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難波 恋の行方編 シークレット1

Episode 3.5

「おっさんのかわいい弱点」

【室長室】

今日はお休みの日。

それなのに私は、資料を届けるよう頼まれて室長室までやってきた。

サトコ

「失礼します!」

難波

ん?ああ、ひよっこ‥

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室長は一瞬だけ私を見ると、すぐにデスクに視線を戻す。

(こんなに真剣に何してるんだろう‥?)

背中を丸め、指で何かを懸命に突っついてる室長の姿は、その表情とは裏腹にどこか滑稽だった。

サトコ

「これ、頼まれた資料です。ここに置いておきますね」

デスクに近寄りながら、さりげなく室長の手元を覗き込む。

その画面には、かわいらしいクマのイラストが首を傾げていた。

(これってもしかして‥LIDE?)

サトコ

「室長もLIDEやってるんですね」

難波

その口ぶり‥さてはお前、できるな

サトコ

「ま、まあ‥ていうか、私たちくらいの世代はみんなできると思います」

難波

なに、そうなのか~

室長は太い指で一生懸命に設定しようとするが、どうにも隣の文字が入力されてしまう。

難波

‥だめだ

どうして俺の言うことを聞かない?

サトコ

「ふふっ‥そんな風にスマホに怒っても‥」

難波

じゃあ、どうすればいいんだ?

サトコ

「よければ私が、代わりに設定しましょうか?」

難波

おお、そうしてくれるか!

室長は嬉しそうに顔をほころばせながら、私にスマホを押し付けた。

サトコ

「一応、室長もちゃんと見ててくださいよ?」

難波

‥わかった。一応、な

(この言い方、怪しいなあ‥)

サトコ

「それじゃ、まずは‥」

私は室長の目の前にスマホを置き、隣から覗き込むようにして指を伸ばした。

サトコ

「ん?室長、ユーザー名『d@いn』って何ですか?」

難波

それは‥その‥ジンってやろうと思ったんだけどな

(それが‥どうしてこうなちゃった?)

サトコ

「じゃ、じゃあ、ここから変更しましょう。難波‥」

難波

いや、普通に入れても面白くないだろ

せっかくだからジンジンとかにしとくか?

サトコ

「え!?!?」

(そ、そんなキュートな名前を室長が‥!?)

難波

黒澤だって、ほら‥

サトコ

「アナタの天使★黒澤‥」

(黒澤さん‥)

難波

な?

サトコ

「そ、そうですね、かわいくていいかもしれないですね!」

室長の茶目っ気とドヤ顔に思わず笑みがこぼれる。

笑いながらふと隣を見ると、あまりに近くに室長の顔があって驚いた。

サトコ

「!」

難波

‥‥

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(ち、近っ!)

思わず飛びすさった私を、室長は不思議そうに振り返る。

難波

‥なんだ。もうこれで終わりか?

サトコ

「え‥いえ、まだ‥」

難波

じゃあ、続けて頼むよ~

(私、1人で過剰反応しちゃったみたい‥?)

(そうだよね。変に意識するからいけないんだよね)

むやみに高鳴る胸の鼓動を落ち着けながら、そろりそろりと室長の傍らに立つ。

難波

んん?ちょっと触れたら変な画面になっちまったぞ

これ、なんか変なサイトじゃないだろうな?

サトコ

「大丈夫です。これはお友だちのタイムラインの画面になっただけですから」

「こうすれば‥はい、トーク画面に戻りました」

難波

おお、サンキュー

(ん?)

表示されたトーク一覧には、女性の名前ばかりが並んでいる。

愛‥夏子‥和香‥千尋‥桂‥

(この人たち、なに?)

(LIDEでメッセージをやり取りしてるってことは、室長と親しいってことだよね‥)

(室長、こんな感じだけど結構女性にモテるのかも)

思わずため息をついていると、私をじっと見つめる室長と目が合ってしまった。

サトコ

「な、なんでしょう?」

難波

だから、このメッセージが見たいのに開かねえんだって

サトコ

「えっと、どれですか‥?」

室長が指差したのは、『桂』

そこにはメッセージが10件も入っている。

(すごい‥この人、ものすごく積極的な感じ)

(ケイさんて読むのかな?クラブのママ?それともキャバ嬢?まさか、元奥さんなんてことは‥)

震える手で画面に触れてみると、簡単にトーク画面が開いた。

難波

おお!すごいぞ、ひよっこ

でもなんだ、これは!?

画面に、巨大なキノコのスタンプが現れた。

サトコ

「あ~これは今、室長がキノコちゃんのスタンプを送っちゃったんですね」

難波

キ、キノコちゃん?

サトコ

「これ、今流行のスタンプなんですよ」

難波

‥こんなもんを送ってどうするんだ?

サトコ

「どうというわけじゃないですけど‥ほら、かわいいじゃないですか」

難波

‥‥

♪~

ちょうど開いていた画面に、新しいメッセージが入ったようだった。

(桂さんから、また‥?)

難波

お、悪い。ちょっと出るわ

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室長は内容を確認するなり、立ち上がる。

サトコ

「いってらっしゃい」

難波

おう、ありがとな

‥ていうか、ちょうどいい。お前も来るか

サトコ

「え‥?」

(私もって‥だって桂さんは元妻かママかキャバ嬢なんじゃ‥?)

【難波 マンション】

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難波

まあ、入ってくれ

サトコ

「は、はい‥」

室長の家に来るのは教官たちとうどんパーティーをして以来だ。

(前は教官たちがいたけど、2人は初めてだし‥)

でも室長は私の戸惑いなど構わず、どっかりとソファに座って寛いでいる。

難波

ひよっこ、ほら

室長はポンポンと、自分の隣のスペースを叩いた。

サトコ

「はい‥」

(これは一体‥どういう状況なんだろう‥?)

言われるままに隣に座ってみたものの、ものすごく気まずい。

難波

そうだ。せっかくだから、お前のLIDEも教えてくれよ

サトコ

「あ、じゃあ‥振りましょうか?」

難波

振るって、何をだ?

サトコ

「スマホを、です。貸してもらえます?」

室長から再びスマホを受け取ると、室長は無造作に画面を覗き込んだ。

再び室長の顔が一気に近寄り、顔がかっと熱くなる。

サトコ

「‥これで、OKです。振ってください」

難波

こ、こうか?

マラカスでも振るようにスマホを振っている室長が面白くて、頬が緩んだ。

難波

何で笑うんだよ‥俺は言われた通りに‥

サトコ

「‥すみません。なんか、おもしろくて‥」

難波

あのな

思わず笑った私の肩を、室長がつかんだ。

サトコ

「!」

心臓がひときわ大きく、ドクンと跳ねる。

難波

‥‥

サトコ

「‥‥」

ピンポーン

難波

あ、はーい

室長が玄関に姿を消すと、へなへなと力が抜けた。

(今ちょっと、いい雰囲気になりかけたような‥?)

???

「お邪魔します。おや?お客さんですか?」

難波

ああ、こいつはな。俺の部下のひよっこだ

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サトコ

「氷川です」

大きな段ボールを抱えたその男性は、表情を緩めることなく一礼した。

桂木

「警視庁警備部警護課の桂木です」

サトコ

「よろしくお願い‥って、あれ?もしかしてさっきのLIDE‥」

(桂さんて‥)

桂木

「そういえば難波さん、表示名がおかしくなってましたが‥」

難波

ん?ああ、あれはな‥その‥

桂木

「それはそうと、布団クリーナー、選んできました」

難波

おお、悪いな。いつも

サトコ

「いつも?」

難波

家電のセレクトはもっぱら桂木任せでな

桂木

「難波さんは極度の家電音痴ですから」

サトコ

「そ、そうだったんですね」

(それでこの間も洗濯機が動かないって‥)

桂木

「それではこちら、さっそくセッティングしておきます」

「この間届けた加湿器の調子はどうですか?」

難波

あれはいいんだけどな~、あっちがダメだ

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桂木

「ロボット掃除機、もうダメですか‥」

(家電に関しては、桂木さんに完全に頼りっきりなんだな)

(しかも『あっち』でちゃんと通じてるっぽいし‥)

桂木さんの家電うんちくに耳を傾けるうち、あっという間に日が暮れた。

【帰り道】

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帰り道、桂木さんと別れて歩いていると、LIDEにメッセージが入った。

サトコ

「室長だ‥なにこれ?」

画面には、ナイフとフォークを持った巨大なキノコちゃん。

♪~

難波

肉じゃが食いたい

サトコ

「ん?これ、完全に間違ってるよね‥?」

サトコ

『室長、誰に送ってるんですか?誤送信してますよ』

難波

『ひよっこ』

サトコ

「え‥私?」

(じゃあ、私に肉じゃがを作れってこと?)

思わず叫びだしたいのをグッと堪え、スーパーへと走った。

サトコ

『待っててください。材料買って、すぐに戻ります!』

Secret  End

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