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バーベキュー 東雲

【バーベキュー会場】

サトコ

「お待たせしました、日焼け止めです!」

東雲

遅い

サトコ

「すっ、すみません」

私が買ってきた日焼け止めを、東雲教官は無表情で受け取った。

(一応千葉さんと急いで買ってきたんだけどなあ)

東雲

ねぇ、赤くなったんだけど

サトコ

「うわっ、痛そう‥」

「とりあえず冷やします?タオル濡らしてきましょうか」

東雲

待ってる間にもっと焼けそうだから、いい

サトコ

「すみません‥」

教官にチクチク嫌味を言われていると、室長ののんきな声が聞こえて来た。

難波

おーい、早く来ねぇと肉全部食っちまうぞ~

サトコ

「はーい!」

「‥だそうですけど、教官も一緒に行きませんか?」

東雲

コレ塗ったら行く。キミは先に行ってて

サトコ

「分かりました。向こうで待ってますね」

お言葉に甘えて東雲教官から離れて皆の輪に加わり、焼き立ての肉を堪能する。

サトコ

「うわ、おいしい!」

宮山

「高い肉なだけあって美味いですよね。先輩、この肉あげますよ」

サトコ

「ちょっと、なんでわざわざ焦げたのくれるの!?」

宮山

「冷たいこと言わないで下さいよ。俺が育てた肉が食えないっていうんですか?」

サトコ

「それなら尚更自分で食べなよ‥」

「あとその言い方、かなりオッサン臭いからね!?」

宮山

「嘘ですって、はいコレ」

宮山くんは焦げた肉の横に、美味しそうに焼き目がついた肉も入れてくれた。

そうしてワイワイ騒いでいるうちに、ふと東雲教官の姿が見えないことに気付く。

(‥あれ、あとで来るって言ってたのに、どうしたんだろう)

サトコ

「私、東雲教官を探してきます」

加賀

どっかで昼寝でもしてんだろ

サトコ

「でもこのままじゃ、お肉が無くなっちゃいますし‥」

難波

じゃあ氷川、ついでに焼けた肉も少し持ってってやれ

サトコ

「はい!」

教官の分の肉が入ったお皿を手に辺りを探す。

教官は皆から隠れるようにしてパラソルの下に寝そべっていた。

暑いのか、うんざりしたような表情を浮かべている。

サトコ

「こんな所にいたんですね。お肉持ってきましたよ」

東雲

いらない

サトコ

「え?‥あっ、もしかしてこの暑さで夏バテとか」

東雲

違う、もう秋じゃん

っていうか、よく食べられるよね

人の焼いた肉なんて

(‥なるほど。そういうことか)

サトコ

「じゃあ自分で焼いてみるのはどうです?それなら食べられるかも‥」

東雲

こんな暑いのに火に近づくなんてムリ

サトコ

「でもこれ結構いいお肉ですよ。勿体ないですね」

私は教官の隣に座って肉を頬張った。

サトコ

「あー、美味しい。ビールに合うなあ」

東雲

ふーん‥

って、何その黒焦げの肉。ブラックタイガーに続くキミの新作?

サトコ

「違いますよ!これは宮山くんに無理やり入れられたんです」

「自分で育てたお肉を焦がしたらしくって‥先輩に押し付けないで欲しいですよね」

東雲

へぇ‥仲いいんだね

サトコ

「うーん、まだあまり先輩として扱われてない感じですけどね‥」

「そうだ教官、ビールだけでも飲みませんか?私、持ってきますよ」

東雲

そうだね。じゃあそれも一緒によろしく

サトコ

「え? “それも一緒に” って‥」

東雲

いいこと思いついたから、そっちと同時並行で

サトコ

「?」

【バーベキュー会場】

東雲

焦げてる!それ!

あっ、そっちは食べごろ!こっちの皿に入れて!

サトコ

「ちょっ、ま、待ってください!」

バーベキューコンロからの熱を全身に浴びながら、慌てて肉をひっくり返す。

私を盾にした教官は鍋奉行ならぬバーベキュー奉行のように指示を飛ばしつつ、

のんびりと肉を口に運んでいた。

東雲

うん、まあまあかな

サトコ

「それは良かったです‥」

東雲

やっぱり肉は自分で育てないとね

(‥この場合、焼いてるのはあくまでも私だよね?間違ってないよね!?)

(あっ、この肉焼けたかも)

首を傾げながらトングで肉を取ろうとすると鋭く制止される。

東雲

それはあと10秒焼く

(こ、細かっ!)

それでも10秒待って肉を皿に取ってから、私はぐるっと振り返った。

サトコ

「もう、教官、自分で焼いてくださいよ!」

すると思いがけないほど近くに教官の顔があって、一瞬たじろいでしまった。

(う、うわわっ‥)

教官はそんな私を一瞥しただけで、缶ビールを煽る。

言うまでもなく、このビールも私が取りに走ったものだ。

東雲

いい肉だから食べないのは勿体ないって言ったのはキミじゃん

ぐっと詰まった私の肩を、教官はトントンと叩いた。

東雲

とうもろこしいい感じ、早く

サトコ

「はい‥」

(この “肩トントン” がくせものなんだよね)

甘えられてるような気分になって、何だかんだで言うことを聞いてしまうのだ。

(分かってたことだけど、私って本当に教官に弱い‥)

東雲

他の野菜も食べたい。焼いて

サトコ

「はい、しばしお待ちを!」

(野菜、野菜と‥)

ピーマンやにんじん、エリンギやしいたけを網に乗せていく。

しいたけの丸みが私にあるものを思い出させた。

(あっ、教官が焼けてる‥)

熱を受けてしんなりしていくしいたけを見つめ、ひとり笑みをこぼした瞬間。

後ろから勢いよく頭を叩かれた。

東雲

うるさい

サトコ

「私は何も言ってませんよ‥」

東雲

キミの考えてることくらい分かるから

(‥なんで分かったんだろ?)

東雲

それよりそっちの肉、あと5秒で取って

サトコ

「あと5秒ですね‥あっ!」

教官が狙っていた肉を、誰かの箸がひょいっと取り上げてしまった。

東雲

あ‥

難波

ずるいな~さっきから焼き係ごと独り占めしやがって

うん、うまい。氷川はいい嫁になるぞ

サトコ

「えっ、ありがとうございます」

室長が離れてから、私の背後で教官が呟いた。

東雲

‥室長、俺が拒否れないの分かってるよね

これってパワハラじゃん

サトコ

「私に肉を焼かせてることはパワハラじゃないんですか!」

意外にも一瞬沈黙されて、かえって私は焦ってしまった。

(しまった、ちょっと言い方がキツかったかも)

サトコ

「いや、今のは別に、この係がどうしても嫌ってわけじゃ‥」

すると教官は小さく笑い、ひそめた声でささやいた。

東雲

‥知ってる

それは愛でしょ。キミの

サトコ

「‥!」

東雲

違う?

明らかにからかってるのに、言い返せないのが悔しい。

だって間違ってないのだから。

(まあ‥たまにはもうちょっと彼女として大事にしてもらってもいい気がするけど)

毎度のことながら、ちょっと釈然としないけれど。

それでも教官の想いを信じている私は、求めに応じてひたすら肉を焼き続けた。

サトコ

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてくださいね」

「おいしいですか?教官」

東雲

うーん、70点

一心不乱に肉を頬張る教官が可愛くて、うっかりキュンとしてしまう。

その時だった。

サトコ

「あつっ」

跳ねた油が指にかかり、小さな火傷を負ってしまった。

宮山

「先輩、どうかしました?」

サトコ

「あー‥ちょっとボーっとしちゃって、アハハ」

指を隠すも、宮山くんは私の様子から火傷したのだと分かったらしい。

宮山

「ちょっと、何ドジやってんですか。すぐ冷やさないと」

サトコ

「大丈夫。小さい傷だし‥」

グイッ

東雲

行くよ

教官に二の腕を掴まれて、否応なく歩かされる。

サトコ

「きょ、教官?」

東雲

いいからさっさと歩いて

困惑しながら振り返ると、宮山くんがポカンとした顔で私たちを見送っていた。

(宮山くん、ごめん!ありがとう‥!)

目配せで謝った瞬間、腕を掴む力がギュッと強くなった。

東雲

早く

サトコ

「は、はいっ!」

【広場】

水道の前まで来て、ようやく教官は私の腕を離した。

火傷した手を蛇口の下に導いて、ぶっきらぼうに呟く。

東雲

じっとしてて

ジャー

水の冷たさが熱を奪って流れていく。

私の手をジッと見つめる教官の顔を、私は少しだけドキドキしながら見つめていた。

二の腕に、まだ教官の手の感触が残っている。

(教官、さっき宮山くんにヤキモチ焼いてた‥?)

東雲

‥は?

サトコ

「え?」

東雲

「 “痛みは?” って聞いてるんだけど

サトコ

「あっ、も、もう平気です!ありがとうございます」

反射的に引っ込めようとした手首を、教官はガシッとつかむ。

東雲

塗り薬がまだでしょ

火傷を甘く見るな

(こ、怖‥っ)

その剣幕に恐れをなした私は、おとなしく木陰で教官の手当てを受ける。

包帯を巻く真剣な目つきに、不覚にも心臓が跳ねた。

サトコ

「いくらなんでも大げさですよ‥」

東雲

応急手当のセオリー通りにやってるだけ。キミだって勉強したでしょ

サトコ

「それはそうですけど‥」

東雲

中途半端にして痕が残ったらどうすんの

生物学上、一応女の子なのに

(お、女の子扱いされた!)

(‥前半は聞かなかったことにしよう‥)

東雲

できた

人差し指の包帯は、教科書の手本にしたいほど丁寧に巻かれている。

サトコ

「ありがとうございます、教官」

東雲

お礼はいいから、間抜けなミスは止めてよね

サトコ

「はい‥。そろそろ戻りましょう。お肉が無くなっちゃいます‥」

「‥!?」

立ち上がろうとした私の腕を、教官はぐっと下に引っ張った。

もう一度座らされて、つい瞬きをする。

サトコ

「あ、あの‥?」

東雲

いい、わざわざ戻んなくても

サトコ

「でも‥」

(あんないいお肉、今日を逃したら次はいつ食べられるか‥)

ためらう私を教官は横目で一瞥した。

東雲

‥2人になりたいとかないの

サトコ

「え」

東雲

集団でバカみたいに騒ぎたいなら止めないけど

キミは誰の補佐官?

サトコ

「‥!」

(これって教官が2人になりたかったってことだよね?)

まさか教官の口からこんな言葉を聞けるなんて。

嬉しさに舞い上がった私は教官に向き直って力強く言い切る。

サトコ

「東雲教官のカノジョです!」

東雲

うるさい

突然顔が近づくと、軽い音を立ててキスが降ってくる。

サトコ

「えっ!?」

東雲

声デカすぎ、バカ

サトコ

「す、すみません‥」

憎まれ口をききつつも、教官の横顔がちょっとだけ嬉しそうなのは気のせいだろうか。

(この際気のせいでもいいや)

そう見えるというだけで、こんなにも嬉しいから。

教官と一緒にいるために耐えなきゃいけない辛いことも、全部報われる気がするから。

東雲

何ニヤニヤしてんの。キモ

サトコ

「へへっ、キモくてすみません」

いつも通りの会話と晴れ渡った青空。

木陰にいる私たちを、夏の名残の風が撫でていった。

Happy  End

【管理人より】

選択肢‥なかったな‥‥

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