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潜入捜査は蜜の味 難波1話

【スタジオ】

先輩AD

「おい、新人!早くその機材こっちに運べ!」

サトコ

「は、はいっ!」

私は慌てて機材を抱えると、スタジオの隅に走った。

サトコ

「うっ‥重い‥」

(でも、ここは夢あふれる新人ADになりきらないと‥)

私は今、反社会的組織からお金を受け取っている疑惑のあるプロデューサーを調査するため、

室長と一緒にテレビ局で潜入捜査を行っている。

(それにしても室長、テレビ局にもツテがあるなんてすごいな‥)

先輩AD

「新人!それ終わったら、こっち来てさっさとバミれ」

サトコ

「ば、ばみ‥れ?」

先輩AD

「これを立ち位置に貼るんだよ」

サトコ

「あ、ああ‥」

先輩にビニールテープを渡され、ようやく理解した。

(立ち位置の目印にこのテープを貼るってことね!)

私はタレントさんの代わりにセットに立ったスタッフさんの足元に、

次々にテープを貼っていった。

スタッフA

「新人ちゃん、なかなかいい動きしてるじゃない。女の子貴重だから、がんばってよ」

サトコ

「はいっ」

ようやくスタッフさんの1人からお褒めの言葉を頂き、改めてスタジオ内を見渡した。

(確かに‥激務だけあって女性スタッフよりも男性スタッフが多いな‥)

(それにしても、バラエティの特番ともなると、こんなにも多くの人が関わるんだ)

あまりに人が多すぎて、誰も私の存在を疑問に感じたりする余裕もなさそうだ。

???

「お疲れちゃん~」

聞き覚えのある声が聞こえて、私は入り口を振り返った。

声の主は、肩にニットを引っかけた、いかにもなプロデューサースタイルの室長だった。

(室長‥すっかりこの場に馴染んでる‥)

難波

順調かな~?

スタッフB

「ちょっと進行の確認いいですか?」

スタッフC

「難波プロデューサー、そっち済んだらこっちも確認お願いします」

難波

了解、すぐ行く

(入って来るなりいきなり引っ張りだこ‥)

(室長、潜入先ですらこんなに頼られててすごいな‥)

思わずうっとり見つめてしまいそうになり、慌てて気持ちを切り替えた。

(私も室長に負けないように、しっかり頑張らないと‥!)

【休憩室】

怒涛のスタジオ設営が終わり、収録までしばしの休息時間になった。

(このタイミングで一度、室長と落ち合う予定になってたけど‥)

室長の姿がどこにも見当たらず、キョロキョロと廊下を進んでいく。

(もしかして、ここかな?)

喫煙室を覗き込むと、案の定、室長は1人で煙草の煙をくゆらせていた。

サトコ

「室長!」

押さえた声で呼びかけると、室長が私に気付いて微笑んだ。

難波

おお、ひよっこか‥お疲れさん

室長に手招きされ、私はそっと喫煙室に入り込む。

難波

首尾はどうだ?

サトコ

「今のところ、捜査対象のプロデューサーに接触した中に怪しい人物はいませんでした」

難波

そうか‥でもどのタイミングで接触があるか分からんからな

引き続き気を抜かずに頼むぞ

サトコ

「はい」

難波

ところで‥さっきは何であんなに俺のこと見てたんだ?

ひとしきり捜査の話を終えると、室長は不思議そうに聞いてきた。

サトコ

「そ、それは‥」

(‥バレてた。そりゃ、あれだけ見てれば分かるよね)

思いがけない指摘に頬を赤らめる私を、室長は相変わらず不思議そうに見つめている。

サトコ

「室長がプロデューサーになりきっててカッコよかったので‥」

「私も負けないように頑張らなきゃって‥」

難波

室長はちょっと驚いたように私を見て、消しかけていた煙草を再び口にくわえた。

難波

‥もしかして、ホレ直しちまったか?

サトコ

「‥‥‥」

コクリと頷くと、室長は後ろを向いて盛大に煙を吐き出してから私の耳元に口を寄せた。

難波

そんなにピヨピヨしてて、他の男に捕まるなよ?

サトコ

「え‥?」

難波

ここは男が多すぎるからな~

室長はそのまま、振り返りもせずに出て行ってしまった。

(室長、私のことも一応気にしてくれてたんだ‥)

【スタジオ】

休憩が開け、私は先輩から渡されたリストの順番でタレントさんを楽屋まで呼びに行った。

サトコ

「揚場アゲハさん、入ります!」

最近人気のお笑い芸人さんをスタジオに連れてきたところで、

先にスタジオ入りしていた人気俳優のTAKUさんが立ち上がった。

TAKU

「ちょっと、ADさん。これ、どういうこと?」

サトコ

「は、はい?」

TAKU

「何で俺がアイツより先にスタジオ入りして、出迎えなきゃならないわけ?」

「俺の方がランク下ってこと?」

サトコ

「い、いえ‥そんなことは‥!」

(いけない‥先輩にもらったリスト通りに呼んじゃったけど)

(確か資料にあった芸歴からいえば順番逆だったかも)

(TAKUさんは例のプロデューサーと交流のある要注意人物なのに)

(こんなことで機嫌を損ねさせたら‥)

サトコ

「すみませんでした。私の確認不足で‥」

TAKU

「確認不足?そんな言い訳がこの世界で通用すると思ってんの?」

サトコ

「本当に申し訳ありませんでした!」

TAKU

「だから、謝って済むことじゃ‥」

???

「バカやろう!」

サトコ

「!」

いきなり怒鳴られて振り返ると、

普段とは打って変わって怒りを露わにした室長がいきなり私の頭を押し付けた。

難波

指導が行き届かず、失礼しました

二度とこのようなことがないよう、コイツには充分言って聞かせますんで‥

TAKU

「まあ‥難波プロデューサーがそこまで言うなら‥」

私の頭を押し付けたまま深々と頭を下げる室長に、さすがにTAKUさんも語気を緩めた。

難波

お前、ちょっとこっちにこい!

室長は乱暴に私の腕を引くと、スタジオの外に連れ出した。

【ロビー】

サトコ

「‥すみませんでした」

難波

なんだよ、そんな泣きそうな顔して‥

室長は普段通りの穏やかな口調で言うと、私の頬をギュッとつまんだ。

難波

ひよっこには笑顔が似合うぞ

サトコ

「え‥」

(あれ、室長、怒ってない‥?)

サトコ

「でも‥」

難波

大丈夫だ

全部うまくいくから、見てろ

室長は謎の微笑を残すと、先にスタジオへと戻っていく。

(見てろって‥もしかしたら室長はもう、何か掴んだの‥?)

to  be  continued

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