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あの日、僕らは隠れてキスをした 石神2話

夕食後、片づけの手伝いをして大浴場に行くと、
ガヤガヤと男性陣の声が聞こえてきた。

石神
···氷川?

サトコ
「!!」

(な、なんで!?)

石神
······

サトコ
「······」

場の空気が固まる。

黒澤
石神さん?

後藤
何か問題でも?

加賀
突っ立ってんじゃねぇ、クソ眼鏡

サトコ
「!」

(ど、どうしよう!このままだと!)

下着姿で、皆さんにご挨拶することになってしまう。

石神
氷川!

サトコ
「!」

秀樹さんがバッと上着を脱いで投げた。
それは見事に私の身体を覆い隠してくれる。

(すごいコントロール!)

颯馬
そこにいるのは···

津軽
え、ウソ

百瀬
「痴女」

サトコ
「ち、違うんです、これは···!」

石神
全員、出ろ!

津軽
やだよ。温泉入りに来たんだから

石神
5分くらい待てるだろう

津軽
待ては苦手で

石神
······

津軽
ちょ、秀樹くん、暴力反対!助けて、モモ!

百瀬
「石神さん、恨むなら氷川を」

サトコ
「えぇ!?」

石神
後藤

後藤
百瀬、悪いな

百瀬
「ちっ···!」

(大変な争いが勃発することに!)

それでも秀樹さんは皆さんを外へ出してくれた。

石神
早く服を着ろ

サトコ
「は、はい!」

(一生感謝します、秀樹さん!)

手早く浴衣を身に着け、ほっとできたのも束の間ーー

津軽
ねえ、どうして男湯に入ってたの?ねえ、どうして?

東雲
そこまで変態だとはね

黒澤
オレは混浴歓迎派ですよ。この旅館の客、オレたちだけですし

加賀
貧相なもん見せんじゃねぇ

百瀬
「痴女」

サトコ
「それ、2回目ですよ!それに、違うんですってば!」

廊下に出た瞬間、皆さんに囲まれた。

サトコ
「私が入った時は、確かに女湯だったんです!」

石神
ちょうど男湯と女湯が入れ替わる時間だったんだろう

津軽
もー、ウサちゃんはそそっかしいなぁ。ちゃんとスケジュールに書いてある時間確認しなよね

百瀬
「津軽班の恥だな」

サトコ
「それ、おふたりが言います!?」

津軽
裸見せたいなら、素直にそう言えばいいのに

加賀
見せるほどのもんがあんならな

サトコ
「う···」

(皆さんにかっこうのからかいのネタを与えてしまった!)
(これは三代先まで言われるレベル···)

“無” になり、すべてをやり過ごすしかないと、遠い目になっていると。

石神
···そこまでだ

秀樹さんの背中が見えた。
まるで皆さんの視線から私を守るように立ってくれている。

石神
今回の件は不可抗力だ。これ以上の発言はハラスメントとして扱う

津軽
うわ、出た、学級委員!

加賀
冗談の通じねえヤツだな

石神
「冗談かどうかを決めるのは、お前ではない

加賀
そうだな。冗談はテメェのクソ眼鏡だけで充分だ

石神
先週、レンズを新調したばかりのこの眼鏡に文句があるのか

サトコ
「あの、おふたりとも···私のウッカリのせいなので···」

津軽
まあまあ、ふたりとも。そんなにケンカしたいなら、卓球で勝負つけなよ

サトコ
「いや、さすがに石神さんと加賀さんが、そんなことは···」

石神
···やるか

加賀
そのデコに玉埋め込んでやる

サトコ
「卓球やるんですか!?」

温泉に入るはずの皆さんの足は、なぜか卓球場へと向けられた。

石神
今日から敗者としての人生を歩め

加賀
その眼鏡に別れを言っとけ。ピンポン玉で叩き割ってやるよ

そこだけ磁場が異なるかのように秀樹さんと加賀さんの卓だけ空気が違う。

(これはもう、誰にも止められない···)

後藤
石神さんの王子サーブが来るぞ!

黒澤
加賀さんはチキータで返してますよ!

颯馬
ひなびた温泉旅館の卓球台が、ここだけ全国レベルになってますね

サトコ
「玉が見えない···」

津軽
せっかくだから、俺も隣でやろうかな。ウサちゃん、相手になってよ

サトコ
「ええと···わかりました」

(秀樹さんの試合を見たいけど、玉見えないし···)

竜巻でも起きそうな隣の卓の空気を感じながら、津軽さんと向き合うと。

津軽
うらっ!
とう!

サトコ
「···あの、ラケットにかすってもいないんですが」

津軽
次だよ、次。はぁ!

サトコ
「······」

(あの玉は永久に、こっちにはこない···)

秀樹さんたちの試合を、ここから観賞しようと顔を横に向けると。

百瀬
「おい」

ガッと後ろから顔を押さえつけられ、前を向かされた。

サトコ
「な、何ですか?」

百瀬
「津軽さんの玉から目を離すんじゃねぇ」

サトコ
「ラケットにかすりもしない玉なんですか···」

百瀬
「ラケットとの距離が1ミリずつ近くなってることに気付いてねぇのか」

サトコ
「気付きませんよ!それなら、百瀬さんが相手してください」

百瀬
「···津軽さんは、俺を指名しなかった」

サトコ
「い、いたっ!そんなに指先に力を入れないでください!」

そして、2時間の時が流れーー

津軽
やった!玉が当たった!

百瀬
「やりましたね。津軽さん」

黒澤
こっちは玉が真っ二つですよ!?

石神
全部の玉を使い尽くしたか···

加賀
仕方ねぇ。勝敗は持ち越しだ

(秀樹さんと加賀さんが、すごく爽やかな顔してる気がする···)

こうして謎の盛り上がりのなか、温泉旅館の夜は更けていったのだった。

翌日、無事研修旅行は終わり、帰りは秀樹さんが車で送ってくれた。

サトコ
「今回の旅行では、いろいろとご迷惑をおかけしました···」

石神
反省点ばかりだな

サトコ
「本当に···」

石神
本当に、お前は···

同じ言葉が重なった。
自然と目が合い、見つめ合う。

石神
······

サトコ
「······」

石神
···いや、今日はもういい。帰って休め

サトコ
「あの、でも···」

一瞬見つめ合った恋人らしい空気が離し難くて、つい秀樹さんの手に触れてしまった。

石神
······

サトコ
「研修中、全然ふたりになれなかったし···少しくらいは、その、イチャついても···」

石神
明日も仕事だ。行け

秀樹さんが助手席のロックを外す。

(まあ、秀樹さんなら、こうなるよね)
(次のお休みに期待しよう!)

サトコ
「おやすみなさい」

気持ちを切り替えて車から降りようとすると。

石神
サトコ

サトコ
「え?」

呼び止められ、振り返ると同時に手を引かれーー

サトコ
「ん···」

唇が塞がれる。
それがどれくらいの時間だったのかは、鼓動が速くなりすぎてわからなかった。

石神
おやすみ

サトコ
「は、はい···」

波乱の温泉旅行は、最後の最後で大きな嵐を起こし幕を閉じたのだった。

Happy End

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