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マリアージュ 東雲2話

【寝室】

教官に告げられた言葉を、私は頭の中で反芻した。

(「他人」と一緒に暮らす‥?)

サトコ

「で、でも今のは『婚約者』って設定で‥」

東雲

だから他人じゃん

違う?

サトコ

「違わない‥ですけど‥」

(確かにその通りだけど‥)

(だからって、そんなにはっきり「他人」って言わなくたって‥)

東雲

‥なに、その恨みがましそうな目

サトコ

「!」

東雲

それと眉間

シワができるよ。そんな顔してると

<選択してください>

A: 誰のせいだと‥

サトコ

「誰のせいだと‥」

東雲

なに?

オレのせい?

(その通りです!)

(って言えたらスッキリするのに‥)

サトコ

「‥なんでもありません」

東雲

あっそう

じゃあ、終わりだよね、妄想は

だったら夕食を食べに行こう

サトコ

「え‥」

B: まだ若いから平気

サトコ

「まだ若いから平気です」

東雲

へぇ‥

でも、20代後半から始まるっていうけど。お肌の曲がり角って

(うっ‥)

東雲

まぁ、キミは自分の肌に自信があるみたいだものね

普段使ってる基礎化粧品、明らかにオレより数が少ないし

(そ、そんなにたたみかけてこなくても)

(ていうか、教官の基礎化粧品の数こそ、明らかに多すぎ‥)

東雲

で、妄想はオシマイ?

だったら夕食を食べに行きたいんだけど

サトコ

「えっ‥」

C: じゃあ、キス‥

サトコ

「じゃあ、キスしてください」

東雲

‥は?

サトコ

「教官がキッスしてくれたら、きっとシワにならな‥」

バチン!

サトコ

「痛っ!」

「ひ、ヒドイです、デコピンするなんて‥」

東雲

でも消えたよ、シワ

サトコ

「えっ、ほんとですか?だったらよかった‥」

(じゃなくて!)

サトコ

「教官、やっぱり今のはひどすぎ‥」

東雲

あーお腹空いた

そろそろ夕食を食べに行きたいんだけど

サトコ

「えっ‥」

(うわっ、もう19時!?)

(でも外食かぁ‥できれば今日は‥)

サトコ

「あの‥『お家ごはん』じゃダメですか?」

東雲

なんで?ピザでも頼むつもり?

サトコ

「いえ、私が作ろうかなぁ‥なんて」

「とっておきのエビフライを‥」

東雲

ああ、ブラックタイガーね

サトコ

「違います、エビフライです!」

「さっきのイメトレの影響で、今日こそ上手くできる気がするんです」

東雲

‥なにそれ

ついに現実と妄想の区別がつかなくなったってこと?

(ひどっ!)

サトコ

「区別はついてます!」

「その上で、今日はうまくいく気がしてるんです!」

東雲

どうだか‥

サトコ

「本当に、本当です!」

「だから教官~」

東雲

‥‥‥

サトコ

「教官~っ」

【スーパー】

というわけで、なんとか教官を説き伏せて、2人でスーパーにやってきた。

(エビフライは決定として‥)

(付け合せはどうしよう‥やっぱりサラダかな)

サトコ

「教官、グリーンサラダとニンジンのサラダ、どっちがいいですか?」

東雲

別に。どっちでも

(じゃあ、今日はニンジンとキャベツの千切りサラダにしようっと)

(ええと、ニンジンは‥)

サトコ

「あった!」

ドンッ‥

サトコ

「あっ、すみません。お先にどうぞ」

女性

「ありがとうございます」

隣にいた女性が、軽く微笑んで先にニンジンを手に取る。

その左手には、真新しい指輪が光っていて‥

(新婚さんかな)

(あ、やっぱり‥隣の男の人も同じ指輪してるもんね)

(そういえば、私と教官って周りからはどう見えてるんだろう)

(夫婦‥はさすがにないかな。指輪とかしてないし)

(でも、せめて恋人同士には見えていてほしいなぁ‥なんて)

サトコ

「あの、教か‥」

(ええっ、いない!?)

必要な野菜を急いでカゴに放り込んで、私は店内を探し回った。

鮮魚売り場、精肉売り場などを通り過ぎ、ようやく見つけたのは‥

(お菓子売り場!?)

(子どもか!)

サトコ

「もう!どうして勝手にいなくなるんですか!」

東雲

探し物があるからに決まってるじゃん

サトコ

「探し物って‥」

(‥GABA入りチョコ?)

東雲

抗ストレス作用があるから、GABAって

オレも最近ストレスが多くてね

サトコ

「教官がですか?」

東雲

そう。例えば‥

せっかくの休日に誰かサンの妄想を延々と聞かされたり‥

誰かサンが指導している後輩に、やけに突っかかられたり‥

そこまで言いかけたところで、教官は不意に「ん?」と顔をしかめた。

東雲

キミ、ちょっとそこ退いて

サトコ

「えっ」

(今度はなに!?)

いきなり早足で歩き出した教官を、私は慌てて追いかけた。

教官が立ち止まったその先にあったのは‥

(「ピーチネクター・すももMAX」‥)

(そっか、『幻のピーチネクター』シリーズの新作‥)

東雲

‥‥‥

サトコ

「あれ、買わないんですか?」

東雲

迷い中

ピーチネクターに『すもも』を混ぜるなんて邪道な気がするし

サトコ

「でも、意外と美味しいかもしれないですよ」

「ちょっと甘酸っぱい味がするとか‥」

???

「よろしければ、こちらをどうぞ」

(ん?)

振り返ると、ミニカップを持った販売員さんが立っていた。

販売員

「『ピーチネクター・すももMAX』の試飲サービスです」

「この機会にぜひどうぞ」

サトコ

「ありがとうございます。じゃあ‥」

「‥‥‥」

(うわぁ‥)

販売員

「‥いかがですか?」

サトコ

「おいしいです!なんか、こう『さわやかな味』って感じで‥」

東雲

ショボい語彙力

(う‥っ)

サトコ

「そ、そんな言い方しなくても‥」

東雲

でも何も伝わってこないんだけど

『さわやかな味』とか、ありきたりすぎて‥

すると、販売員さんは今度は教官にニッコリと笑いかけた。

販売員

「よろしければ旦那さんもいかがですか?」

東雲

(だだだ、旦那さん!?)

(そ、それってつまり私と教官が夫婦に見えたってこと‥)

東雲

結構です

それと、彼女はアカの他人ですから

サトコ

「‥っ」

販売員

「まあ、そうでしたか。失礼いたしました」

東雲

いえ

それより、その新作ネクター、3本ください

販売員

「ありがとうございます」

(アカの他人‥)

(また「他人」って‥)

東雲

なにしてんの。行くよ

サトコ

「‥はい」

(そりゃ、その通りだけど‥私と教官は、ただの「他人」だけど‥)

(なにも1日に2度も言わなくたって‥)

それだけが原因というわけじゃないけど‥

あれだけ張り切って作ろうとしたエビフライは、結局ブラックタイガー化してしまい‥

【キッチン】

東雲

ああ、今日も苦かった

キミ、そろそろエビに訴えられるんじゃないの?

皿洗いをする教官の隣で、私は布巾を手にうなだれるしかなかった。

サトコ

「すみません」

「イメトレではうまくいってたんですけど‥」

東雲

ああ、例の妄想ね

サトコ

「‥‥‥」

東雲

所詮、妄想は妄想だもんね

妄想、妄想

(‥ほんと、その通りだ)

おいしいエビフライも、「婚約」も「同棲」もすべて私の作り話。

(現実の私は、今日もエビフライを焦がして‥)

(教官には「赤の他人」って言われて‥)

ふいに、教官はお皿を洗う手を止めた。

そして、ひとり言のようにぽつりと呟いた。

東雲

まぁ、ブラックタイガーを脱してからだよね。最低限

サトコ

「え、何が‥」

東雲

婚や‥

っ!

不自然に口を閉ざした教官を、私はまじまじと見つめ返した。

(今の‥聞き間違い?)

(でも、なんか「婚約」って‥)

サトコ

「!!」

(こ、婚約!?)

(こんにゃくじゃなくて、婚約!?)

東雲

な、なに赤くなってんの

サトコ

「きょ、教官こそ‥っ」

再び、蛇口から水が勢いよく流れ出す。

けれども、水音より明らかに私の鼓動の方がうるさい。

(おおお、落ち着け!落ち着こう、私!)

(やっぱり聞き間違いだったかもしれないし!)

(ここはひとまず次の教官の言葉を待って‥)

東雲

‥‥‥

(‥無言か!)

(あんなこと言っておいてダンマリって‥)

お互い、そのまま黙々と後片付けを続ける。

けれども、私の頭は半ばパニック状態だ。

(と、とりあえず何か言って‥)

(この際「バカ」でも「キモ」でもいいから、いつもみたいに何か言葉を‥)

ピピピピッ‥ピピピピッ‥

2人

「!!」

(これ‥帰りの合図のアラーム‥)

サトコ

「え、ええと‥そろそろ帰る時間ですよね‥」

「すみません、片づけの途中なのに」

それでも教官は何も言ってくれない。

ただ水音が途切れることなく響くばかりだ。

(‥もう無理!)

いたたまれなくなった私は、逃げるようにキッチンを飛び出した。

【リビング】

(と、とりあえず今はここを出よう‥)

(出てから、いろいろ考えよう!)

(「婚約」とか「こんにゃく」とか、そういうのは後で‥)

大きなトートバッグを手に取って、今一度私は振り返った。

サトコ

「それじゃ、おじゃまし‥」

(えっ、いつの間に背後に‥)

サトコ

「教か‥」

「‥んん‥っ!」

いきなり、唇を塞がれた。

それも、最初から口内を探るような強引さで‥

(な、なんでこんな‥)

サトコ

「ふ‥」

「んん‥っ‥」

うまく息が出来なくて、喉が震える。

心臓が、頭の中が、爆発しそうなくらい苦しい。

(は‥ぁ‥)

(教官‥なんで‥)

ぎゅう、と教官のシャツを掴んだところで、唇がゆっくりと離れた。

胸が上下するままに息を整えていると‥

東雲

言ってない

サトコ

「え‥」

東雲

帰っていいなんて言ってない‥

(‥それって‥)

東雲

バッグ、置きなよ

サトコ

「‥‥‥」

東雲

置いて

<選択してください>

A: わかりました!

サトコ

「わかりました!」

「今すぐ置きます!張り切って置きます!」

東雲

張り切らなくていい

サトコ

「じゃあ、張り切らないで置きます!」

東雲

‥バカ

B: どうしようかな~

サトコ

「どうしようかな~」

東雲

‥‥‥

‥あっそう。それじゃあ

(あああっ!)

サトコ

「嘘です!置きます!」

「このバッグ、一生ここに置いておきます!」

東雲

迷惑だから、それ

サトコ

「そんなこと言わないで‥教官~っ」

C: さっきの続きしてくれたら‥

サトコ

「さっきの続きしてくれたら‥なんて‥」

(きっと、教官のことだから「ウザ」とかデコピンとかするに決まってて‥)

ちゅっ!

サトコ

「!?」

東雲

これでいい?

サトコ

「ハ‥ハイィィ‥」

(うう‥動揺しすぎて声が裏返ったんですけど‥!)

そんなわけで数十分後‥

私は、ふわふわした気持ちのままバスルームにいた。

(よかった‥いちおうお泊り道具を持ってきていて)

(でも、まさかあんなやり方で帰るのを拒まれるなんて‥)

サトコ

「!!!」

(ダメだ、思い出すだけで顔がニヤけそう‥)

(だって、すごすぎだよね‥あのキス)

(あと少し続いていたら、完全に足の力が抜けて‥)

サトコ

「ふわぁ‥」

(やば、もう眠い‥なんか疲れてるのかな)

(でも、今日ってそんなハードなことはしてないよね)

(お皿洗いと、料理と買い物と、あとは妄想したくらい‥)

サトコ

「‥‥‥」

(‥待って、少し落ち着こうか)

(キスの前に、いろいろ引っかかってたことがあったはずだよね)

(お皿洗いしているときの「婚約」云々とか‥あとは‥)

サトコ

「他人とか、他人とか‥アカの他人とか‥」

(そうだよ、それだよ。ここはやっぱりハッキリさせておかないと)

(モヤモヤしながらお泊りしても楽しくないし)

サトコ

「よし‥」

【リビング】

着替えてリビングに戻ると、教官が麦茶を持ってきてくれた。

東雲

飲めば?

サトコ

「‥‥‥」

東雲

‥なに?

サトコ

「教官、私、本当にお泊りしてもいいんですか?」

東雲

は?

サトコ

「教官にとって、私、ただのた‥」

「たたた他人‥なんですけどっ!」

(よし、言えた!)

鼻息も荒いまま、私は教官をまっすぐに見つめた。

東雲

‥なにそれ。嫌味?

サトコ

嫌味っていうか‥やっぱり釈然としないんです

恋人も婚約者も『他人』だなんて‥

東雲

でも、オレにとってはそうなんだけど

結局は『他人』じゃん。家族以外は

サトコ

「それは‥まぁ‥」

(でも、それを言われたらぐうの音も出ないっていうか‥)

(血のつながりは、努力でどうにかできるものじゃないし)

サトコ

「じゃあ、教官にとって私は一生他人ってことですか」

東雲

そうだね

家族にでもならない限りは

サトコ

「‥そうですか」

(結局、私はずーっと「他人」なんだ)

(教官と家族にならない限りは一生‥)

サトコ

「‥ん?」

(「家族にならない限り」‥?)

東雲

まあ、将来キミが誰と家族になるつもりなのかは知らないけど

案外千葉とかどこかの後輩が毎日ブラックタイガーを食べさせられたりして‥

サトコ

「そんなのあり得ません!」

ドンッ!

東雲

ちょ‥なにこの体勢‥

サトコ

「結婚なんて現実味がなさ過ぎて、正直妄想しかできないですけど!」

「私は教官がいいです」

「教官以外の人と家族になるなんて絶対有り得ません!」

東雲

‥あっそう。だったら‥

いつかオレたちは他人じゃなくなってるかもね

やっと言ってもらえた、嬉しい言葉。

(教官‥)

サトコ

「教官~っ!」

ソファドンした勢いのまま、私は教官に抱きついた。

サトコ

「私、がんばります!」

「がんばって、すっごくがんばって‥」

「いつかブラックタイガーを卒業してみせます!」

東雲

その前に公安学校を卒業してほしいんだけど

(うっ‥)

東雲

それで早く一人前の公安刑事になって欲しいんだけど

じゃないとキミ、2年間ただ税金を食いつぶしただけになるよ

(ううっ‥)

サトコ

「だ、大丈夫です。今のところ順調ですし‥」

「なによりすぐそばにお手本になる人がいますから」

いったん身体を離して、目の前の人を真っ直ぐ見つめる。

恋人で、教官で、上司で‥

何より「公安刑事」として私の見本となってくれる人。

東雲

‥バカ

教官が目を逸らしたので、私はもう一度ぎゅうっと抱きついた。

いろいろな想いを込めて‥‥

さっき浮かんだ「関係性」のなかに、いつか「家族」が加わる日を夢見て。

Happy  End

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