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加賀 続編 シークレット 2話



【教官室】

一度保釈された里田恒彦が、再び確保された。
それは、後藤たちの仕掛けた盗聴器が里田のある『言葉』を拾ったからだ。

東雲
うちしか知らないはずの、国内のテロリスト予備軍を知ってたってことは
なんかもう、全部すっ飛ばして逮捕したいんですけどね

加賀
時間の問題だ
ただ‥

石神
なにか気になることでもあるのか

メガネの言葉に、少し考える。

加賀
‥里田は、誰かをかばってる
てめぇが喘息の発作で死にそうになっても、吐かなかった

石神
お前‥未だそんな取り調べをしているのか
時代遅れもいいとこだ

加賀
なんとでも言え

東雲
確かにあの状況でも吐かないのに、うっかり機密情報を口にしちゃうなんてお粗末ですよね

後藤
盗聴器が仕掛けられていることを知らなかったからでは?

加賀
いや‥てめぇが犯人なら、命がヤバい時には必ず吐く
あの男が、あれ以上の取り調べを経験してるとも思えねぇ

(それなのに、ただ里田だけを捕まえていいのか‥?)
(泳がしておいて、里田がかばってる奴の尻尾をつかむ方が‥)

教官室のドアが開いて、サトコが入ってくる。

サトコ
「おはようございます‥」

加賀
朝っぱらからシケたツラ見せんじゃねぇ

サトコ
「今‥昭夫くんに会ってきたんです」

その言葉に、一瞬、自分の中で何かがざわめいた。

サトコ
「学校の前にいて‥お父さんは釈放されないのかって」

(里田昭夫‥里田恒彦の息子‥)
(このタイミングで、息子がここへ来るだと‥?)

息子の情報も、当然、歩に言って調べさせておいた。
表立って怪しいところはないが、その生い立ちが気になる。

(親父の浮気が原因で、母親は昭夫を置いて家を出た)
(その後、里田は浮気相手と再婚してる‥)

歩が調べた情報によると、昭夫はほぼ毎日のようにまっすぐ家に帰り、ほとんど外出しないらしい。

(かばっている相手、としては十分な存在だな)
(だが、ガキがここのセキュリティを破るなんざ‥)

そう思い、昭夫を怪しみながらもまだ何も手を打てずにいる。

(なのに、わざわざその昭夫を個人的に接触しやがって‥)
(クズが‥ずいぶん手を煩わせてくれる)

昭夫に情が移ったのか、サトコが必死に俺たちに食らいついてくる。

サトコ
「里田さんがデータを持ち出したのは、許されることじゃないってわかってます」
「でも‥こんなやり方じゃ、誰も幸せになれない」

(‥そうだな)
(お前なら‥そう、思うだろ)

むしろ、それが自然な気がした。
サトコはきっと、何があろうと俺たちのやり方を、本当の意味で許容はできないだろう。

サトコ
「一歩間違えれば、教官たちだって‥」

加賀
言いたいことはそれだけか

(お前には、無理だ)
(お前に‥こっちの仕事は、酷だ)

加賀
てめぇの理想の正義はなんだ?犯人も被害者もみんなが仲良しこよしの世界を作ることか

サトコ
「そ、それは‥」

加賀
そんなクズみてぇな理想なんざ‥

傷つけるとわかっていても、止められない。

加賀
所轄にくれてやれ

その言葉に、サトコが泣きそうな顔になる。
歪んだコイツの表情は、俺の心も歪めて苦しめる。

(‥普段、お前がどれだけ頑張ってるか俺が一番よく知ってる)

この仕事も真摯に取り組み、必死に努力しているのを、誰よりもそばで見てきた。
だからこそ、傷ついてうつむくサトコを見ると胸がえぐられるような気持ちになる。

(こんなくだらねぇことを言い合ってる場合じゃねぇ)
(てめぇのそんな顔に、こっちまで揺らいでる時間なんざねぇ)

‥傷つけたいわけじゃない

(さっさと事件を解決して、情報漏洩を防がねぇと‥)
(公安の機密事項がこれ以上表沙汰になれば、国を揺るがす事態になり得る)

‥‥これ以上、お前が傷つく必要はねぇ
矛盾した気持ちが溢れ出しそうだった。

東雲
サトコちゃんの言う、『ちゃんとした捜査』って?
ちゃんと手順踏んで、許可とって、正しいと胸を張れる行動?

サトコ
「私たちは刑事です!刑事が、ルールを破るのを良しとするのは」

これ以上、話を続けるつもりはなかった。
机をたたいて立ち上がると、サトコが怯えたような表情になる。

加賀
てめぇの理想論は、どれも現実には通用しねぇ
‥公安刑事には、向いてねぇな

吐き捨てるように言ったその言葉は、誰の言葉よりもサトコを苦しめると知っていた。
だから‥サトコの目を見て言うことはできなかった。



【廊下】

翌朝、いくら待ってもサトコは教官室に来なかった。

(気まずい、なんて理由だったら、一生クズ呼ばわりしてやる)

仕方なく、立ち上がって朝イチの講義へと向かった。

【教場】

教場に、サトコの姿はなかった。
講義を終えたあと、いつもサトコと一緒にいる佐々木に声をかける。

加賀
佐々木、氷川はどうした

鳴子
「私もさっき、電話してみたんですけど‥出ないんです」

加賀
‥‥‥

鳴子
「LIDEにメッセージ送っても既読にならないし‥」

(LIDE?)

千葉
「具合が悪くて、寝込んでるのかも。電話に出れないくらい具合が悪いとか‥」

(‥それはねぇ)
(昨日はそんな様子、微塵もなかった)

2人に話を聞いた後、教場を出る。
何かが胸を必死に叩くような、妙な胸騒ぎを覚えた。

【室長室】

難波
忙しいのに、突然呼び出して悪いな

加賀
いえ‥

室長が深刻そうな顔で、封筒を取り出す。
そこには‥『退学届』と書いてあった。

加賀

難波
‥氷川から、渡された

加賀
‥‥‥

難波
心当たりは?

頭に浮かんだのは、昨日のやり取りだった。

加賀
てめぇの理想論は、どれも現実には通用しねぇ
‥公安刑事には向いてねぇな

自分の言葉に、目を閉じる。

加賀
‥公安刑事に向いてないと、伝えました

難波
なるほどな‥
それが原因だと思うか?

加賀
‥おそらくは

難波さんが、封筒をデスクに置く。
そこに書かれた『退学届』の文字は、確かにサトコの筆跡だった。

(飽きるほど見ていたから、すぐわかる)
(特徴のある字で、綺麗に書こうと必死になるからなおさら下手くそだ)

その3文字を、どんな気持ちで書いたのか‥‥
その時のサトコを思うと、胸が締め付けられた。

難波
‥柄じゃねぇだろ

加賀
‥え?

難波
刑事に向いてないなんて言葉、今まで何度もお前が氷川に言ってるのを聞いてる
なのに氷川がここまで思い詰めるからには、今回の言葉も本気だったんだろ

加賀
‥‥‥

難波
他人にそこまで本気になるお前は、らしくないね
これまで、いらない人間は切り捨て、使える奴だけを残してきただろ

加賀
‥‥

(確かに‥あんなクズになんざ本気にならず、ほっときゃよかったんだ‥)
(‥でも)

難波
けど‥まあ、いまのお前は悪くないと思うけどな

加賀
‥は?

難波
そういう相手がいてもいいんじゃないか?特にお前みたいなタイプは

加賀
‥‥‥

難波
確かに、この仕事は氷川には難しいかもしれない
あいつは、変に骨があるくせに優しい。公安の仕事を続けていれば、傷つくことも増える
だが‥切り離すだけが守ること、とは限らない
『可愛い子には旅をさせろ』
『獅子は我が子を千尋の谷に落とす』
お前もそうやって育ててもらったろ

加賀

難波
時には、その渦中に突っ込んでやることも大事っつーことだ

難波さんの言葉に、何も言い返せない。
俺を見つめ、室長はふっと笑った。

難波
たぶん、お前が思ってるより‥氷川は、弱くないぞ

加賀
‥‥‥

難波
何もできない、ただの学生じゃない‥あいつにはあいつなりの正義がある
もう少し、あいつを信じてやれ

(そんなこと、言われなくても‥)

でも、やっぱり何も言い返せなかった。

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【寮監室】

寮監当番だったその日は、自宅ではなく寮の部屋に戻った。
部屋に入り一人になると、言いようのない怒りがこみ上げてくる。

加賀
‥くそっ!

力任せにドアを叩くと、拳にじんわりと痛みが広がった。
荷物をソファに投げるように置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。

(俺さえ‥)
(俺さえあいつを見失わなければ、大丈夫だと‥)

公安刑事にこだわることは無意味だと思っていた。
別の場所で、サトコはサトコのまま、自分の正義を貫けばいいと思っていた。

(あいつがどこへ行こうと‥たとえ公安刑事になることを諦めようと)
(俺の気持ちが変わるわけじゃねぇ。俺の考えが変わらねぇように)

でも、その気持ちはサトコには伝わらなかった。
あいつが選んだ『退学』という選択よりも、それを選ばせてしまった自分に、この上なく苛立つ。
上へと伸ばした手は、行き場をなくして空を切る。

(ついこの間までは‥この腕の中にいたのに‥)

腕で顔を覆い、心の中で自分に舌打ちする。

(‥不甲斐ねぇな)
(好きな女一人‥理解してやれねぇのか)

【車中】

数日後

(結局‥あれ以来、サトコからの連絡はなし、か)

自分からどのツラ下げて連絡をすればいいのか。
いい加減な『恋愛』をしてきて、ロクに女を追いかけてこなかった自分は持っていない術だった。

(ガキか、俺は‥っ!)

突如、助手席に置いたスマホが震えた。
ランプの点滅をチラリと見ると、サトコの名前とメールのアイコン。

加賀
!?

急いで路肩に車を停めて、メールを開く。

(『弟が、LIDEで公安の情報を漏洩しているアカウントをみつけました』‥)
(『情報が載った非公式ページは拡散されています。東雲教官に調べてもらってください』)

そのあとは、メールが送られてこない。

(‥これだけか)

報告のようなメールに拍子抜けすると同時に、
サトコの中の『正義』が、このメールに込められているような気がした。

加賀
‥クズが

真剣なサトコの顔を思い浮かべて、久しぶりに口元が緩む。
すぐさま歩に連絡を取ると、
いつものように「あー、なるほどねー‥調べてみます」とやる気なさげの声が返ってきた。

(あとは‥)

画面にサトコの名前を呼び出して通話ボタンを押そうとすると、いつになく心臓が煩い。

(‥緊張、してんのか)

少し汗ばんだ指先で発信ボタンをタップすると、すぐにサトコの声が聞こえてくる。

サトコ
『も、もしもし‥』

加賀
よくやった

サトコ
『えっ?』

加賀
さすがに、そんなくだらねぇツールなんざ俺も歩もノーマークだった

サトコ
『は、はい‥!』

緊張の中でかけた電話の声が、上擦ってないか少し心配になった。
サトコはそのあと何も言わず、少しの沈黙。

(‥帰ってこい)
(お前の居場所は‥俺の隣だろうが)

加賀
いつまでそこにいるつもりだ?

サトコ
『え‥?』

加賀
‥さっさと帰ってこい

サトコ
『‥帰ってもいいんですか‥』

加賀
バカが‥
‥てめぇを離すつもりはねぇ。覚えとけ

ツーツーと切れた通話の音が、どこか心地よい。
俺の最後の声が、震えていたことに‥

(‥どうせお前は、気づいてねぇだろうな)

to be continued

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