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#彼が野生動物だった件 後藤2話



【公安課ルーム】

誠二さんとの接触を断ち、津軽さんからの書類作業にひたすら邁進すること数週間。

(誠二さん···)

誠二さん不足で干からびながら、今日の書類タワーを片付ける。

サトコ
「今日の業務、終わりました···」

百瀬
「ゾンビ顔、向けんな」

サトコ
「はは···栄養が足りてないんですかね?」

(誠二さんという名の栄養が···)

津軽
栄養補給してあげようか?

サトコ
「···っ!いきなり後ろから耳に息吹きかけるのやめてください!」

耳を押さえて、パッと身を引く。

サトコ
「今日は津軽さんに付き合う体力残ってないです」

百瀬
「おい、お前、本気で言ってんのか?」

ジロリと睨む百瀬さんの鋭い視線も、今日は糠に釘原理で吸収していく。

サトコ
「津軽さんは百瀬さんの栄養補給してあげてください」

百瀬
「···お前、ごくたまに使えるな」

サトコ
「ありがとうございます···」

津軽
お疲れみたいだね。ゆっくり休みなさい。明日も仕事いっぱいあるからね

サトコ
「···お疲れさまです」

疲れた身体を引き摺り、悪魔のような笑顔を浮かべる津軽さんのもとから抜け出した。

【マンション】

(速攻寝よう···いや、その前にお風呂だけでも···)

後藤
······

(あれ?誠二さん···?)

いつかと同じように家の前に誠二さんの姿が見える。

サトコ
「幻が見えるなんて···私、よっぽど会いたいんだな···」

後藤
サトコ

サトコ
「名前まで呼んでくれるなんて、素敵な幻。もしかしたら、触れるかも···」

フラフラと近寄って、その頬に手を伸ばすと···ペタンと触れた。

サトコ
「あれ?···触れた」

後藤
幻じゃない。本物だ

サトコ
「······え」
「ほ、本物!?どうして、ここに!?」

(って、これ、デジャヴが···)

後藤
中、いいか?

サトコ
「は、はい!もちろんです!」

(本物の誠二さんが、ここに!でも、何の用で···)

部屋に招き入れながらも、私の頭には『?』マークが山のように浮かんでいた。

【部屋】

サトコ
「コーヒーどうぞ」

後藤
ありがとう

今日は玄関先ではなく、部屋まで上がってもらった。

(まだなにも事態が進んでないのはわかってるけど)
(誠二さん不足すぎて···)

さすがに家まで監視カメラはつけられてはいないはずだ。
ここまで来てくれたなら···と甘えてしまう。

後藤
これを見てくれ

誠二さんがテーブルの上に置いたのは、1冊の茶封筒。
中を見ると···入っていたのは捜査資料だった。

サトコ
「これは···この間の動物園の件の捜査資料?」

1ページ目には飼育員の情報が載せられている。

後藤
ああ。あの捜査は難波さんが抱えている件での捜査だ
だから、ほとんど情報が出なかった

サトコ
「そうだったんですね···だけど、誠二さんがどうしてこれを?」

後藤
これは俺たちのふたりの問題だろう

誠二さんの手が重なると、ギュッと手を握られる。

サトコ
「でも、津軽さんは私の上司ですし···それで誠二さんに迷惑をかけるわけには···」

後藤
迷惑だなんて思ってない

私の声を遮るのは、静かで強い声だった。

後藤
不安に思っていることを話してくれたのは嬉しかった
だから、もう一歩···欲張っていいか?

サトコ
「欲張るって言うのは···」

後藤
アンタの不安には一緒に向かわせてくれ
アンタがひとりで悩んでるのを見ているだけなのは、嫌なんだ

サトコ
「誠二さん···」

(そっか···私は全部自分で何とかしようとしてた)
(でも、誠二さんは一緒に問題に向き合おうとして、動いてくれていたんだ···)

サトコ
「私、ひとりで突っ走っちゃったみたいですね···」

後藤
俺も待てればよかったんだが···

誠二さんが指を絡めながら苦笑する。

後藤
そんなに待てない

少しだけ掠れた低い声で言われれば、どうしようもなく鼓動が早くなる。

サトコ
「あの、でも···これで津軽さんの目を、どうにかできるでしょうか?」

後藤
津軽さんの目的はわからないが···
これを見れば難波さんの動きを探っていたんじゃないかと問える
銀室は班同士敵対関係とはいえ、難波さん絡みの件なら複雑な話になるだろう」」
牽制はできるはずだ

サトコ
「え、じゃあ、誠二さんが津軽さんに話を···?」

後藤
課内の腹の探り合いには、アンタより慣れてる
任せろ

(私じゃ歯が立たなかった津軽さん相手に頼もしいことを!)
(全部、私と一緒にいるために···)

サトコ
「誠二さん、ありがとうございます」

胸を熱くしながら、その顔をじっと見つめてお礼を言うと。
誠二さんがぎこちなく視線を逸らせた。

後藤
···今はまだダメだ

サトコ
「え?」

後藤
ちゃんと津軽さんに話をしてから···俺にだって、それくらいの堪え性はある

ゆっくりと手が解かれ、温もりが離れる。
それを寂しいと名残惜しいと思う。

サトコ
「でも、部屋の中までは···」

後藤
アンタ···

後藤さんが固まり、自分の発言に気が付く。

(こ、これだと誘ってるみたい!?)

サトコ
「あの、今のはその···っ」

後藤
···っ

視線を彷徨わせた誠二さんが床に置いた手をグッと握るのが分かった。

サトコ
「あの···っ」

後藤
···大丈夫だ。最近は煩悩を殺す訓練もしてる
呼吸法があるんだ

目を閉じた誠二さんは何度か深呼吸を繰り返した。

サトコ
「なんか、すみません···誠二さんがいろいろ考えてくれているのに···」

後藤
いや、俺の方こそ···もっとスマートでいられないかと思うんだが···
駄目だな。格好悪いところばっかり見せて

<選択してください>

そんなことないです!

サトコ
「そんなことないです!私は自分に正直な誠二さんが好きです!」

後藤
アンタ···

サトコ
「もう腹の底や考えが読めない人は、お腹いっぱいだから!」
「私はそのままの誠二さんがいいです!」

そんな誠二さんが好きです!

サトコ
「いいんです!私は、そんな誠二さんが好きなんですから!」

後藤
そう···なのか···?

サトコ
「そうなんです!気持ちを···真っ直ぐに伝えてくれる誠二さんだから···」
「私も正直に伝えられるんです」

お互い様ですから!

サトコ
「そんなのお互い様ですから!」

後藤
お互い様···か?

サトコ
「だって、誠二さんだけじゃないんですから!私だって、我慢してるんです!」

後藤
そう、か···

思わず立ち上がって宣言すると、誠二さんが目を丸くしている。

サトコ
「あ···」

後藤
なら···

同じように立ち上がった誠二さんが、軽く私を抱き寄せた。
その目にさっきの驚きの色はもうない。
燻るような熱が瞳の奥に見える気がして、息が止まりそうになる。

後藤
片をつけたら···もう我慢しない。いいよな?

サトコ
「もし···ダメって言ったら?」

後藤
悪いが、それは聞けない

互いの頬に触れて笑い合くすぐったい時間が幸せで。
今はこのひとときに胸を焦がしながら···溢れそうな想いをそれぞれに抱いていた。

【警察庁】

翌日、誠二さんと津軽さんはどうなったのだろうとソワソワしながら、
ひとり廊下を歩いていると···
屋上に続く階段の方から津軽さんが歩いてきてドキッとした。

(な、なんだろう?ものスゴイこっちを見てる···)

気付かぬふりで踵を返そうか···と思ったけど、まとわりつく視線を考えれば無理だろう。
津軽さんはそのまま近づいてくると、いつものように耳元に顔を寄せてきた。

津軽
ウサちゃん、いい仲間を持ったね

サトコ
「仲間···?」

(誰のこと···?誠二さん?)
(でも、いつもはそんないい方しないよね···)

言葉の意味を問うように見上げて、得体のしれない笑顔でかわされてしまう。
そして去っていく背中を見ていると、今度はふらふらとした足取りの黒澤さんが見えた。

黒澤
······

サトコ
「黒澤さん!?どうしたんですか?そんなにやつれて···」

黒澤
後藤さんが···内臓まで吸い尽くされるかと···

サトコ
「な、内臓···?」

黒澤
いいんです···オレの臓器で後藤さんとサトコさんが救われるなら···

サトコ
「······」

(誠二さん、あの資料は黒澤さん経由で手に入れたんだ···)

サトコ
「あの、お大事に···あとで栄養ドリンクでも差し入れます···」

詳しいことは追及しない方がいいーーそれは本能が伝えている。
黒澤さんに手を合わせると、私はコンビニへ走った。

【ホテル】

その日の夜。
誠二さんと連絡を取り、私たちはシティホテルの一室で落ち合った。

サトコ
「津軽さんの件、解決したって···大丈夫でしたか?いろいろ···」

後藤
ああ。『今はそれで納得しておいてあげる』···だそうだ

窓の外を見ながら誠二さんがポツリと呟く。
そう、それは私の知らぬ屋上でのやりとりーー

【屋上】

津軽は後藤からの呼び出しをめずらしく思いながら、この稀有な状況を愉しんでいた。
後藤が津軽に差し出したのは、昨晩サトコに見せたものよりも、いささか薄くなった茶封筒。

津軽
ふーん、つまり···この間の動物園は捜査の一環だったってことね

後藤
はい。難波さんの管轄の事件なので、俺たちも詳細は知らされていません

津軽はちらっと書類の頭だけを出して目を通す。

後藤
なので、これ以上、氷川を監視するのはやめてください

津軽
どうして?捜査であれば、むしろ部下の行動を把握するのが上司の仕事じゃない?

その声のトーンは普段とはわずかに変わったが、後藤は眉ひとつ動かさなかった。

後藤
それは状況にもよるでしょう
難波さん管轄の事件は、俺たち末端まで情報がおりてくることはありません
今、彼女を監視する意味はない

津軽
それを決めるのは、俺だけどね

後藤
このまま続けるなら、難波さんに報告するつもりです

難波の名を聞くと、津軽は少し考えるような顔を見せた。
頭で何かを計算するかのように視線が斜め上を向く。

津軽
···そこまで後藤が出張ってくる理由は?
ウサちゃんは、うちの子だよ

人によっては逃げ出すような津軽の笑顔にも、後藤は真顔で応じる。

後藤
部下の信頼を欠くような真似をして、所有権だけ主張するのは話が通りません

後藤の声に怒気が孕んだ。
津軽はその直情に苦笑するように息を吐く。

津軽
俺は、昴ポジションは狙ってないから

後藤
一柳?

津軽
そんなにガルガルしないの

両手を軽く上げて降参だというようにする津軽に、事態は決着を迎えた。

サトコ
「···動物園同窓会の謎は解けましたけど、津軽さんの考えは分からないままですね」

後藤
課内でも探り合うのが公安だからな···そう珍しいことでもないが···
あの人の場合は···

誠二さんがこちらを振り向いて、私を見つめる。

サトコ
「津軽さんの場合は···?」

後藤
···いや、何でもない。俺も “今” は、これで納得しておく
アンタとこうして会えるようになったんだからな

サトコ
「ありがとうございました···」

この数週間、募らせていた想いと共にそっと口づけると···

後藤
···っ、待ってくれ

誠二さんは軽く身を退いて口元を押さえる。

サトコ
「す、すみません!がっついてるみたいですよね···」
「ええと、その、まずは何か飲んで···」

後藤
違う

離れようとすると、グッと腕を引かれた。
そして次の瞬間には身体はベッドの上。
覆いかぶさる誠二さんと天井が見える。

後藤
がっついてるのは俺の方だ
本当は部屋に入った時から···いや、屋上のあの時から···
こうしたかった

サトコ
「んっ···」

私からしたキスよりずっと深いものが与えられる。
離れていた時間が長かったからか···唇が重ねられるだけで熱が生まれるようだった。

サトコ
「でも···まさか、津軽さんが私を見張るなんて思いもしなかっ···」

後藤
あの人の話は、もういい

言葉の先を誠二さんの唇が止めた。
キスを繰り返せば求める気持ちが強くなって、手が服にかかる。

サトコ
「ん···っ」

誠二さんの瞳が熱っぽい。
急くように脱がせ合う自分たちに、ふと莉子さんと津軽さんの会話が蘇ってくる。

津軽
ウサギって毎日が発情期なんだってね

木下莉子
「性欲絶倫の象徴だものね。無害そうな可愛い顔をして···」

津軽
ウサちゃん、いい仲間を持ったね

(もしかして、さっきの仲間って···)

サトコ
「ウサギ仲間ってこと!?」

後藤
ウサギ?ウサギがどうした?

サトコ
「あ、いえ···その、さっき仲間って言われたのは、ウサギ仲間ってことなのかなと···」

後藤
俺がウサギの耳をつけてたからか···?

サトコ
「多分、それから···」

後藤
それから?

サトコ
「な、なんでもないです!」

(さすがに性欲の話までは···!)

後藤
···何か言われたのか?

サトコ
「その、ええと···」

(そんな心配そうな顔を見せられたら、隠せない···!)

サトコ
「ウサギは性欲の象徴で毎日が発情期だって、莉子さんと津軽さんが話していて···」
「 “仲間” が、そういう意味だったら、恥ずかしいなと···」

後藤
···あながち、外れでもないかもな

サトコ
「え···?」

暫く待っても誠二さんからの口から否定の言葉は出てこない。

(それって、つまり···)

頭の芯から足の先までカッと熱くなる。

後藤
真っ赤だな

サトコ
「せ、誠二さんのせいです···っ」

後藤
責任はとる

誠二さんの手が足へと伸びた。
爪先から撫で上げられ、それだけで身体が跳ねる。

サトコ
「んっ···」

唇は首筋に埋められ、全身で誠二さんを感じる。
このままだと全てを彼に委ねてしまいそうで、私も手を伸ばした。

後藤
···待て

サトコ
「誠二さん?」

誠二さんが私の手を取り、そっと指を絡める。

後藤
今、アンタから触れられたら···

耳元で掠れた声が響く。
自然と密着した身体からは、切られた言葉の先が伝わってきて···

(でも···)

求める気持ちが膨れ上がっているのは、同じだ。
絡められた手をギュッと握って、より強く身体を引き寄せた。

後藤
···っ
アンタは···どうしてそう俺の理性を奪うのが上手いんだ···?

残りの服を脱ぐのももどかしい。
口づけ、触れ合いながら脱ぎ捨てていく。

サトコ
「誠二さっ···」

熱が肌の柔らかいところに触れると、吐息が溢れる。

後藤
こんなに欲しいと思うのは、アンタだけだ
アンタには、特別な何かがあるんだろうな

それを確かめるかのように首筋に顔が埋められる。
息が詰まるような感覚の次に甘い痺れが全身を駆け抜けた。

サトコ
「あ···!」

後藤
いくらでも欲しくなる···もっと···

サトコ
「···っ」

同じ気持ちだと伝えたいけど、声にならない。
代わりに強く抱きしめると、誠二さんが息を詰めるのが分かった。

後藤
いっそのこと、アンタに俺の匂いをつけられたら···
そうすれば、津軽さんも遠ざけられる
誰にも手出しなんかさせない

サトコ
「誠二さ···っ」

離れていた間の想いを伝えるように、何度も抱き合って。
それこそ翌日の朝はウサギのように赤くなった目で、
誠二さんを見つめることになってしまったのだった。

Happy End

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