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本編② 津軽5話

その日は雨だった。
しとしとと降る雨が車のフロントガラスを濡らし続けている。

サトコ
「津軽さん、まだですかね」

百瀬
「······」

サトコ
「芹香さんとのデートが終わったって連絡があってから、30分···」
「そろそろ来てもいい頃ですよね」

百瀬
「······」

私は後部座席に座っていて、百瀬さんは運転席。
助手席に座ろうとしたら思い切り睨まれてしまった。

(助手席は津軽さん専用とでも言いたいのかな)
(私には、ろくに返事もしないのに)

サトコ
「あ、イヤホンつけてるなんて狡いです!」

後ろからイヤホンを抜くと、咬みつくような勢いで振り返られた。

百瀬
「返せ」

サトコ
「人が話してる時くらい、ちゃんと聞いてください」

百瀬
「返せ」

サトコ
「私の話を聞いてくれるなら」

百瀬
「意味があるとは思えねぇ」

百瀬さんの手がこちらに伸び、追いかけっこのようなことをしていると。
コンコンと運転席の窓が叩かれた。

目つきの悪い男
「タケル!タケルじゃねぇか!」

イケメンの男
「何やってんの、こんなところで」

百瀬
「あ?佐内さん」

サトコ
「この人···」

あ゛あ゛?という感じの人には見覚えがあった。

(そうだ、あの時!)

目つきの悪い男
「こんなとこで、何しとんじゃあ!」

イケメンの男
「女の子は大事にしないと」

サトコ
「前に助けてくれた人!」

イケメンの男
「あれ、君は···前に会ったよね」

サトコ
「この間はありがとうございました!」

太めの男
「沙織ちゃんだ。運命の再会だったりして」

背の低い男
「タケルの彼女だったんか?」

サトコ
「まさか!」

百瀬
「冗談止めてください。仕事です」

だから行ってくれと手を払う百瀬さんに、4人は雨の中へと消えていく。

サトコ
「あの人たち、百瀬さんの知り合いだったんですね」

百瀬
「······」

(また無視···!)
(こうなったら···)

サトコ
「お腹空いたなー。あ、ここに津軽さんから貰ったチョコがあったんだ」
「チンジャオロースチョコ食べよっかなー」

百瀬さんに見せびらかすようにチョコをチラ見させる。

百瀬
「津軽さんの1番のお気に入りは、このマーボードウフチョコだ」

チンジャオロースチョコに対抗するように取り出されたチョコ。
例の得意そうな顔で挑戦的に笑ってくる。

サトコ
「そんなの津軽さんに聞いてみないとわからないじゃないですか」

百瀬
「お前はな」

サトコ
「自分は聞かなくても分かると言いたげですね」

百瀬
「フン」

(勝ち誇ったような顔!く、悔しい!)

サトコ
「私は···っ」

津軽さんとお祭りに行ったことがあるーーそう言おうとした時だった。
ガチャッと助手席のドアが開いた。

津軽
あ~、さむさむ。雨の日のお出かけって、やだね~

サトコ
「津軽さん」

百瀬
「おかえりなさい」

津軽
2人の声、車の外まで聞こえて来てたよ
じゃれ合っちゃって、モモとウサちゃん、お似合いだね~

サトコ
「!」

百瀬
「!」

(ウソ、この忠狂犬とお似合いだなんて···)

サトコ
「······」

百瀬
「チッ」

津軽
どしたの、2人とも。急にどんよりした空気になって···通夜?

津軽さんの声に私も百瀬さんも答える言葉は持ってなかった。

雨が上がり、私は家の近くのコンビニの前で降ろしてもらった。

(最近、コンビニ飯ばっかりだな)
(たまには自炊しないとなー)

そう思いながらカルビおにぎりを手に取ると。
それをさらに横からとられた。

サトコ
「私のおにぎり···!」

津軽
今日は気分がいいから奢ってあげる

サトコ
「津軽さん···どうしたんですか?」

津軽
俺もたまにはコンビニでいっかなって

サトコ
「そうじゃなくて、奢ってくれるって···」

津軽
いつもじゃないからね?今日は特別

サトコ
「···そんなにデート楽しかったんですか?」

津軽
えー、お仕事は楽しいに決まってるでしょ
君は違うの?

<選択してください>

お仕事は楽しいです

(これは『楽しい』の1択しかない質問···)

サトコ
「いえ、お仕事は楽しいです。すごく」

津軽
だよね。俺の下で働けるんだから、幸せ者だよ

(楽しいかどうかはともかく、望んでた仕事に就けてるんだから幸せではあるよね)

特に楽しいということは···

サトコ
「特に楽しいということは···」

津軽
これからまだまだ楽しくなるから大丈夫だよ

サトコ
「はは···これからが楽しみです···」

(楽しいかどうかはともかく、望んでた仕事に就けてるんだから幸せではあるよね)

津軽さんのウソつき

(そんなに仕事が楽しいわけない···)

サトコ
「津軽さんのウソつき」

津軽
え?お口を返し縫して欲しいって?

サトコ
「お仕事楽しいです、ほんとに!」

(楽しいかどうかはともかく、望んでた仕事に就けてるんだから幸せではあるよね)

津軽
他のは?君のお腹がおにぎり1コで満足するわけないでしょ

サトコ
「でも、津軽さんに買ってもらうわけには···」

津軽
じゃあ、君は俺に飲み物買ってよ

サトコ
「それは構いませんけど···」

津軽
フツウに買うんじゃ面白くないから、ゲームしよっか

サトコ
「ゲ、ゲーム?」

(ほんとに何もかもが唐突な人···)

津軽
君がコンビニの外に出て、上から何段目、右から何列目とか言って
そこにあるのを買うから

サトコ
「なるほど、そういうゲームですか」

(まあ、それくらいならいいかな)
(ちょっと面白そうだし)

OKした私がコンビニの外に出ると、津軽さんから電話がかかってくる。

津軽
どれにする?

サトコ
「ええと···じゃあ、上から2段目の···右から4列目!」

津軽
これね。じゃあ、あと適当に買ってく

サトコ
「私も中に戻ります」

津軽
そこで待ってて。開けてのお楽しみにしたいから

中の津軽さんを見ると、彼は笑っているーー屈託のない顔で。

(子どもみたいな顔で笑うんだな。こういう時には···)

その顔から眼を離せずにいると、津軽さんが戻ってくる。

津軽
はい、ウサちゃんの飲み物だよ

サトコ
「炭酸おしるこ···?ちょ、待って!これ、津軽さんの好みで選びましたよね!?」
「私の言ったことと関係なく選んでますよね!?」

津軽
俺がそんなズルするわけないじゃん

サトコ
「確かめてきます!」

津軽
温めてもらった弁当が冷めるから行くよ

津軽さんにガッと手を掴まれた。
図らずも手を繋ぐ形で歩き出すことになる。

(手、手が···冷たっ!)

サトコ
「津軽さんの手、死んでるくらい冷たいんですけど!」

津軽
240円

サトコ
「え、津軽さんと手を繋ぐのにお金かかるんですか?」

津軽
炭酸おしるこ代だよ。俺と手を繋ぐのに240円じゃ安すぎでしょ

サトコ
「そうですけど···ジュース1本にしては高いですよ!?」

津軽
そんなことない

サトコ
「あります!こんなマズそうな飲み物に240円も出すなんて···!」

津軽
そんなに気になるなんて、気に入ったんだね

サトコ
「どうして、そういう話になるんですかー!」

津軽さんが大きく手を振るものだから、私の身体も揺すぶられる。

(もう、めちゃくちゃ···津軽さんと付き合ったら、毎日こんな風に···)

既視感のある感覚。
津軽さんの部屋に行った時も、ふとそんなことを思ったけれど。

(今は、そうだったらいいなって思ってる···?)
(ウソ、私···)

サトコ
「······」

津軽
どうしたの?急に黙って

サトコ
「あの···」

津軽
ん?

サトコ
「···もしよかったら、今からうちで炭酸おしるこ···飲みませんか?」

津軽
······

うっかり誘ってしまった。
自分の気持ちを確認したくて。

to be continued

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