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月夜に隠した宝物 津軽3話

経験のないことだった。
取調室のドアを少しだけ開けて、中の会話に耳を傾ける。
中ではウサが池井の取り調べをしていて、口説く池井の気を引きながら情報を引き出していた。

池井良夫
「なあ、手ぐらい握ってもいいだろ?」

サトコ
「そうしたら、ここに来られなくなりますよ」
「他の人と話したくないなら、私の言うこと守ってくださいね。池井さん」

池井良夫
「ヨシでいいって言ってんじゃん~」

(会話の仕方はセオリー通り。いかにも学校で習ったって感じだな)
(頑張ろうとしてんのはいいけど)

どうしても落ち着かない。
この場を離れられない。

(あんなクズに妬くわけもない)
(なのに、俺は何を···)

苛ついて落ち着かず、引っかかっているのだろうか。
チラッと取調室にいるウサの様子を窺う。
その横顔を見て、抱える気持ちの正体がストンと胸に落っこちてきた。

(あの子は···男の、暴力の本当の怖さを知らないんじゃないか?)

真っ直ぐな瞳。
あんなクズをあんな綺麗な目で見る必要なんてないのに。
犯罪の片棒を担ぐような奴でも、サトコは蔑まずに向き合っている。

津軽
······

取り調べの席の向こう側。
一歩間違えれば、俺が座ってもおかしくなかった場所。
俺そこに座る人間をはじめから侮蔑と共に見ている節がある。

(サトコがああだから、俺も···)

受け入れられたのだとわかっている。
だからこその苛つきだろうか。

池井良夫
「あんたがイイコトしてくれたら、ひとつ情報をやるってのは、どう?」

サトコ
「いいですよ」

津軽
よく、ねぇだろ···

自分でも驚くほどの地を這うような声が出ていた。

翌朝。

黒澤
サトコさん、おはようございます
コンビニの新作スイーツ出てたんで買って来ましたよ★

後藤
氷川、コーヒーだ。ついでに買ったからデスクに置いておく

颯馬
チョコレート持って来たので、どうぞ

東雲
リップ。唇切れすぎだから、これでなんとかしなよ

朝からウサのデスクに積まれていく様々なもの。

(男を甘く見てんのは!こいつらが甘やかしてるからか!!)

サトコ
「ありがとうございます!」

にこにこと笑って無邪気な笑顔を見せる。

(公安学校っつーのは、何を教えてたんだよ)

サトコの年度はウサともう1人の2人しか女はいなかったと聞いている。
世の中がどれだけ男女平等を謳おうと。
性差があるのも事実だ。


石神
朝から呼び出すとは、余程の用件なんだろうな

加賀
このクソホクロが。一服する時間がなくなったら、どうなるかわかってんだろうな

津軽
余程の用だから呼んでんだよ

(お前らがもっとちゃんとしてれば···)

石神
お前···

加賀
······

俺の機嫌の悪さを察した2人が顔を見合わせた。

津軽
取り調べについて、公安学校で何を教えた?

石神
公安刑事が身に着けるべき基本的なものだ

加賀
やり方はテメェだって知ってんだろ

津軽
女2人には別枠でやったのか?

問いかけに一瞬押し黙るのがわかる。

石神
···いや

加賀
あいつらの代は、そこまで整備されてねぇ

津軽
だろうねぇ。随分と中途半端な教育してくれちゃって
あの子らが女であることに付け込まれた時、どうするつもりだったわけ?

石神
心理戦の訓練も護身術も警察官として必要なものは身に着けている

加賀
女であることのリスク、反対に男であることのリスクも、あいつらは訓練で学んだはずだ

津軽
はず···じゃ、困るんだよ

睨むような目つきになる。
この2人に怒りをぶつけるのが正しいのか間違っているのか、そんなことはわからない。
わからないが、ぶつけずにはいられなかった。

津軽
公安のエリートを育成しようとしてんのは知ってるけど
あれじゃ危なっかしいだけなんだよ

(ああ、そうだ···危なっかしい)
(サトコのやり方も、やってることも公安刑事としては普通のこと)
(だけど、この仕事をやってて知る汚さのどれだけを知ってる?)
(男の、本当の怖さをサトコはろくに知らないだろう)

お前らが守ってきたから。

加賀
アイツが何かしでかしたのか

津軽
まだ、してない

石神
なら、してから言え

津軽
はあ!?してからじゃ遅いだろ!

石神につかみかかりそうになると、その手を払われた。
眼鏡越しの目が冷徹に貫いてくる。

石神
お前は何を危惧している?

加賀
なにびびってんだ

石神
氷川は引き際は心得てる
それでなお、危ないと思うことがあれば、それを指導するのはお前の仕事じゃないのか

津軽
······

(正論なんて聞きたくねぇんだよ···)

あの男が小物なら小物であるほど。
保釈された後に、つきまとわれるかもしれない。
あいつがウサの個人情報を得る可能性は限りなく低いけど、ゼロじゃない。

(まさか、こんな壁があるなんて···)

好きな子が···俺が好きになって、俺を好きになってくれた、“ 特別な女の子 ” が。
他者の欲望に曝されて平気なわけ、ないじゃないか。

今日も取調室のドアを少し開け、中の様子を窺う。

(危ないと思うことがあれば、指導するのが俺の仕事···ね)

あの石神の言うことだから、当然もっともだ。
そしてそれで上手くやって来たのだろう。

(課内でいくら過保護に見えたって、石神と加賀の監督下にあったんだ)
(過剰に心配するようなことは···)

ないーーだろうか、と冷静に考えていた時。
ガタガタッと大きな音が取調室から響いてきた。

津軽
!?
氷川!


中に入れば、イスから男が転げ落ちている。
サトコは手も足も届かない距離まで、きちんと下がっていた。

サトコ
「大丈夫です」

池井良夫
「いてて···ちょっと手を握ろうとしただけじゃんかよ」
「これだけ情報やったんだから、これくらいのご褒美くれてたいいだろ」

サトコ
「それは午後のおやつで手を打ったはずですよ」

津軽
······

(···上手くやってる)

石神の言う通り、引き際も線引きも心得ている。
見守り、指導するのがーー俺の仕事だ。

(俺は···)

班長としての顔と、ただの男の顔を使い分けなきゃいけなくなったんだ。

池井の取り調べは順調に進んでいた。
今日は池井が飛びつこうとするトラブルがあったが、それも問題なく対処できたと思っている。

(だけど、津軽さんの反応がなぁ···)

いつもと何かが違う。

(私のやり方に不満があるとか···?)
(公安学校で習ったやり方だから気に入らないとか···)
(木曜日···予定通り、津軽さんの部屋に行っていいのかな···)

別にケンカしてるわけじゃないのだけれど。
なんとなく気になってしまう。

(行くならお酒とかおつまみとか···いろいろ差し入れも考えたいんだけど)

あれこれ悩みながら歩いていると。
雑貨屋の店先で口元にホクロのある “ 焼きウサギ ” マスコットを見つけた。

(え、これ津軽ウサギ···じゃなくて、焼き目のついた幸運の “ 焼きウサギ ” ?)
(へえ、こんなシリーズ出たんだ···)

焼き目と言われても、今の私には津軽ウサギに見える。

サトコ
「······」

目が合ったが最後、買わないという選択はなくレジを済ませるとスマホが鳴った。

(津軽さんから!)

サトコ
「はい」

津軽
ウサちゃん、今どこ?

サトコ
「まだ近くですが···」

津軽
すぐに戻って

サトコ
「は、はい!」

焼き目 “ 焼きウサギ ” をカバンに突っ込むと、急いで来た道を戻った。

to be continued

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