「好きだった絵本は?」
【教官室】
昼飯を食って教官室に戻ると、やかましい声が聞こえてきた。
黒澤
「オレは断然、“マッチ売りの少女” ですよ!」
「最後、けなげで泣けるじゃないですか···!」
東雲
「透には、けなげさの欠片もないもんね」
黒澤
「そういう歩さんは、何が好きだったんですか?」
東雲
「別に···強いて言うなら、“おむすびころりん” とか」
黒澤
「食べ物系···かわいい···」
難波
「 “花咲か爺さん” もいい話だろ?犬がいい味出してんだよな」
颯馬
「私は、白雪姫が好きでしたが」
石神
「 “一寸法師” 勝るものはないな。鬼退治するのに知恵を絞るのがいい」
後藤
「俺は、“かさじぞう” をよく読みましたよ」
大の男が揃いも揃って、どうやら好きな絵本の話でもしているらしい。
巻き込まれないために仕事を始めたが、空気を読まない黒澤が声をかけてきた。
黒澤
「加賀さーん!好きな童話ってなんですか?」
加賀
「ねぇ」
黒澤
「もうちょっと話膨らませましょうよ!」
「世間話も大人として必要なスキルですよ!」
加賀
「なんでテメェとの会話を膨らませなきゃならねぇ」
舌打ちして、黒澤から目を逸らす。
童話、という響きには、いい思い出がない。
(ガキの頃、姉貴に散々聞かされたものが女向けもんだったからな···)
そのせいか、童話というと女が好きな話しか知らなかった。
それをよくバカにされ、泣いているところを姉貴に助けられた···という、苦い思い出がある。
(あれ以来、童話って名のつくもんは嫌いになったが···)
(まあ、そんなもん知らなくても、別に困ることもねぇ)
黒澤
「ねー加賀さん、あるでしょ。ひとつくらい!」
「何がお好みですか?人魚姫?親指姫?シンデレラ?」
まるで俺の過去を知っているかのように、女向けのもんばかり持ち出してきやがる。
加賀
「···興味ねぇ」
石神
「童話のひとつも知らないとは、つまらない子どもだったんだな」
加賀
「ぁあ゛?」
石神
「子どもの頃に絵本に触れなかったから、今のような粗暴な性格になったんだろう」
加賀
「脳内がプリンになるよりはマシだ」
舌打ちして、仕事を続ける。
その中で、不意に思い出したのは “さるかに合戦” だった。
(理不尽な理由でカニをいじめたサルに、他のヤツらが仕返しする、か···)
(あの展開が、ガキながらに爽快だったな)
“女向けの童話しか知らない” という理由でいじめられていた自分と、重ねていたのかもしれない。
とにかくあの話だけは好きで、毎日のように読んでいた絵本だった。
黒澤
「ねーねー、加賀さーん」
加賀
「黙れ。海に沈めるぞ」
黒澤
「だって、気になるじゃないですかー」
(テメェらだけには、絶対に言わねぇ)
(こんなくだらねぇことが知られてもいいのは···)
思い出すのは、サトコの顔だ。
(···そのうち、花に読んでやるか)
(あいつも、喜んで来るだろ)
唯一秘密を共有する女のマヌケな顔を想像して、緩みそうになる口元を引き締めた。
Happy End