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本編③エピローグ 津軽1話

子供の頃、夢見てた。
本当は今でも夢見てるのかもしれない。
好きな人が好きになってくれたらー- “特別な女の子” になれるんだと。

そして私の好きになった人はー-

津軽
うわ!クッサ!!

両想いになった “はず” の彼から飛んできた言葉。
それはこの夢見るロマンに···ではなくー-

津軽
近付かないでよね···しっし!

サトコ
「そんなあからさまに避けることないじゃないですか···」

津軽
ゴミ処理場漁って来たんでしょ···やだよ

百瀬
「······」

サトコ
「ほら、この百瀬さんの悲しそうな顔を見てください!」

百瀬
「うるせぇ!」

津軽
で、目的のブツは見つかった?

百瀬
「はい。鑑識に回してあります」

津軽
偉い、偉い。あとはさっさとシャワー浴びといで

鼻を摘んだまま、ぺっぺと追い払われる。

(これは···どう見ても “特別な女の子” への対応じゃない!)
(両想いだと思ったのは錯覚?夢?)
(ほんとに私のこと、好き···?)

そう『好き』とは一言も言われていない。
津軽さんの赤くなった顔と、握られた手と空気で察知しただけで。

津軽
あー、まだシュールストレミングの方がマシだよ

サトコ
「······」

( “特別な女の子” には、『どんな君でも綺麗だよ』って言うものじゃないの!?)

後藤
氷川···すごいことになってるな

サトコ
「ご、後藤さん!」

課に入ってきた後藤さんが、その目を見張る。

サトコ
「今は近寄らないでください!」

後藤
いや、そんなことより大丈夫なのか?必要なら病院に···

躊躇いなく近づこうとしてくる後藤さんに、
津軽さんが突如タックルをかました。

後藤
!?

サトコ
「なっ···大丈夫ですか!?」

津軽
課のエースが、あんなのに近づいちゃダメだよ

サトコ
「あんなの···」

津軽
妙な病気とかうつったら困るでしょ。ほら、2人はさっさとシャワー浴びて来な

百瀬
「はい」

サトコ
「はい···」

(あの日の恋心は、にわか雨と共に消えた···?)

私の両想いな “はず” の人は、なぜか公安課のエースの腰に腕を回していた。

(はー、さっぱりした!)

シャワーを浴びて生き返った気持ちで課に戻る。

津軽
やっと人間になった?

サトコ
「はい。何とか···身体も頭も3回ずつ洗いましたよ」

津軽
ん、匂いは合格···かな

津軽さんが身を屈めて鼻を近づけてきた。
その距離の近さにびくっとするのは、前以上に彼のことを意識してしまうから。

津軽
乾き、甘くない?

触られたのは少し伸びてきた毛先。
ポニテの長さになるまで伸ばしてみようかと思っているのは秘密だ。

サトコ
「これくらいだったら放っておけば乾きますよ」

津軽
そういうのがパサつきの原因になるって歩くんが言ってたけど?

サトコ
「う···」

(痛いところを···!)

津軽さんは屈んだまま私の毛先を触って遊んでいる。
時折、その息が耳にかかってくすぐったい。

津軽
···ふっ

サトコ
「!」

(い、今、わざと耳に息かけた!?)

ぱっと耳を押さえると、その口角が持ち上げられた。

津軽
······

サトコ
「······」

顔を上げると目が合う。
微笑む津軽さんの瞳は相変わらず考えが読めなくて。

(津軽さんは、私のこと···)

黒澤
これはこれは···!

外せない視線を外させたのは、黒澤さんの声だった。

黒澤
お二人とも恋人···みたいですね★

サトコ
「そっ···!ふがっ」

『そういうわけではない』という言葉は押し付けられた津軽さんの手の平に吸収された。

サトコ
「んぐっ」

津軽
いいでしょ。俺のウサだよ~

黒澤
異議ありです!サトコさんは皆の補佐官さんです!

津軽
いつまで過去を引きずってるの?
昔の男より、今の男でしょ

黒澤
くぅ~っ!石神さーん!津軽さんがいじめてきます!

サトコ
「······」

唇を塞がれたまま、去っていく黒澤さんの背中を見送る。

(ただの石神班へのマウントに使われているような···)

両想いになった···はずなのに、どうもそれっぽさがない。

(まあ、その···私の気持ちも追いつかないし、状況的にもまだって言ったのは私の方だし)

あれは互いの想いが漏れた後のコンビニでのこと。

サトコ
「···今はそういうの、浮かれちゃうから···」
「津軽さんにも銀さんのこと、とか···いろいろあるのわかってるので、その···」
「一方通行じゃないかもって知れただけで、今は満足です···」

津軽
うん···

(今はゆっくりで···なんて思ってたけど)
(これじゃ後退してない!?)

サトコ
「あの、手を外して欲しいのれふが」

津軽
どさくさで俺の手にちゅっちゅしないでよ

サトコ
「なっ!」

ぐっと力を入れて、津軽さんの身体を遠ざけた。

サトコ
「早朝からゴミ漁りで疲れてるのに、追いかけないでください···」

津軽
この俺の手だよ?癒されるでしょ

サトコ
「だったら百瀬さんを癒してあげてくださいよ」

津軽
ふーん。そいういう態度なわけ

サトコ
「な、何ですか?」

距離を取った津軽さんが腕を組んで見下ろしてくる。
その目にはどことなく非難の色が浮かんでいるようにも···見える。

(そういう態度って···これがイチャイチャのタイミングだった!?)
(でも課内だし、さっき鼻摘まんで追い出されたばかっかりなのに?)

津軽
じゃ、朝の報告書出してね

サトコ
「はい···」

(機嫌損ねた···?)
(わ、わからないよ、津軽さんのポイントが!)

ふいっと傍を離れていく津軽さんの背中を見送り、心の中で首を傾げる。
どうやら “特別な女の子” への道のりは、まだまだ遠いらしい。

その日、家に帰るとまたも部屋の給湯器が壊れていた。

(どうして私の部屋だけ何度も···)

管理会社に電話するにも遅く、今夜は銭湯に行くしかない。

津軽
あれ、ウサちゃん

サトコ
「津軽さん」

駅の方から歩いてきた彼に声をかけられた。
今日は私が先に出て来たけれど、津軽さんの帰りも思ったよりも早い。

サトコ
「お疲れさまです」

津軽
お疲れ。どっか行くの?

サトコ
「それがお風呂が壊れちゃって、銭湯に」

津軽
また?

サトコ
「また、です···」

津軽
ウサちゃんの部屋って呪われてるのかもね

サトコ
「嫌なこと言わないでください!」

津軽
だってさトラブルばっか起きてるじゃん?それに比べて俺の部屋は平和だし

サトコ
「そ、それは···津軽さんの部屋の方がいい部屋だからですよ···」

(今帰りなら、これから一緒に銭湯に行くっていうのもアリ?)
(カップルで銭湯とか、よく聞くし···)

サトコ
「あの···」

津軽
······
じゃ、いってらっしゃい

肩にポンと置かれる手。

サトコ
「い、いってきます」

(だ、だよね!まだそこまでの関係じゃないって!)

へらっと笑って津軽さんとすれ違う。

(あー、難しい···好きってちゃんと言葉にしないとダメなのかな···)

進んでいるのか進んでいないのか、もどかしい距離。
今は近づきすぎない方がいいとわかっているのに、ふと不安になる。

(津軽さんは、どんな気持ちでいるんだろう···)

あの人が私のことを好き?
私みたいに、相手のことを考えて悶々としたりする?

(いやいや···考えられない)

いつの間にか眉間にシワを寄せて歩いていると、

???
「サトコ···?」

サトコ
「え···?」

懐かしい声に呼び止められた。
振り返ってみればー-

狭霧一
「やっぱり、サトコだ」

サトコ
「ハジメ!?」

灯ったばかりの街灯の下、立っていたのは数年前に別れた元カレだった。

to be continued

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