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#彼が野生動物だった件 石神2話

【会議室】

秀樹さんの車に乗った翌日、私は津軽さんの前にいた。
一緒にいるのは、秀樹さんとーー

颯馬
新鮮ですね。こういう絵面も

千葉
「はは···俺は緊張します」

津軽
ウサちゃん、これはどういうこと?

サトコ
「これは、その···」

石神
俺から説明する

捜査会議でもなく、この面子で顔を合わせることになったのは、なぜかというとーー

石神
···津軽、石神だ

サトコ
「!?」

津軽さんから見張られているかもしれないという事態を解決するため、
秀樹さんがとったのは、直接電話するという方法だった。

(頼っていいとは言われたけど、まさかいきなり本人に連絡するとは思わなかった···)
(津軽さんに、なんて言うんだろう···)

ハラハラと見ていると、秀樹さんが私の手を強く握る。
こちらに流された目には『信じろ』と書いてある。

石神
話がある。···ああ、明日だ。11時の第三会議室が空いてるはずだ。そこで
用件は明日伝える。では

電話は1分くらいの至極短いもので終わった。

サトコ
「津軽さんを呼び出したんですか?」

石神
呼び出すのは津軽だけじゃない

サトコ
「え?」

石神
颯馬と千葉も呼ぶ

サトコ
「颯馬さんと千葉さんも!?」
「どうして···」

石神
明日になればわかる

そして、その結果が今ーー

石神
颯馬、ひとつ聞きたいことがある

颯馬
何でしょうか?

石神
お前にとって、千葉は公安学校での最初の教え子だ
他の訓練生たちとの違いはあるか?

颯馬
そうですね···教官としては、違いはない···と答えるべきでしょうが
やはり、特別ですね。一番近くで見ていた最初の教え子は、どうしても気持ちが傾きます

千葉
「颯馬さん···」

千葉さんの声に感動が滲む。
それを横で見ている私の胸もいっぱいになってくる。

(千葉さんも厳しい訓練をいくつも乗り越えてきたもんね···よかった、千葉さん!)

津軽
······

石神
千葉、お前にとっての颯馬はどうだ?他の教官と同じか?

千葉
「石神さんの前で答えるのは気が引けますが···俺にとっての颯馬さんは特別な教官です」
「俺たちは初めての訓練生で···」

颯馬
私たちは初めての教官だった。特別な絆が生まれているのは、好ましい結果と言えるのでは?

視線を交わしながら答える颯馬さんと千葉さんの息はぴったりだった。

石神
話を聞かせてくれて、助かった。ありがとう

颯馬
いえ、これでお役に立てるなら

千葉
「これ、公安学校の卒業生の調査ですか?」

石神
まあ、そんなところだ。もう行っていい

颯馬
では、これで

千葉
「失礼します」

颯馬さんと千葉さんが会議室を出ていく姿を、津軽さんはその目を細めてみている。

(気のせいかもしれないけど、何となく面白くなさそうな···?)

津軽
これ、どういうつもり?

石神
お前が何を探っているのかは知らないが、氷川を監視しているなら、やめろ
先日の動物園での捜査は難波さん管轄のものだ。氷川を探ったところで、何も出はしない

秀樹さんの瞳が津軽さんを捕らえる。
表情にこそ大きな変化はないけれど、絡み合う視線は互いを探り合っているようで。
室内の空気がピンと張り詰めた。

津軽
まあ、秀樹くんの言う通りだとして。どうして、ここでキミが出てくるの?
他班の班長が首を突っ込んでくる問題?

石神
お前がそう言うだろうと思ったから、颯馬と千葉を呼んだんだ
氷川は俺の教え子だ。班内で班長から見張られていると思えば、業務にも支障が出る
それを黙って見てはいられない

津軽
ふーん

津軽さんの視線がチラッと私に移る。
それは明らかに面白くないといった顔だった。

(う···秀樹さんに泣きついたと思われてる···?)

石神
言っておくが、氷川は何も言っていない。俺の独断で全て進めたことだ

秀樹さんが津軽さんの不満の視線と私の不安を一言で消しにかかってくる。

(至れり尽くせり···ありがとうございます、秀樹さん!)

津軽
卒業後まで教官が元訓練生に肩入れするなんて、聞いてないけどね

石神
初めての卒業生を迎えて、わかることもある
お前も教官になってみるか?

津軽
ジョーダン。俺は秀樹くんや兵吾くんとは違うから

その気などさらさらない··· と言う顔をする津軽さんに内心ほっと胸を撫で下ろす。

津軽
ウサちゃん、あからさまにホッとした顔しない

サトコ
「そ、そんなことは!」

(油断できない!)

慌てて表情を引き締める。

石神
そもそも今回、事を起こしてきたのはお前の方だ
目的はなんだ

津軽
······

秀樹さんの眼鏡が光る。
その眼光が鋭さを増し、津軽さんはそれを無表情に受け止めていた。

(石神さんに睨まれて、表情ひとつ変えないのもすごい···)

石神
······

津軽
······

シン···と静まり返ると、さらに緊張が高まる。

(この状態で、私はどうすれば···)

二人の顔を交互に見ていると···緊張の糸を切ったのは津軽さんの方だった。

津軽
降参、秀樹くんてば怖いんだもん

石神
······

津軽
ごめんね、ウサちゃん。いじめちゃって

サトコ
「いえ···」

石神
問いの答えになってないな

津軽
なってるよ。ちょっと新人を可愛がっただけでしょ
モモだったら喜んで24時間監視されるのに

サトコ
「それは確かに···」

石神
百瀬と氷川を一緒にするな。今回は、そういうことにしておくが···
次、同じようなことがあれば、こちらも考える

津軽
はいはい。公安学校がOBにも手厚いってことは十分にわかったよ
ほんと、秀樹くんってヒツジだよね

石神
どういう意味だ

津軽
群れるのが嫌いそうに見えて、群れにいるのが性に合ってる
優劣がないように見せかけて、ツノの大きさでけん制しようとして来たり···

津軽さんは両手を上げたまま出口に向かって歩いていく。
そして私の横で足を止めると、耳元に顔を寄せてきた。

津軽
ウサちゃんにとっては、ヒツジの皮を被ったオオカミだったりして?

サトコ
「!?」

(な、なんで···)

最後に爆弾を落として、津軽さんは会議室を出て行った。

サトコ
「ふぅ···」

緊張が解けて息を吐くと、秀樹さんが私の方を向く。

石神
根本的な解決にはならなかったが、津軽が俺たちを監視することはなくなるはずだ
少なくとも、当面の間は···な

サトコ
「はい」

(津軽さんが見張っていた理由は、いまいちわからないままだけど)
(ここまで秀樹さんから言われれば、さすがの津軽さんも···)

サトコ
「 “公安学校の最初の教え子” ってことで、津軽さんを納得させるなんて、さすがです」

石神
納得はしていないだろう。だが、納得させる必要もない
俺たちの関係を非のないかたちで説明できればいい
腹の中でどう思っていようと、理を通せた者の勝ち···それがこの課内での戦い方だ

サトコ
「課内での···戦い」

秀樹さんは津軽さんが出て行ったドアを見て、そう話す。
短い言葉の中にも、公安課の内情が透けて見えるようで息を呑んだ。

石神
銀室では馴れ合わないと明言されているだけで、実際は他の場所でも似たようなものだ
出世争いが絡んでいることもあれば、他の大きな力が働くこともある
正義をなす場所で正義がまかり通るとは限らない···この先、お前がぶつかる壁だ

サトコ
「はい」

(まだまだ···私はスタート地点に立ったばかりなんだ)
(今回は秀樹さんを頼ってしまったけど、次からは自分の力で···!)

石神
ここの争いに向かないヤツもいる。後藤のようにな
向き不向きを見極めるのも、生き残る為には必要なことだ
お前も無理だと思うことがあれば、遠慮なく頼れ

サトコ
「秀樹さん···」

私の心を見透かして先回りされる。

石神
さっき言ったこと、何も全て方便じゃない
お前は俺の最初の教え子であり···特別だ

肩に置かれた手は教官の手。
それを懐かしく思うと共に心強くも思う。

サトコ
「石神教官がいてくれること···忘れません」

石神
ああ。俺が教官であることを壁ではなく、橋だと思え

サトコ
「はい!」

卒業しても、こんなふうに教官は私を支えてくれるのだと。
時が経てばこそわかることもあるのだと、この時実感していた。

【石神マンション】

その日の夜、私は久しぶりに秀樹さんの家を訪れていた。

サトコ
「そういえば、結局···動物園の件は本当に難波室長関係だったんですか?」

石神
ああ。難波さんがあのメンバーを集めたということは···
あの学校をそれなりに信用している証拠だろう

サトコ
「だったら嬉しいですね。でも、事件の詳細は···」

石神
サトコ

言葉を止めたのは、私の名前を呼ぶ声だった。

石神
今、お前の前にいるのは教官でも上司でもない
お前の恋人である男だ

秀樹さんの指先が私の顎先をとらえる。
眼鏡を外しながら縮まっていく距離が、やけにゆっくりに思えた。

サトコ
「秀樹さん···」

石神
立場を捨てる時間を待ち侘びていたのは、俺だけか?

サトコ
「私も同じです···」

石神
どう同じか教えてくれ

いつも教えてくれる秀樹さんから、教えてくれと言われる。

(どう同じか···)

<選択してください>

自分から抱きつく

(立場を捨てる時間なら、自分の気持ちに素直になっていいんだよね···)

今、私が一番したいこと。
それは秀樹さんを感じることだった。

サトコ
「これで、どうですか?」

両手を広げて秀樹さんを抱きしめる。
サイボーグなんて揶揄されることもあるけれど、その身体は温かい。

石神
俺と同じだな

サトコ
「はい」

自分からキスをする

(立場を捨てていいって言うなら···)

思い切って、自分から顔を上げる。

石神

目が合った秀樹さんが一瞬だけ目を見張るのが分かった。
その顔を愛おしく思いながら、そっと唇を重ねる。

サトコ
「これで、どうですか···?」

石神
充分、わかった

今度は秀樹さんが私の唇を軽く啄んだ。

そっと目を閉じる

私は目を閉じる。
するとすぐに柔らかい感触が唇に触れた。

サトコ
「わかりましたか?私の気持ち···」

石神
ああ

温もりを感じれば、あとは自然に求め合う。
口づけを交わしながら、触れる素肌が増えていった。

石神
ああ、そうだ。お前にひとつ聞き忘れたことがある

サトコ
「ん···何ですか?」

頬へと唇を滑らせながら秀樹さんが聞いてくる。

石神
会議室を出る津軽に何を言われた?

サトコ
「会議室を出る津軽さん···?」

(あの時、言われたのは···)

津軽
ウサちゃんにとっては、ヒツジの皮を被ったオオカミだったりして?

サトコ
「その、秀樹さんは···」

石神
やはり俺の話か

サトコ
「ヒツジの皮を被ったオオカミなんじゃないかって···」

どんな反応を見せるかと思って秀樹さんの顔を見ているとーー

石神
あながち外れてもいないな

ふっと余裕の笑みを見せられてドキリとする。

サトコ
「そ、そうなんですか?」

石神
お前はどう思ったんだ?

サトコ
「それは···」

(オオカミ···どうだろう?こうしているときの秀樹さんは、仕事の時とは違うけど···)

石神
わからない···といった顔だな

サトコ
「いざ、聞かれると···」

石神
わからないなら、今から確かめてみればいい

眼鏡を外した瞳の奥に見える熱。
そこには雄の本能がのぞくような気がしてーー

(津軽さんの言う通りかも···?)

ヒツジのような温かさが熱に変わる瞬間。
与えられるキスが深く絡め取るような熱っぽさを帯びる。

サトコ
「秀樹さんがオオカミだったら···私は食べられちゃうんですか?」

石神
いや···食べたら、それで終わりだ
俺がオオカミなら、こうして···

サトコ
「んっ」

鎖骨のところに軽く歯が立てられた。
普段はあまりされないことで、ゾクッとした痺れが伝わる。

石神
俺好みになるよう、大切に育てる

サトコ
「秀樹さんの好みって、どんなのですか?」

石神
甘え下手でひとりで突っ走りやすく···

サトコ
「う···」

石神
だが、決して諦めずに自分を貫こうとする
欲を言うなら、俺の腕にいる時は素直に甘えてほしい

見下ろす瞳は静かで優しい。

(私には、秀樹さんはオオカミよりもヒツジかな···)

サトコ
「はい···」

両手を背中に回すと、秀樹さんでいっぱいになる。
包まれるような温かさと体の芯に灯される熱を抱きしめながら。
ヒツジでオオカミな彼好みの私に帰られていくーーー

Happy End

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