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恋の行方編 後藤6話



【中庭】

日は落ち、寮ではそろそろ夕飯の時間になる。
寮に戻ろうと渡り廊下に差し掛かると、よく後藤さんと話した中庭の前を通りかかった。

サトコ
「いるわけないよね···」

いたとしても、声を掛けられたかどうか。

(本当の後藤さんじゃないなんて···)
(本当の後藤さんを知らなかったのは私の方だ)

憧れの刑事さんだと、勝手な理想を押し付けた。
きつく目を閉じると、数日前の颯馬教官の話が頭に蘇る······

【教官室】

颯馬
後藤は復讐のために生きています。相棒を殺された復讐のために

サトコ
「相棒の復讐···?」

颯馬
私と後藤と昴が、かつて警視庁で同僚だったことは話しましたよね

サトコ
「はい」

颯馬
後藤には相棒がいて、捜査一課きっての名コンビだと言われていました
その相棒が、ある事件で殉職した···
後藤が変わったのは、それからです

(後藤さんにそんな過去があったなんて···)

颯馬
警官が負傷したり死亡したりする事件は、過去を思い出してしまうキッカケなのでしょう
サトコさんに原因があるわけではありません

サトコ
「だけど、私は事情も知らずに勝手なことを言ってしまいました」
「今の後藤さんは本当の後藤さんじゃないみたいだって···」

颯馬
エスパーじゃないんですから、そこまで考慮して話す責任はありませんよ
後藤だって、本当のところはわかっているはずです

サトコ
「はい···」

【中庭】

私がいつも思い描くのは、憧れの刑事だった教官としての後藤さん。
けれど、後藤さんはそんなふうに見られるのが嫌だったのかもしれないと思う。

サトコ
「許してもらえないかもしれないけど、今度会ったらきちんと謝ろう」

溜息をついて再び歩き出すと、射撃場の方から銃声が聞こえてきた。

(夕飯の時間だから、練習してるのは生徒じゃない可能性が高い···)
(もしかしたら···)

わずかな望みにかけて、私は射撃場に行ってみることにした。



【射撃場】

射撃場に入ると、中では五日の夜のように射撃に撃ち込んでる後藤さんの背中が見えた。

(あの時も真剣な空気に圧倒されたけど、今日は一段と雰囲気が違う気がする···)

研ぎ澄まされた中に、息苦しさを感じる。

(動け鳴るような鋭い気迫···)

思わず息を呑むと、銃を降ろした後藤さんが振り返った。
ヘッドホンを外して、こちらに来る。

後藤
···邪魔しに来たのか

<選択してください>

 A:ひどい言い方ですね

サトコ
「ひどい言い方ですね」

後藤
生ぬるい優しさを期待してるなら、話しかけないでくれ

サトコ
「いえ。それが後藤さんなら、そのままでいいです」

 B:後藤さんらしくないです 

サトコ
「後藤さんらしくない言い方ですね」

後藤
また “俺らしさ” ···か?アンタは俺に何を期待しているんだ?

サトコ
「すみません···そういうつもりじゃなかったんです」

 C:邪魔ですか? 

サトコ
「邪魔ですか?」

後藤
···後ろに立たれると気が散る

サトコ
「外で待ってるなら、いいですか?」

後藤
必要ない。もう訓練は終わりにする

後藤さんの冷たい声に逃げ出したくなったけれど、踏みとどまる。

(この前のこと謝らないと)

サトコ
「先日は勝手なことを言って、すみませんでした。後藤さんの事情も知らずに···」

後藤
事情?何か聞いたのか

私が何を知ったのか···後藤さんは察しがついたような顔をしていた。

サトコ
「それは、その···」

(颯馬教官から聞いたこと言ってもいいいのかな)

後藤サンの知らない所で、話を聞いてしまった後ろめたさを感じて口ごもる。

<選択してください>

 A:自分で調べました 

(颯馬教官のことは言わないでおこう)

サトコ
「自分で調べました」

後藤
訓練生のアンタに俺の過去が簡単に調べられるわけがない
周さんあたりから聞いたんだろ。黒澤は当時のことはろくに知らないからな

 B:風の噂で··· 

(颯馬教官のことは言わない方がいいよね)

サトコ
「風の噂で、ちょっと耳に挟んで···」

後藤
いくら公安の訓練学校だと言っても、教官の過去の噂が簡単に流れるわけないだろ
大方、周さんあたりから聞いたのか

 C:颯馬教官から··· 

(後藤さん相手に誤魔化せるわけないし、正直に話そう)

サトコ
「颯馬教官から聞きました」

後藤
そうだろうと思っていた。昔から、あの人はお節介なところがあるからな

サトコ
「すみません···話のきっかけを作ったのは私の方で、颯馬教官は···」

後藤
別にいい。隠しているわけでもない

サトコ
「······」
「後藤さんは、かつての相棒の復讐のために生きていると···」

後藤
復讐···か
他人から言われると違和感があるが、そう見られても仕方ないんだろうな

後藤さんは髪を掻き上げると、ため息をついた。

後藤
詮索されるのも鬱陶しい。話してやる

過去を思い返すように、その目が細められる。

後藤
その日、俺は一柳と相棒の夏月と3人で逃走した窃盗犯を追いかけていた···

夏月
「誠二、その角を曲がった!」

後藤
わかってる!確保だ!

細い道を出たところで、俺は夏月とタイミングを合わせて男の身柄を拘束した。

犯人A
「いてぇよ!大人しくするから、勘弁してくれ!」

夏月
「謝るなら、最初から逃げないことね」

一柳昴
「あと5分でパトカーが到着する」
「にしても、お前らの作戦は相変わらず力技だな」

夏月
「これが私と誠二には一番ラクなやり方なの。成果が出てるんだから、いいでしょ?」

一柳昴
「まぁ、いいけど。無茶なことはすんなよ」

後藤
無茶もできない警官は警官じゃねーよ
お前みたいに服の汚ればっかり気にしてる野郎もな

一柳昴
「泥まみれになるような汚ねぇ任務は積極的に譲ってやるよ。お前にはお似合いだからな」

後藤
俺たちだけ先に出世しても文句言うなよ。キャリア様

夏月
「はは、誠二と昴のケンカを聞いてると、生きてるって感じするなぁ」

颯馬
相変わらずにぎやかだね、君たち3人は

後藤
周さん、お疲れさまです

周さんと共に到着した警察官に犯人を引き渡す。

颯馬
確保は後藤と夏月組?

夏月
「当然です」

颯馬
頼もしいことだね

夏月
「私たちにかかれば、どんな犯人だって捕まえてみせますよ」
「ね?誠二」

後藤
ああ、そうだな



後藤
若いこともあって、本当に俺たちならどんな事件でも挑めると思ってた

(夏月さん···後藤さんの相棒って女性だったんだ···)

後藤さんの心を占める女性の存在を知り、胸が重くなるのを感じる。

後藤
もっと俺が慎重になっていれば、夏月をあんな目に遭わせることもなかった···

苦しそうにゆがめられる後藤さんの顔を私は初めて目にしていた。

後藤
警視庁の刑事部を揺るがす事件が起きたのは、窃盗犯を捕まえてから数日後のことだった

課長
「今月に入ってから、管内の警察官が2名殺害されていることはみんな知っていることだとと思う」
「その件に関して本日付で捜査本部を発足することになった」
「この事件は警察官を狙った連続殺人事件の可能性が高い」

一柳昴
「過去の容疑者の怨恨ですか?」

課長
「いや、わからない」
「殺害された2名が担当していた事件を調べたが、共通の事件は見つからなかった」

後藤
動機は読めないということですね

颯馬
次、狙われるのは自分かもしれないということか···物騒な話だね

夏月
「そういうことなら、私はおとり捜査を提案します!」

後藤
おとり捜査?

課長
「どういうことだね、夏月くん」

夏月
「警視庁の警官が狙われているなら」
「おとりを使えば早い段階で犯人が釣れるのではないでしょうか?」

課長
「それはそうかもしれないが···肝心のおとりは誰がやるんだね?」

夏月
「それなら私が勤めます」

後藤
何を言っている。お前がやるくらいなら俺がやる。一番危険なポジションなんだぞ

夏月
「わかってるわよ」
「だけど、きっと婦警の方が狙われやすいでしょう?」
「もたもたしてる間に、次の犠牲者が出たら意味がないんだから」

後藤
しかし···

課長
「夏月くんの言うことは一理ある。女性警官なら犯人の油断も誘えるかもしれん」
「なにより夏月くんになら任せられる!犯人など瞬殺で捕まえてしまうだろうからな!ガハハ!」

夏月
「もちろんです。皆が駆けつける前に、事件解決しちゃいますから」

一柳昴
「油断すんなよ。犯人は2人も殺してるんだ。しかも犯行に迷いがない」

颯馬
綿密な作戦を立てて行きましょう

夏月
「大丈夫大丈夫。警察の恐ろしさを思い知らせてやりましょう!」

後藤
······


後藤
周りの夏月への信頼もあって、おとり捜査は決行されることになった
俺は夏月がおとりを務めることに納得はしていなかったが···
上の決定もあって、それ以上のことは言えなかった

後藤さんの拳が固められて震えているのがわかる。

サトコ
「そのおとり捜査で夏月さんは···」

後藤
ああ···俺が夏月の顔を見たのは、その前の晩が最後だった

おとり捜査決行の前夜。
決起会という名目で、俺は夏月と周さんと一柳と共に職場近くの居酒屋に来ていた。

後藤
飲み過ぎんなよ、夏月

夏月
「大丈夫、私、滅多に酔わないから」

颯馬
夏月は後藤より酒に強いよね

一柳昴
「後藤が弱過ぎんだろ」

後藤
警官なんて飲めない方が不祥事を起こす可能性もないから、これでいいんだよ

颯馬
でも、刑事部で鍛えられて後藤もだいぶ強くなってきたね

一柳昴
「そうですか?まぁこれくらいは当然ですけどね」

夏月
「ねぇ、作戦は本部で立てたけど、細かい打ち合わせしておかない?」

後藤
各班の配置まで詳細に決めたんだ。それ以上に、何を決めておくんだ

夏月
「犯人が不足の動きをしたときの対応とか」
「会議でいくつか出たけど、もっとケースは考えられるでしょ?」

一柳昴
「まあ、そのあたりは想定すればキリがないだろうな」

夏月
「考えられるパターンだけでも詰めておいた方がいいかなって」

颯馬
居酒屋で考えられる一番有意義な時間の使い方だね

後藤
万全の態勢で臨むに越したことはないな

夏月
「誠二、そう堅い顔しないで。捜査会議じゃないんだから、もっと緩い空気で話しましょうよ」


後藤
初めての俺たち主導の任務だった
それでどこか浮ついた気持ちもあったかもしれない
酒が入って、翌日の作戦も話し合って···夏月は俺を連れてビルの屋上に出た
その時が、夏月との最後の会話になるなんて考えてもいなかった···

夏月
「あー、風が気持ちいい···」

後藤
お前、酔ってるだろ。明日大丈夫なのか?

夏月
「大丈夫よ。こんなの酔ってるうちに入らないから」
「こんなゴミゴミした街でもネオンが灯れば綺麗に見えるのね」

夏月と並んでビルから下を見下ろすと、繁華街のネオンが見える。

後藤
都会の灯りは好きじゃないんじゃなかったのか?

夏月
「んー···そう思ってたけど、故郷の景色をちょっとは思い出せるし···って、それは無理か」
「だけど、今夜はそんなに嫌じゃない。誠二と一緒に見てるからかもね」

後藤
ったく、明日はこれまでで一番危険な任務になるんだ。気を引き締めていけ
明日は作戦が終わるまで顔を合わせられないんだから、俺の言ったことはよく覚えておけよ

夏月
「わかってる。でも···何があっても、あなたが守ってくれるんでしょ?」

後藤
他力本願か?

夏月
「違う。だけど、力が出るの。誠二がついててくれると思えば、それだけで」

後藤
···ああ、お前は俺が守る

夏月
「私もあなたを守る。それが相棒だものね」

夏月の目が俺を見つめる。
その瞳は酔っているせいか、夜の灯りを映しているせいか、微かに潤んで見えた。

一柳昴
「···食い逃げしてんじゃねーよ。パジャマ野郎」

夏月との間にわずかな沈黙が落ちて、それを破ったのは一柳だった。

後藤
お前の飲み代まで出せるか、酔っ払いローズマリー

夏月
「ははっ、誠二と昴の掛け合い大好き。この班なら、絶対に成功するね」

後藤
この時は俺も何とかなるだろうと、楽観的に思っていた···

後藤さんの声が一瞬詰まり、先の話に構えて私も身を固くした。

後藤
夏月からの連絡が途絶えたって、どういうことだ!?

同僚A
『急に無線が切れたらしい。GPSでも居場所が掴めなくなった』

後藤
くそっ!

(ただの通信機のトラブルならいいが···不測の事態があったとしたら···)
(とにかく合流ポイントの周辺を探すしかない···!)

今にも降り出しそうだった厚い雲からは、ポツポツと雨粒が落ちてきた。

(夏月···どこにいる!)

夜の街をどれくらい探し回っていたのだろうか。
俺の無線に連絡を入れたのは一柳だった。

一柳昴
『犯人が見つかった』

後藤
本当か?夏月は···

一柳昴
『······』

後藤
一柳?夏月の居場所はどこだ

一柳昴
『······』

後藤
おい、聞いて···

一柳昴
『夏月が殉職した』

その瞬間、俺の時間は止まった。

to be continued



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