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恋の行方編 黒澤3話

結論から言うと、千葉さんの推測は「大当たり」だった。

石神
今回、お前たちを呼び出したのは特別訓練に参加してもらうためだ
期間は来週月曜日から2週間
ターゲットは、自己啓発セミナーの会員だ
今から資料を配る
最後に回収するので、1時間で頭に叩き込むように

(1時間か。だいぶ短い···)

サトコ
「!」

(このセミナーって『フレンドリー伊坂』が講師の···!)

石神
氷川は知っているな?

サトコ
「はい」

衛藤
「じゃあ、これって先日氷川が関わった事件の···」

石神
その通りだ。すでに事件の資料を見た者は?

(うわ、全員確認済み···)

石神
それなら話は早いな
先日、このセミナーの受講者が薬物売買をしていることが明らかになった
よって、お前たちには、疑いのある会員たちの『行動確認』をしてもらう
ターゲットは現時点で12名

(えっ、そんなに?)

石神
もちろん、12人を一斉に追うわけにはいかない
よって、まずは1人ずつ担当を振り分け···
疑わしい行動が判明した時点で、そのターゲットの追跡は終了
次のターゲットに当たってもらう

(ってことは、疑わしい点を早く見つけたほうがいいってことだよね)
(そのほうが、多くのターゲットに当たれるわけだし)

石神
なお、詳細は訓練監督者に任せている
各自、毎日連絡を取り合い、指示を仰ぐように

すると、私の隣にいた衛藤さんが「はい」と手を挙げた。

石神
どうした?

衛藤
「今回の訓練監督者はどなたですか?」

石神
ああ、そのことだが···

石神教官が答える前に、教官室のドアが音を立てて開いた。
そこから現れたのは···

黒澤
どーも!『合コンに呼びたい刑事ナンバー1』の黒澤でーす

サトコ
「!」

石神
くだらないこと言ってないで、さっさと来い

黒澤
はーい

(なんで、ここに黒澤さんが···)
(まさか!)

石神
今回の訓練監督は、黒澤が引き受ける

(やっぱり···)

黒澤
ハーイ、そういうわけですので
あとで皆さんの連絡先を教えてくださいねー
それと『好みの異性』のタイプも···

石神
余計なことを言うな

黒澤
痛っ···
いやだなぁ、石神さん。これ、大事なことですよ?
今回のターゲット、ほぼ女性じゃないですか
となると『好みのタイプ』は必須事項で···

石神
もちろん、お前が今集めた情報を二次利用しないのなら構わん
特に、プライベートにおいて利用しないのなら···

黒澤
えーそれは保証できないなぁ

石神
······

黒澤
うそうそ、冗談ですって!

(なに、この状況)
(さっきまで緊張感が漂っていたはずなのに···)

坪井
「やっぱ面白いよなぁ。黒澤さんって」

中川
「たしかに!怖いもの知らずっていうかさ」

衛藤
「でも、黒澤さんが監督なのは有り難いよなー」

坪井
「わかる!加賀教官や石神教官だと、毎日メンタル削られるもんなぁ」

(ちょ···みんな騙されすぎ!)
(その人、ただの「面白い人」じゃないから)
(天使の顔をした「悪魔」だから!!)

黒澤
それじゃ、連絡先の交換をしましょうか
まずは順番に···

(嫌だ。顔も見たくない)
(いっそ、今すぐ長野に帰りたい···)

黒澤
さてと、次は···
ああ、サトコさんは大丈夫でしたね。連絡先、交換済みでしたから

サトコ
「いえ、お願いします」
「黒澤さんの連絡先、先日削除しましたので」

黒澤
「えっ、どうしてですか?」

(そんなの···っ)

<選択してください>

必要ないから

サトコ
「もう覚えている必要はない、と思ったので」

黒澤
へぇ、それって···
オレの連絡先を暗記したってことですか?

(な···っ)

黒澤
すごい記憶力だなぁ。さすが首席入校···

サトコ
「違います!そういう意味じゃなくて···」

間違えて、つい

サトコ
「その···間違えて、つい···」

(くっ···本当のことを言いたい···でも、言えない···)
(石神教官や、他の仲間たちがいる前では、さすがに···)

黒澤
ハハッ、サトコさんってば、すごい顔だなぁ
その顔なら、テロリストもびっくりして逃げていきますよ

(な···っ)

黒澤には関係ない

サトコ
「黒澤さんには関係のないことです」

黒澤
うわぁ、冷たいなぁ
透、泣いちゃう、シクシクシク···

サトコ
「······」

黒澤
···あれ、おかしいなぁ
サトコさんには、このやり方で揺さぶれると思ったのに

(な···っ)
(他の人たちがいる前で、なんてことを···っ)

黒澤
じゃ、改めて連絡先を交換しましょうか
『訓練監督者と訓練生』ということで

サトコ
「ええ、お願いします」

(ダメだ、いちいち振り回されるな)
(冷静に···あくまで冷静に···)

石神
では、ここからは黒澤が訓練の説明をする

黒澤
はーい、引き継ぎました
まず、訓練前日ですが···

黒澤さんの説明をメモしながら、私は敢えて石神教官に目を向ける。

(わあ擦れるな、あの約束を)
(今の私は、首の皮1枚繋がった状態でここにいるんだ)

(結果、結果···とにかく結果を出さないと)
(黒澤さんのことなんてどうだっていい!)



【資料室】

サトコ
「行動確認の注意事項···これでよし」

(次は、前回の訓練の振り返りだよね)
(それと、森沼さんと「行確」したときのレポートにも目を通して···)

鳴子
「サトコ、おつかれー」

サトコ
「鳴子!それに千葉さんも···」

鳴子
「差し入れ持ってきたからさ、休憩しなよ」
「ちゃんと休まないと、かえって効率が上がらないよ」

サトコ
「うん、ありがとう」
「···あれ、その袋は?」

鳴子
「ああ、これね。室長室のゴミ」
「私と千葉くんで、掃除に駆り出されてさ」
「ま、面白いものが手に入ったからいいんだけど」

サトコ
「面白いもの?」

鳴子
「千葉くん!例の写真データ!」

千葉
「はいはい」

千葉さんが、スマホの画面を見せてきた。

(これって···飲み会の写真?)
(それにしては、知らない人たちばかり···)

サトコ
「えっ、この男の人って、まさか!」

鳴子
「気が付いた?昔の室長だよ」
「うっかり上司に撮られた『黒歴史』の1枚なんだって」

サトコ
「へぇ、そうなんだ···」

(なんで黒歴史なんだろう。写真写りは悪くないと思うけど···)

サトコ
「今の私たちと同じくらいの年齢かな」

千葉
「たぶん。公安に配属されてすぐの写真らしいし」

サトコ
「へぇ、そうなんだ···」

(言われてみれば、周りの人、みんな年上っぽいもんね)
(この奥の人なんて、今の室長くらいの年齢っぽいし)

千葉
「俺たちの40代ってどうなってるのかな」
「ちゃんと公安刑事として活躍できてるのかな」

鳴子
「そんなの当たり前でしょ」
「ね、サトコ!」

サトコ
「う、うん···」

(参ったな。そこまで断言できないのが辛い···)
(って、ダメだ、弱気になるな)
(絶対に「首席で卒業する」って誓ったんだから!)
(そのためにも、まずは···)



(この訓練で結果を出さないと···)

サトコ
「氷川です。ターゲット、確認しました」
「今から『行確』に入ります」

黒澤
はーい、よろしくお願いしまーす

通話を切って、ターゲットに目を向ける。
脳裏に浮かんだのは、今朝、必死に頭に叩き込んだターゲットの情報だ。

(26歳・カフェ店員)
(フレンドリー伊坂のセミナーに通い始めたのは、去年の2月から)

さらに、彼女は「カフェ経営セミナー」にも通っている。
アルバイトの店員のお財布事情としては、かなり苦しいはずだ。

(それで、薬物売買を引き受けたんだろうな)
(「自分の夢」を叶えるために)

先日の、首藤ナミカの事件を思い出すと胸が痛む。
だからこそ、早くやめさせなければいけない。

(そのためにはできるだけ早く証拠を集めないと)
(1日でも1時間でも早く、なんとしてでも···)

そうして、店の前で彼女を見張ること7時間···

カフェ店員
「お先に失礼しまーす」

(···よし、出てきた!)

(ここからが勝負だ)
(気づかれないように···適度な距離を保って尾行を···)

ドンッ!

サトコ
「すみません!」

丁寧な男性
「いえ···」

(それよりターゲットは···)
(···いた!)
(···大丈夫、気付かれてない)

内心、胸を撫で下ろしつつ、尾行を続ける。
彼女はどうやら駅方面に向かっているようだ。



【駅】

(地下鉄乗車···ってことはこのまま帰宅?)
(ううん···まだ油断できないよね。寄り道する可能性もあるし)
(ひとまず、交通ICカードで改札を···)

サトコ
「え···」

(うそ、定期入れがない!?今朝はちゃんとあったのに···)
(まさか、どこかで落として···)

サトコ
「···あ!」

ドンッ!

サトコ
『すみません!』

丁寧な男性
『いえ···』

(どうしよう、繁華街まで戻る?)
(···ダメだ、そんなヒマはないよ)

サトコ
「大丈夫、落ち着け」

(こういうときの対処の仕方は···)


結果、予想外のトラブルを、なんとか乗り切って···

終了予定時刻の20時···
私は、訓練監督者に電話を入れた。

サトコ
「おつかれさまです、氷川です」
「本日の行動確認、終了しました」

黒澤
了解でーす。帰ったらすぐに報告書をお願いしますね
22時まで教官室にいますんで

サトコ
「わかりました」

(22時か···すぐに学校に戻らないと厳しそうだな)
(仕方ない、ICカードはあとで問い合わせよう)
(近くの交番に届いてたらいいな)



【学校前】

ところが···

真壁憲太
「あ、氷川さん!」

サトコ
「真壁さん?今日はいったい···」

真壁憲太
「氷川さんに用があって来たんです!」
「今日、交通ICカードを落としませんでしたか?」

サトコ
「落としました!でも、どうしてそれを?」

真壁憲太
「僕の上司が、偶然拾ったんです」
「それで名前が書いてあったから、もしかしてって思って···」

(うそ!ラッキー!)

サトコ
「ありがとうございます!それでICカードは···」

真壁憲太
「黒澤さんに預けておきました」

(·········え?)

真壁憲太
「黒澤さんが『間違いない、渡しておく』って言ってくれたので」
「特に問題なかったですよね?」

サトコ
「は、はぁ···」

(問題、大アリなんですけど···)


【教官室】

黒澤
えー、歩さん、いいじゃないですかー

東雲
無理。お断り

黒澤
そんなこと言わないでー
···あ、おつかれさまでーす
報告書の提出ですか?

サトコ
「いえ、さっきそこで真壁さんに会いまして」
「私のICカードを黒澤さんに預けたと聞いたんですが」

黒澤
ああ、これですね
大変だったでしょう。ICカードなしで尾行するのは

サトコ
「······いえ。電車移動は一度だけでしたし」
「切符を購入して対処しましたので」

東雲
切符?どこで下車するか分からないのに?

サトコ
「はい。なので···」
「券売機で買える1番遠距離の切符を買いました」

東雲
······

サトコ
「それなら、どこで下車してもカバーできる可能性が高いですし」
「ICカード普及前は、そうやって対処したこともあった···」
「という記録がありましたので」

黒澤
だそうですよ、東雲教官

東雲
ふーん···
ま、悪くないんじゃない?

東雲教官はにっこり笑うと、黒澤さんからICカードを取り上げた。

東雲
で、報告書は?

サトコ
「いえ、それはまだこれからで···」

東雲
そうなの?だったら仕上げてから来ればよかったのに
これじゃ、二度手間じゃん

(うっ、たしかに···)

黒澤
いいんですよ、歩さん
サトコさんは、オレにたくさん会いたいんです

(·········は!?)

黒澤
1日に2度でも3度でも4度でも
ね、サトコさん

(誰がそんなこと···っ)
(って、落ち着け、私)
(ここは冷静に···冷静に···)

サトコ
「そうですね、何度でも会いたいです」
「だって、黒澤さんは···」

<選択してください>

訓練監督者だから

サトコ
「訓練監督者ですから」
「適切なご指導を受けたいですし」

東雲
うわーなかなかの模範解答だね
さすが首席入校者。ね、透

黒澤
ええ

サトコ
「ありがとうございます」

(ああ···今、絶対笑顔が引きつってるよ、私···)

尊敬する先輩だから

サトコ
「尊敬する先輩ですから」

黒澤
アハハ···
サトコさんは、相変わらずお世辞がうまいなぁ

サトコ
「はい。自分でもそう思います」

黒澤
······

東雲
···ぷっ
サトコちゃん、意外と辛口じゃん

(そりゃ、辛口にもなるっての)

謎すぎるから

サトコ
「いろいろ謎すぎますから」
「どんな人なのか知りたくて、つい何度でも会いたくなるんです」

東雲
へぇ、それってまるで···
透に恋してるみたいだね

(は···っ)

黒澤
えー、どうしよう···透、困っちゃうー

(また、嘘ばっかり!)
(ムカつく···ほんと、ムカつく!!)

サトコ
「それでは、失礼します」

黒澤
ああ、待ってください
せっかくですから、今日の報告は口頭でもいいですよ
ちゃんとした報告書は、明日まとめて提出ってことで

サトコ
「いえ、それは···」

東雲
透、緩すぎ。石神さんにバレたら怒られるよ

黒澤
いいじゃないですか。その方がラクですし
待たなくていい分、オレも早く帰れますから

サトコ
「!」

(ああ、そうですか!)
(私も、そのほうがありがたいですけど!)
(黒澤さんと何度も顔を合わせずに済みますし!)

サトコ
「では、報告します」
「本日の行動確認の結果ですが···」

報告は、5分もかからずに終わった。
というのも、重要な報告事項が1つもなかったからだ。

(そりゃ、そうだよね)
(ターゲットは「カフェ」から「自宅」に帰っただけだったし)

黒澤
···なるほど。ターゲットが誰かと接触したことは?

サトコ
「ありません。勤務中、3度の休憩を取っていますが···」
「そのときも、バックヤードで休んでいたと思われます」

黒澤
···そうですか

黒澤さんは、手元の資料を数枚めくると、バタンとそれを閉じた。

黒澤
じゃあ、サトコさんは明日も同じターゲットですね

(···えっ?)

黒澤
それじゃ、明日も頑張ってください

サトコ
「ま、待ってください」
「他のみんなの結果は···」

黒澤
5名中3名は、ターゲットの不審点を見つけてきました

サトコ
「!!」

黒澤
まぁ、でもまだ初日ですからね
明日こそ、何か見つかるといいですね

サトコ
「···わかりました。失礼します」

(···本当に?)
(みんな、そんなにあっさり証拠をあげてきたの?)

改めて、今日のターゲットの1日を振り返ってみる。
けれども、不審に感じた点はひとつ見つからない。

(と···とりあえず、勝負は明日だよ!)
(資料によると、明日はセミナーに行く日みたいだし)
(きっと、怪しい一面が見つかるはず···)


けれども、私の予想は大きく外れた。
翌日どころか、その次も、さらに次の日も不審点を見つけられなかったのだ。

(どういうこと?どこかで見落とした?)
(···そんなはずない。ほぼずっと張り付いているもん)
(目が届かないのは、休憩の時くらいで···)

そうこうしているうちに10日が過ぎた。

黒澤
おつかれさまでーす。報告書ですか?

サトコ
「···はい」

黒澤
では、拝見します
······
······
···なるほど、今日も何も見つけられなかったんですね

サトコ
「はい···」

黒澤
では、明日も同じターゲットのまま、ということで···

サトコ
「あの!」

ついにたまりかねて、私は黒澤さんの言葉を遮ってしまった。

サトコ
「他のみんなは、どうなんでしょう?」

黒澤
えっ、聞いちゃいます?
聞かない方がいいと、オレは思いますけど···

サトコ
「構いません。教えてください」

黒澤
では、参考までに
一番多い人は、現在5人目のターゲットを追っていますね

(5人目!?)
(それって、すでに4人分の証拠を挙げたってこと?)

黒澤
ま、気にすることはないですよ
こういうのって『あたり』と『ハズレ』がありますし

サトコ
「···どういう意味ですか?」

黒澤
うーん···例えばですけど···
他の訓練生には『隙があるターゲット』ばかりが当たった
だから、不審点が簡単に見つかってしまう

サトコ
「······」

黒澤
それに対してサトコさんのターゲットは『隙がない』···
つまり『ハズレ』だったってことです

(そんな···)

サトコ
「じゃあ、もし私がこのまま何も見つけられなかったら···」

黒澤
評点ナシですね。おそらくは

サトコ
「!」

黒澤
いやあ、なんだか責任を感じちゃうなぁ
そんな『ハズレ』のターゲットを、いきなりまわしちゃって
今のサトコさんには、少しでも『評価』が必要なのに···

サトコ
「余計なお世話です!!」

(黒澤さんには···)
(この人だけには、絶対に同情されたくない!)

サトコ
「ご心配いりません」
「か・な・ら・ず!証拠を挙げてみせます!」

黒澤
そうですか。それじゃあ···
サトコさんにエールを送りましょう

(·········は!?)

黒澤
フレー、フレー、サトコさーん
がんばれ、がんばれ、サトコさーん

サトコ
「!!!」

(悔しい···っ、バカにして···っ)

学校を出るなり、私は夜空に向かって大声で叫んだ。

サトコ
「ふざけんなーっ、黒澤透ーっ」

(こうなったら絶対···絶対···っ)

サトコ
「証拠を挙げてみせるんだからーっ」

to be continued

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