津軽
···俺もそう思うよ

サトコ
「え···」

津軽
好きな人と見たい

サトコ
「!!」

身体ひとつ分空いていた距離が詰められた。
肩と指が軽く気まぐれに触れ合う。

(好きな、人···)
(津軽さんは私が好き···好き、なんだ···)

追いかけてくる両想いの現実。
月明かりだけでよかった。
顔が赤いのを隠せる。

サトコ
「飲み物とか軽くつまむもの持って来たんです」
「せっかく立派なテラスがあるんですから、ここで食べませんか?」

津軽
お月見団子?

サトコ
「お団子はないですけど、どら焼きはありますよ」

津軽
ウサちゃんちって、どら焼きが常備されてるんだ

サトコ
「栗あんのどら焼き、実家からよく送られてくるんです」

津軽
じゃ、ウサちゃんはそっちの準備をして
俺もちょっと用意したいものがあるから

サトコ
「?···わかりました。台所と冷蔵庫、お借りしてもいいですか?」

津軽
お好きにどーぞ

私がキッチンに向かうと、津軽さんはリビングを出て別の部屋に行ったみたいだった。


ベランダにあったテーブルと椅子を綺麗にして、ビールと日本酒を並べる。
それに部屋から持って来たおつまみを並べた。

サトコ
「津軽さん?こっちは用意できましたよ~」

津軽
こっちもできたよ

津軽さんが何かを抱えてベランダに出て来る。

サトコ
「それ···天体望遠鏡!?」

津軽
うん

サトコ
「わざわざ買ったんですか?」

津軽
前から欲しいと思ってたから

サトコ
「望遠鏡で月見るの初めてです!」

津軽
ウサちゃんなのに?

サトコ
「それ、関係あります?」

津軽
ほらほら、ウサちゃんが良く見えるよ

手招きされて望遠鏡をのぞく。
明るく周囲を照らす見事な満月が見えた。

サトコ
「月って、こんななんですね···」

津軽
近くて遠い···手を伸ばせば届きそうなのにね

肩の手の重みを感じた。
髪が耳に触れて鼓動が跳ねる。
視線だけで横を見れば、津軽さんはその手を空に伸ばしていた。

(近くて遠い···手を伸ばせば届きそうで届かない···)
(少し前の津軽さんみたい···)

でも、今は近くにいる。
手を伸ばせばーー

サトコ
「······」

津軽
······

自分から背中に手を回して見ると、その肩が小さく跳ねるのが分かった。
肩に置かれてる指先に微かに力が入る。

(ふと、何かをきっかけに私の前から消えちゃうんじゃないかって)
(そんなふうに思ってた頃もあったな···)

サトコ
「津軽さんって、やっぱりかぐや姫みたいですよね」

津軽
あーのーなー

津軽さんの肩がぴくっと動くのが分かった。
落ち着いたいい雰囲気だったのに、その雲行きが怪しくなるのが分かる。

津軽
かぐや姫はそっちだろ。公安学校組に毎日毎日貢がせて

サトコ
「なっ···!み、貢がせてなんかいません!」

津軽
あれだけやられてて甘やかされてる自覚ないわけ?

サトコ
「甘やかされてるって···元気づけてもらっているというか···」
「気を遣っていただいて有り難いというか···」

(う···甘やかされてる···?)

津軽
下心のない男なんていないからね。覚えときな

サトコ
「それは津軽さんがそうだから···」

津軽
そうだよ。あるよ、下心

肩をグッと引き寄せられた。
少しでも顔を上げれば、その唇が間近になってしまう。

(し、下心って···)

今、顔を上げたら、どうなってしまうのだろうか。
一瞬。頭を過ったのは、観覧車でのーー

サトコ
「~っ」

津軽
ウサ···

サトコ
「あ、あの!津軽さんに渡したいものがあるんです!」

津軽
え?

顔を上げないままポケットに手を入れ、
渡そうと思っていた焼き目つき “ 焼きウサギ ” を顔の方に持って行った。

津軽
······

サトコ
「こ、この “ 焼きウサギ ”、津軽さんに似てたので!」

津軽
似てる?

見上げると、津軽さんが “ 焼きウサギ ” マスコットを顔の横で揺らしている。

サトコ
「焼き目の位置は、そっくりですよ」

津軽
俺のは焼き目じゃないんだけどね
それに、こんなおマヌケな顔してないし
どっちかって言うと、ウサ似じゃん

マスコットを見てふっと笑うと、これ見よがしに “ 焼きウサギ ” にキスをした。

サトコ
「!」

(わ、私に似てるって言ってキスするって···)
(下心···っ!?)

津軽
うらやまし?

サトコ
「···っ」

ハニトラ全開のような誘惑の微笑を向けられれば···完全にその間呼吸が止まっていた。

サトコ
「······」

津軽
下心あるって言ったばっかねぇ

日本酒を1杯飲んだウサは器用にイスの上でくてんと寝ている。
そんな彼女を頬杖を付きながら眺める。

(ここしばらく忙しかったから疲れたよな)

池井の取り調べからッ今日の突入まで、よく頑張った。
ちなみに池井は様々な過去を掘り起こして、当分塀の外には出て来れないようにしてある。

(今までの俺だったら気付かない、知ろうともしなかった苦労もあるだろう)

女であり、刑事であること。
それがどういうことなのか、初めて意識した。

津軽
サトコ···

真っ直ぐで頑固で、時々バカみたいにがむしゃらで。
だけど、決して折れない強さがある。
それが時に男には、ぶっ壊したいと思うものに映るだろう。
社会だって警察内部だって、まだまだ男と女が同じ···というわけにはいかない。

(まあ、銀さんだってウサが女ってことを全面に出して課内で孤立させたしな)
(···いろいろ、厳しい)

津軽
······

その身体を抱き上げ、自分の膝に乗せて座り直した。

サトコ
「ん···」

甘えたように頬を寄せてくる顔。
酒のせいで赤くなった耳が妙に色っぽく見えた。
今ベッドに連れて行けば、この先に進むのは簡単だろう。
けど、それはしない。
したくない。

(俺の···特別な女の子、だから)

柔らかな月明かりの下。
宝物のような温もりを抱き締め続ける。
眠っていても、隠れてキスもできないほどにーー
俺は君が好きなんだ。

Happy End

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