カテゴリー

お遊戯会 颯馬2話

津軽
ウサちゃん

颯馬さんの席の書類に付箋を貼った直後、津軽さんが声をかけてきた。

(も、もしかして···見られた!?)

津軽
今帰るとこ?

サトコ
「はい···」

津軽
そっか。頼んでいた書類、モモから受け取ったから

サトコ
「えっ?あ、そうですか」

津軽
うん

サトコ
「···」

津軽
ん?

サトコ
「···それだけですか?」

津軽
そうだけど、なんで?

サトコ
「あ、いえ。わざわざのご報告ありがとうございます」

津軽
どういたしまして。じゃあね、気を付けて帰ってね

サトコ
「はい···お先に失礼します」

津軽さんは特にいつもと変わらない様子で、ひらひらと手を振って去って行った。

(ふぅ···どうやら付箋のことはバレてなかったみたい···)

ホッと胸を撫で下ろし、秘密の付箋を颯馬さんの机に忍ばせたまま、公安課を後にした。

数日後ーー

『ピスタチオがお気に入りです』

(ふふ、そうなんだ)

差し入れたクッキーの感想が書かれた付箋に、思わず目を細めた。

黒澤
サトコさん、何かいいことありました?

サトコ
「え、あ···捜査が順調でよかったなぁって思って」

少しドキッとしながら、颯馬さんの付箋の上にさりげなく書類を重ねる。
そんな誤魔化し方にも、段々と慣れてきた。

黒澤
我が石神班の捜査も順調にいくといいんですけどねぇ

サトコ
「難航してるんですか?」

黒澤
ていうわけでもないですけど

サトコ
「皆さん留守がちだし忙しそうですよね」

黒澤
そうなんですよ。周介さんも後藤さんもどこで何をしているのやら···

(本当に、今どこでどうしているんだろう、颯馬さん)

こうしてメッセージが残されているということは、時々は戻っているということだ。

(今回は出張じゃなくて、やっぱり潜入捜査?)
(いずれにしてもなかなか会えない···)
(でも、そんなに寂しくはないかな)

書類の中に隠れた付箋のことを思うと、そう感じることができる。
スマホでのやり取りより、新鮮で楽しくもある。

(顔は合わせていないのに、不思議といつもより近くに感じられる気がするんだよね)

黒澤
そろそろ戻って来るかなぁ、周介さんたち

独り言のように言いながら、黒澤さんは去って行った。

(そろそろ···会えるのかな?)
(よし、颯馬さんが戻ってくるまでに、次の視察経路をまとめよう!)

会える日を待つこと自体が、仕事への励みにもなっていた。

サトコ
「ふぅ···今日もよく働いた~」

帰宅すると、バタンと仰向けにベッドに倒れ込んだ。
伸ばした手でバッグを手繰り寄せ、スマホを取り出す。

サトコ
「本日も応答なし」

颯馬さんからメッセージもなければ、こちらのメッセージも既読になっていない。

(でもまた付箋を残してきたし、見てくれるといいな)

そう思って目を閉じると、ふわりとりんごの香りが鼻をくすぐった。
キッチンの床に置いてある、あの段ボール箱に目をやる。

(だいぶ減ったけど、まだ結構残ってるんだよねぇ)
(颯馬さんに残しておいてあげたいけど···)

颯馬さんには結局お裾分けも出来なければ、アップルパイも食べてもらってない。
でもいつ会えるかも分からないし、お菓子を作っておくわけにもいかない。

(ジャムなら長持ちするから、またジャムでも作っておこうかな···)

そう思ってふと閃いた。

サトコ
「そうだ!りんご酒にしてみようかな」

早速スマホで作り方を検索してみる。

(そんなに手間もかからなそうだし、いいかも!)

ベッドから飛び起きた私は、すぐさま準備に取り掛かった。

サトコ
「はぁ···」

数日後の残業中、少し疲れを感じてコーヒーを淹れに席を立つ。

(コーヒーよりお酒でも飲みたい気分だけど、今日はもう少しかかりそう···)
(お酒といえば、この前作ったりんご酒、そろそろ漬かってきたかなぁ)

待ち時間が長い分、楽しみも大きくなる。

(颯馬さんを待つのも同じ···会えない時間が長いほど、会えた時が嬉しくなるはず)
(戻ってきた2人で飲みたいな、甘酸っぱいりんご酒)

コーヒーを淹れながら、自然と颯馬さんの席へ視線が向かう。

???
「今日も何か残していくの?」

サトコ
「っ!?」

津軽
何なら俺が預かろうか?

突然の声に振り向くと、意味深な笑みを浮かべた津軽さんがいた。

津軽
周介くんの机に時々甘い物とか置いて行くでしょ

(や、やっぱり見られてたんだ···!)

津軽
な~んであんなことしてるの?

サトコ
「それは、その···」

(マズい···課内恋愛がバレたらここにはいられなくなる···!)
(私だけならまだしも、颯馬さんにも迷惑が···)

???
「私の指示です」

サトコ
「!?」

ドキッとして振り返ると、そこには乾いた笑顔の颯馬さんが立っていた。

颯馬
元担当教官という立場から、仕事の一環として指示しました

津軽
スイーツの差し入れを?

颯馬
出張疲れを取るには甘いものが一番ですからね

津軽
···

颯馬
というのは建前で、実は捜査に必要な資料として購入を頼んだのです
男性一人では入りづらい人気店のスイーツなもので

津軽
そうなの?ウサちゃん

サトコ
「え···」

颯馬
彼女にもその事実は話しておりません。他班に捜査内容は明かせませんから

涼し気に微笑む颯馬さんの『演技』に気付き、私も調子を合わせる。

サトコ
「···石神班の捜査に協力させられていたとは、全く知りませんでした」
「私はただ、元教官として大変お世話になった颯馬警部のためにと思って···」

颯馬
黙っていて申し訳ありません

津軽
元訓練生の純粋な気持ちを利用するなんて、悪い人だな~周介くん

茶番劇と見抜いているかは分からないものの、津軽さんはそれ以上突っ込んでは来ない。

颯馬
資料として確認したあとは、もちろん美味しくいただきましたよ

津軽
それは羨ましい。俺もまたたべたいな、ウサちゃんのアップルパイ

颯馬
···

(またそんな余計な一言を!)

涼し気な微笑みにさらに冷気が宿り、颯馬さんの顔は無表情になった。

(あぁ、ブリザード再び···)

一触即発の事態を何とか収め、残業を終えて公安課を出た。

(颯馬さんはまだ帰らないのかな···またこのままどこかへーー)

そう思った瞬間、背後に靴音を感じて振り返る。

颯馬
お帰りですか

サトコ
「はい。···颯馬さんは?」

颯馬
まだまだ報告書の作成に時間がかかりそうです

サトコ
「長くお留守のようでしたからね」

颯馬
寂しかったですか?

人影のない深夜の廊下で、颯馬さんは小声で聞いてきた。

サトコ
「···大丈夫です。メッセージや差し入れ交換が楽しかったので」
「津軽さんに見られてしまいましたけど···」

颯馬
そんなリスクを負ってまで私のことを考えていただけた、ということですよね?

颯馬さんはどこか嬉しそうに微笑む。

颯馬
スルー効果絶大です

サトコ
「え···?」

颯馬
それだけ夢中になっていただけたようで、何より

サトコ
「もしかして···わざと返信しなかったんですか!?」

颯馬
声が大きいですよ

サトコ
「す、すみません···でもー」

颯馬
アップルパイ、俺も食べたかった

サトコ
「!」

不意に耳打ちされた意味深な囁きに、ドキッと鼓動が跳ねた。

(まさか···『応答なし』はみんなにアップルパイを振る舞ったことへのお仕置き!?)

颯馬さんの意地悪な微笑みがそれを証明している。

サトコ
「り、りんごはまだありますから、また作ります!」

颯馬
私のためだけに?

サトコ
「もちろんです」

颯馬
では明日お邪魔します

サトコ
「え···はい!お待ちしてます」

(やっと2人で過ごせるんだ!)

明日会う約束をすると、颯馬さんは何事もなかったかのように公安課へ戻って行った。

翌日、約束通り颯馬さんはやってきた。

サトコ
「じゃあ、颯馬さんはパイ生地をお願いします」

颯馬
了解です

せっかくなら一緒に作ろうということになり、2人でアップルパイを作り始めた。

颯馬
サイコロ状のバターにこれらの粉を混ぜて···

ブツブツ言いながら、颯馬さんは粉まみれになって生地を練っていく。
練り上げた生地を冷蔵庫で冷やしてる間に、りんごの準備に取り掛かる。

颯馬
りんごはどこですか?

サトコ
「ここです」

私はりんご酒のボトルを取り出した。

サトコ
「お酒を作るために漬けておいたりんごを使いましょう」

颯馬
りんご酒ですか、いいですね

サトコ
「颯馬さんが返ったら一緒に飲みたいと思って漬けたんです」
「本当はもう少し寝かせた方がいいんですけど」

颯馬
帰ってくるのが早すぎましたか?

サトコ
「そんなことないです!」

颯馬
ふふ、フレッシュな味のお酒も良いものです

サトコ
「はい」

粉まみれのまま微笑む颯馬さんに、私もニッコリと微笑み返した。

颯馬さんが作ったパイ生地に私が作ったりんご酒漬けを包んでオーブンに入れ、
待つこと数十分。

サトコ
「いい香り~」

颯馬
焼き色もちょうどいいですね

サトコ
「味見してみましょう!」

焼きたてのパイをオーブンから出し、少し切って一緒に食べてみる。

サトコ
「熱っ···でも美味しい!」

颯馬
りんごは禁断の実、ですからね

サトコ
「?···んっ」

突然キスをされ、戸惑う間もなく唇が離れる。

颯馬
ほら、ものすごく甘い

サトコ
「···」

颯馬
甘さの中にお酒の香りも漂って···魅惑の味ですね

予期せぬキスと色っぽい微笑みに、ドキドキと鼓動が騒ぎ始める。

颯馬
この仕事上、今後離れ離れになることもあるでしょう
けど、今回みたいにお互いのことを思い合えば、心がすれ違うことはありません

サトコ
「はい···」

颯馬
離れていても、より強い絆を生むことができます
なんて言ってみましたが···

サトコ
「?」

颯馬
本当はただ貴女を独り占めしたかった、情けない男の戯れ言です

真っ直ぐに見つめる目が、ふっと細められた。

(颯馬さん···)

サトコ
「私も颯馬さんを独り占めしたいです」

颯馬
···りんごの毒が回ってきましたか?

サトコ
「何か入れたんですか?」

颯馬
愛という名の媚薬を少々

サトコ
「ん···」

色気たっぷりに微笑んだ颯馬さんの唇が、有無を言わさず重ねられた。

(りんごの味···)

部屋に漂う甘い香りと、唇に感じるりんごの味が、いつものキスより甘酸っぱくさせる。

サトコ
「んん···」

颯馬
サトコ···

久しぶりのキスに酔いながら、優しくベッドの方へと誘われていく。
そのままそっと押し倒され、キスは雨となって全身に降ってくる。

サトコ
「あ···ん···んっ···あっ」

首筋、まぶた、耳たぶ、また首筋、そして胸元。
熱い唇が触れては零れる声に、颯馬さんは満足そうに微笑む。

颯馬
やはり付箋だけでは伝わらないものもありますね

サトコ
「あっ、ん···」

颯馬
こうして貴女に触れ、どんなにその可愛い声を聞きたかったか

サトコ
「···んんっ」

颯馬
返信を我慢するのも、結構大変だったんですよ

サトコ
「あぁ···颯、馬、さん···」

待たせた時間を埋めていくかのように、颯馬さんはゆっくりと時間をかけて愛してくれた。

サトコ
「りんご酒、冷たくして飲みましょうか」

まだ少し汗ばむ肌のまま、ベッドから出てグラスに氷を入れる。
禁断の果実を食べたせいか、熱くなった身体がなかなか冷めない。

颯馬
アップルパイもちょうど冷めたころじゃないですか?

サトコ
「そうですね。お酒と一緒に味わいましょう」

アップルパイを一切れお皿に乗せ、氷入りのりんご酒を片手にベッドに並んで座る。

颯馬
久しぶりの2人の夜に···乾杯

サトコ
「乾杯」

2人とも下着姿のまま、りんご酒のグラスをそっとぶつけ合う。

颯馬
···美味しいですね

サトコ
「はい···」

颯馬
では、念願のアップルパイもいただきましょうか

サトコ
「念願のって···」

(ふふ、自分だけ食べられなかったのが本当に悔しかったんだ)

サトコ
「じゃあ、私が食べさせてあげます」

颯馬
それは···

サトコ
「遠慮せずどうぞ。はい、あーん」

颯馬
···

サトコ
「颯馬さんのためだけの特別なアップルパイなんですから」

颯馬
···では遠慮なく

照れくさそうに口を開ける颯馬さんに、一口パイを食べさせてあげる。

サトコ
「どうですか?」

颯馬
とても美味しいです

サトコ
「私も、颯馬さんに食べてもらいたい!っていう念願が叶って嬉しいです」

颯馬
次は貴女の番ですよ

サトコ
「え?」

颯馬
はい、あーん

サトコ
「···私はいいですよ」

颯馬
私にだけやらせて自分は逃げられるとでも?

(···そうはいきませんよね)

ほんの少し威圧的な目に圧され、観念して私もあーんと口を開けた。
そこへ、そっと一口のパイが入れられる。

サトコ
「冷めたらまた違った美味しさですね」

颯馬
ええ···やはりりんごは禁断の果実です

サトコ
「?」

颯馬
何度でも貴女が欲しくなる

サトコ
「あっ···!」

一切れのアップルパイを食べさせ合った私たちは、再び熱くお互いを求めあう。
食べ頃に熟したりんごの、甘酸っぱい魔法にかけられたように···

Happy End

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする