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愛しいアイツのチョコをくれ 加賀1話

【カフェテラス】

鳴子
「サトコ···後ろ···」

サトコ
「後ろ?」

不思議そうに振り返った駄犬が、一瞬にして血の気の引いた顔になる。

サトコ
「かっ、かっ、加賀教官···!」

加賀
テメェ···

じりじりと追い詰めてやると、サトコは首を振りながら後ずさった。
真っ青な顔は、何を考えているのか如実に物語っている。

(今のを聞かれたのか気にしてんのか)
(こいつのわかりやすすぎる態度は、どうにかならねぇのか)

サトコ
「ちっ、違うんです!今のはですね···!」

加賀
ここの計算、間違ってる

サトコ
「えっ?」

持っていた経費申請書を突きつけてやると、サトコが目を丸くした。

サトコ
「あれ···?ほんとだ···」

加賀
テメェ、この前も足し算間違えて申請してきたよな?
今度は掛け算で計算ミスしてんのか

サトコ
「す、すみません···!確かこの経費申請書、他の書類といっぺんにやってて」
「なんか、途中でごちゃごちゃになっちゃったみたいな···」

加賀
みたいな、じゃねぇ

思い切り顔面を掴んでやると、周りにいた訓練生たちがざわつく。

後輩訓練生1
「アレが噂の、加賀教官のアイアンクロー···!」

後輩訓練生2
「専属補佐官の氷川先輩しか食らわないってやつだろ···?」

男子訓練生1
「いやあ、これももうすぐ見納めかと思うと寂しくなるよな」

男子訓練生2
「1年の時からの、公安学校の名物だったもんな」

サトコ
「ちょっ、勝手に名物にしな···」
「痛い!加賀教官、それ以上力込めないでください!」

加賀
だったら計算くらいしっかりやれ

サトコ
「計算ミスで頭蓋骨を粉砕されるところだった···」

顔から手を放し、経費申請書をサトコに押し付ける。
書類を受け取ったその表情は、何か言いたげだった。

(大方、テメェで言ったさっきの言葉を気にしてんだろうが)
(バレンタインなんざ、今さら大騒ぎすることでもねぇだろうが)

サトコの視線を感じながら、教官室に戻った。

【教官室】

少しすると、追いかけるようにサトコがやってきた。

サトコ
「加賀教官···!経費申請書、直しました」

加賀
今度は間違ってねぇだろうな

サトコ
「鳴子と千葉さんに二重チェックをお願いしたので、たぶん···」

加賀
そこ置いとけ

サトコ
「はい」

申請書を置いても、なかなかサトコは立ち去ろうとしない。
他の奴らがいるせいで、言いたいことが言えないらしかった。

(どうせ、さっきの話だろ)

加賀
テメェはわかりやすいな

サトコ
「な、何の話ですか···?」

加賀
ヒマなら、そこの書類に俺のサインしとけ

サトコ
「えっ、でもこの書類、まだ目を通してないやつですよね?」

加賀
それがどうした

サトコ
「なんでもないです···」

すごすごと補佐官用のデスクに座り、サトコが書類に俺の印鑑を捺し始めた。
しばらくすると、バタバタとやかましく廊下を走ってくる音が聞こえてくる。

黒澤
サトコさあああーーん!今年はバレンタインやらないって本当ですか!?

サトコ
「わっ、く、黒澤さん!」
「あーっ!びっくりして印鑑がずれた!」

加賀
何やってやがる

サトコ
「すみません···!でもまだセーフな範囲ですから!」

黒澤
ハンコ捺してる場合じゃないですよ!バレンタインやらないってどういうことですか!
サトコさんがそんな人だったなんて、見損ないましたよ!

サトコ
「え···ええ···?」

後藤
黒澤、黙れ

石神
即刻出て行け

黒澤
待ってください!真偽のほどを聞かせてください!
本当にやらないんですか!?アナタのチョコはどこへ!?

東雲
やらないって言ってんだから、どこへも何も、最初から存在してないでしょ

サトコ
「その···過去に色々作って、痛い目に遭ってるので」
「今年は、ナシにしようかな~なんて···」

颯馬
残念でしたね黒澤、もらえるチョコレートがひとつ減って

黒澤
うわあああ、加賀さんのせいだああーー!

喚きながら、黒澤が教官室を出て行った。

加賀
···なんなんだ

後藤
相変わらずですね

颯馬
この時期、黒澤は必死ですからね
警護課の人たちと、チョコといくつもらえるかという勝負をしてるそうですよ

サトコ
「そんなことを···」

黒澤を見送ったサトコが、またチラチラとこっちを見てくる。

(うぜぇな)
(言いたいことがあるなら、さっさと言やいいものを)

だが、言われなくても何を言いたいのかは見当がつく。

(バレンタインをやらないなんて宣言しちまったが、一緒には過ごしたいってことか)
(めんどくせぇ···だが、仕方ねぇか)

書類の仕事を終えると、サトコを置いて教官室を出た。

【廊下】

付き合いもあり、毎年各方面からバレンタインにはいろいろなものが贈られてくる。
甘いものは好きではないと言えば、今度は酒だなんだと別のものを贈ってくる女もいた。

(今年も、どこかに寄付でもするか···)
(たったひとりの人間にあんだけのチョコやら酒を、どうやったら消費できると思ってんだ)

黒澤
か~が~さ~ん!

俺を見つけた黒澤が、親の仇のような顔をして走ってきた。

黒澤
もう!サトコさんになに言ったんですかー!

加賀
ああ?

黒澤
おかげでもらえるはずのチョコをひとつ失いましたよ!

加賀
よかったじゃねぇか。あいつのチョコなんざ、特別美味くもなんともねぇだろ

黒澤
そういうことじゃないんです!加賀さんはわかってない!
かわいい女の子から!チョコをもらえることが!!人生で最大のステータス!!!

加賀
うるせぇ

黒澤の膝を蹴り黙らせて、講義室へ向かう。
後ろから、黒澤の声が追いかけてきた。

黒澤
今年は、お祭り課だけじゃありません!打倒加賀さん!

加賀
······

黒澤
加賀さんよりたくさん、チョコレートもらってやるうぅ~~!

(···なんで絡まれてんだ)

泣きながら走り去る黒澤を見送り、その場を後にした。

【加賀マンション】

世の中がバレンタイン一色になり始めた頃、姉貴から電話がかかってきた。

美優紀
『アンタ、14日空いてる?』

加賀
仕事だ

美優紀
『んなことわかってんのよ。仕事のあと暇かって聞いてんの』
『花がアンタにチョコレート渡すって張り切ってるから、時間があったら帰りに寄って』

加賀
花が···

その名前を聞いただけで、頬が緩む。
だがすぐに、別の可能性が脳裏をよぎった。

加賀
···他の男にも渡すって言ってたか?

美優紀
『ああ、なんかリョウくんとユウキくん、どっちにあげようかって迷ってるみたいだけど』

加賀
チッ

美優紀
『アンタ、子どもに本気で嫉妬するんじゃないわよ』
『今年もサトコちゃんと一緒に過ごすんでしょ?邪魔して悪いけど、ちょっとだけ時間作ってやって』

加賀
ああ

電話を切り、花の笑顔を思い出すと自然と口の端が持ち上がる。
それと同時に、こっちをチラチラ見ていたサトコも思い出した。

(今年は、飯でも食って···一緒に過ごすくらいならしてやれるか)
(花に会ったあとだから、そんなに時間はねぇが···)

映画だ買い物だと、いつもデートの時は大騒ぎだ。

(両方···は、無理か)
(どうしてぇのか、本人に聞くのが一番手っ取り早いな)

なんだかんだ言いながら、最終的に頭を占めているのは花ではなくサトコだ。
そのことには気づかないふりをして、スマホをテーブルに置いた。

【学校 廊下】

翌日。

サトコ
「えっ、今日ですか?」

加賀
仕事が終わったあと、飯だ。食いたいもの考えとけ

そこで、14日に何をしたいのか聞こうと思っていた。
だが···

サトコ
「あの···実は今日は、ちょっと···都合が悪くて」

加賀
なに···?

サトコ
「すみません···!せっかく誘ってくれたのに」
「そ、それじゃ···私、次の講義の準備があるので!」

まるで逃げるように。サトコが廊下を走っていく。

(···あいつが、俺の誘いを断るだと···?)

予想もしていなかったせいか、意外と衝撃を受けている自分がいる。

(くだらねぇ···あいつにも予定くらいあるだろ)
(···だが、それがなんなのかわからねぇのが気に入らねぇ)

わずかだが、そのことで苛立っているのが情けない。
ただ、あれだけ何か言いたそうにしていたのに、
このタイミングで断るというのも、どうにも引っかかる。

(···浮気なんざできるタマじゃねぇしな)

『私、今年はバレンタインやらないし!』

思い出すのは、大声で宣言したあの言葉だ。

(···なんか裏があるな)
(あいつが考えることなんざ、どうせ大したことじゃねぇだろうが)

ただ、それを聞き出すのも野暮だろうし、面倒だ。

(···放っておくか)
(まあ、害はねぇだろ)

【バー】

サトコを誘うつもりだった予定が空いたので、行きつけのバーに寄った。
だが、カウンターを見た瞬間、ここに来たことを激しく後悔した。

莉子
「はーい、兵吾ちゃん」

石神
······

加賀
帰る

莉子
「やだーせっかく会ったんだから、一緒に飲みましょうよ」
「ほらほら、秀っちも誘って!」

石神
なぜ俺が···

加賀
仲良くふたりで飲んでりゃいいじゃねぇかよ

石神
俺も無理やり誘われたんだ。誤解するな

莉子
「まあまあ、同期のよしみでしょ」
「そういえば、サトコちゃんは?一緒じゃないの?」

加賀
別に、いつも一緒にいるわけじゃねぇ

仕方なく、莉子の隣に座る。
何か察したような莉子が、グラスを傾けながらニヤニヤ笑った。

莉子
「兵吾ちゃんは、肝心なことを伝えないから」
「たまには素直にならないと、女は簡単に逃げるのよ」

石神
素直なんて言葉は、この男には無縁のものだろう

加賀
同感だ

莉子
「あら、珍しく意見が合ってる」

(素直、か···サイボーグ眼鏡の言う通り、柄でもねぇ)
(素直になったから、なんだってんだ)

目の前に置かれたグラスを、一気に煽った。

【街】

その日の帰り、酔った莉子を送るため、タクシーをつかまえに大通りへ出た。

莉子
「も~、ひでっちったら、さきにかえっちゃうんらから~」

加賀
お前が酔っ払いすぎだからだろうが

(くそ···莉子の世話押し付けて帰るなんざ、いい度胸してんな、あのプリン野郎)

ただ、どっちが莉子を送るかという勝負で、じゃんけんしてしまった自分にも非はある。
ぐらりと莉子の身体が傾き、支えるために腰に手を回した。

莉子
「らいじょーぶらって!ひろりれへいきりょ!」

加賀
···何言ってんだ

ようやくつかまえたタクシーに莉子を押し込み、家まで送り届ける。
まさかこの行動が後々、大きな騒ぎになるとも知らずに···

to be continued

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