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あの日、僕らは隠れてキスをした 難波2話

難波
実はここはな···
温泉が出るって、地元では有名な場所なんだ

サトコ
「······」

室長とひたすら穴を掘り続けること数時間。
西の空が赤く染まり始めた頃、ようやく作業は終了した。

難波
よーし、完成だ!

室長はノリノリだが、私はグッタリだ。

サトコ
「あの、つまり室長が私をここに呼び出したのは···」

難波
サトコと一緒に入りたかったんだよ
この、幻のハンドメイド温泉に

サトコ
「ハンドメイド温泉···」

難波
名付けて、ジンズメイド···なんてな

室長は嬉しそうに言って、ひとりで満足げに笑っている。

(この世にたった一つの、幻の温泉かぁ···)

サトコ
「嬉しいですけど···温泉なら、宿にもありましたよ?」

穴掘りの疲れが先立って、ちょっと恨めしげな声が出てしまった。

難波
さすがに宿には行けねぇだろ

サトコ
「へ?どうしてですか?」

(確か黒澤さんに『温泉楽しみにしてる』って、ハートマーク付きで返事してたはずじゃ···)

難波
俺の部屋は凍結されちまってんだぞ?
それなのに、研修旅行にのこのこ付いて行くわけにも···

(そ、そういうことは···ぜひ家を出る前に気付いて頂きたかった···)

がっくりしている私の目の前で、室長はバサッと脱いだ服を投げ捨てた。

サトコ
「わわっ!」

思わず目を瞑る。
バッシャーンと勢いのいい音に続いて、室長の甘美なため息が聞こえてきた。

難波
おお~、気持ちいいぞ
さすがはジンズメイド···

うっすらと目を開ける。
室長は、ご満悦の表情でお湯に浸かっていた。

難波
ほら、サトコも来いよ

サトコ
「あ、いえ、でも···」

(そりゃ、気持ちよさそうだけど、ここは屋外ですよ?)
(こんなところで女子が裸になるというのは、さすがにいかがなものかと···)

難波
ん、どした?

サトコ
「わ、私は止めときます。なんかこう、開放的すぎるというか···ちょっと、あれなんで」

難波
あれって?

サトコ
「それは、ほら···」

(お願いですから察して下さい、室長!)

もぞもぞしている私を見て、室長は軽く溜息をついた。

難波
ったく、本当にお前は···いつまで経っても優等生のひよっこだな

苦笑しながら、私の腕をグイッと引き寄せる。

難波
おらっ

(え?)

ザッパ~ン!

サトコ
「な、な、な···」

(なんてことを···!)

気付いた時には、服のままお湯の中。

難波
どうだ、気持ちいいだろ?

サトコ
「もう···」

(しょうがないなぁ。本当に強引なんだから···)

思わず膨らませた頬を、室長がツンツンつつく。

難波
どうなんだ?気持ちいいのか、よくないのか

サトコ
「···いいです。すごく」

難波
だろ?

夕日に照らされた室長の笑顔が、いつにも増して眩しい。

(何だか室長、少年みたい···)

サトコ
「頑張って掘った甲斐がありましたね」

難波
やっぱり、あの苦労があってのこの喜びだよな

サトコ
「服も濡れちゃって、この後はどうするんだろうってちょっと考えますけど」

難波
まあ、いいじゃねぇか。今は今を楽しむべし、だ

サトコ
「それもそうですね」

夕日の中で微笑みあって。
どちらからともなく唇を重ねた。

サトコ
「ちょっと、しょっぱいかも···?」

難波
微妙な苦味は硫黄か?

サトコ
「塩化物硫黄泉ってことでしょうか」

難波
お、なかなか詳しいねぇ

室長は嬉しそうに笑って、もう一度味わうようにキスをした。

難波
いいねぇ。解放感
いっそのこと、この先まで行っちまうか

サトコ
「そ、それは···!」

慌てて身体を離した私を見て、室長がニヤリと笑う。

難波
冗談に決まってんだろ
俺もさすがに、そこまで野性味溢れてねぇよ

(だよね···ああ、びっくりした~)

難波
それに···

室長はちょっと微妙な表情で上を見た。

難波
これじゃさっぱり落ち着かねぇ

実はさっきからピーチクパーチク、室長の頭に鳥が交互に舞い降りてきているのだった。

サトコ
「ふふふっ、本当に···」

(なんでこんなことに···髪型が鳥の巣っぽいから?)

難波
おい、こら!笑うな

サトコ
「笑ってません!」

難波
笑ってんだろ~

二人でお湯をバシャバシャかけ合ううちに、徐々に日も落ちていく。
室長は、西の空の残り日を名残惜しそうに見つめた。

難波
夕飯までには、お前のこと宿に帰さないとな

サトコ
「やっぱり、そうですよね···」

(離れたくないなぁ、室長と。せっかくこうして近くまで来てるのに···)

サトコ
「やっぱり行きましょうよ、室長も一緒に」

難波
いや、それは···
俺はもう、この瞬間をサトコと味わえただけで十分だ

口ではそう言いながらも、室長からも別れがたい想いが伝わってくる。

サトコ
「じゃあ、私も一緒に帰っちゃおうかな~、室長と」

難波
それはダメだろ
いいか、サトコ。これは一応、研修なんだぞ?

室長は急に真面目な表情になって諭すように言った。

(その研修から、こっそり私を連れ出したのは誰でしたっけ?)

サトコ
「···分かりました。じゃあそろそろ、帰ります」

そう言ってお湯から上がってから、ふと気づく。

サトコ
「ていうか、こんなびしょ濡れなんですけど···」

(それで宿に帰ったら、みんなから何を言われるか···)

サトコ
「やっぱり、私···」

言いかけた時、いつの間にかお湯から上がっていた室長が、バッグの中から浴衣を取り出した。

サトコ
「え?なんで、浴衣···」

難波
俺が何も用意せずにこんなことすると思うか?
俺の行動はな、突発的のようでいて、実は常に綿密に計算されてるんだ

室長は得意げに言うと、今度はピラリと私の下着を取り出す。

難波
ほら、こんなのも

サトコ
「ちょ、ちょ···っ!」

慌てて室長の手から下着を奪い取る。

サトコ
「何でこんなものまで···」

(は、恥ずかしいっ!)

難波
別に、俺の部屋にあるやつ持ってきただけだぞ
それじゃダメだったか?

サトコ
「いえ、完璧です。完璧すぎて、涙出そうです···!」

ありがたく着替えを受け取って、室長が広げてくれたバスタオルの陰で身支度を整えた。

難波
お、相変わらず似合うねぇ、浴衣

僅かに赤らんだ頬に、室長がそっと触れる。

難波
今年もまた、行こうな。花火

サトコ
「···はい」

お別れのキスの温もりを大事に抱えて。
私は、元来た道を旅館へと戻って行った。

佐々木鳴子
「サトコ~!どこに行ってたのよ。何してたのよ?なんで、優雅に浴衣なのよー!」

旅館に着くと、鳴子と千葉さんがげっそりした顔で駆け寄ってきた。

サトコ
「ど、どうしたの?一体···」

(私のいない間に、何が···!?)

千葉大輔
「甘い言葉に誘われて···うっかり来るんじゃなかったよ···」

どうやら二人は、津軽さんや黒澤さんに振り回されて相当大変だった様子。

佐々木鳴子
「この先は···バトンタッチだからね!あとはよろしくね!」

サトコ
「え?え?え?」

(ちょっと待って~!でも···)
(室長との楽しい時間のことを考えれば、多少の無理難題は耐えられるかも?)

秘密の逢瀬の余韻を味わうように。
そっと唇に触れて微笑んだ。

Happy End

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