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愛しいアイツのチョコをくれ 颯馬2話



【ホステル】

(サトコ···これは一体······どういうことなんだ······)

一瞬、すべての思考が止まるほど動揺した。
が、すぐに冷静さを取り戻す。

(下手な憶測は不要だ、あとで話を聞けばいい)

そこへ後藤が戻ってきた。

後藤
周さん、今の···氷川では?

颯馬
ええ。一瞬でしたが、そのようでしたね

後藤
緊急で呼び出したというわけでは···

颯馬
違いますよ。何かプライベートの事情でもあるのでしょう

落ち着いて返答すると、後藤は納得した様子で頷いた。

颯馬
ところで、対象者のルームナンバーは?

後藤
308です

颯馬
確か、そのフロアには香港からの観光客グループが宿泊してますね

後藤
はい。···彼らと繋がっている?

颯馬
観光客を装った組織の者たちかもしれません

後藤
可能性はありますね

颯馬
注視した方がよさそうです

(サトコには休憩時にでも電話をしてみよう)

程よい緊張感が、気がかりな事を頭から追い出してくれた。

【廊下】

交代で仮眠を取り、張り込みは2日目に入った。
後藤と交代後、仮眠のための部屋に向かう。

(そうだ、今のうちに···)

携帯を取り出し、サトコへかけてみる。
前回の仮眠時は深夜だったため、いまだ連絡できていなかった。

サトコ
『お疲れさまです!』

電話を待っていたかのような弾んだ声に、訳もなくホッとする。

颯馬
お疲れさまです。そちらの様子はどうですか?

サトコ
『大丈夫です。特に問題はありません』

颯馬
そうですか

(昨夜見かけたことについても、特に問題ない···ということか?)
(まあ、何かあるならサトコから話してくれるだろう)

サトコ
『そちらはどうですか?』

颯馬
順調ですよ

サトコ
『それはよかったです。今は休憩時間ですか?』

颯馬
ええ。これから少し仮眠を取ります

サトコ
『そうでしたか』
『じゃあ、お休みの邪魔になってはよくないので、そろそろ』

颯馬
···そうですね

サトコ
『あと少し、頑張ってくださいね』

颯馬
貴女も

結局何もわからないまま、電話を切った。

( “特に問題ない” のだから、そういうことなのだろう)

颯馬
···

どこかスッキリしないものの、余計な心配はしないと決めた。



次の日。

後藤
やはり香港の組織と繋がっていましたね

颯馬
読み通りです

心配事を頭から追い出した後は、仕事に没頭することができた。

(おかげで対象者の怪しい動きも掴むことができた···)

後藤
今後の張り込みは黒澤と千葉に交代ですね

颯馬
我々は別ルートから捜査を続けましょう

後藤
はい

そこへちょうど黒澤たちが現れた。

黒澤
周介さん、後藤さん!

千葉
「お疲れさまです」

黒澤
ここからはオレたちが張りますので

颯馬
ご苦労様です

後藤
対象者の部屋は308。そのフロアにはー

後藤が2人へ引き継ぎ事項を簡単に説明する。

(これで一段落か···)

そう思うと少し肩の力は抜けるも、まだ油断はできない。

黒澤
お二人はひと休みしてから戻ったらどうですか?
サトコさんの活躍で、事務処理も滞りないみたいですし

後藤
氷川、頑張っていたようですね

颯馬
そのようですね

千葉
「そういえば、氷川が言ってたホステルって···」

サトコの名が出ると、千葉が妙なことを言い出した。

颯馬
彼女が何か?

千葉
「この前、ずいぶん慌てた様子で」
「『暫くホステルに泊まるから!』って出かけて行ったんです」

後藤
周さん、先日見かけたのは···

颯馬
ええ、やはり氷川さんのようですね

黒澤
え?サトコさんも張り込みに参加してるんですか?

颯馬
いえ、個人的な事情があって泊まっているのでしょう

黒澤
個人的事情!?黒澤、気になります···!

颯馬
プライベートなことは詮索不要です

黒澤
はい···

(とはいえ、気にならないと言ったら嘘になる···)

【部屋】

黒澤たちと交代後も、ホステルに残った。

(後藤にはひと休みしてから戻ると言ったが···)

もちろん休む気などない。
仮眠室用の部屋に籠り、出来る限りの手を尽くして情報を集める。

颯馬
ええ、氷川サトコの担当教官の颯馬です

公安学校の教務課に電話をし、まずは外泊届の提出を確認。
次にホステルのフロントへ電話を掛ける。

颯馬
お世話になっております
佐山急便ですが、現在そちらに氷川サトコさんという方は宿泊中でしょうか?
お荷物を預かっていますので、お届けに上がりたいのですが

フロント
『え~っと、氷川サトコさん···』

颯馬
送り主はご本人様で、そちらの住所はー

フロント
「あぁ、506号室の氷川さまですね!」

(506か···よし)

寮の住所を言うと、疑われることなく聞き出せた。

颯馬
ありがとうございます。では後程伺います

(2泊3日で外泊届を出し、506号室に宿泊···)
(行ってみるか)


【廊下】

早速5階フロアまでやってきた。
まだ早い時間のためか、人の気配はない。

(心配はいらないと思いつつも···)

506号室のドアの前に立ち、拳を握る。
その拳でノックしようとするも、寸前で躊躇う。

(やはり彼女が話してくれるまで待とう···)

そう思ったその時ー

ガチャッ

サトコ
「えっ」

颯馬
っ!

サトコ
「そ、颯馬さん!?」

颯馬
···おはようございます

ノックをしようとした拳は広げられ、朝の挨拶に変わる。

サトコ
「ど、どうしてここに!?」

颯馬
貴女こそ、なぜ···

???
「なに?どしたの?」

(···?)

部屋の奥から若い男が出て来た。

サトコ
「ちょっと!勝手に出てこないでよ!」

???
「もう~、朝っぱらから怒鳴るなって···」

サトコ
「すみません!弟が何の予告もなしに上京してきてしまって···!」

(弟···)

翔真
「···誰?」

サトコ
「こ、こちらはお姉ちゃんの上司の颯馬教官」

颯馬
突然失礼しました。公安学校教官の、颯馬周介と申します

翔真
「ど、どうも、姉がいつもお世話になってます···」

颯馬
···こちらこそ

余裕の笑みを浮かべるつもりが、少しぎこちなくなってしまった。

(そういう事情だったとは···)

ホッとしたものの、どこか複雑な想いにも駆られる。

(···弟だったのか)
(彼女は何も悪くない。俺が余計な心配をして、勝手な行動に出て···)

颯馬
······

そうとは分かっているのに。
意図的ではないとはいえ、秘密を作られたことに心がささくれ立つ。

(これは嫉妬なのか?だとすれば、俺は何に嫉妬しているんだ···)

サトコ
「颯馬さん···?」

不意に顔を覗き込まれてハッとした。

颯馬
朝早くにすみませんでした
捜査の関係でこちらへ寄ったら、たまたま貴女の姿をみ見かけたもので

サトコ
「···そうだったんですね」

颯馬
では、私はこれで

サトコ
「あ、あの···!」

なんとか取り繕って去ろうとすると、呼び止められた。

颯馬
···何ですか?

サトコ
「今日にでも電話をしようと思っていたのですが···」
「14日、家で待っていてもいいですか?」

弟を奥へ引っ込ませ、躊躇いがちに聞いてきた。

(14日···ああ、そうか···)

颯馬
構いませんよ

サトコ
「よかった···じゃあ、待ってますね」

見せられた笑顔が、切なく胸に響く。

(そういえば···チョコレートドーム、失敗したままだ···)
(彼女を喜ばせたいとは思うが···)

その気持ちと、今のこのもどかしさが、複雑に絡み合っていた。

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【颯馬マンション】

張り込み明けの非番、ひとりキッチンに立つ。

(なんとなく気持ちはスッキリしないままだが···)

サトコのために、チョコレート作りに再挑戦することにした。
未完成のままでは、なおのことスッキリしない。

颯馬
まずは湯煎でチョコを溶かし···90℃になるまでかき混ぜる

レシピを見ながら、無心になって作業に没頭する。

(心を落ち着かせるにはちょうどいい···)

そしてー

颯馬
できた···

試行錯誤を重ね、ついに理想的なものに仕上がった。
彼女の喜ぶ顔が浮かび、思わず自分も笑顔になる。
その瞬間、スッと心が軽くなった。
心にこびりついていた嫉妬の欠片が、剥がれ落ちたかのように。

(なんだ···そういう···)

複雑に絡み合った感情は、実はとてもシンプルだったことに気付く。

(上手くできてよかった、サトコの喜ぶ顔が見られる···)
(それで充分じゃないか)

スッキリしなかったのは、そんなことも理解できない自分への苛立ちに過ぎない。

(彼女が笑ってくれたら、こんなに嬉しいことはない)
(それほど俺は···サトコが好きなんだ)

改めて自覚するも、胸が痛む。

(だからと言って、全てを知りたいと思うなんて···)

彼女の行動を逐一気にしては案じる自分の愚かさに、閉口せずにはいられなかった。


【リビング】

そして14日。

サトコ
「···おかえりなさい」

颯馬
···ただいま

彼女は、どこか戸惑ったような様子で迎えてくれた。
そんな彼女を、そっと抱き寄せる。

サトコ
「颯馬さん···?」

颯馬
貴女のことが気になって仕方ないんです···

サトコ
「え?」

颯馬
相手が弟さんと知り、心底ホッとしました

サトコ
「!!」

素直な気持ちのまま微笑むと、彼女はハッと目を見開いた。

サトコ
「すみません···私···」

颯馬
謝らなければいけないのは、私の方です

サトコ
「でも、誤解を招くようなことをしてしまったんですよね···?」

颯馬
いえ、私が勝手に心配をして、貴女を混乱させてしまった···
自分の小ささに呆れてしまいます···本当に申し訳なかった

抱き寄せた身体を優しく抱きしめ直した。

サトコ
「···颯馬さん」

お互いの大切に想う気持ちを、確かめ合うように。
サトコも、静かに抱きしめ返してくれる。

(やはり、全てを知りたいと思ってしまうな···)

彼女を愛しく思えば思うほど、その気持ちは強くなる。

(そんな自分に閉口したばかりだというのに···)

颯馬
俺に、秘密···作らないで?

サトコ
「!」

自分でも驚いてしまいそうなほど、率直な気持ちを吐露してしまった。

サトコ
「ご、ごめんなさい!そんなつもりはなかったんです···!」
「これからは秘密はなしです!宣言します!」

(そんな必死にならなくても···)
(ダメだな、また責めてしまったか)

でもそんな必死な姿もやっぱり愛しくて、その頬に触れた。

颯馬
約束してくれますか?

サトコ
「はい、約束します」

頷く彼女の顔を引き寄せ、そっと唇にキスをする。

颯馬
指切りげんまんの代わりです

サトコ
「はい···」

ほんのりと頬を染める彼女に、もう一度キスを落とす。

(俺も約束するよ、これからは勝手に過大な妄想は膨らませないと···)

約束のキスを交わすと、彼女はテーブルの上に視線を落とした。

サトコ
「あの···これ···」

差し出されたのは、なんと手作りと思われるチョコレートドーム。

サトコ
「やらないって言ったのに···初志貫徹できなくてすみません」

颯馬
いえ···奇遇ですね

頭を下げる彼女の前に、今度は自分のチョコレートドームを差し出した。

サトコ
「え···ええっ!?颯馬さんも!?」

颯馬
ここまで心が繋がっているとは···驚きました

サトコ
「すごい···信じられない···!」

颯馬
なら、信じさせてあげますよ

サトコ
「···んっ!」

驚いたままのサトコの口を、再びキスで塞いだ。
ふたつ並んだチョコレートドームから、甘い香りが漂う。

サトコ
「ん···チョコが溶け···」

颯馬
···溶かして食べるんだから、ちょうどいい

サトコ
「でも···んんっ」

サトコと交わすキスは、温めたチョコシロップのように熱く甘い。

颯馬
でもせっかくですから、ちゃんと溶かしましょうか

サトコ
「はい···」

頬を上気させたサトコと、チョコを温める。
それをお互いのドームに、ゆっくりと掛けていく。

サトコ
「なんか、私のドームの方が歪んでますね···」

颯馬
そうでしたか?溶けてしまえば一緒です

サトコ
「あ!私が好きなクッキーが入ってる!マシュマロと苺も···」

颯馬
華やかになるよう工夫してみました

(茶色一色ではパッとしなかったので···)

嬉しそうに食べる横顔に、心から満足する。

颯馬
こっちはフロマージュのアイスクリームですね?

サトコ
「はい!颯馬さん好きかと思って」

颯馬
ええ、大好きですよ······サトコ

サトコ
「···っ!」

微笑むと同時に、もう一度彼女の唇にキスをした。
柔らかな彼女の唇は、どんなチョコよりも甘く俺を酔わせる。

(貴女が好きすぎて、苦しいくらいだ···)

ほろ苦くも甘いバレンタインの夜が、静かに更けていくー

Happy End



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