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潜入捜査は蜜の味 後藤1話

【稽古場】

劇団員A

「それでは、お疲れさまでした!」

劇団員たち

「お疲れさまでした!」

ミーティングが終わり、各々が帰り支度を始める。

(稽古中は、特に怪しい動きはなかったな)

さり気なく周りに視線を向けていると、サダヒロさんから声を掛けられる。

サダヒロさんは私が入団した当初から、色々と気にかけてくれている劇団員だ。

サダヒロ

「サトコちゃん、この後の飲み会行くよね?」

サトコ

「はい!もちろん参加しますよ」

サダヒロ

「りょーかい!今日いつもの居酒屋だから、よろしくね」

「あっ、後藤!」

サダヒロさんは後藤さんの姿を見るなり、声を掛ける。

後藤

‥‥‥

私と後藤さんは、サダヒロさんに気付かれないよう視線を交し合った。

(今日こそ、決定的な情報が手に入ればいいんだけど‥)

【教官室】

サトコ

「潜入捜査、ですか?」

後藤

ああ

放課後、後藤さんに呼び出されて教官室に行くと『潜入捜査をする』と告げられた。

後藤

とある劇団に、左翼運動思想団体の隠れ蓑の疑いが掛かっている

その劇団に潜入して、実態を調査するのが俺たちの任務だ

サトコ

「分かりました」

後藤

過激行為を企てている団体であれば、事件を起こす前に手を打つ必要がある

気になったことは全て報告するように

(後藤さんと一緒に、潜入捜査‥)

(足を引っ張らないように、頑張らなきゃ!)

【居酒屋】

劇団員A

「グラスは回ったな?」

「それじゃあ‥今日も1日、お疲れさま!乾杯!」

劇団員たち

「かんぱーい!」

あちこちでグラスをぶつけ合う音がし、楽しげな声が聞こえ始める。

(また今日も飲み会か‥)

劇団に潜入したのはいいものの、連日稽古後に飲み会が開かれていた。

劇団員B

「私、この劇団に憧れてたんだ」

劇団員C

「先輩たちも優しいし、雰囲気いいよね」

サトコ

「‥‥‥」

不自然にならないようにグラスに口をつけながら、劇団員たちの会話に耳を傾ける。

(飲み会が多いだけで、ただの劇団のように見えるけど‥)

ここの劇団は、メンバーの入れ替わりがかなり激しい。

(私たちが入団してからも、何人か新しい人が入ってきたし‥)

様子をうかがおうと、劇団幹部がいる方へ視線を向ける。

劇団員A

「へぇ、それじゃあ高校から演劇始めたんだ」

後藤

はい。新入生歓迎会の時に先輩たちの舞台を観て‥‥」

後藤さんは笑みを浮かべながら、幹部たちと話をしている。

(もうあんな主要メンバーと話してるなんて、さすが後藤さん‥!)

(私も頑張って、情報を引き出さないと‥)

サダヒロ

「サトコちゃん、何か企んでるの?」

サトコ

「えっ!?」

サダヒロさんが、グラスを手にしながら私の隣の席に座った。

サトコ

「アイツのこと、気にしてるみたいだったからさ」

サトコ

「それは‥」

(不審に思われないように返さないと‥!)

一瞬思考を巡らせていると、サダヒロさんはニヤリと笑みを浮かべる。

サダヒロ

「あー、分かった!」

「幹部に取り入って、いい役もらおうとしてるんだろ?新人ちゃんのくせに~」

サトコ

「あ、はは‥バレちゃいました?」

「生意気だと思われるかもしれませんが、早く舞台に立ちたくて」

サダヒロ

「その心意気はいいと思うよ」

うんうんと頷くサダヒロさんに、無事に切り抜けられたと胸を撫で下ろす。

サダヒロ

「実はさ、俺あのメンツに顔が利くんだ。紹介してあげよっか?」

サトコ

「ホントですか?」

サダヒロ

「もちろん。この酒飲んだらね」

サダヒロさんは、手にしていたグラスを差し出してくる。

(話がうますぎて怪しい‥)

(‥心なしか白濁しているような)

(たしか、これだいぶ前に講義で‥)

サダヒロさんを見ると、ニコニコしながら私がお酒を飲むのを待っていた。

(用心しておくに越したことはないよね)

私は受け取ったお酒を口に含むと、さりげなくおしぼりを口に当てて吸わせる。

サトコ

「このお酒、美味しいですね」

サダヒロ

「でしょ?女の人に人気なんだよね」

サトコ

「ふふっ、先輩お酒に詳しいんですね」

(‥一度、席から離れよう)

私は不審に思われないように会話を続けながら、タイミングを見計らって席を立った。

【店外】

私は居酒屋の外に出ると、壁にもたれ掛ってひと休みする。

(さっきの席には戻れないし、しばらくここで時間を潰して‥)

???

「おい」

サトコ

「!」

頭を小突かれて頭を上げると‥

サトコ

「ご、後藤さん!これはサボっていたわけじゃ‥」

後藤

知ってる。見てたからな

後藤さんはそう言って、私の隣に立った。

後藤

稽古は上手くいってるか?

(稽古‥捜査状況を聞かれているんだ)

先ほどのサダヒロさんとの会話を思い返す。

サトコ

「はい。今度、個人的にレッスンをしてもらえることになりそうです」

後藤

そうか。俺も個人レッスンを受けることになった

(個人レッスン‥‥つまり、幹部と繋がりが持てたってことだよね)

これから先は、より慎重に動く必要があるだろう。

サトコ

「この後ですが‥‥」

店から出てきた客が近くを通り、言葉を切る。

後藤

今日はもうお開きだ

‥また明日、だな

情報の詳細は後ほど共有する

サトコ

「はい」

後藤

‥‥‥

私たちの間に、沈黙が訪れる。

(潜入捜査中なのは分かってるけど‥)

肩が触れそうで触れない距離が、少しだけもどかしい。

(なんて、今は捜査に集中しないと‥‥)

後藤

サトコっ

サトコ

「!」

後藤さんは私の腕を引き、覆いかぶさるように壁へと押し付けた。

サトコ

「あ、あの‥」

後藤

しっ

唇に人差し指を当てられ、言葉を飲み込む。

サダヒロ

「そっち何人くらい女用意できんの?」

後藤

‥‥‥

(ここからは見えないけど‥サダヒロさんの声?)

後藤さんとの距離にドキドキしながらも、耳を澄ませる。

サダヒロ

「さっき1人逃したんだよなぁ」

(逃したって‥)

(わ、私?)

後藤さんを見上げて自分を指差すと、頷き返される。

サダヒロ

「ああ、この後はいつも通りに‥」

男の声が聞こえなくなると、後藤さんがポツリと呟く。

後藤

‥やはり、か

後藤さんは心配そうに、私の顔を覗き込む。

後藤

前にあの男が酒に薬を混ぜて女に飲ませているのを見た

サトコ

「えっ!?」

後藤

飲み会中、不自然に姿を消すことも多い。だからあの男をマークしていたんだが‥

アンタもあいつから酒を勧められていたな

‥飲んだのか?

サトコ

「飲むふりをしたので、大丈夫ですよ」

後藤

そうか‥

後藤さんは安心したように笑みを漏らすと、私の頭をポンポンと撫でる。

後藤

よく避けたな

優しい手つきに頬が緩みそうになるのを堪え、気を引き締める。

後藤

調査次第ではこれを元に立件できそうだが‥

こんなことまでやっているとは、呆れた集団だ

サトコ

「そうですね‥」

彼らの行いに、ふつふつと怒りが込み上げる。

(夢を追う劇団員の女の子にそんな酷いことをするなんて‥)

(ますます早く証拠を掴んで捕まえないと‥!)

そう意気込んでいると、後藤さんとの距離の近さを思い出す。

サトコ

「あ、あの‥」

後藤

なんだ?

サトコ

「そろそろ戻った方がいいんじゃ」

後藤

‥そうだな

そう言いながらも、後藤さんはそのままの体勢で。

後藤

‥‥‥

サトコ

「‥‥‥」

私たちの顔が、どちらからともなく近づいた。

(あっ‥)

私ははたと気づき、動きを止める。

今、私たちは互いに親交のない劇団員として潜入捜査中だ。

サトコ

「ご、後藤さん」

後藤

サトコ

「‥この状況、誰かに見られたら言い訳できますか?」

後藤

‥‥‥

後藤さんはフッと笑みを浮かべると‥‥

後藤

余裕だな

サトコ

「んっ‥」

そのまま私の唇に、自身のそれを重ねた。

深くて甘い口づけに、理性が薄れそうになる。

(っ、ダメだって分かってるのに‥)

後藤さんに「余裕」だと言われると本当にそうだと感じてしまうから不思議だ。

逞しい腕がそっと腰に回り、全てを委ねてしまいそうになる。

後藤

‥アンタは何も考えなくていい

ただの “劇団員” が、キスしてるだけだ

‥そうだろ?

サトコ

「‥‥」

キスの合間の囁きに、頬が熱を持つ。

(もし誰かに見つかったら、問い詰められたら‥)

そんな心配ごと後藤さんの唇に絡め取られ、束の間の秘め事に溺れるのだった。

to  be  continued

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