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愛しいアイツのチョコをくれ 黒澤2話

【黒澤マンション】

家に帰り、サトコさんからもらったチョコを冷蔵庫に入れる。

(一日一粒ずつ、大事に食べよう)
(形がいびつだって心配してたけど、それも手作りの良さだよな)

さっき食べたチョコの味を思い出して、自然と頬が緩んだ。
冷蔵庫には、他の女性職員にもらったチョコも封を開けずに入れてある。

(一柳さんたちも寄付するだろうし、あとで一緒にまとめて送ってもらおう)

黒澤
···あれ?

今まで感じたことのなかった疑問が沸き起こり、思わず口を手で押さえた。

(全部、同じ “チョコ” なのに)
(手作りをくれたのは、サトコさんだけじゃない···なのに、なんで)

チョコレートの扱いに、差ができてしまうのだろう。
去年までだって、もらったチョコはほとんど寄付している。

(けど、『この人のチョコだけは自分が食べる』って思ったこと···今まであったっけ)

じっと、冷蔵庫の中に収まっているチョコを見つめる。
まるで複雑に感情の糸が絡み合っているようで、この疑問の答えは出ない。

黒澤
···美味しいから、だよな

そう、ひと口食べて頬が緩むくらい、サトコさんの手作りチョコは美味しかった。

黒澤
それにほら、オレだけのために作ってくれたんだし

オレには渡すつもりだった、と言っていたから、きっとオレ以外の人はもらえていないはずだ。

(あの石神さんや後藤さんがお気に入りの彼女···)
(その子が、オレだけに!オレだけのために!作ってくれたチョコだし!)

チョコレートの箱を眺めながら、うんうんとうなずいた。

(きっと···だから···)
(別に、特別な···深い意味なんて、ない)

無理やりそう結論付けて、シャツを脱ぎ捨てバスルームに向かった。

【SPルーム】

翌日の15日、運命の結果発表が行われた。

広末そら
「いやもうこれ、結果聞かなくてもわかるでしょ」

桂木大地
「さすがだな。昴の圧勝だ」

一柳昴
「まあ、今年も例年通りってことで」

黒澤
うう···悔しい~~~!

秋月海司
「なんでそんなに悔しいんだよ。勝てる勝負じゃなかっただろ」

藤咲瑞貴
「昴さんのチョコの量、清々しいくらいにすごいですね」

一柳昴
「お前もだろ。さすが元アイドル」

秋月海司
「桂木さんも、安定の上位ですね」

桂木大地
「みんな義理だよ。こうやって気にかけてくれることに感謝しないとな」

黒澤
くっ···余裕な大人の発言···

結局いつものように、最下位争いはオレとそらさんだった。

広末そら
「いやー、今年も黒澤にだけは負けなくてよかった!」

黒澤
なんでですか?おかしいですよ、こんな結果!
オレ、あんなに毎日選挙活動したのに!

一柳昴
「そんなことしなくても、普通にしてればいくらでも集まるだろ、チョコなんて」

黒澤
一柳さん、そのうち刺されますからね

一柳昴
「望むところだ。その場で身柄を確保してやる」

黒澤
くっそー···今年こそ、そらさんには勝てると思ったのに

広末そら
「何その自信!?」

(はぁ···今年も結局ビリ···)
(つらい···けど応援してくれたし、サトコさんには結果を報告しないと)

ついでに、彼女に慰めてもらおう。
無意識のうちに彼女の顔を思い浮かべながら、とぼとぼと部屋を出た。

【学校 廊下】

(ビリだって言ったら、サトコさんどう思うかな···)
(黒澤さん人気ないんですね!って笑顔で言われたら心が折れる···)

黒澤
···いやいや、サトコさんはそんなこと言わない···ただの思い込みだ

【教官室】

黒澤
うう、サトコさんいますか!?オレ、今年もビリでした!

泣いたふりをしながら教官室に入ると、そこにはサトコさんと他の教官たちの姿。
そして各々が持っているのは···見覚えのある、チョコレート。

(え···?)
(まさか···)

後藤さんたちが食べているのは、少し形が崩れたチョコレート。

サトコ
「黒澤さん?大丈夫ですか?」

東雲
なにその顔。ビリがそんなにショックなの?

黒澤
あの···みなさんが食べてるのって、もしかして···

颯馬
今年はバレンタインをやらない、と大声で宣言したサトコさんからのチョコレートですよ

サトコ
「み、皆さん聞いてたんですか···」
「その···やっぱり、日ごろの感謝を込めて、ですね」

(オレだけじゃなかったのか···なんだよそれ)

そう思った瞬間、何がなんだかわからなくなった。
誰にもあげていない、オレだけにくれた特別なチョコレートだと思い込んでいた。

(期待してたのに···サトコさんは、オレのためにあのチョコを作ってくれたんだって)
(···期待?何を···何を?)

色々な考えが一気に押し寄せて、感情がついていかない。
みんなの視線が集中していることにも、しばらく気付けずにいた。

後藤
黒澤?

石神
いつもと様子が違うな

黒澤
いえ···大丈夫です、すみません
お騒がせしました···

教官室のドアを閉めると、中でみんながざわついている声が聞こえてくる。

後藤
黒澤が、『お騒がせしました』だと···?

颯馬
嵐が来る予兆かもしれませんね

東雲
ビリがよっぽど堪えたんじゃないですか

加賀
くだらねぇ

難波
若いねぇ

ビリになったことなんて、一瞬にして頭から吹き飛ぶ。
逃げるように、教官室から早足に遠ざかった。

【廊下】

サトコ
「黒澤さん!待ってください!」

教官室を飛び出して、サトコさんが追いかけてくる。
今はなにを聞いても彼女を責めてしまいそうで、足を止めることができない。

(でも、責めるってなんだよ?オレにそんな権利なんてない)
(だいたい、こんなイベント···本気になるようなことでもないのに)

サトコ
「黒澤さん···!あの、元気出してください!」
「負けたのは残念ですけど、また来年頑張りましょう!」

黒澤
······

サトコ
「来年は私、学校にいませんけど···」
「でもどこに配属されても、みんなに黒澤さんの素敵なところを伝えますから!」

(···違う、そうじゃない)

サトコさんらしい的外れな慰めに、言葉が出てこない。
ようやく立ち止まると、サトコさんが心配そうに顔を覗き込んできた、

サトコ
「黒澤さん、来年また私も作りますから···」

黒澤
···そうじゃないんです!

廊下に響いた大声に、サトコさんが驚いたように目を見張った。

黒澤
チョコレート···オレだけじゃなかったんですか?

サトコ
「え?」

黒澤
サトコさんのチョコレートが食べれるの···オレだけだと思ってたのに

サトコ
「······!」

黒澤
あ···

一気に頬に熱が集まり、思わず口を手で押さえた。

(なんだよ、今の···)
(こんな···こんなこと言ったら、まるで···)

ヤキモチ、嫉妬。
それらはどれも、自分には関係ないものだと思っていた。

(誰かに固執することなんてなかった、別にサトコさんが誰にチョコを渡したって···)
(オレには関係ない···)

サトコ
「黒澤さんのは···ちゃんと、特別です···」

消え入りそうな声に、恐る恐る振り返る。
オレ以上に真っ赤になりながら、サトコさんはなぜか、泣きそうだった。

サトコ
「気持ち···ちゃんと、込めましたから」
「黒澤さんのチョコには···トクベツな気持ちがこもってます」

黒澤
······!

サトコ
「でも、あの···教官たちにも、日ごろからお世話になってるので」

黒澤
オレだけ、ですか?

サトコ
「え?」

黒澤
サトコさんの特別なチョコをもらったの···オレだけ、ですよね?

サトコ
「···はい」

モヤモヤとした思いがそのたった一言で一瞬にして晴れ渡る。
思わず笑みをこぼしたオレにつられて、サトコさんも照れたように笑った。

(本当は、もうとっくに気付いてる···わかってる)

気付かないようにしていた。分からないふりをしていた。
それでもなお、いくら押さえつけても、この気持ちは蓋をこじ開けてでも外に出たがっている。

(彼女のチョコだけは、どうしても欲しくて···特別で)

黒澤
はあ···なんかオレ、かっこ悪いです

サトコ
「どうしたんですか、急に」

黒澤
···いえ、ビリがショックだったからって
サトコさんに恥ずかしいところ見せちゃったなーと思いまして

出かけた言葉を飲み込み、苦笑する。

黒澤
もらったチョコ、大事に食べてます。なんてったってサトコさんの特別ですから★
来年も楽しみにしてますね

サトコ
「···はい!」

最後には、お互い本物の笑みを交わした。

【駅前】

その日の帰り、駅の近くで偶然、そらさんに会った。

広末そら
「お疲れー。今年も結局オレたちが底辺の争いだったよね」

黒澤
来年もそうなるでしょうね···今から目に浮かんでつらいです

広末そら
「ふふーん、万年ビリは悔しいだろ」

黒澤
うーん···

サトコ
『気持ち···ちゃんと、込めましたから』

黒澤
サトコさんの特別なチョコをもらったの···オレだけ、ですよね?

サトコ
『···はい』

(悔しい、か···)

黒澤
そんなことないんですよ、それが

広末そら
「え?」

黒澤
不思議ですよね。たった一個、もらっただけなのに

広末そら
「何なに、もしかしてそういうこと?」
「誰だれ、どんな子?オレが知ってる人?」

黒澤
そらさんには絶対教えません!横取りされそう!

広末そら
「しないって!ただ、オレにそのつもりがなくても、ほら、向こうがさぁ」

黒澤
あー、絶対言わない!この人危険すぎる!

そらさんに肩を掴まれ絡まれながら、サトコさんの笑顔を思い出す。

(家に帰れば、サトコさんのチョコが待ってる)
(···よし、早く帰ろう)

甘い夢をこんなに容易く見せてくれる、彼女からのチョコレート。
しばらくは、家に帰るのが楽しみになりそうだ。

Happy End

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