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黒澤 出逢い編 7話



【病院】

逸る気持ちを抑えるように、静かに呼吸を整える。
さりげなく場所移動しながら、2人の女性の姿を視界に収めた。

(···ちょっと整理しよう)
(首藤ナミカは、例の怪しいセミナーの参加者だよね)
(皆の前でスピーチしていたから間違いないよ、うん)

その彼女が、今、話をしているのが···

(「特別訓練」で私のターゲットだった保険外交員···)

訓練を受けるとき、彼女のことは「ただの一般人」だと聞かされていた。
でも···

(鳴子のターゲットは、セミナー参加者だったことが判明している)
(そう考えると、保険外交員の彼女だって···)

できれば、もっと近づいて会話を聞きたい。
けれども、ここにいるのは彼女たちと私だけだ。

(だったら写真を···)
(···ダメだ。こんな静かな場所だとシャッター音が消えない)
(せめて、どこかに移動してくれれば···)

サトコ
「···っ」

(首藤ナミカが戻って来た)

反対に、保管外交員は病院の出入口へと向かっている。

(どうする、追いかける?)
(でも、どっちを?それに万が一気付かれたりしたら···)

迷っている間にも、ふたりはどんどん離れていってしまう。

(···決めた。保険外交員だ)

慎重に距離を取って、私は彼女のあとをついて行った。

結論から言うと、彼女はこのあと自宅に帰っただけだった。
途中、誰とも接触しなかったし、セミナー会場に行くこともなかった。



【コンビニ】

寄り道も1ヶ所だけーー

(コンビニか···ああ、雑誌を買うんだ)
(そう言えば、今日って「UN・UN」の発売日···)

サトコ
「ん?」

ふいに、雑誌を眺めていた彼女の背中がビクッと跳ねた。
彼女は、周囲の様子を窺いながら、とある雑誌に手を伸ばした。

(あそこって、男性誌のコーナーだよね)
(なんで、あんなにビクビクしているんだろう)

その後、彼女は「UN・UN」を手に取って、総菜コーナーに移動した。
私は、入れ違う形で、彼女がいた場所に立ってみた。

(手に取った雑誌···これだ)

ラックの1番上にあった男性向け情報誌。
表紙は、前の雑誌に隠れてほとんど見えていない。
かろうじて見えるのは、表紙の1番上にある特集コピーだけ。

(特集『通ってはいけない都内病院ベスト20』···?)



【学校 資料室】

学校に戻ると、すぐに私は資料室に向かった。
ドアを開けると、先に来ていた鳴子が振り返った。

鳴子
「読んだよ、メール」
「サトコのターゲットも、セミナーの参加者かもしれないって?」

サトコ
「うん、まだはっきりしてないけど···」
「彼女、今日病院で首藤ナミカに会ってたんだ」

鳴子
「首藤···?」

サトコ
「覚えてない?前にセミナーでスピーチやった人で···」
「黒澤さんの入院先に勤めてたっていう」

鳴子
「ええっ、それ初耳だよ?」

サトコ
「うそ。話したつもりでいたけど···」

私は、先ほどまでの流れを簡単に説明した。

鳴子
「···なるほどね。となると···」
「『特別訓練』のターゲット=全員セミナー関係者?」

サトコ
「それも『ない』とは言い切れないと思う」
「あ、写真見る?首藤ナミカの···」

スマホを取り出そうと、バッグに手を伸ばす。
と、鳴子がはみ出ていた雑誌に目を留めた。

鳴子
「それは?」

サトコ
「ああ···例の保険外交員が、コンビニで買ってた雑誌」
「やけにビクビクしてたから、何かあるのかなと思って」

鳴子
「へぇ、エッチなページとか?」

鳴子は雑誌を取り上げると、勝手にペラペラとめくり始めた。

サトコ
「ちょっと、鳴子!」

鳴子
「いいじゃん。情報収集、情報収集」
「こういうオヤジ系雑誌にも、案外いい情報が···」
「······」

鳴子の手が、特集ページの上で止まった。

サトコ
「···鳴子?」

鳴子
「サトコ、これ読んだ?」
「『通ってはいけない都内病院ベスト20』っていう···」

サトコ
「ううん、まだだけど」

鳴子
「このトップ3だけどさ」
「これ、どれも『連続不審死事件』で目を付けられた病院だよ」

(え···)

サトコ
「『連続不審死事件』って、たしか最近公安事案になった···」

鳴子
「そう、それ」
「都内のいくつかの病院で、連続不審死が起きてるってヤツ」
「実は、興味があったからこっそり調べててさ」

サトコ
「そうなの!?」

(鳴子ってば、いつの間に···)

すごいな、と感心しながら、私もランキングに目を向けてみた。

サトコ
「···えっ」

鳴子
「どうかした、サトコ」

サトコ
「これ···5位のこの病院···」
「黒澤さんの入院先だよ」

鳴子
「ええっ!?」
「ってことは、この病院も怪しいってこと?」

サトコ
「まさか。さすがに連続不審死なんて、そんなこと···」

(···待って)
(そう言えば、この間の合コンのとき···)

黒澤
「皆さーん、この噂知ってます?4階病棟での『超~怖い話』···」

そら
「なになに、心霊系?」

黒澤
「そうなんですよー。実は···」
「4階の病棟で、毎晩2時になると、すすり泣きが聞こえるって···」

看護師1
「ええっ、そんな話、聞いたことないよ」

看護師2
「私も。毎晩全然ふつーだよ」

黒澤
「そうなんですか?」
「でも、入院患者の間では、かなり噂になってますけど···」

看護師3
「あ~、もしかして『あのせい』だったりして~」

黒澤
「あのせい?」

看護師3
「ほら~、去年ちょっと続いたじゃん」
「患者さんの容態が急に悪化して、そのままバタバタ~って」

サトコ
「そういうケースが数件あったって、看護師さんが···」

鳴子
「ちょ···それ、めちゃくちゃ怪しいじゃん!」
「しかも、そこ、黒澤さんの入院先でしょ?」
「実は、入院するフリして『潜入捜査』···」
「って、さすがにそれはないか」
「黒澤さんがケガしたのは偶然だもんね」

サトコ
「······」

鳴子
「なのに、疑惑の病院に『運良く入院』って、さすがに···」

サトコ
「違うよ。『運良く』じゃない」

(思い出した、あのとき···)

(黒澤さんがケガをして、私は救急車を呼ぼうとして···)
(そしたら、黒澤さんが···)

黒澤
「救急車はやめてください」
「代わりに、石神さんに連絡を」

(それで、後藤教官と東雲教官が来て···)
(黒澤さんを病院に運んだのは、あの2人で···)

鳴子
「···つまり、黒澤さんをわざと疑惑の病院に運んだってこと?」

サトコ
「たぶん···」

しかも、あの病院には首藤ナミカも働いている。
彼女は、公安が監視している「セミナー」の参加者だ。

(「連続不審死」···「セミナー」···その裏に「宗教団体」···)

そして···

(疑惑の病院に、わざわざ入院したかもしれない黒澤さん···)

鳴子
「···私、セミナー参加者と『連続不審死事件』の関連性を調べてみる」

サトコ
「じゃあ、私は···」
「今日見たこと、黒澤さんに報告してみる」
「もしかしたら必要な情報かもしれないし」

今まで、黒澤さんにはお世話になってきた。
迷っているとき、悩んでいるとき、何度も励まされてきた。

(その恩返しが、少しでもできるなら···)


【病室】

ところが···

黒澤
アハハハッ

サトコ
「!?」

黒澤
ハハッ···す、すごいこと考えますねー、サトコさんって
オレが、入院して『潜入捜査』とか···

サトコ
「でも···っ」

黒澤
あー、もしかしてサトコさんも好きでしたか、スパイ映画
だったら分かるなぁ。オレも好きでしたから、そういう展開

サトコ
「······」

黒澤
でも、ごめんなさい
さすがにないです。この足じゃ、思うように動けないですし
尾行もなにもできないでしょう?

(確かに、そのとおりだけど···っ)

サトコ
「でも見たんです、私」
「『特別訓練』のターゲットが、首藤ナミカと会ってるの」

黒澤
ターゲットって···
ああ、勤務時間中にラブホに行ってた?

サトコ
「そうです、あの保険外交員の彼女です!」
「彼女も、セミナーの参加者かもしれなくて···」
「だとしたら、やっぱり···」

黒澤
あー、結構いい時間だなぁ
サトコさん、そろそろ寮に戻った方がいいんじゃないですか
今日もいっぱい勉強するんでしょう?

(え···)

黒澤
そもそも、ここにも頻繁に来なくていいんですよ?
いくらオレに負い目があるからって···

サトコ
「違います!」
「私がここに来るのは、黒澤さんからいろいろ学びたいからで···」

黒澤
だったら、オレより石神さんじゃないかなぁ。担当教官だし
それか、後藤さんとか周介さんとか···

サトコ
「でも···っ」

黒澤
それに、また気まずい思いをするかもしれませんよ?
この間みたいに

(「この間」···)
(あ···!)

(そうだ、私···)
(受付の女性と黒澤さんが2人きりでいるところを、邪魔して···)

思い出しただけで、胸が苦しくなる。
あのときの動揺が···
黒澤さんの冷ややかな眼差しが、今にも蘇ってきそうだ。

黒澤
···ね、ああいうこともありましたし
今後は、ここに来るのも控えた方がいいですって

(でも···)

黒澤
······困ったな。ほんと頑固ですね、サトコさんって
そういう人のこと、オレは···

コンコン、とノック音が聞こえた。
弾かれたように振り返ると、入り口に見知った人が立っていた。

後藤
悪い、取り込み中だったか?

黒澤
···いえ!
それより聞いてくださいよー、後藤さーん
サトコさんってば、いきなりスパイ映画みたいなこと言い出してー


【帰り道】

そんなわけで帰り道ーー

サトコ
「はぁ···」

(なんだか、いたたまれない)
(昨日は「絶対にそうだ」って自信があったのに)

後藤
ため息が多いな

サトコ
「···っ、すみません。つい」
「なんだか自分にガッカリしてしまって」

後藤
ガッカリ?

サトコ
「黒澤さんの潜入捜査説です」
「実は、結構自信があったんです」

でも、あっさり笑い飛ばされてしまった。
いかに、自分の考えが甘かったのか、突き付けられた気がした。

サトコ
「···バカだな、私」
「間違っていることを、得意げに披露して」

後藤
······」

(お見舞いも、少し控えようかな)
(またふたりきりのところに割り込んだら、それこそいたたまれない···)

後藤
もし『潜入捜査説』が正しいとして
その場合、氷川は誰が一番怪しいと思うんだ?

サトコ
「えっ···」
「あ···そうですね···」

<選択してください>

A: 看護師の首藤ナミカ

サトコ
「看護師の首藤ナミカでしょうか」
「彼女は、セミナー参加者だってことがはっきりしていますし」
「やっぱり、いろいろあるんじゃないかと」

後藤
···そうか

B: 保険外交員の女

サトコ
「『特別訓練』でターゲットだった保険外交員の女性でしょうか」
「訓練のときは『一般人』って聞かされていましたけど···」
「どうしても、ただの一般人をターゲットにするとは思えなくて」

後藤
···なるほどな

C: 黒澤

サトコ
「黒澤さんです」

後藤
···うん?

サトコ
「私の考えが正しいなら、黒澤さんが一番怪しいです」
「『潜入捜査じゃない』って嘘ついたわけですし」

後藤
······

サトコ
「でも、そんなふうに思いたくないです。黒澤さんのこと···」

後藤
···そうか

後藤教官は、ふと目線を逸らした。

後藤
もし、俺がお前の立場だったら···
この件はすっぱり忘れる

サトコ
「···っ」

後藤
自分より経験値の高い人間の意見が、大体において正しいからだ

(···そうだよね)
(私と黒澤さんなら、どう考えても黒澤さんの意見のほうが正しいよね)

後藤
だが、どうしても納得いかないなら話は別だ

(え···)

後藤
リスクを承知の上で、証拠を掴むための行動を起こす
今回のケースなら、看護師の首藤ナミカの周辺を洗う

サトコ
「!」

(それって、つまり···)

後藤
···まぁ、あくまで俺の場合は、だ
教官としては『忘れろ』一択だからな

サトコ
「······」

返事はできなかった。
身体が、静かな興奮に包まれていた。

(「証拠を掴むための行動」···「首藤ナミカの周辺」···)
(もし、本気で調べるとしたら···)


【病院 出入口】

週末・土曜日ーー
私は、病院の『職員専用出入口』付近にいた。
勤務後の首藤ナミカを追跡するためだ。

(問題は、終了時間が分からないことなんだよね)
(朝、病院内にいるのだけは確認したけど···)

「特別訓練」のときに渡された事前資料のようなものが今回はない。
そのため、地味にこうやって出待ちをするしかない。

(とりあえず、待ってる間に勉強しよう)
(時間だけは、たっぷりありそうだし)

そうして、待つこと8時間ーー

サトコ
「うーっ」

(さすがに首と肩が凝って···)

サトコ
「あ···」

(職員っぽい人たちが出てきた)
(結構いるな···首藤ナミカは···)

サトコ
「!」

私は、開いていたテキストをすぐさま鞄に放り込んだ。

(まずは冷静に···)
(念のため、変装用のメガネとマスクをポケットに入れて···)


【電車】

追跡は驚くほど順調に進んだ。
というのも、彼女が寄り道する気配がまったくないからだ。

(この感じだと、自宅に直行かな)
(最寄駅はどこなんだろう。都内だとありがたいけど···)

サトコ
「ん?」

ふと、首筋がザワッとした。
私は、素早く周囲を見回した。

(···気のせい?)
(でも、誰かに見られていたような···)

その後、首藤ナミカはT駅で下車。
駅から徒歩1分・2階建てのアパートの1室に消えていった。

(自宅かどうか確認できるかな。郵便受けは···)
(···あった。202号室「首藤」···)
(やっぱり、ここが彼女の···)

サトコ
「!」

(また視線?いったい誰が···)

すぐさま周囲を見回して、息を呑んだ。
すぐ近くの十字路で、誰かがサッと隠れたのが見えたのだ。

(···もしかして、私こそ尾行されてた?)
(いつから?なんで私のこと···!)

思わず駆け寄ろうとして、踏みとどまった。
脳裏に、黒澤さんの声が甦ったからだ。

ーー『とにかく「堂々としている」ことです』
ーー『なにが起きても焦らない。焦った態度を見せない』

(そうだ、焦ったら負けだ)
(ここは冷静に···見極めないと···)

大きく息を吐き出すと、私は今来た道を戻り始めた。
そうして、背後に耳を澄ませてみた。

(足音···ついてきてる···)
(やっぱり「私」を尾行しているんだ。だったら···)

駅が見えてきたところで、私はわざと走り出した。
そして、細めの路地に身体をすべり込ませて···

(···来た、この人だ!)

追い掛けてきたと思われる人物の腕を強く引いた。
かつて、私が加賀教官にやられたみたいに。
そして···

ドンッ!

サトコ
「どういうことですか!」

???
「きゃっ」

サトコ
「あなた、ずっと私のあとを尾け···」
「て···」

(え···)

サトコ
「ええっ!?」


【病室】

黒澤
いやぁ、すごいですよ、サトコさん
尾行されていることに、自ら気が付くなんて!

サトコ

「······」

黒澤
よっ、首席入校···

サトコ
「本当は首席入校じゃないですし」
「今も首の皮1枚で繋がってる状態です」

黒澤
······

サトコ
「受付の彼女···森沼さんからすべて聞きました」
「黒澤さんの指示で、私を尾行していたって」

黒澤
······

サトコ
「彼女、黒澤さんの『協力者』だったんですね」

黒澤
···残念。そこまで喋っちゃいましたか
オレの協力者育成も、まだまだ甘いですねー

サトコ
「······」

黒澤
···それで?
サトコさんは、どうしてここに来たんですか?

サトコ
「······」

黒澤
尾行されたことに対するクレームを言いにですか?
それとも、オレに対する恨み言を···

サトコ
「私にも協力させてください」

黒澤
······

サトコ
「お願いします」
「黒澤さんの力になりたいんです」

それは、ここまで来るまでの間、ずっと考えていたことだった。

サトコ
「黒澤さんには、これまでいっぱい助けてもらいました」
「たくさん、励まされてきました」

黒澤
······

サトコ
「だから恩返しがしたいんです」
「どんな形でも、少しだけでもいいから···」

黒澤
本当にそれだけですか?

(え···)

黒澤
サトコさんのそれは、ただの『負い目』なのではありませんか?
オレにケガをさせてしまったことに対する···

サトコ
「違います!」
「いえ、確かに負い目もありますけど···」
「それより、もっと別の···」
「もっと、強い気持ちがあって···」

黒澤
······」

サトコ
「たぶん、私···」

<選択してください>

A: 黒澤の仕事ぶりに感動している

サトコ
「黒澤さんの仕事ぶりに感動しているんです」

黒澤
······

サトコ
「入院中でも刑事としての務めを果たそうとする···」
「むしろ、それを積極的に利用しようとする···」
「黒澤さんのそういう姿勢に、心から感動したんです!」

黒澤
······

B: 黒澤を特別に思っている

サトコ
「黒澤さんを特別に思ってるんです」

黒澤
···特別?

サトコ
「私にとって、黒澤さんは『憧れの人』で『尊敬する人』で···」
「『私が目指す先にいる人』で···」
「そんな人の力になれるって、私にとっては嬉しいことなんです」

黒澤
······

C: 黒澤の一番になりたい

サトコ
「黒澤さんの一番になりたいんです」

黒澤
えっ?

サトコ
「私にとって、黒澤さんは一番すごい人だから」
「私も、黒澤さんのそういう人になりたいっていうか···」

黒澤
······

サトコ
「『一番頼れる』とか『一番アテになる』とか」
「そういう『一番』の後輩になりたいっていうか···」
「積極的に『一番を狙っていこう!』みたいな···」

黒澤
······

サトコ
「だから、お願いです。私にも手伝わせてください」
「どんなことでもしますから!」

黒澤
···『どんなことでも』
本気ですか?

サトコ
「本気です!」

黒澤
じゃあ···
こういうことでも?

(······え?)

ぐるん、と天地がひっくり返った。
いとも簡単に、私は黒澤さんに組み敷かれていた。

サトコ
「!?!?」

(なにこれ······)

黒澤
なんでもしてくれるんでしょう?だったら···
元気づけてくださいよ、オレを

to be contineud



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